天使の図書館ブログ

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動物たちの王国【第二部】-36-

2014-04-12 | 創作ノート
【夢】アンリ・ルソー


 今回は(も☆)、言い訳事項が色々とww

 ええと、花原邸についてはわたし、描写がものっそいいかげんです(^^;)

 ここまでくる間に、動物関係の本とか読んで調べておいたら良かったんですけど、まあそこまで手を回したりも出来なかったというか

 なのでそこらへんの描写についてとか、色々間違ってるかもしれません。

 というか、ここまで来たら、そうしたことはあとで気づいた時にでも直せばいいや……という、何かそんな感じかも(^^;)

 あと今回と次回の章は、本当は一繋がりの章なんですけど、例によって文字制限に引っかかってしまったので、ふたつに分けることになりました。

 そんなわけでまあ、前文に書くスペースが出来てしまったので、何書こうかな~なんて

 そういえば「花子とアン」、ようやく吉高由里子さんのターンになりましたね♪(^^)

 というか、このまま山田望叶ちゃんの名演を見ていたい気もするんですけど、そうなるといつまでたってもアンについて知りたいことが出てこないので(笑)

 でも、来週の予告とか見ていて思うに、そこらへんのわたしが「特に知りたい」と思ってることはたぶん、もっと先まで進まないと出てこなさそうだな~なんて

 そして今週の「エーゴってなんずら?」を見ていてすぐ思ったのは、なんといっても「これ、ほとんど小公女の世界ww」ということだったかもしれません(笑)

 わたし、「小公女」は村岡先生の訳では読まなかったので、そのうち図書館あたりからでも借りてこようかと思ったほどでした(密林さんで買おうかと思ったんですけど、どうやら絶版になってるらしい雰囲気☆)

 きっと村岡先生も「小公女」を読んだ時、セーラ(サアラ)の気持ちがすごくよくわかったんじゃないかな~という気がします

 もちろん、アンを初めて読んだ時にも「まるで自分のことみたい!!」と思った気がするのですが、赤毛のアンの本を彼女に渡してくれるのは、もしかしてスコット先生だったりするのでしょうか?そのあたりがすごく気になります♪

 キャストで他に気になるのは、なんといっても近藤春菜さん演じる白鳥かをる子言語矯正会会長ww


 花子:「あっ、角野卓造!!角野卓造じゃんけ!!」

 かをるこ:「だーれが角野卓造じゃ!!時代設定考えてもの言えよ、このわらし!!」

 他の寮生:「角野卓造?わらし?か、かをる子さん、一体どうなさったの?」


 みたいな、これと似たことを思ったのは絶対わたしだけじゃないと思う(笑)

 それと、ブラックバーン校長も何気にいい味だしてますよね~♪「わたしが校長のBrackbaaaaanです」的なww(※正確なスペルの綴り、わかりません・笑) 

 ともさかりえさん演じる富山先生はどこか、「アンの幸福」に出てくるブルック先生を思わせるところがあると思ったり。。。

 まあ、来週はまだまだアンに手が届くまで遠そうなのですが、毎日楽しみに見ていきたいと思っています♪(^^)

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第二部】-36-

 雁夜潤一郎はその夜も、真夜中に理解できない鳥のわめき声を聴いた気がした。

 だが、そうした事柄はもう彼の眠りを煩わすことはない。何故といって、最初の頃はどうあれ、今ではそんなことにもすっかり慣れ、目がぱっちり冴えてその後寝つかれない……といったようなこともないからである。

 とはいえ、いくら毎日獣の歌声によって目覚めるのが習慣化したとはいえ、潤一郎はやはり朝起きるたびに「ここはもしや、マダガスカル島なのか?」と錯覚しそうになることがしばしばある。

 もっとも、潤一郎はマダガスカルへなど行ったことは一度もないのだが、あくまでも心のイメージとして自分がマダガスカルかガラパゴスにでもいるような、そんな気がしてならなかったのである。

 今、潤一郎の隣には、人生の伴侶にして最愛の女性が静かな寝息を立てて眠っている。ここまで来るのは実に長かった……だが最終的に無事、目当ての女性が自分の腕に納まってくれたことを思えば、その長い道のりもまた貴重なものであった。

 潤一郎自身が以前、翼に話したことがあったとおり、彼はK病院のオペ室の師長のことを最初は特にどうとも思っていなかった。このどうともというのは、あくまで<恋愛的に>ということであって、人間としては花原師長のことを「美しく、尊敬できる人間」といったように感じていたかもしれない。もちろん、医師たちがオペ室の控え室で新顔の同僚を見かけるたび、嬉々としてこんな話をしたがることも、潤一郎はずっと以前より知っている。

「花原師長には気をつけろよ。何しろあの人は、K病院じゃ伝説的人物だ。あの人のあの美貌にぽーっとなって、うっかり手を出した男がどうなったと思う?」、「どうなったんですか?」、「キスしようとしたら、「なんてハレンチなって言って、その外科医の頬にミミズ腫れをこしらえたんだと」、「ひえ~。破廉恥なんて言葉、今も実際に口に出して使う人がいるんですね」、「そうだ。だからあの頭のおかしい女には気ィつけるこった」……といったように。

 だが潤一郎はこの話のこともまた、真に受けていたわけではない。彼は常に公正な人間だった。ゆえに、並外れて仕事の出来る花原梓という女性に対し、師長だからということ以上にオペ室では常に敬意を払っているつもりだった。他に噂で伝え聞くような、「休憩室じゃ動物の話しかしない気違い」ということもなく、彼女と彼とは手術室で仕事以外のプライヴェートなことは一切話したことがない。

 ところがある金曜日のこと――潤一郎のいる部長室のドアがノックされ、彼が出てみるとそこに帰り仕度を終えた私服姿の花原が立っていた。いつもナースの制服姿か女性用の術着姿しか見たことがなかったため、すらりと背の高い花原のワンピース姿というのは、潤一郎の目に新鮮なものだった。いや、正直なところをいってこの時かなりドキマギしたということだけは、潤一郎自身も素直に認めよう。

「お父さまが近いうちに、雁夜先生のことをどうしても連れてこいっておっしゃるものですから、それで……お忙しい先生にはご迷惑なこととは思うのですけれど」

 花原の口調というのは、おそらく誰が聞いても「冷たい義務感から仕方なく」といった調子であるように聞こえたことだろう。「No.11メス」、「硬膜剪刀」、「メッツェン」、「ネオブレート4-0」……声の調子としてはそれと同じくらい抑揚がない。

 とりあえず、中に入るよう潤一郎が促すと、花原はぺこりと小さくお辞儀したのち、ケリーバッグを片手にそのまま静かに入ってきた。そして、「お仕事が終わるまでお待ちしておりますので、これから宅へ来てほしいんですの」と言われ、潤一郎は英文で書かれた脳外科の論文を閉じると、彼女の言うなりになるように後へついていくことにしたわけである。

 何分、夜も八時近い時のことで、「車は置いていってください。明日か明後日には、わたしが先生を御希望の場所までお送りしますから」と当たり前のように言われた時には驚いた。潤一郎も花原も、翌日が休みであったとはいえ――オペ室の看護師連がよく言っている「わくわく動物ランド」、「花原ワールド」へ宿泊することが、どうやら最初から前提となっているらしい。

 潤一郎はこの招待を快く受け、花原の運転する大型のランドクルーザーにその後約一時間半ほども揺られ続けるということになった。車に乗って四十分も過ぎると、あたりはぽつぽつ点在する道の明かり以外は真っ暗闇……に近い状態となったが、潤一郎は花原のこの招待に性的なニュアンスがあるとは特に感じていなかった。もちろん、その可能性は一パーセントもないとは彼自身も思わなかったが、そのくらい低い可能性であると思っておいたほうが良さそうだということは、わかっているつもりであった。

 やがて道路が舗装でなくなり、脇の林道へと逸れていき――何故彼女がこんな大型のランドクルーザーに乗っているのかを、潤一郎はようやく理解したかもしれない。一週間の疲れが蓄積していたこともあり、この頃にはすっかり眠気の差していた潤一郎だったが、車体の揺れが激しいあまり、時折窓に頭をぶつけそうになっていたからである。

「ごめんなさいね、先生。そのうち、ちゃんと道をならしておくようにって、下僕たちには言いつけておきますから」

(下僕たち?)

 その言葉の響きに、潤一郎は俄かに嫌な予感を覚えた。いくらオペ室に出入りする連中が花原師長を評して「頭がおかしい」と言っていたにしても――これまではある意味実被害を受けてこなかっただけに、「よく知りもしない人をそんなふうに言ってはいけない」などと、彼にも思えていたということなのだろうか?

「その、花原師長。今言った下僕というのは……」

「先生、梓で結構ですわ。これから向かう宅には、下僕がたくさんいるんです。お父さまのお弟子さんとか、大学の研究員とか……だから安心なさってくださいね。みんな動物の研究ために毎日宅に泊り込んでますから、この招待には本当に他意はありませんの」

「…………………」

(他意はない。確かにそれはそうだろう)と、潤一郎はその時思った。(だが、他意はないというなら、何故人を一時間半ばかりもこんなランドクーザーの助手席に縛りつけておくんだ?)

 疲れていたせいもあり、潤一郎はそんなふうに一瞬苛立ったが、それも花原が<宅>と呼ぶ花原静一郎邸が見えてくるまでのことだった。ガタゴト揺られてようやく辿り着いた先には、まるで異世界から抜け出てきたようなギリシャ風の建物が聳えていたからである。

(おお。これが噂の……)と、その実物を確認してみると、潤一郎も俄かに何か心楽しくなってきた。何故こんな不便なところから毎日通勤してくるのだろうと半ば呆れていたが、確かにそれだけの値打ちはあるのかもしれないと、初めて思った。

「雁夜先生がもし、花原師長のわくわく動物ランドに行くことがあったとしたら」と、オペ室の自販機の並ぶ休憩室で、潤一郎は園田からこう言われたことがある。「まあまず、何が起きてもビビらない覚悟が必要ですよ。玄関口で出会い頭に山賊男と出会っても、その程度のことで驚いちゃ駄目です。あの屋敷にはそういう山賊男が、パートワンからパートテンくらいまでたくさん住んでるんですから」

 その時潤一郎は園田の話に適当に頷きながら、「面白そうだな」といった感想を洩らしていたのだが、玄関ホールに猿と手を繋いでいる男がいるのを見て――思わず吹きだしそうになった。何故といって頭はボサボサで、鼻の下にも顎の下にも一繋がりになった長い髭を蓄えているところなど、園田が言うように<山賊男>としか表現しようがなかったからである。

「お帰りなさいまし、お嬢」

 猿のほうでも嬉しそうな顔をし、テケテケとこちらまで歩いてきた。

「まあ、バブルスくん。お出迎えありがとう」

 花原が屈むと、猿のほうでは十六時間ぶりに親友と再会したとでもいうように、彼女の首にひしと抱きついている。

「ああ。バブルスくんっていうと、マイケル・ジャクソンの……?」

「ええ、そうなの。わたし、昔はマイケル・ジャクソンなんてどうとも思ってなかったんだけど……あの方がコンサートの終わったあとに「バブルスくん、ぼくはもう疲れたよ」ってよく言ってるっていうのを何かで読んだんです。以来、なんて心の綺麗な人なんだろうと思って、すっかりファンになってしまって」

「へ、へえ……」

 ここで潤一郎は、以前アメリカにいた頃、同僚の医師が「マイケル・ジャクソンっていやあ、毎日宇宙人が使うカプセルみたいのに入って寝るらしいぜ」、「なんだ、それ?高圧酸素室かなんかか?」と笑っていたのを思いだしたが――いつものように冷静には、そんな話を出来なかった。何故といって広い廊下の左右には、ウーパールーパーやザリガニ、カエル、イモリにヤモリ、ヘビ……何やらそんな生き物の棲まう水槽やケージがびっしり天井近くまで積み上げてあったからである。

 また廊下では、体長一メートルほどの、アルダブラゾウガメにも出会った。(おそらくは)彼が廊下にしたのだろうおしっこを、園田が呼ぶところの<山賊男>がモップで始末している。

「あ、お嬢。お帰りなさいまし」

「ただいま、源五郎さん」

(ゲンゴロウねえ。この人もまた小汚いヒゲなんか生やして……)

 普段潤一郎は滅多なことでは人を外見で判断したりしないが、先ほどの山賊男パート1といい、このゲンゴロウという名のパート2といい、動物の世話でそうなるのかどうか、身なりがどうにも汚らしいのであった。

 そしてここで、潤一郎の花原邸における驚きの第二波目がやって来た。「こちらへどうぞ」と花原が通した先には、彼女の敬愛する<お父さま>がおり、この男がまた会った瞬間に吹きだしそうになるような風貌の男なのである。

「ああ、こりゃどうも。雁夜先生」

 潤一郎は手を差しだされ、思わず反射的に握手してしまったが、なんともおかしな感じだった。手の表面がカサカサに乾いていて乾皮症を疑いたくなるほどだったが、自分が人型の爬虫類と話しているような、そんな奇妙な違和感を感じずにはおれなかったのである。

 花原梓の父である、著名な動物行動学者だという静一郎と握手しながら――潤一郎は次の瞬間にはギクリとした。何故といって彼の肩には大型のクモ……それも潤一郎の記憶に間違いなければタランチュラがのっていたからである。

「あのう、その肩のものは……」

「ああ、これか。タランチュラのタラちゃんじゃ。可愛いじゃろ?」

「……その、猛毒があると聞いた記憶がありますが」

 ここで静一郎は「フォッフォッフォッ」と、独特の笑い方をした。

「もちろんこれは模型ではないがな。ま、お偉い先生とて、まだまだ知らんことが世の中にはたくさんあるんじゃろうな。源さんや、どうやら客人の心臓によくないようじゃから、これを昆虫室のケージまで戻しておいてくれ」

「へい、旦那さま」

 源五郎はタランチュラの毒にやられるのが怖くないのかどうか、静一郎の肩から自分の手の上にクモをうまく乗り移らせると、タラちゃんのことを別室へ連れていった。

「タランチュラっていうクモはな、先生。滅多なことではそう人を刺したりはせんのですよ。それに、もし仮に刺されたとしても、毒で死ぬってことはまずありますまいな。それに活発に動いておったとしても、こっちが手のひらをかざして影を作ってやれば、すぐにピタッと止まります。そういう習性を持つ生き物なんですじゃ」

「はあ……」

 小型爬虫類男はそう言って、奥にある食堂に潤一郎のことを通した。そこでは山賊男パート1とパート2ほど小汚くはないものの、おそらく分類としては一緒に含めて構わないのだろう三人の男たちが食事しているところだった(どうやら大学の研究生と思われる)。

「あ、お嬢さん。お帰りなさい」

「ただいま。今日のごはんはなに?」

「すみません、またカレーです。石山の奴、これしか作れねえもんで」

「まあ、お腹がすいてればなんでも美味しいから、わたしはいいけど……」

 花原はここでちらっと、さも気の毒そうに潤一郎のことを振り返った。

「別に、僕のことはお気になさらず。六時ごろにもサンドイッチなんかを少し摘みましたし、カレーなんて食べるのも、レトルト以外じゃ久しぶりなので」

 十人以上の椅子が並ぶ長方形のテーブルを囲んで、上座に静一郎が、その右に梓が、左に潤一郎が腰掛けることになった。バブルスくんは研究生からりんごなどのおこぼれを頂戴していたが、彼らが食事を終えて出ていくと、今度は上座の三人のほうへとやって来る。

「これ、バブルスくん!お行儀の悪い!!」

 バブルスくんは潤一郎のサラダの中から切られた卵をとると、それをムシャムシャ食べている。

「源さんや。バブルスくんをちょっと向こうへやっといてくれんかね」

「ほーい」と、食器戸棚で仕切られた、リビングのほうで聞いていた山賊男が、猿のことを抱っこしてまた別室へと消えていった。

「さてと、雁夜先生。時にお仕事のほうはどうですかな?」

 やはり腹が減っているせいだろうか、こんなに美味いカレーは食べたことがないと思いながら、潤一郎は一旦食べる手を止め、暫し考える。

「そう、ですね。まあ、どうということもありませんよ。病院なんて毎日同じことの繰り返しですから。出勤、外来診察、病棟回診、検査に手術……変わるのは患者だけですね。そして患者に個別性と多様性があるから、医者の仕事っていうのは面白いのかもしれません」

「つまり?」

 仕事で疲れてさえいなければ、もう少しまともなことが言えそうなんだがと思いつつ、潤一郎は溜息を着いて続ける。

「脳外科の手術っていうのは、ミリ単位の職人仕事だと思ってます。たとえば目当てとする腫瘍の0.1ミリ横に傷つけてはいけない正常な神経があるとして……そこを傷つけてしまって患者の意識が戻ってこないという例が確かにあるんですよ。けれど放っておけば確実に死ぬっていう場合は最善を尽くさなければいけない。でも、時と場合によってはわかりませんよね。その<最善>が果たして本当に<最善>なのかどうかなんて……」

「ふう~む。気に入ったぞ。あんたはどうやら確かに、いい人間のようじゃ」

 どこか仙人のような風格のある男にそう言われ、潤一郎は笑いそうになった。だが静一郎のほうでは確かに潤一郎のことが気に入ったらしく、食事のほうが終わると、娘の梓のことすら追い払い、今度はバーボンが出てきた。

「雁夜先生、あんた、イケる口かの?」

「まあ、普通程度です。昔のアメリカの医師仲間を標準にすれば、ということですが」

 爬虫類男は、グラスのバーボンを一口飲むなり、カピカピの頬をピンク色に上気させていた。そして右目ではこちらをしかと見、左目はどこか別のところを見ながら続ける。

「ここのところ毎日、梓の奴がな、あんたの話ばーっかりしよる。さっきの研究員どもも、そういう目であんたのことを見とったろ?『ああ、とうとうお嬢の好きな相手がやってきた』……あれはそういう目じゃ」

 潤一郎は確かに、食事中、じろじろと変な目で見られるとは思っていたが、そういう含みがあるものとは思ってもみなかった。

「べつに、花原さんはそういう意味で話したんじゃないんじゃないですか?手術の腕はなかなか悪くないとか、たぶんそういう……」

「黙んなさい!!」

 ここで静一郎が一喝すると、居間にある柱時計がボーンボーンと十一回鳴った。再びあたりがしーんとなり、ピィチチチ、とかギャアギャアいう鳥の鳴き声が続いたが、これは時計のからくりのなした業ではなく、居間の鳥籠に休む鳥たちの鳴き声であった。

「わしだってこんな話、したくてしとるんでないわ。梓はいつまでもこのまんま、このうちにおればいいと思うとった。じゃがな、梓はおまえさんのことが好きらしい。さっき一緒に食事をしてるのを見ておってそう確信した」

(さっき、彼女は一言も話してなかったと思いますが)と言いかけて、潤一郎は黙りこんだ。どうやらこのままもう少し、先のほうまで話を聞いたほうがいいらしい。

「娘はな、ちょっと変わっとる。ま、わしの見てくれほどではないがな」

 そう言って爬虫類男は、ピンク色の頬のまま、酒を飲んで笑った。

「梓が五歳の頃、滞在しとった先のアフリカで、妻のフランチェスカは死んだ。原因不明の病いでな。医者はマラリアとかなんとか言うとったが、わしは信じんかった。なんにしても、このまま娘まで死んだのでは堪らないと思って、わしは日本へ引き上げてきた。娘のために素晴らしい王国を作って、そこでお姫さまのような暮らしをさせてやろうと思うとった。ここに出入りする研究員たちには梓のことを「お嬢さま」と呼ぶようにさせ、梓のほうでも下僕どものことをよく顎でこき使ったもんじゃわい。娘は妻のフランチェスカのほうに似たのじゃろう、日を追うごと、年を重ねるごとに美しくなっていった……わしの勝手な想像ではな、そのうち大学の研究員のうちの誰かとでもねんごろな関係とやらになるじゃろうと思うとった。ところがじゃ、梓は「お父さまのような方がいたら結婚いたしますわ」と言うばかりで、そんな恋愛沙汰ひとつ起きんわけじゃよ。わしはな、わしは……」

 潤一郎には、何故彼がそんなことをしたのかさっぱりわからなかったが、静一郎は部分入歯を一度外し、もう一度ぱかりと装着し直して言った。

「このままでええんじゃろうかと思いつつも、やはり娘のことをずっと手元に置いておきたいという親心もあって、自然とそうならんのであれば、梓はずっとこの家におったらええとずっとそう思うとった。ところがじゃよ、今まで一度もそんな話はしたことはなかったというに、突然雁夜先生が、雁夜先生がと、熱に浮かれたように毎日話しよる。いいですかな、雁夜先生!?」

 ここが大事なところ!というように、カメレオンのような顔に凄まれ、潤一郎は思わず体を後ろに引いた。

「娘は確かに普通の物差しではかったとすれば、変わっておるのかもしれん。じゃがな、見た目は美人じゃし、そこのところはおまえさんも文句はなかろう。梓はおまえさんのする手術の間、ある音楽が聴こえるという。この世のものとは思えぬ音楽が……おまえさんも馬鹿じゃなかろうから、いいかげんわかるじゃろ。それが恋というものじゃと」

「その、こう言ってはなんですが」と、潤一郎のほうでもバーボンを片手に、やはり爬虫類男に反論することにした。「僕は手術の時、大抵モーツァルトの曲をかけるんですよ。ですから花原さんのいう音楽っていうのは、そういうことなんじゃないかと……」

 潤一郎がそう言うと、静一郎はまるで何かの発作の前触れでもあるかのように、ぶるぶると体を震えさせていた。もしかして、極度のアル中なのかと思われるほどである。

「おまえさんのように頭のいい人間が、何故わからんのかね!?梓は雁夜先生、おまえさんのことを好きなんじゃって何度も言うとろーに!!じゃがのう、こんなおかしな環境で育てたのがいけなかったんかのう、本人はそれが恋だとはまるでわかっとらん様子じゃ。な、おまえさんもここまで言えばわかりなさったろ?ここからおまえさんの取る道はふたつにひとつ!!ええかね!?ひとつは、梓のほうがではなく、雁夜先生、おまえさんのほうが梓のことを好きになったゆう振りをしてだね、どうにかうまく口説くこと、ふたつ目は今わしから聞いたことは、爬虫類が何か寝言を言ったと思って、何も聞かなかった振りして明日にもさっさとこの動物王国から引き上げる、このふたつにひとつじゃ!!ええかい!?」

「…………………」

 普通に考えた場合、花原梓のような美人に好かれるというのは、男冥利に尽きることではある。とはいえ、静一郎が言うようには、彼女が自分に熱を上げているようには、潤一郎にはまるで確信出来なかった。そこで、こう答えたのである。

「正直なところを言って」と、潤一郎はバーボンをストレートで飲み干すカメレオンに向かって言った。「僕はその種のことに関して決して鈍いほうではありません。自分にとって何やら都合が悪いと思うと、鈍い振りをすることはあるにしても……むしろ臆病であればこそ、自分が下手に恥を見ないために鋭く空気を読めるほうだと思います。その僕からして見ても、申し訳ありませんがお嬢さんが僕に恋をしているとは思えない。けれど、仮にもしそうであるとして、今お父さんが言ったことがすべて事実であるとするならば、時間がかかると思います。僕は今この瞬間まで、花原さんのことは仕事のできる素晴らしい人間といったようには思っていたものの、それ以上の感情を抱いたことはありませんでした。けれど、もし本当にそうなら……僕も色々と人生計画のほうを変えねばならないもので……」

 潤一郎はここで、不意に今後の人生計画について脳内会議を開くことになった。もちろん、その席上に着いているのは全員、潤一郎のことをミニチュア化したような五、六人ほどの人間である。

「おまえさんの人生計画っていうのは!?」

 ピンク色の頬を朱色にして、ブランデーグラスを片手にカメレオンが問い詰める。
  
「その……僕はずっとアメリカへ戻ろうかと思ってまして。こんなことを申し上げると、お父さんは僕のことを金の亡者か何かとお思いになるかもしれませんが、実際、アメリカに渡ったほうが僕は自分の腕を生かせるというか、ようするに儲かるのですよ。ですが、花原さんはここを離れては生きていけないでしょう?もしそうできるなら、わざわざ一時間半もかけて病院へなど出勤せず、もっと近い街中にマンションでも借りていたでしょうから。そう考えた場合、お嬢さんのことをアメリカへ連れていくというのは不可能です。けれど、僕は遠くない将来、K病院を辞めて違うことをしようと思っているので……」

「違うこと?ふう~む。ええね、ええことだよ、男として!!そいでおまえさん、ここに婿に来る気はあるかね!?うぃーっく」

 カメレオンはもう大分出来上がってきているようだったが、むしろ人間、酔った時こそ本音が出るように、どうやら静一郎はここの奇妙な環境に適応できるかどうかと、そう潤一郎に聞きたいようであった。

「そういうことも含めて、少し考えさせていただいてもいいですか?何分、玄関口から居間と食堂へ来た程度のことでは、この屋敷全体のこともよくわからないので……街中の大型スーパーマーケットへ行くのに一時間半もかかる環境というのがどういうものなのか、不便ではあってもあり余る他の恵みを感じて生活していけるのか、それともそのうち動物屋敷に嫌気が差して逃げたくなるのかどうか、今はまだなんとも判断がつきかねるので」

「ま、そりゃそうじゃな。なんにしてもまあ、おまえさんがまともそうな人間で良かったわい。それと真面目な話、わしももう七十になったのでな、梓の今後のことが心配になってきたというのがある……いや、わしのような老いぼれはな、先が短いので娘が手元におらんようになったとしても、それはそれで仕方ないとは思うとる。けども、わしは時々あれがとても心配になるのだよ。あれは果たして、わしが突然おらんようになっても今までどおり生きていけるかどうかということがな」

 今の日本で自分の父親を「お父さま」と呼ぶ子供というのは、ほとんどいないであろう。そこから察しても、また先ほどの花原の父親に対する尊敬の眼差しから見ても、潤一郎はこの父と娘が動物を介してかどうか、相当密な精神関係を保っていると感じていた。

「つまりだね、たとえばそこの廊下の水槽に生息しとるウーパールーパーのウパちゃんとルパちゃんじゃが、どっちか片方が死ぬとまた、どっか別のところから連れて来られて「ウパ」とか「ルパ」と名づけられることになっとる。大体、他の動物も事情は似たり寄ったりじゃ。そうやってまるで何か生まれ変わりみたいにこの屋敷内じゃ輪廻転生が繰り返されておるんじゃよ。それはこの屋敷にやってくる研究員たちも同じじゃな。ある者は去ってゆき、また別の人間が動物の世話をしにやってくる……梓は、それがこれからも永久に続くと、心のどこかで思っとるんではなかろうか。わしはそのことがとても心配なのじゃ、雁夜先生。もし仮に今日のうちにでもわしが心臓発作で急死するとするわな。ところが、梓にとってわしの代わりはおらんのだて。仮にわしにそっくりの、斜視でカメレオンによく似た小男が宇宙の果てからやって来るにしても、それはわしではない。雁夜先生、わしの言いたいことがわかりまするかな!?」

「まあ大体」と、潤一郎は微苦笑した。「つまりお父さんは僕に、娘さんにある種の免疫をつけさせろとおっしゃりたいのですか?ただ、僕が人から色々と話を聞いたことと考え合わせるに……それはたぶんとても無理な難題ですよ。おそらく普通の男には荷が重過ぎて無理です。僕にしても、今よりずっと年が若かったとしたら、お嬢さんが綺麗なのにポッとなって一時期は動物のことやら何やら、随分熱心に研究したかもしれない。何より、彼女と話を合わせて、なんにせよ自分のものにするために……けれど僕も、来年で四十になりますからね。昔よりは随分、色々とわかるようにはなったつもりです。こんなことを言っては失礼かもしれませんし、悪気があって言うわけではないのですが、K病院で花原さんは一種、<天然記念物>として扱われているようなところがあります。でも僕はそういう意味では凡人なので、果たして天然記念物と凡人でうまくいくのかどうか……」

 ここで潤一郎が少し自信なさげに首を傾げると、静一郎は「ヒャッハハッ!!」と、妙に上機嫌な声で笑った。

「ふむふむ。なかなか面白いですな、雁夜先生は。さすがは梓が見込んだだけのことはありますわい……ささ、もう一献」

「どうも」と言って潤一郎がバーボンを注いでもらっていると、静一郎はボタンダウンのシャツの上でしきりとサスペンダーをビシバシ伸ばしたり離したりを繰り返したのち――突然その場から立ち上がった。

「寝室のほうは、梓に用意させましょう。いつもは客人がくると、大抵はさっきの源さんが客室の用意をするのじゃがね、まあ、娘のことは好きにしていただいて構いませんので」

 そう言い残し、静一郎は少しふらつく足どりで食堂から出ていった。廊下のほうで、「お~い、梓や。雁夜先生の寝室をご用意しなさい。くれぐれも粗相のないようにな」などという、酔っているとは思えないやけにはっきりした声が聞こえる。

「あら、雁夜先生。どうかなさいまして?」

 暫くしてパタパタという足音ともに、居間の入口に梓が姿を見せ、潤一郎は驚いた。何に驚いたといって、彼女が真っ白なフリルのパジャマを着ており、すっかり髪を下ろしていることに驚いた。

「……その、鳥っていうのは不思議なもんですね。こんなふうに巣の中で寄り添って、目を閉じて寝るんだなと思って」

「まあ、そんなことですの。ここの籠には十姉妹とかセキセイインコとか、ペットショップでも売ってるような鳥しかいませんけど、外の鳥獣舎にはもっと珍しいのがいっぱいいますわ。明日、案内して差し上げます」

「はあ……」

<花原ワールド全開>になった時の花原師長には要注意――といったように園田より聞かされていた潤一郎ではあったが、その翌日は彼にとってとても楽しい休日となった。サギやタカにハヤブサ、クマゲラやコゲラ、ヘビクイワシなどなど、そうした鳥の生態について、梓が生き生きと語る様子を見るのは楽しいことだったし、他にも私有動物園よろしく、色々な動物を観察することが出来るため、潤一郎は脳外科医として随分多くの刺激を受けた。

 つまりそれはどういうことかというと、潤一郎は脳外科医として「真に人間を人間たらしめているものは何か」ということをずっと考え続けているのだが、それは脳に何度電気メスを入れようとも、いつまでたっても解決しない難問中の難問であるように思われた。よく言われる、「ある無神論者が脳外科医にこう聞いた。「人間の脳の中にメスを入れて、そこに神を見たことがあるかね?」、そして脳外科医はこう答えた。「確かにわたしも、宇宙やうさぎが脳から飛び出してくるのを見たことは一度もない」と……何かこうした種類に関する問題である。

 人間の脳の構造がすべてではないにしても、ある程度まで「ここはこうなっているらしい」とわかった現代でも――「人間の意識とは何か」という難問は解決していない。潤一郎は確かに今、自分のことを「雁夜潤一郎である」と正常に認識している。また他の彼の周囲にいる人間たちも、「確かにあなたは雁夜潤一郎さんです。それが何か?」としか思わないであろう。だが、脳のある箇所にちょっとメスを入れただけで、ある人間は自分の家族を知らない人だと思うようになるであろうし、海馬を取りだせば新しく記憶を蓄積できないという状態になる。人間が<意識>と呼ぶものには、そうした脆弱な側面があると、潤一郎は脳外科医としてよく知っていた。第一、この海馬を取り出して解剖してみれば、人間の記憶に関するシステムがわかるわけでもない。人間の脳というのは実によく出来ていて、知れば知るほどこんなものを作った存在は<天才>であるとしか思えないが、この仕組みをすべて解明し、一から組み立てて女性の分娩を通さずにもうひとりの<雁夜潤一郎>を仮に複製できたとしよう。ではこれで人間は神と等しくなれたといえるかといえば、当然そうではない。ここからは潤一郎自身の想像になるのだが、もうひとりの<雁夜潤一郎>はおそらく、「我思う、ゆえに我あり」という意識を持ちえないのではないかという気がしてならない。いわゆる、植物人間のような一般に「意識がない」と呼ばれる状態である。

 ではここで、動物――この場合は鳥に話を移してみよう。犬や猫、あるいは猿やチンパンジーやオランウータンには人間と同じような心、意識があると主張する人はきっと多いに違いないと潤一郎は思っている。では鳥はどうだろう?この翼ある生き物を潤一郎は愛らしいと感じたり、あるいは頭がいい、格好いいなどと感じたりするが、正直なところをいってあの小さい脳の中に<意識>なるものがあるとは思えないのである。昔、インコを飼った経験からも思うのだが、彼らの頭の中にあるのはおそらく、その九十パーセント以上が鳴くこととエサのことではないかという気がしてならない。もちろん、潤一郎は愛鳥家たちを恐れるあまり、このことを口に出して言うつもりはない。そして人間の<意識>に当たるものがないからと言って、では鳥が人間より劣った下等生物かといえば、その点については潤一郎も即座に否と答えるだろう。

 つまり、潤一郎が言いたいのは、鳥の中にはインコやオウムや九官鳥など、人間の言語を覚えてしゃべるものがいるということである。だが彼らは人間の言うことを音で聞いて繰り返すというだけで、本当にその意味を理解しているわけではない。それが潤一郎の言っている<意識>の問題ということである。

 そして潤一郎がつらつらとそんなことを考えながら、梓と鳥獣舎を回っていた時、突然にわか雨が降ってきた。鳥獣舎の端に屋根つきの東屋があったので、ふたりは急いでそこに駆け込んだのだが、その時に潤一郎は隣の美しい女性を見上げて、おかしな気持ちになった。この<おかしな>というのはエロティックなという意味ではなく、身長が152センチしかない潤一郎と、モデル並みに背の高い梓とでは、約二十センチほどの背丈の差があるということである。

 オペ室では術野をよく見ることが出来るようにと、足下に台を置くのであまり気にしたことはないのだが、一緒に並んで立ってみた時に自分のほうが見下げる側の男に、彼女は果たして恋などしているのだろうかとあらためて不思議になったのである。



 >>続く。





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