天使の図書館ブログ

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動物たちの王国【第一部】-21-

2014-02-11 | 創作ノート
【カラスのいる麦畑】フィンセント・ファン・ゴッホ


 今回も特に書くことないので(汗)、またどうでもいいような話になります

 前に参考にさせていただいた、月間ナーシングの2013年4月号の臨床エピソードに「血圧が下がったらとりあえず下肢挙上!?」というエピソードがあって、それを読んだ時に少し思いだしたことがあるんですよね(^^;)

 ↑のエピソードの場合、患者さんの血圧の下がった理由が「心筋虚血」ということで、「とりあえず下肢挙上」というのはということでした(「下肢挙上すると心臓に血液が送り込まれるので一時的にも血圧を上げる効果が期待できる。一方、心機能が低下している場合は下肢挙上してしまうと、送り込まれた血液が心臓に負担をかけてしまう」とのこと)。

 んで、その昔夜勤があった時に、めっちゃ厳しい鬼看護師Aさんと鬼看護師Bさん、看護師としてまだ少し修行不足であるように見受けられるCさんと一緒になったことがありました。

 まあ、めっちゃ厳しい鬼看護師Aさんは4床だけあるICU担当なので、そっちが忙しくて一般病棟にはそんなに顔を出すことはありません。そして一般病棟のほうは鬼看護師BさんとCさんとで担当することに。

 そんで、Cさんが担当してる病室のほうで、「理由はわからないものの、何故か血圧が低い」という患者さんが一人発生したらしく……AさんとBさんが休憩室で歓談中、「どうしたらいいですか?」みたいに聞くCさん。

 わたしももうあんまりはっきり覚えてないんですけど――「自分で考えれば?」だったか「学校で習わなかった?」とか、何かそんなようなことを言われて、どうしていいかわからない感じのCさん。

 血圧が下がったら下肢挙上というのは、とりあえずすぐに思いつくことのようで、それでも血圧が下がらないからこそCさんは先輩ふたりに相談したということ。

 いえ、鬼看護師AさんとBさんは鬼同士で反発しあうのかと思いきや、何故か休憩室でも仲良く歓談してる様子……でも相談しても何も取りあってもらえず、Cさんはその日、あまり休むでもなく気になる患者さんの様子を暗い病室の中で見守るということになったのでした。。。

 もちろん、CさんはCさんで他に同年代の仲のいい看護師さんがいるので、きっともってあとから「この間の夜勤の時さー」みたいに話してるとは思うんですけど、看護師さん同士の人間関係っていうのも、時に難しいものがあるんだなあ……とぼんやり思ったものでした

 というより、この場合は血圧が低いのが気になるけれど、まだお医者さんに電話しなきゃいけないというほどでもない……ということらしく、でも「もしかしてこういう時に医療ミスが起きたりするのでは??」とあとから思ったりしたんですよね(^^;)

 これは他の人から聞いた話なんですけど、仲の悪いD看護師とE看護師と夜勤が一緒になったFさん。ふたりは休憩室でもほとんど口を聞かない仲なので、Fさんがふたりのクッションになるような形で忙しくふたりの間を行ったり来たりしたという話……こういう時にもし問題になるような医療ミスが起きたとしたら、調査報告書みたいなものには、DさんとEさんは仲が悪く、ふたりに気をつかうあまり疲れたF看護師がうっかりミスをしてしまった……みたいなことは、一切書かれないんじゃないかなと思います

 まあ、わたし自身がなんとなーく思うには、「えっ!?なんでそんな馬鹿なことが起きたの!?」っていう医療事故の裏には、結構医療現場における複雑な人間関係が密接に絡んでることが多いんじゃないかなという気がします(^^;)

 看護師さんの仕事の何が大変って、必要最低限の仕事をするだけでも大変なのに、そこに同僚との複雑で微妙な人間関係が絡んでくることが、実は一番大変なんじゃないかなという気がしました。

「ただ精一杯看護師としての仕事をする」というのであれば看護の仕事を続けられるし、患者さんとも概ね良好な関係を築けるけれども、同僚との人間関係的なあれこれが絡んでくるのが実は一番面倒だ……と思ってらっしゃる看護師さんって、世間の人が思ってる以上にとても多いんじゃないかなという気がします

 看護職は離職率高いって言いますけど、実際それも道理という気がしたり。というのも、自分と気の合う人や仲のいい人が辞めちゃったりすると、途端に仕事が面白くなくなっちゃったりとか、実際結構あると思うんですよね(^^;)

 プロフェッショナルとして、そんなことに左右されてはいけない……と上から言うのは簡単ですけど、鈴村主任のようにずっとキツイ現場で立っていられる人というのは、本当は極少数なんじゃないかな、と思ったりもします。

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第一部】-21-

「結城先生、気をつけたほうがいいですよ」

「何をだ?」

 研修医の野田克己に翼は兵士宿舎で待機中にそう声をかけられた。時刻は真夜中のことだったが、野田はICU診療のことで勉強したいことがあり、本棚の本を広げては勉強していた時のことである。

「その、イニシャルで言うとしたらASのことです。俺、あいつと高校が一緒だったからわかるんですよ。あいつに対してああだこうだ説教した体育の若い先生が、交通事故で怪我したりとか……何故かそういうことが不思議と起きるんです。俺が高校の時、やっぱり綾瀬と中学が一緒だったって奴がいて、そいつも言ってましたね。『関わりあいになると、ろくなことのない奴だ』って」

「ふうん。今日あいつは日勤で、今この場にはいないってのにイニシャルで呼ぶなんざ、綾瀬の奴はおまえら研修医の間でヴォルデモート卿の如く恐れられてるってことなのか?」

「しっ、結城先輩は何かと声が大きすぎですよ」

 確かに深夜になると、病院の廊下はどこもしんとして、人の声が通りやすくはあるだろう。だが翼は仮にドアのすぐそばに耳をつけている間者がいたとしても、まるで構わなかった。というより、野田のそうした小心な心遣いこそが疎ましいように感じられる。

「とにかく、俺が心配してるのは、結城先生が仕事が終わってふらふらで、すっかり油断しきってる時にでも――たとえば病院の駐車場ででも、覆面の男に襲われたりしないかっていう、そういうことなんですよ」

「へえ……っていうことはアレか。前にもそんなようなことがあったってことか」

 翼は病院に出勤前、コンビニで買ってきたカツ丼をレンジで温め――割箸をパキリと折るとそれをかきこみはじめた。つい先ほど自損患者が担ぎこまれて来たのだが、最近は世相を反映してか、そうした患者が以前にも増して増えている。インターネットで海外から睡眠薬を取り寄せ、それをウォッカで一気飲みしたという五十代後半の男だった。「あのまま死ねたら幸せだったのに、何故助けた」と泣きつかれたが、経験上色々な自殺患者を見てきたので、翼にはよくわかっている。

 あくまでもこれは、翼の経験上ということではあるものの――なんらかの薬物で自殺しようとする人間は、薬の効果が抜けたあと大抵こう言うのだ。「死なずに済んで良かった」とか「もう一度頑張ってみます」といったようなことを……。

「というより、俺も最初はそうした噂については半分信じてませんでした。『いや、まさかそこまでのことはな』って、そう思ったので……けど、俺が高校二年の時、学校で死人が出ましてね。俺はその時にはあいつとクラスが別になってたんですよ。でもその死んだ矢口って奴のことは今もよく覚えてます。<おまえら全員呪ってやる>って、クラスメイト全員にメール送ってから死んだそうですからね」

「そのいじめを扇動してたのが綾瀬ってことか?」

「そこまでのことはわかりません。けど、クラス内で綾瀬の奴がピラミッドの頂点に君臨する感じだったことを思うと……その可能性は高かったんじゃないかって、今もそんなふうに思ってます。俺は矢口のことは直接はそんなに知らなかったんですが、俺の友人が結構親しくて、『自分が死んでも俺を助けなかったことを後悔しないでくれ。俺はそんなこと望んでない』みたいなメールが最後に来たそうなんです。それ以来そいつ、精神的にちょっとおかしくなっちゃって。さっき運ばれてきた男もそうですけど、自分が死のうっていう時には人ってたぶん、かなりのところ視野狭窄に陥ってると思うんですよね。だからわからないのかもしれません。自分が死ぬことで、周囲にどんな迷惑がかかるのかとか、それがどのくらい尾を引くものなのかっていうことが……」

「確かに、そりゃそうだな」

 翼がカツ丼を食べる手を止めていると、野田は慌てたように付け加えた。

「すみません、なんだかこんな湿っぽい話……ただ、結城先生には知っておいて欲しかったんです。今はまだそれほど実害のようものは出てませんけど、これから先のことを考えて、結城先生も出来れば腫れ物に触るような感じであいつとは接したほうがいいんじゃないかと思って」

「なるほどな。けどまあ俺は、腫れ物をぶっ潰して膿を出すことのほうを好む質なんでな。その結果、覆面をしたショッカーみたいな奴にキィキィ取り囲まれて、殴る蹴るの暴行を受けたとしても――幸いここは病院だろ。駐車場でぶっ倒れてる俺のことを誰かが発見して、どうにか助けてくれるだろうよ」

 翼がそう答えると、野田はただ頭を横に振り、再び自分の勉学の世界へ舞い戻っていった。そんなふうに机に向かっている野田に対し、(つくづくつまらん奴だ)と翼は感じる。他の研修医たちは隣の兵士宿舎で仮眠を取っているのだが、そんな中ひとり勉強しているというのは感心だと言うべきなのかもしれない。だが野田が綾瀬におもねって何かと便宜をはかっていることを思いだすと、翼にはたった今野田がしてくれた忠告までもが、疎ましいもののように感じられていた。

(まあ、いっか。どうせ俺、ここを辞めちまうんだし……もうこいつら後輩研修医の面倒を見なくてもいいわけだしな。あとのことは自分たちで好き勝手にやれってんだ)

 けれど翼はここで、以前羽生唯が『結城先生は途中でこんなふうに物事を投げだす人じゃないと思います』と言っていたのを思いだし、少しばかり複雑な気持ちになった。

(そうか……まあ、俺は自分が駐車場でショッカーどもに襲われる分には構わないんだがな。綾瀬の奴がこれからも唯にちょっかいを出し続けた場合はどうなるか……)

 ベッドのひとつに横たわり、薄い毛布を上にかけたまま、翼は天井を見つめて考え続ける。

 だがやがてねっとりとした泥のような睡魔の波に襲われ、うとうとと深い眠りに落ちてしまった。そして明け方に野田に起こされ起床すると、夜の繁華街で口論となったヤクザ者が怪我をして運ばれてくるということだった。

(やれやれ。おまえらがやって来なけりゃ俺はいい夢見たままでいられたってのに)

 翼はそんなふうに思いながら、ストレッチャーの上で桜吹雪の刺青のある患者の外傷を治療していった。片方の男のほうは血だらけで鼻が曲がり、前歯がほとんどない状態で失神している。そしてもうひとりの体格のいいほうは、ナイフで脇腹を刺されている以外は比較的軽症だった。

 喧嘩の図式としてはおそらく、体格のいいほうが桜吹雪を優位に殴り続け、ついにそのことに切れた遠山の金さんがナイフを取り出した――おそらくそんなところだったに違いない。

 翼は野田にナイフによる外傷男を任せると、自分は顔の潰れた男の治療に当たった。体のほうの傷は肋骨が折れている程度だったものの、どうやら衣服が血まみれだったのは頭部の外傷が原因だったらしく、こちらは少し厄介だった。

 手術をし、血腫を取り除いたものの、果たして意識が戻ってくるかどうか……頭に包帯を巻かれ、頬や鼻の頭にガーゼを当てられた男は、奇妙に曲がった口から人工呼吸のための管を挿入されていた。

「馬鹿なんじゃないですかね、こいつら」

 ぐっすり寝入っていたところを叩き起こされた研修医の藤井が、うんざりしたように言う。

「たかだか喧嘩のために片方は意識不明、もう片方はそのことに良心の呵責を感じるでもなく、今じゃ部屋でぐーすか寝入ってますよ。あんな奴、麻酔なしで傷を縫って、とっちめてやりゃ良かったのに」

「まあ仕様がないよ」と、野田が欠伸して言った。「それより俺は疲れたから、ちょっと寝る」

 看護師たちに必要な指示を出したあとは、再びみな兵士宿舎にずらかっていった。そしてそんな様子の彼らを見ていて翼はあらためて思う。

(この様子じゃ、栢山みたいに研修を終えたあとまた救急部に来てもいいなんていう物好きは、ひとりもいなさそうだな)

 むしろ今の騒ぎですっかり目の冴えた翼は、心の癒しを求めて精神科ERの保科拓海に自損患者の経過について話を聞きに行った。胃洗浄しなくてはいけないほどの量ではなかったこともあり、精神科医の保科が患者から自殺に至った経緯をさらに詳しく聞いているはずであった。

「事業に失敗して、借金だけが残るくらいなら、あのまま死なせて欲しかった、か」
 
 何よりも患者は、自分より家族のことを心配していたという。自分が死んだのちに残る保険金で、借金は大体のところチャラになる予定だったのに、と……。

 翼は精神科ERの保科部長に話を聞いているうち、さらにまた暗い気持ちになって兵士宿舎のベッドへ戻ることになった。そして(まったく俺もなんのためにこんな因果な商売に手を染めることになったんだか)と思い――そのあとに羽生唯のことをふと思いだした。

 この前日、唯は非番だったが、朝出勤してくる彼女の顔を見てから自分は帰ることが出来るだろう……そう思うと翼は、俄かに心を癒されるような気がして、そんな自分に我ながら驚いていた。



 >>続く。





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