天使の図書館ブログ

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動物たちの王国【第二部】-8-

2014-03-04 | 創作ノート
【日本犬、たま】ピエール=オーギュスト・ルノワール


 実をいうと前回のルノワールの「座る若い女」は外科の高橋師長のイメージだったりします(^^;)

 んで、今回のトップ絵の「日本犬、たま」を見ると……目のあたりが何故かとても似ているように感じるという。。。

 まあ、「だからそれがどーした☆」という話ではあるんですけど(笑)、なんにしても↓の瑞島藍ちゃんの仕事といい、次回からの手術室に関してのお話といい、看護師さんやお医者さんの仕事について、わたしの書いてることは極めて「いーかげん☆」なものだということで、よろしくお願いしますm(_ _)m

 他の言い訳事項については特にないので、今回もまた前文で書くことないなあということで、↓の本文に関したことでも少し……と思います

 ずっと昔のある時、機能訓練室というか、リハビリ室から電話がかかってきて、「患者さんのオムツを替えにきて!!」と言われ、渋々ながらリハビリ室へ向かったということがありました。 

 いえ、そこの病院の理学療法士さんっていうのは、とてもいい人が多い……という印象だったんですけど、その方はたまたまちょっと違ってたのかどうか、よくわかりません。

 なんにしても、行ってみると患者さんがオムツを広げて大股開きをしているところでした

 正直、一体何がどうなったからそうした状況になってるのか、まったくわかりませんでした。まわりには普通にリハビリしている他の患者さんたちがおり、そんな中で下半身を丸出しにしてるっていうのは……ご本人にとっても恥かしいことだし、わたしもただ訳もわからず「ごめんね、ごめんね、△△さん!!」とひたすらにあやまって、オムツをどうにか交換したという感じでした。

 その理学療法士さんからは特に謝罪の言葉も何もなく、「それがどうした☆」という態度だったのには実際驚いたというか(^^;)

 いえ、理学療法士さんって見ていてものすごおおく忍耐の必要なお仕事であるように見えたので、「多少のこと」はしょうがないんじゃないのとわたしも思うんですけど、この時だけは「多少」どころじゃなくびっくりしたという、何かそんな感じだったかもしれません。

 なんにしても、病院とか何かの施設といった場所では、時々プライヴァシーに関して「びっくりするようなこと☆」が起きるものなのかなって思ったりもします。

 というか、自分的に病院とか絶対入院したくないって思うんですよね。特にそういった内側的なものをまったく知らないままでいたら、たぶんわたしも看護・介護する人とか医療者さんに対して「とてもいい人ばかり」という夢を持っていただろう……と思うんですけど、今じゃあなんというか、もうそういうのはないですから(笑)

 それでも、前回のルノワールの絵じゃないんですけど、こういう全体的に優しさとか母性みたいなものが溢れていて、手負い~で瑞島藍ちゃんが言ってたみたいに「この人にならべつに哀れまれてもいっか☆」というくらいの雰囲気の人はごくごくたまにいるのかもしれません。。。

 それではまた~!!



       動物たちの王国【第二部】-8-

「おい、瑞島。おまえ、手術室に異動になるんだってな」

「情報速いっすね、結城先生。一体誰から聞いたんですか?江口の姉御か美園さんあたり?」

 朝の回診が終わり、ナースステーションのほうへ引き返す廊下で、翼は彼女が肩を並べた時にそう聞いた。ふたりとも、回診の間はほとんど会話せず、仲の良いところなど微塵も滲ませなかった。患者のひとりひとりに今日の気分や病気の具合を聞き、患部の診察を繰り返すという、ただそれだけである。

「ま、そんなとこだな。なんにしても、外科の主任補佐からオペ室の師長に昇進おめでとうってとこか。なんか食いたいもんがあったら、ご祝儀代わりに奢ってやってもいいぞ」

「あ~あ。先生は呑気でいいですよねえ。こちとら来月から新しい場所で一からやり直しかあと思うと、気が重くて仕方ないのに」

 まるで自分の双肩に正体不明の霊がのってでもいるように、瑞島はげんこつで自分の肩を叩く。

「ふうん。おまえみたいな能天気ナースでもそんなふうに思うのか。でも瑞島の場合はあれじゃね?江口さんとも園田の奴とも顔なじみで、ちっとは交流があるわけだから……少しはその新しい環境とやらにも馴染みやすいんじゃねーの?」

「どうなんすかね。唯一の救いはあれっすよ。現師長の花原さんがまだ暫くはオペ室にいて引き継ぎしてくれるってこと。わたし、昔脳外で一時期、花原さんと一緒だったことがあるんですよ。彼女がオペ室送りになる少し前……すごーくどころか、すごおおおおく厳しい先輩でね、そのこと思うと、どんなふうにビシビシ引き継ぎされるんだろうって、今から胃が……あいててて」

「そっか。まあ、がんばれや。俺が執刀医の時もしなる鞭でビシビシ叩いてやっから、何ひとつ心配する必要はねえって」

「まったくもう、人事だと思って!!」

 瑞島が白衣の背中を叩くと、翼は「ははは」と笑って、医局のある階へ向かった。今日は午前の十一時にはじまって、そのあとずっと手術の予定がぎっしり詰まっているのである。

 瑞島は現在、外科の主任補佐という立場にある。とはいえ、夜勤も月最低三~四回はあるし、補佐とは名ばかりの、ただの看護師たちのリーダー役、面倒なまとめ役といった側面の強い立場だった。仕事自体も他のナースと同じで何ひとつ変わらない。割り振られた担当の病室の患者のバイタルを測り、話を聞き、点滴をしてまわり、手術予定のある患者には術前の準備をし、検査室に患者を下ろして介助したりと、唯一違うといえば、そんな中でも他の看護師たちの業務が滞りなく進んでいるかどうか、常にチェックの目を走らせねばならないことだった。

 この時も瑞島は詰所の点滴バッグが置かれている台所まわりを見、おかしなところはないかさり気なく点検してから、ナースステーションのテーブルで電子カルテを開き、記録をとっているところだった。

「あーあ、藍ちゃんがいなくなったら、外科病棟もつまんなくなるよ。その分オペ室は盛り上がっていいだろうけどねえ」

「んなこたあないって。とゆーより、あたしも別に行きたくて行くんじゃないもん。オペ室なんて」

「だよねえ。あたしも外科に来る前に二年いたけど……患者さんとの交流に飢えるんだよね。介助なんていっても、向こうは手術前で緊張してガチガチだし、マスクで顔半分隠れてるこっちのことなんて覚えてやしないっていうか。もちろん、顔覚えられたいわけじゃ全然ないけど、心の交流みたいなものが浅いし、手術室は緊張のオーラで満ちてるし、なんかストレスでガンリスクが高まる気がするのよね、オペ室にずっといると」

「やだあ、後藤さん、怖いこと言わないでよ。それじゃなくてもわたし今、ストレスの塊なんだから。家に帰ってからも術式の本を開いて勉強したり……しかも普通の異動と違うから、余計にくるものがあるのよね。オペ室内で師長が一番仕事できないってどうよ?みたいな」

 ここで、楕円形のテーブルを囲っていた看護師が全員笑う。

「それにしても、あの変人として知られる花原さんが結婚するとはねえ。瑞島、あんたも誰か将来有望なドクターをオペ室で捕まえておいたら?たとえば結城先生とか」

「そうそう。だってあんたたち、傍から見てても仲いいじゃん。「先生、彼女いないんだったら、わたしなんてどうですかっ」みたいに言って、つきあっちゃえば?」

「やだなあ、美木さん。結城先生とは全然そんなんじゃないんですってば。たまにごはん食べに行きますけど、せいぜいいってそんな程度だし……」

 ここで、十一時半から休憩に入る予定の看護師が数名、軽く引き継ぎして休憩室へ向かう。そして偶然にも、瑞島と特に仲のいい看護師の、三田と神藤、金澤の三人が残った。他のナースたちは病室で仕事をしており、出払っている。

「いいじゃん、藍ちゃん。結城先生、わたしも結構脈あると思うもん」

「そうかなあ。でもなんか、あんまりそういうオーラを感じないんだよね。あくまでも同僚のお友達として軽口叩いてるって感じで……」

「ふうん。じゃあ逆にさ、瑞島。結城先生に「俺、実は前からおまえのこと……」みたいに言われたらどうする?じゃあつきあっちゃおっかなってことは、それはもう好きってことでしょ?」

「あ、言ったね、金澤。そんなこと言ったらあんただってそうでしょーよ。カナちゃんだって結城先生に突然告白されたりしたら……そりゃもう当然、そうなっちゃうってことでしょ?」

「なるなるなるー!!」と、三人が声を合わせて盛り上がる。

「いいよねえ、結城先生。妄想し甲斐あるあるだよ。夜の海辺でキスしたりとか、港に泊めた車の中で手を握られたりとか……」

「あっ、あたしは映画館かな、映画館。えっ、こんな時にそんなところ触らないで妄想とか。きゃーっ」

「きゃーって神藤、あんたどういう妄想してんのよ。せめてこう、白衣の中に顔うずめるとか、口に出すのはその程度にしておきなさいってば」

「みーちゃんこそ、その言い方だと口に出せないようなこと……」

 ここでファイルの束が飛んできて、三人娘の頭をそれぞれ一回ずつ叩いていった。

「こら、三人ともくだらないことくっちゃべってないで、仕事しなさい。511号室の金山さん、MRIの検査が終わったから、迎えに来てほしいそうよ」

 511号室担当の金澤が、「はーい」と暗い返事をして、エレベーターのほうへ向かう。三田は食事のカートが届いたため、食前の薬をチェックしはじめ、神藤はあたためておいた経管栄養食を繋ぎにいった。そしてここでナースコールが鳴ったため、瑞島もまた立ち上がる。

「あたしが出るからいいわ。それより瑞島、あんたは記録を済ませちゃいなさい」

「あ、はい」と、永井主任に答え、瑞島がちょうどあと少しで記録が終わりそうだった瞬間、病棟の電話が鳴った。他にナースステーションに人がいなかったため、当然瑞島が出ることになる。

「こちら外科病棟です」

『お宅の佐渡伸介さんって患者さん、突然泣きだして、「わしゃもうリハビリなんて嫌じゃ~」って動かなくなっちまったんだけど、誰かひとり、ちょっとあやしに来てくれないかな?』

「……わかりました」

 一応そう答えはしたものの、「そのあやすのもそっちの仕事なんじゃないの?」と瑞島は思わなくもない。とはいえ、時刻はすでに十二時近く――(あーあ、わたしもお昼に入るところだったのにな)と思いつつ、瑞島は七階にある機能訓練室まで佐渡伸介をあやしにいった。

 そしてマットの上で体を丸め、滂沱と涙を流す七十五歳のおじいさんを、どうにかなだめて車椅子に乗せたのである。

「ほら、佐渡さん。もうお昼時だから一度病室に帰ろっか。今日は匂いからすると、なんかカレーっぽかったけど……佐渡さん、カレー好きだっけ?」

「ひどいっ……うううっ、ひどいぃぃぃっ!!」

 佐渡伸介は左半身に麻痺があるという以外、見当識のほうもはっきりしており、認知症といったいわゆるボケの症状は一切ない患者だった。にも関わらず、彼がこんなに荒れているのを見るにつけ、瑞島としては何かが解せない。

(一体あんた、何したの?)というように、リハビリに当たっていたらしい若い理学療法士のほうを振り返る。

「わかんねえんだよ。「痛い、あんたは乱暴だ。警察呼ぶぞっ」て、そればっかりでさ」

 薄いブルーの制服を着た、やや太めの男は「理解できん」というようにしきりに首を振っている。

「あっ、わかった。これよ、これ」

 瑞島は佐渡さんの耳に普段装着されているもの――肌色の補聴器がマットの脇に転がっているのを見て、それを拾い上げた。

「何かの拍子に床に落ちちゃったんじゃない?それで、理学療法士のお兄ちゃんが何言ってんのかわかんなくて、突然体動かされたりしたもんだから……たぶん、それが原因なんじゃないかしら」

「そりゃ気がつかなかった」

(「そりゃ気がつかなかった」じゃないわよっ!)――そう思いながらも瑞島は、とりあえず車椅子に座って落ち着いた佐渡に鼻をかませると、五階の病棟へ連れ帰るということにした。

 リハビリを担当している理学療法士たちは、瑞島の知る限り、実に忍耐強くて優しい、いい人である場合が多い。けれど、看護師や医師の中にも「人としてちょっとどうなの?」という人間が時に混ざっているように――仕事に対する姿勢に問題のある人間というのは、どこにでもひとりはいるものなのかもしれなかった。

(このおじいちゃん、五日後には大腸癌の手術を受けるために、向かいの老健からうちの病棟にやって来たのよね)

 そう思うと、車椅子を押して廊下を歩きながら、瑞島は少しばかり暗い気持ちになった。何故といって佐渡伸介は体が細く、これから行われる予定の手術と抗癌剤治療に耐える過程で――「ひどいぃぃ、おまえらはひどいっ!!」と、今度はこちらが言われるのではないかと、そんな気がしてきたからある。 



 >>続く。





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