(アルフォンス・ミュシャ【一日の四つの時刻:夜の安らぎ】)
今回で最終話です♪(^^)
ちなみに、原作カルになるべく忠実であろうとすればするほど、カルって恋愛的なアクションを何ひとつ起こさない人だな……っていうのがあるので、そこらへんは多少無理にでも(?)カルに動いてもらってるよーな感じだと思いますww
今回も冒頭で、水差しに水が入ってないくらでカルはイラッとしてるわけですけど、ここも書いてて「こんなことくらいでカルって苛立つかな~☆」と思いながら書いてました
んでも、原作カルって、よく考えたらどんな時に怒るのかなって思ったりもして(^^;)
とりあえず、こみくすの2巻にはカルが「チッ」て舌打ちする場面&苛立ちのあまり爆撃を行うシーンがあるわけですけど、他に「カルってこゆ時に怒るらしい☆」と推測されるのが、4巻のネイとガラの会話。。。
ネイ:「ガラー!!
ニンジャ・マスターの称号を持つ貴様が、かつての友とはいえ反逆団最大の敵であるD・Sにたやすく懐柔されその手先になり下がるとは!!」
ガラ:「へへへ!!カルみてーなコトゆってんなよ!!
オメーの方こそ本当はD・Sのもとへ来たんじゃねーのか、アーシェス・ネイ!!」
ここ読むと、「あ、カルってそーゆー怒り方なんだ☆」みたいのがわかる気がします(笑)
軍の中で寝返りとか裏切りがあったりとか、部下が道義にもとる行為をした時とか……まあ、そーゆー時に真面目に四角ばった(?)怒り方をするのかな~なんて。。。
あと、わたしが思うにカルって、自分が信用した人の言葉に物凄く左右されやすい人なんじゃないかなっていうのがあって(^^;)
D・Sは言うまでもなくもちろんのこと、24巻のネイの言葉もそうだし、アビが「破壊神で我らの理想郷を創りだすのですよ!フハハハハ☆」的なことを言った時も、アビのことを割合すぐ信用しちゃったんじゃないでしょーかww
だからまあ、きっと毎晩寝る前にシェラから寝物語を聞いたりするっていうのは――結構カルにとって自己肯定感のあることなのかなって、思わなくもなかったり。
このSSを書きはじめた時は、最後のほうでカルとシェラの関係が一歩対等に近づく……みたいな終わり方を想定してたんですけど、書いてみたらなんかシェラはもうカルの「下」にいられるだけで幸せっていうか、なんかそーゆー感じで終わっちゃいました(いえ、下っていうのはべつに変な意味じゃなく・笑)
それと、作中に出てくる詩は三編ともエミリー・ディキンスンのもので、訳は新倉俊一さんのものと、中島完さんのを使用されていたただいてます(それぞれ思潮社、国文社から出ているディキンスンの詩集からの引用ですm(_ _)m)。
なんにしても、バカっぽいノリではじまり、最後はマジメに終わる感じのSSでしたが、書いててすごく楽しかったです♪(^^)
それではまた~!!
カルシェラDE湯けむり妄想☆-その6-
夜中にふと目を覚ましたカルは、喉が渇いて、ナイトテーブルの上にある水差しに手を伸ばそうとした。が、コップと水差しの両方ともに、水が一滴も入っていないことに気づき――(あの怠け者の侍従め)と、内心舌打ちしそうになった。
(これがもしシェラなら、絶対にこんなことを忘れたりはしない。それどころか……)
シェラが城内に引いてある水道や貯水池からではなく、わざわざ城の外れの泉にまで水を汲みにいっていることを、カルは知っていた。もちろん、シェラに「水道の水でいい」と言うのは簡単だった。けれど、カルにはわかっていた……そんなことを言ったところで、彼女が結局、水道水と偽りながら泉の水を汲んでくるだろうということは。
(やれやれ。最初はすぐに、この程度の気持ちは振り切れると思っていたのだがな。むしろ時間が経てば経つほど――まるでゆっくり毒でも回ってくるように、体と心の一部が何かに冒されてでもいくようだ)
結局のところ、カルがシェラの寝物語を諦めることが出来たのは、「そうすることがもっとも彼女のためになる」との思いが根幹にあってのことだった。当然のことながら、そうすることでいつの日か、カル自身も痛みと後悔の念を覚えなければならないのを、覚悟の上での決断だった。
つまり、シェラがもしいつか――あくまでもこれは仮に、の話ではあるにしても――他の魔戦将軍のひとりとでも結ばれたとしよう。その場合は、彼女が本来得ていて当然のはずの封土を、相手の魔戦将軍の男に与えねばならないし、幸せそうなふたりを目前にし、心にもない祝辞を王として授けねばならないことにもなるだろう。
シェラが他の男のものになるなど、カルにとっては想像するだに腹立たしいことではあったが、いつまでも自分の元へ引き止めておいて、彼女に無駄に年だけ取らせることは出来ないと、カルはそう思っていた。何しろ、自分は強大な魔力を持つがゆえに、ほとんど老化も止まっているし、自分でもその状態で一体あと何百年生きることになるのかさえ、わかってはいなかったからだ。
カルには――自分の孤独の慰みとして、シェラに若い歳月を差しださせたり、彼女の純潔を汚したりということは、決して出来なかった。そしてそのような理由を今シェラに説明したところで、彼女には理解することは不可能だろうと思っていた。それゆえに、自分から無理にでも引き離そうとしたのだったが、こんなふうに夜中に目覚めてあたりがしんとしていると……あの娘がそばにいて、竪琴の音でも奏でてくれたらどんなにいいかと、カルはそう思わずにはいられなかった。
(なんにしても、喉が渇いた。使用人の誰かを叩き起こすのは簡単だが、まあ、水くらい自分で一杯くんでこいということだな、これは)
そう思い、カルは面倒ではあったが、ベッドからフットスツールに足を下ろし、それから肩にブロケードを引っかけて、自分の寝所から厨房のある方角へ向かった。
そしてカルが、階段を一階まで下り、厨房にある水道の蛇口から水を飲んでいた時――まるで妖精が奏でてでもいるかのような、なんとも涼やかで澄んだ竪琴の音色が、窓のほうから聴こえてきたのである。
(あれは私がシェラにやった、グランドハープの音色ではないか……?)
これまで自分に忠義を尽くしてくれた礼として、カルはシェラに、高名な楽器職人の作った、意匠を凝らしたハープを与えていた。とはいえ、グランドハープは大きいので、そんなものをわざわざ屋外へ持ちだして、こんな夜中に奏でているとは――カルには一瞬信じ難かった。
そして、(もしかして、誰か私以外に……)との疑いの念が脳裏を掠め、いてもたってもいられなくなったカルは、裸足のまま外の庭へと飛びだしていった。
といっても、すぐにシェラの姿を探そうとカルは思ったわけではなかった。まずは音のする源を探りあて、もし彼女がひとりで楽器を奏でているようなら――そのままそっとシェラのことをひとりにしておき、自分は近くの樹影にでも隠れ、彼女の演奏を聴いてから部屋へ戻ろうと、そんなふうに考えていたのである。
けれど、シェラらしき娘のいる、薔薇の花が柱に絡まる東屋まで足を運んだ時……微かな人の話し声を聞きつけて、カルはもう少しそばへいき、彼女が一体誰と話しているのかを知りたいと思った。もしそれが男ではなく、侍女のひとりか女中頭のアメリアででもあったなら、カルはさして気にすることなく、その場から去っていくことが出来たに違いない。
「それで、……様、次はどんなお話がいいですか?」
「そうだな。おまえが前に一度話してくれたことのある、欲の深い夫婦の話をまたしてくれないか?妖精が願いを叶えてくれるのをいいことに、際限なく高望みをし、最後には最初と同じく、すべてを失うという夫婦の話だ」
ここでシェラがくすくすと楽しそうに笑ったので、六角形の東屋の脇でこの話を聞いていたカルは――相手の男に対して腹立ちを禁じえなかった。
(この男の声、どこかで聞いたことがあるような気がするが……一体何者だ?)
シェラが魔法のように澄んだ音色をハープから響かせると、そのような疑問はカルの心から消え去っていった。そして、以前自分も聞いたことのある話を聞き終えた時――シェラはまた男から求められて、ある詩の一節を朗誦していた。
♪アラバスターの部屋で安らかに
朝にもふれず
昼にもふれず
復活の柔和な仲間たちは眠っている
サテンのたるき 石の屋根
堂々と歳月は進む
かれらの上の三日月形の天を
世界はその弧をすくい
天空は漕いでゆく
王冠は落ちて
総督も降伏する
雪の円盤の上に
点のように音もなく
カルには、シェラの歌っている言葉の意味が、まるでわからなかった。
そして、いつもなら――というのは、彼女がカルのためにだけ詩を朗誦して聞かせていた頃は、ということだが――カルは詩の持つ意味について、間髪を置かずシェラに聞いていたことだろう。
だが今はそういうわけにもいかず、カルはその場にぼうっと突っ立ったまま、シェラが相手にしている男がそうした質問をするのを、馬鹿のように黙って聞いていなくてはならなかった。
「何か美しい、清らかなことを歌った詩であるらしいというのはわかるが……意味がよくわからない。シェラ、説明してくれないか?」
「アラバスターの部屋というのはようするに、わたしたちが死んだあとに住む、お墓のことです。そして人が死んだあとは、もう朝も昼も関係なんてなくなるでしょう?そうして死後の世界の人たちは、サテンを垂木とし、お墓の石を屋根にするんです。わたしたちがいつかお墓の中で眠りについたら、時間の流れや歳月なんてまるで関係なくなって――そうした<死>の前には王も総督もなす術などないと、カル様はそうお思いになりませんか?」
「ふむ。確かに言われてみればそうだが……シェラ、次はもう少し私にもわかるような詩を朗誦してくれないか?」
「わかりました、……様」
さっきから、シェラが一体誰のことを様付けで呼んでいるのかが聞きとれず、カルはかなりのところイライラした。だが、淡い緑に塗られた東屋の脇でこうしていれば――そのうち、相手の男の姿を垣間見ることもできようと思い、その場に佇んだままでいることにしたのである。
♪コウライウグイスの歌声を聴くのは
ごくありふれたこと
でなければとても素晴らしいこと
まるで群衆に歌うように
いつも静かに同じ歌い方をする
鳥のせいではなく
こちらの耳のせいで
暗くも美しくも聴こえるのだ
それがルーン文字か
なんでもないものかは
心しだいだ
「歌は木々の中にこそ」
懐疑家は私に申します
「いいえ、あなたの中にこそ」
「なるほど。その詩の意味は、流石に私にもわかる。ではシェラ……次は愛について歌った詩を聞かせてくれないか?」
ここで、少し間を置いてから――「はい、……様」と、シェラが答えるのを聞き、この男のもったいぶったこの物言いは一体なんだろうとカルは思った。
ここまでの短い会話で、カルにはシェラがこの男に恋しているらしいことが、はっきりと感じられた。だが、男のほうでは、彼女の好意をいいことに、何かを焦らしているようにしか思えない。
(まったく、男らしくもない。シェラに愛についての詩など歌わせるより……自分でそのことをはっきり示せばいいものを。少なくとも私なら――)
カルがそう思った時、シェラが再びハープを奏でる美しい音色が、周囲の空気を震わせはじめた。
♪いつもあなたを愛していたと
証拠を見せもしよう
あなたを愛するまでは
わたしは十分に生きることもなかったと――
いつまでもあなたを愛すると
証しを立ててもいい
愛することこそ生命
そして生命は不滅を持つと――
愛する人よ これを疑うのか
それならばわたしには
もう何もない
ただこの十字架を見せるだけ
ザアッと、カルの周囲で、快い夜気が風とともに流れていった。
やがて、蔓薔薇が絡まった東屋では、人の声もやみ、あたりには神聖な夜の闇が包む静寂だけが訪れた。
カルは、シェラが相手の男と口接けでも交わしているのだろうと、信じて疑いもしなかった。だが、この男で本当に大丈夫なのだろうかという疑いの思いが、カルの頭をもたげる。シェラが「……様」と呼んだということは、少なくとも貴族以上の身分にある男ということだろう。ただ弄ばれているだけという可能性も、あるのではないだろうか……?
カルがそう思い、せめても相手の顔だけでも確認しなくてはと、東屋の脇から月光の下へ姿をさらした時のことだった。
「――誰!?」
鋭い誰何の声がシェラから発せられ、カルも流石に逃げ場を失った。こうなっては、みっともなく中途半端な態度をとるのではなく、はっきりと相手方にもわかるよう姿を見せるしかないと、そう腹を決める。
「……カル様!?」
シェラのその声と同時に、カルは思いきって東屋の正面から、彼女のいるほうへ目を向けた。だが、カルが想像していたような<男>の姿はどこにもなく、その東屋にはシェラと彼女が恋人のように抱くハープ、それから――木のテーブルを挟んだ向かい側の席に、樫の樹の丸太が置いてあるきりだった。
そしてその時になって初めて、カルはすべてのことを理解したのである。
「<木霊>か……」
カルがそうつぶやくのと同時、シェラの顔が羞恥でみるみる赤く染まるのがカルにはわかった。<木霊の術>というのは、ある特定の樹木を媒体とし、そこに自分の<想念>を宿らせる術のことである。あるいは、死霊を呼びだして相手とすることもできるし、まだ生きている者が相手の場合は、その者が寝ている間に生霊として呼びだすことも出来る技だった。
だが、死霊と長く話しているうちに、呼びだした術者が死霊のしもべとなったり、生霊となった者の本体が次第に生気を失って死ぬこともありうるという、危険な技でもある。
「あ……カル様、わたし……ご、ごめんなさ……!!」
シェラがすっかり怯えきっている姿を見て、カルとしてもどうしたらいいかわからなかった。この時ふと、自分が浴場でどんなことをしたかを思いだし、カルも珍しく頬が赤らむものを感じる。
(この娘はもしかしたら……)
と、カルは思った。
(単にあのままずっと、私に詩や物語や音楽を聴かせたかったという、それだけだったのではないか?にも関わらず、私があんなことをした上、突然寝所への出入りを禁じたから――かろうじて城には置いてもらっているものの、私の不興を買ったと感じ、それで……)
カルは今さらながらのことに気づき、自分の対応があまりに一方的であったことに対し、深く反省した。
月の光が東屋の背後にある樹木の陰影を切りとり、蒼い影を投げかける中を、カルはハープのある側ではない左側に、シェラと隣接して腰かけた。
「あ、あの……カル様………」
体を近づけすぎていることは、カルにもよくわかっていた。だが、目の前にはテーブルがあり、右にはグランドハープがある以上――これで、シェラに逃げ場はない。
「綺麗な指だな。おまえに弾いてもらえるハープは、さぞ幸せなことだろう」
そう言ってカルは、シェラの細い手指を握りしめ、自分のほうへぐいと引き寄せた。
先ほど、おそらく他の男がしているだろうことを想像し、嫉妬をかきたてられた行為を、カルはシェラに対して何度も行った。シェラは一度目のキスでは、すぐに顔をそらし、二度目のキスでは、カルの胸を押してすぐ離れようとした。
だが、当然それを許さない主君に再び捕えられ、三度目のキスで、ようやくカルのことを自分からも受け容れた……それから首筋にも同じようにされる間、シェラは最初体を震わせていたが、やがてそれがおさまる頃には、カルの首に手をまわし、彼のことを自分の胸の中へ抱きしめたのだった。
「シェラ、あんなことをしてすまなかった。だが、あれは決して出来心というわけではなく……おまえがあんまり可愛いから、それにも関わらず男だと言い張り続けていたから――私が普段感じていることの十分の一でもわからせてやりたかったという、それだけなんだ」
「カル様、ごめんなさい、わたしっ……ずっと嘘をついてて……それなのにカル様はイングヴェイにも気をつけて見てやってくれって……そんなカル様の深いお考えもわからずに、わたしはただ、貴方のそばにいられることだけが嬉しくて……」
(深い考えだと?)
カルは泣きじゃくるシェラのことを抱きしめながら、果たして自分の思いがそれほどのものだったろうかと考える。自分の実年齢に比べたら、シェラなど、まだ年端もゆかぬ小娘でしかない。にも関わらず、そんな娘なしに生きていくことに深い孤独を感じる自分が――いや、シェラを遠ざけたのはもしかしたら、そんな自分に対し危機感を持ったという、それだけのことだったのかもしれない。
(まったく、私は器の小さい男だな。これで王だなどとは、まったく笑わせる……単に、この娘のことを深く愛したら、いつか手離す時に深い痛手を負うことに対して――咄嗟に防衛本能が働いたのだ、おそらくは)
「シェラ、おまえは何故、私のことを今も主君として認めることが出来る?おまえが抵抗できないのをいいことに、私は主君としてあるまじきことをした……もしシェラ、おまえが私に唇を許すのも、こうして体を抱きしめさせるのも、単に私が王で、自分の主の命令には逆らえないということなら――私は、本当にもう二度と、おまえには指一本触れない。でももし、そうじゃないなら……」
「カル様、わたし、わたし……っ!!」
と、シェラは愛する主君の腕の中で、あえぎあえぎ言った。
「わたし――あの、カル様がきっと、わたしにがっかりしたんだと思ったんですっ。男だと思ってたのに女で、それにあんまりわたしが綺麗じゃないから……っ!!」
(この娘は、一体何を言っている……?)
シェラがぐすっとしゃくりあげたので、カルはシェラのことを慰めるように、何度も彼女の髪を撫でてやった。
「カル様なんて、女のわたし以上に肌が綺麗で白くって……でもわたしときたら、男だって言いさえすれば、周囲の誰も気づかないくらいそういうのが全然なくて……だから、わたしが、その……わたしの裸を見てカル様は……がっかり……」
「……………」
(これは言葉で何か言うよりも、根本的な治療が必要なようだ)――そう思ったカルは、突然その場からひょいとシェラのことを抱きあげた。
「カ、カル様……っ!!」
「ここから私の部屋へ行くよりも、シェラ、おまえの部屋のほうが近いだろう。今晩は、おまえの部屋に泊めさせてもらうぞ」
シェラは目を伏せると、小さな消え入りそうな声で、「は、はい……」と答えていた。
満月の光が不思議な輝きを与える、薔薇の小道を通って城の通廊まで歩いていくと、カルはそこからシェラが居室としている場所へ辿り着くまで、ただ無言のままでいた。
そしてシェラの部屋へ入り、奥の寝室で彼女のことをおろすと、待宵草の良い香りが、ふとカルの鼻腔をくすぐった。
「なんだか、甘くてとてもいい匂いがするな」
「あ、あの……シーツや枕カバーに香りづけするのにどうかと思って、今待宵草を試しているところなんです」
「そうか」
カルがシェラの寝室の壁や棚などに目をやると、確かにポプリにするためのドライフラワーがたくさん飾ってあった。ベッドの棚にも、水晶の鉢があり、そこには薔薇や矢車菊や百合など、色とりどりの花びらが盛ってある。
「これは、毎日庭を歩いて花がら摘みをした時のものなんです。花びら自体は綺麗だから、捨てるのももったいないし……」
シェラがどこか落ち着かなげに、その水晶の鉢に手を伸ばそうとするのを、カルは途中で握りしめた。
「シェラ、おまえはさっき、自分はあまり綺麗じゃないと言ったな」
シェラはふいと、カルから視線を逸らし、どこか逃げるような体勢になる。
「どうしておまえは、そんなことを思うんだ……?」
そう言ってカルは、シェラの細い手指にキスしはじめ、それから以前自分がキスマークをつけたのと同じところに口接けながら――何故あの時、今と同じようにしなかったのかと、後悔していた。
(もしそうしていたら、シェラもこんなおかしな誤解をせずにすんだのに……)
すべては自分の責任だと思うと、カルの中ではたまらない気持ちがさらに募った。そのせいもあって、まるでシェラの体の中で綺麗なところを数えあげるように――それは彼女の体全部ということを意味していたが――カルはシェラのすべてを丹念に調べ上げるように愛撫していった。
「これでもおまえは、まだ信じないのか……?」
体の一番奥深いところまでそうしてから、カルはシェラの中に入った。シェラは浴場での時のように、この時は失神しなかったにしても、あの時以上の快楽の波に翻弄されるあまり、どうにかなってしまいそうだとは思った。
「カル様っ!!あっ……カ、ル………っ!!」
シェラが自分のことを初めて呼び捨てにしたことが嬉しくなり、カルはシェラがほとんど意識を失うように倒れこんでからも、彼女の背中に何度も繰り返し口接けていた。
「大丈夫か、シェラ?痛くなかったか?」
自分のことを気遣う主君の声があまりに優しげだったので、シェラは恥かしさを振り切るようにして、ようやくのことでカル=スと向かいあっていた。
「あの、わたし……初めてなのに、こんな……本当は、浴場でカル様にああされた時も……とても気持ちが良くって、でもそんなふうに思うのは不謹慎だと思って……」
シェラが顔を真っ赤にしてそう告白したことに対し、カルはくすりと笑った。
「本当に、おまえという娘は……浴場であんなことをする主君に対して、おかしいとは思わなかったのか?」
「だって、カル様はただの親切からわたしの体をお洗いになってくださってるのだと思ったし……でも、あとからはその……わたしが男だって嘘を言っていた罰としてあんなことをとも思ったり……」
「罰、か」
カルは自分の思ったことを素直に告白するシェラのことがますます可愛くなり、彼女のことをぎゅっと抱きしめた。
「もし、おまえとこんなふうにするのが罪深いことだというのなら――その時には、神から与えられる罰については、すべて私が引き受けよう」
「そんな……!!カル様、その時にはわたしが……!!」
貴方のかわりに、と言おうとするシェラのことを、カルは彼女の髪を撫でることで止めさせた。
「おまえには、随分……私の勝手な物思いから、つらい思いをさせたな。私は時々、おまえが中庭から私の寝所のほうを見上げていると、気づいていた。最初は少しつらい思いをしたとしても、最終的にはそれがおまえのためになるのだとずっと言い聞かせていたが――今ごろになってわかったよ。私はずっと、自分が本当に欲しいもの、得たいと思うものは二度とこの手に入らないと思っていたが、同じものを誰かに与えた時……いや、与えることが出来た時に、魂の破れ目といったものはおそらく回復するのだろう」
「魂の破れ目、ですか?」
シェラはカルの胸の中で、微かに身じろぎしながら言った。
「そうだ。シェラが前に、子供をさらって喰らうバーバ・ヤーガと、光の聖母とは、結局同一人物なのだと言ったことがあったろう?ひとりの母親の人格が引き裂かれて、バーバ・ヤーガともなれば、光の聖母ともなりうるのだと……だが、その引き裂かれたふたつの像が再び縫い合わされた時、いびつな破れ目を持ったそれこそがおそらく、本当の人間というものなのだろうな」
「……………」
カルは自分でも、こんなことを言ったところで、シェラには自分の言っている言葉の意味がわからないだろうと思った。それで、「さあ、明日は早いぞ」と言って、シェラを寝かしつけることにしたのだった。
「何しろ、おまえには明日からまた、私の食事の用意や衣服の準備をしてもらわなくてはならないのだからな」
――そのあと、しなやかな雌鹿のようなシェラの体を抱きしめ、彼女の安らかな寝息を聞きながら、カルは少しの間、かつての古き友、ダーク・シュナイダーのことを考えていた。
ダーク・シュナイダーが何故、あんなにも処女を好み、かつ進んで精力的に何人もの女を抱こうとするのか……その思考回路といったものを、カルは永久に理解することはないだろうと思っていた。けれど今、なんとなくわかってしまったのだ。
カルはシェラのことを抱きながら――いや、気づいたのはすべての行為が終わったあとであるにしても――自分の魂の、どこか病んでいる病巣部分、そこが癒されはじめるのを感じていた。たぶん、これと同じことを何度か繰り返し行えば、ガン細胞か何かのように黒く凝り固まり、二度と元へは戻らないだろうと思っていたものが、最低でもそれよりはマシな状態へ戻るだろうことを、カルははっきりと予感した。
(まさか、私のこの年になって、百歳も年下の小娘に、まだ教わることがあるとはな)
いや、年齢などは関係ないのだろうか、ともカルは愛しい娘の寝顔を見つめながら思う。
美しく、清らかで新鮮な乙女の柔らかい肌……などという言い方はいかにも変態くさくてどうかとカルも思うが、まさかそれにこんなにも自分の病んだ何かを癒し、回復させる力が――はっきり言うなら、女性の子宮にそんな力が隠されているとは、カルは今まで考えてみたこともなかった。
「『その人間のもっとも怖れているものこそが、その人自身をあらわす』か」
カルはそう独り言をいい、それからこの教訓についてシェラが語った物語のことを思いだそうとして、思いだせなかった。そして、次にシェラが起きた時にそのことを聞こうと思いながら――カルもまた、深い眠りの世界へ落ちていったのだった。
終わり
今回で最終話です♪(^^)
ちなみに、原作カルになるべく忠実であろうとすればするほど、カルって恋愛的なアクションを何ひとつ起こさない人だな……っていうのがあるので、そこらへんは多少無理にでも(?)カルに動いてもらってるよーな感じだと思いますww
今回も冒頭で、水差しに水が入ってないくらでカルはイラッとしてるわけですけど、ここも書いてて「こんなことくらいでカルって苛立つかな~☆」と思いながら書いてました
んでも、原作カルって、よく考えたらどんな時に怒るのかなって思ったりもして(^^;)
とりあえず、こみくすの2巻にはカルが「チッ」て舌打ちする場面&苛立ちのあまり爆撃を行うシーンがあるわけですけど、他に「カルってこゆ時に怒るらしい☆」と推測されるのが、4巻のネイとガラの会話。。。
ネイ:「ガラー!!
ニンジャ・マスターの称号を持つ貴様が、かつての友とはいえ反逆団最大の敵であるD・Sにたやすく懐柔されその手先になり下がるとは!!」
ガラ:「へへへ!!カルみてーなコトゆってんなよ!!
オメーの方こそ本当はD・Sのもとへ来たんじゃねーのか、アーシェス・ネイ!!」
ここ読むと、「あ、カルってそーゆー怒り方なんだ☆」みたいのがわかる気がします(笑)
軍の中で寝返りとか裏切りがあったりとか、部下が道義にもとる行為をした時とか……まあ、そーゆー時に真面目に四角ばった(?)怒り方をするのかな~なんて。。。
あと、わたしが思うにカルって、自分が信用した人の言葉に物凄く左右されやすい人なんじゃないかなっていうのがあって(^^;)
D・Sは言うまでもなくもちろんのこと、24巻のネイの言葉もそうだし、アビが「破壊神で我らの理想郷を創りだすのですよ!フハハハハ☆」的なことを言った時も、アビのことを割合すぐ信用しちゃったんじゃないでしょーかww
だからまあ、きっと毎晩寝る前にシェラから寝物語を聞いたりするっていうのは――結構カルにとって自己肯定感のあることなのかなって、思わなくもなかったり。
このSSを書きはじめた時は、最後のほうでカルとシェラの関係が一歩対等に近づく……みたいな終わり方を想定してたんですけど、書いてみたらなんかシェラはもうカルの「下」にいられるだけで幸せっていうか、なんかそーゆー感じで終わっちゃいました(いえ、下っていうのはべつに変な意味じゃなく・笑)
それと、作中に出てくる詩は三編ともエミリー・ディキンスンのもので、訳は新倉俊一さんのものと、中島完さんのを使用されていたただいてます(それぞれ思潮社、国文社から出ているディキンスンの詩集からの引用ですm(_ _)m)。
なんにしても、バカっぽいノリではじまり、最後はマジメに終わる感じのSSでしたが、書いててすごく楽しかったです♪(^^)
それではまた~!!
カルシェラDE湯けむり妄想☆-その6-
夜中にふと目を覚ましたカルは、喉が渇いて、ナイトテーブルの上にある水差しに手を伸ばそうとした。が、コップと水差しの両方ともに、水が一滴も入っていないことに気づき――(あの怠け者の侍従め)と、内心舌打ちしそうになった。
(これがもしシェラなら、絶対にこんなことを忘れたりはしない。それどころか……)
シェラが城内に引いてある水道や貯水池からではなく、わざわざ城の外れの泉にまで水を汲みにいっていることを、カルは知っていた。もちろん、シェラに「水道の水でいい」と言うのは簡単だった。けれど、カルにはわかっていた……そんなことを言ったところで、彼女が結局、水道水と偽りながら泉の水を汲んでくるだろうということは。
(やれやれ。最初はすぐに、この程度の気持ちは振り切れると思っていたのだがな。むしろ時間が経てば経つほど――まるでゆっくり毒でも回ってくるように、体と心の一部が何かに冒されてでもいくようだ)
結局のところ、カルがシェラの寝物語を諦めることが出来たのは、「そうすることがもっとも彼女のためになる」との思いが根幹にあってのことだった。当然のことながら、そうすることでいつの日か、カル自身も痛みと後悔の念を覚えなければならないのを、覚悟の上での決断だった。
つまり、シェラがもしいつか――あくまでもこれは仮に、の話ではあるにしても――他の魔戦将軍のひとりとでも結ばれたとしよう。その場合は、彼女が本来得ていて当然のはずの封土を、相手の魔戦将軍の男に与えねばならないし、幸せそうなふたりを目前にし、心にもない祝辞を王として授けねばならないことにもなるだろう。
シェラが他の男のものになるなど、カルにとっては想像するだに腹立たしいことではあったが、いつまでも自分の元へ引き止めておいて、彼女に無駄に年だけ取らせることは出来ないと、カルはそう思っていた。何しろ、自分は強大な魔力を持つがゆえに、ほとんど老化も止まっているし、自分でもその状態で一体あと何百年生きることになるのかさえ、わかってはいなかったからだ。
カルには――自分の孤独の慰みとして、シェラに若い歳月を差しださせたり、彼女の純潔を汚したりということは、決して出来なかった。そしてそのような理由を今シェラに説明したところで、彼女には理解することは不可能だろうと思っていた。それゆえに、自分から無理にでも引き離そうとしたのだったが、こんなふうに夜中に目覚めてあたりがしんとしていると……あの娘がそばにいて、竪琴の音でも奏でてくれたらどんなにいいかと、カルはそう思わずにはいられなかった。
(なんにしても、喉が渇いた。使用人の誰かを叩き起こすのは簡単だが、まあ、水くらい自分で一杯くんでこいということだな、これは)
そう思い、カルは面倒ではあったが、ベッドからフットスツールに足を下ろし、それから肩にブロケードを引っかけて、自分の寝所から厨房のある方角へ向かった。
そしてカルが、階段を一階まで下り、厨房にある水道の蛇口から水を飲んでいた時――まるで妖精が奏でてでもいるかのような、なんとも涼やかで澄んだ竪琴の音色が、窓のほうから聴こえてきたのである。
(あれは私がシェラにやった、グランドハープの音色ではないか……?)
これまで自分に忠義を尽くしてくれた礼として、カルはシェラに、高名な楽器職人の作った、意匠を凝らしたハープを与えていた。とはいえ、グランドハープは大きいので、そんなものをわざわざ屋外へ持ちだして、こんな夜中に奏でているとは――カルには一瞬信じ難かった。
そして、(もしかして、誰か私以外に……)との疑いの念が脳裏を掠め、いてもたってもいられなくなったカルは、裸足のまま外の庭へと飛びだしていった。
といっても、すぐにシェラの姿を探そうとカルは思ったわけではなかった。まずは音のする源を探りあて、もし彼女がひとりで楽器を奏でているようなら――そのままそっとシェラのことをひとりにしておき、自分は近くの樹影にでも隠れ、彼女の演奏を聴いてから部屋へ戻ろうと、そんなふうに考えていたのである。
けれど、シェラらしき娘のいる、薔薇の花が柱に絡まる東屋まで足を運んだ時……微かな人の話し声を聞きつけて、カルはもう少しそばへいき、彼女が一体誰と話しているのかを知りたいと思った。もしそれが男ではなく、侍女のひとりか女中頭のアメリアででもあったなら、カルはさして気にすることなく、その場から去っていくことが出来たに違いない。
「それで、……様、次はどんなお話がいいですか?」
「そうだな。おまえが前に一度話してくれたことのある、欲の深い夫婦の話をまたしてくれないか?妖精が願いを叶えてくれるのをいいことに、際限なく高望みをし、最後には最初と同じく、すべてを失うという夫婦の話だ」
ここでシェラがくすくすと楽しそうに笑ったので、六角形の東屋の脇でこの話を聞いていたカルは――相手の男に対して腹立ちを禁じえなかった。
(この男の声、どこかで聞いたことがあるような気がするが……一体何者だ?)
シェラが魔法のように澄んだ音色をハープから響かせると、そのような疑問はカルの心から消え去っていった。そして、以前自分も聞いたことのある話を聞き終えた時――シェラはまた男から求められて、ある詩の一節を朗誦していた。
♪アラバスターの部屋で安らかに
朝にもふれず
昼にもふれず
復活の柔和な仲間たちは眠っている
サテンのたるき 石の屋根
堂々と歳月は進む
かれらの上の三日月形の天を
世界はその弧をすくい
天空は漕いでゆく
王冠は落ちて
総督も降伏する
雪の円盤の上に
点のように音もなく
カルには、シェラの歌っている言葉の意味が、まるでわからなかった。
そして、いつもなら――というのは、彼女がカルのためにだけ詩を朗誦して聞かせていた頃は、ということだが――カルは詩の持つ意味について、間髪を置かずシェラに聞いていたことだろう。
だが今はそういうわけにもいかず、カルはその場にぼうっと突っ立ったまま、シェラが相手にしている男がそうした質問をするのを、馬鹿のように黙って聞いていなくてはならなかった。
「何か美しい、清らかなことを歌った詩であるらしいというのはわかるが……意味がよくわからない。シェラ、説明してくれないか?」
「アラバスターの部屋というのはようするに、わたしたちが死んだあとに住む、お墓のことです。そして人が死んだあとは、もう朝も昼も関係なんてなくなるでしょう?そうして死後の世界の人たちは、サテンを垂木とし、お墓の石を屋根にするんです。わたしたちがいつかお墓の中で眠りについたら、時間の流れや歳月なんてまるで関係なくなって――そうした<死>の前には王も総督もなす術などないと、カル様はそうお思いになりませんか?」
「ふむ。確かに言われてみればそうだが……シェラ、次はもう少し私にもわかるような詩を朗誦してくれないか?」
「わかりました、……様」
さっきから、シェラが一体誰のことを様付けで呼んでいるのかが聞きとれず、カルはかなりのところイライラした。だが、淡い緑に塗られた東屋の脇でこうしていれば――そのうち、相手の男の姿を垣間見ることもできようと思い、その場に佇んだままでいることにしたのである。
♪コウライウグイスの歌声を聴くのは
ごくありふれたこと
でなければとても素晴らしいこと
まるで群衆に歌うように
いつも静かに同じ歌い方をする
鳥のせいではなく
こちらの耳のせいで
暗くも美しくも聴こえるのだ
それがルーン文字か
なんでもないものかは
心しだいだ
「歌は木々の中にこそ」
懐疑家は私に申します
「いいえ、あなたの中にこそ」
「なるほど。その詩の意味は、流石に私にもわかる。ではシェラ……次は愛について歌った詩を聞かせてくれないか?」
ここで、少し間を置いてから――「はい、……様」と、シェラが答えるのを聞き、この男のもったいぶったこの物言いは一体なんだろうとカルは思った。
ここまでの短い会話で、カルにはシェラがこの男に恋しているらしいことが、はっきりと感じられた。だが、男のほうでは、彼女の好意をいいことに、何かを焦らしているようにしか思えない。
(まったく、男らしくもない。シェラに愛についての詩など歌わせるより……自分でそのことをはっきり示せばいいものを。少なくとも私なら――)
カルがそう思った時、シェラが再びハープを奏でる美しい音色が、周囲の空気を震わせはじめた。
♪いつもあなたを愛していたと
証拠を見せもしよう
あなたを愛するまでは
わたしは十分に生きることもなかったと――
いつまでもあなたを愛すると
証しを立ててもいい
愛することこそ生命
そして生命は不滅を持つと――
愛する人よ これを疑うのか
それならばわたしには
もう何もない
ただこの十字架を見せるだけ
ザアッと、カルの周囲で、快い夜気が風とともに流れていった。
やがて、蔓薔薇が絡まった東屋では、人の声もやみ、あたりには神聖な夜の闇が包む静寂だけが訪れた。
カルは、シェラが相手の男と口接けでも交わしているのだろうと、信じて疑いもしなかった。だが、この男で本当に大丈夫なのだろうかという疑いの思いが、カルの頭をもたげる。シェラが「……様」と呼んだということは、少なくとも貴族以上の身分にある男ということだろう。ただ弄ばれているだけという可能性も、あるのではないだろうか……?
カルがそう思い、せめても相手の顔だけでも確認しなくてはと、東屋の脇から月光の下へ姿をさらした時のことだった。
「――誰!?」
鋭い誰何の声がシェラから発せられ、カルも流石に逃げ場を失った。こうなっては、みっともなく中途半端な態度をとるのではなく、はっきりと相手方にもわかるよう姿を見せるしかないと、そう腹を決める。
「……カル様!?」
シェラのその声と同時に、カルは思いきって東屋の正面から、彼女のいるほうへ目を向けた。だが、カルが想像していたような<男>の姿はどこにもなく、その東屋にはシェラと彼女が恋人のように抱くハープ、それから――木のテーブルを挟んだ向かい側の席に、樫の樹の丸太が置いてあるきりだった。
そしてその時になって初めて、カルはすべてのことを理解したのである。
「<木霊>か……」
カルがそうつぶやくのと同時、シェラの顔が羞恥でみるみる赤く染まるのがカルにはわかった。<木霊の術>というのは、ある特定の樹木を媒体とし、そこに自分の<想念>を宿らせる術のことである。あるいは、死霊を呼びだして相手とすることもできるし、まだ生きている者が相手の場合は、その者が寝ている間に生霊として呼びだすことも出来る技だった。
だが、死霊と長く話しているうちに、呼びだした術者が死霊のしもべとなったり、生霊となった者の本体が次第に生気を失って死ぬこともありうるという、危険な技でもある。
「あ……カル様、わたし……ご、ごめんなさ……!!」
シェラがすっかり怯えきっている姿を見て、カルとしてもどうしたらいいかわからなかった。この時ふと、自分が浴場でどんなことをしたかを思いだし、カルも珍しく頬が赤らむものを感じる。
(この娘はもしかしたら……)
と、カルは思った。
(単にあのままずっと、私に詩や物語や音楽を聴かせたかったという、それだけだったのではないか?にも関わらず、私があんなことをした上、突然寝所への出入りを禁じたから――かろうじて城には置いてもらっているものの、私の不興を買ったと感じ、それで……)
カルは今さらながらのことに気づき、自分の対応があまりに一方的であったことに対し、深く反省した。
月の光が東屋の背後にある樹木の陰影を切りとり、蒼い影を投げかける中を、カルはハープのある側ではない左側に、シェラと隣接して腰かけた。
「あ、あの……カル様………」
体を近づけすぎていることは、カルにもよくわかっていた。だが、目の前にはテーブルがあり、右にはグランドハープがある以上――これで、シェラに逃げ場はない。
「綺麗な指だな。おまえに弾いてもらえるハープは、さぞ幸せなことだろう」
そう言ってカルは、シェラの細い手指を握りしめ、自分のほうへぐいと引き寄せた。
先ほど、おそらく他の男がしているだろうことを想像し、嫉妬をかきたてられた行為を、カルはシェラに対して何度も行った。シェラは一度目のキスでは、すぐに顔をそらし、二度目のキスでは、カルの胸を押してすぐ離れようとした。
だが、当然それを許さない主君に再び捕えられ、三度目のキスで、ようやくカルのことを自分からも受け容れた……それから首筋にも同じようにされる間、シェラは最初体を震わせていたが、やがてそれがおさまる頃には、カルの首に手をまわし、彼のことを自分の胸の中へ抱きしめたのだった。
「シェラ、あんなことをしてすまなかった。だが、あれは決して出来心というわけではなく……おまえがあんまり可愛いから、それにも関わらず男だと言い張り続けていたから――私が普段感じていることの十分の一でもわからせてやりたかったという、それだけなんだ」
「カル様、ごめんなさい、わたしっ……ずっと嘘をついてて……それなのにカル様はイングヴェイにも気をつけて見てやってくれって……そんなカル様の深いお考えもわからずに、わたしはただ、貴方のそばにいられることだけが嬉しくて……」
(深い考えだと?)
カルは泣きじゃくるシェラのことを抱きしめながら、果たして自分の思いがそれほどのものだったろうかと考える。自分の実年齢に比べたら、シェラなど、まだ年端もゆかぬ小娘でしかない。にも関わらず、そんな娘なしに生きていくことに深い孤独を感じる自分が――いや、シェラを遠ざけたのはもしかしたら、そんな自分に対し危機感を持ったという、それだけのことだったのかもしれない。
(まったく、私は器の小さい男だな。これで王だなどとは、まったく笑わせる……単に、この娘のことを深く愛したら、いつか手離す時に深い痛手を負うことに対して――咄嗟に防衛本能が働いたのだ、おそらくは)
「シェラ、おまえは何故、私のことを今も主君として認めることが出来る?おまえが抵抗できないのをいいことに、私は主君としてあるまじきことをした……もしシェラ、おまえが私に唇を許すのも、こうして体を抱きしめさせるのも、単に私が王で、自分の主の命令には逆らえないということなら――私は、本当にもう二度と、おまえには指一本触れない。でももし、そうじゃないなら……」
「カル様、わたし、わたし……っ!!」
と、シェラは愛する主君の腕の中で、あえぎあえぎ言った。
「わたし――あの、カル様がきっと、わたしにがっかりしたんだと思ったんですっ。男だと思ってたのに女で、それにあんまりわたしが綺麗じゃないから……っ!!」
(この娘は、一体何を言っている……?)
シェラがぐすっとしゃくりあげたので、カルはシェラのことを慰めるように、何度も彼女の髪を撫でてやった。
「カル様なんて、女のわたし以上に肌が綺麗で白くって……でもわたしときたら、男だって言いさえすれば、周囲の誰も気づかないくらいそういうのが全然なくて……だから、わたしが、その……わたしの裸を見てカル様は……がっかり……」
「……………」
(これは言葉で何か言うよりも、根本的な治療が必要なようだ)――そう思ったカルは、突然その場からひょいとシェラのことを抱きあげた。
「カ、カル様……っ!!」
「ここから私の部屋へ行くよりも、シェラ、おまえの部屋のほうが近いだろう。今晩は、おまえの部屋に泊めさせてもらうぞ」
シェラは目を伏せると、小さな消え入りそうな声で、「は、はい……」と答えていた。
満月の光が不思議な輝きを与える、薔薇の小道を通って城の通廊まで歩いていくと、カルはそこからシェラが居室としている場所へ辿り着くまで、ただ無言のままでいた。
そしてシェラの部屋へ入り、奥の寝室で彼女のことをおろすと、待宵草の良い香りが、ふとカルの鼻腔をくすぐった。
「なんだか、甘くてとてもいい匂いがするな」
「あ、あの……シーツや枕カバーに香りづけするのにどうかと思って、今待宵草を試しているところなんです」
「そうか」
カルがシェラの寝室の壁や棚などに目をやると、確かにポプリにするためのドライフラワーがたくさん飾ってあった。ベッドの棚にも、水晶の鉢があり、そこには薔薇や矢車菊や百合など、色とりどりの花びらが盛ってある。
「これは、毎日庭を歩いて花がら摘みをした時のものなんです。花びら自体は綺麗だから、捨てるのももったいないし……」
シェラがどこか落ち着かなげに、その水晶の鉢に手を伸ばそうとするのを、カルは途中で握りしめた。
「シェラ、おまえはさっき、自分はあまり綺麗じゃないと言ったな」
シェラはふいと、カルから視線を逸らし、どこか逃げるような体勢になる。
「どうしておまえは、そんなことを思うんだ……?」
そう言ってカルは、シェラの細い手指にキスしはじめ、それから以前自分がキスマークをつけたのと同じところに口接けながら――何故あの時、今と同じようにしなかったのかと、後悔していた。
(もしそうしていたら、シェラもこんなおかしな誤解をせずにすんだのに……)
すべては自分の責任だと思うと、カルの中ではたまらない気持ちがさらに募った。そのせいもあって、まるでシェラの体の中で綺麗なところを数えあげるように――それは彼女の体全部ということを意味していたが――カルはシェラのすべてを丹念に調べ上げるように愛撫していった。
「これでもおまえは、まだ信じないのか……?」
体の一番奥深いところまでそうしてから、カルはシェラの中に入った。シェラは浴場での時のように、この時は失神しなかったにしても、あの時以上の快楽の波に翻弄されるあまり、どうにかなってしまいそうだとは思った。
「カル様っ!!あっ……カ、ル………っ!!」
シェラが自分のことを初めて呼び捨てにしたことが嬉しくなり、カルはシェラがほとんど意識を失うように倒れこんでからも、彼女の背中に何度も繰り返し口接けていた。
「大丈夫か、シェラ?痛くなかったか?」
自分のことを気遣う主君の声があまりに優しげだったので、シェラは恥かしさを振り切るようにして、ようやくのことでカル=スと向かいあっていた。
「あの、わたし……初めてなのに、こんな……本当は、浴場でカル様にああされた時も……とても気持ちが良くって、でもそんなふうに思うのは不謹慎だと思って……」
シェラが顔を真っ赤にしてそう告白したことに対し、カルはくすりと笑った。
「本当に、おまえという娘は……浴場であんなことをする主君に対して、おかしいとは思わなかったのか?」
「だって、カル様はただの親切からわたしの体をお洗いになってくださってるのだと思ったし……でも、あとからはその……わたしが男だって嘘を言っていた罰としてあんなことをとも思ったり……」
「罰、か」
カルは自分の思ったことを素直に告白するシェラのことがますます可愛くなり、彼女のことをぎゅっと抱きしめた。
「もし、おまえとこんなふうにするのが罪深いことだというのなら――その時には、神から与えられる罰については、すべて私が引き受けよう」
「そんな……!!カル様、その時にはわたしが……!!」
貴方のかわりに、と言おうとするシェラのことを、カルは彼女の髪を撫でることで止めさせた。
「おまえには、随分……私の勝手な物思いから、つらい思いをさせたな。私は時々、おまえが中庭から私の寝所のほうを見上げていると、気づいていた。最初は少しつらい思いをしたとしても、最終的にはそれがおまえのためになるのだとずっと言い聞かせていたが――今ごろになってわかったよ。私はずっと、自分が本当に欲しいもの、得たいと思うものは二度とこの手に入らないと思っていたが、同じものを誰かに与えた時……いや、与えることが出来た時に、魂の破れ目といったものはおそらく回復するのだろう」
「魂の破れ目、ですか?」
シェラはカルの胸の中で、微かに身じろぎしながら言った。
「そうだ。シェラが前に、子供をさらって喰らうバーバ・ヤーガと、光の聖母とは、結局同一人物なのだと言ったことがあったろう?ひとりの母親の人格が引き裂かれて、バーバ・ヤーガともなれば、光の聖母ともなりうるのだと……だが、その引き裂かれたふたつの像が再び縫い合わされた時、いびつな破れ目を持ったそれこそがおそらく、本当の人間というものなのだろうな」
「……………」
カルは自分でも、こんなことを言ったところで、シェラには自分の言っている言葉の意味がわからないだろうと思った。それで、「さあ、明日は早いぞ」と言って、シェラを寝かしつけることにしたのだった。
「何しろ、おまえには明日からまた、私の食事の用意や衣服の準備をしてもらわなくてはならないのだからな」
――そのあと、しなやかな雌鹿のようなシェラの体を抱きしめ、彼女の安らかな寝息を聞きながら、カルは少しの間、かつての古き友、ダーク・シュナイダーのことを考えていた。
ダーク・シュナイダーが何故、あんなにも処女を好み、かつ進んで精力的に何人もの女を抱こうとするのか……その思考回路といったものを、カルは永久に理解することはないだろうと思っていた。けれど今、なんとなくわかってしまったのだ。
カルはシェラのことを抱きながら――いや、気づいたのはすべての行為が終わったあとであるにしても――自分の魂の、どこか病んでいる病巣部分、そこが癒されはじめるのを感じていた。たぶん、これと同じことを何度か繰り返し行えば、ガン細胞か何かのように黒く凝り固まり、二度と元へは戻らないだろうと思っていたものが、最低でもそれよりはマシな状態へ戻るだろうことを、カルははっきりと予感した。
(まさか、私のこの年になって、百歳も年下の小娘に、まだ教わることがあるとはな)
いや、年齢などは関係ないのだろうか、ともカルは愛しい娘の寝顔を見つめながら思う。
美しく、清らかで新鮮な乙女の柔らかい肌……などという言い方はいかにも変態くさくてどうかとカルも思うが、まさかそれにこんなにも自分の病んだ何かを癒し、回復させる力が――はっきり言うなら、女性の子宮にそんな力が隠されているとは、カルは今まで考えてみたこともなかった。
「『その人間のもっとも怖れているものこそが、その人自身をあらわす』か」
カルはそう独り言をいい、それからこの教訓についてシェラが語った物語のことを思いだそうとして、思いだせなかった。そして、次にシェラが起きた時にそのことを聞こうと思いながら――カルもまた、深い眠りの世界へ落ちていったのだった。
終わり
え~っと、前にも別のところで同じコメントをいただいた気がするんですけど……出来ればブログのアドレスを先に教えていただけると助かりますm(_ _)m
相互にするのとかは全然のOKなので(というか、むしろ歓迎です)
それでは、そんな感じでよろしくお願いしますm(_ _)m