
この時期になると生徒たちによく言われることがあります。
「成績が全部じゃないよね!」って。分かる…分かるよ。生徒が次に言って欲しい言葉も分かってます。「そうそう!勉強なんて出来なくたって楽しく生きていける!」というような言葉でしょう。でもね、あえてそれは言いません。
私は一般企業で働いたことはありませんが、大人の生徒さんたちは細かく試験のようなものがあり、常に勉強しておられるんです。
いやまぁ学校にしろ会社にしろ、それ勉強してどうするん?ってのはありますけれどね。でも、その授業の中で教わったことを深めていく子がそこにいるかもしれないんですよ。義務教育という場は広く浅く色々なことに触れる機会と考えています。触れれば触れるほど何かしら可能性が広がるものだと感じてます。もちろんそれを子供に説明してもなかなか伝わらないのは分かっていますが、そのようなことを噛み砕いて話します。
とはいえ、私自身学生時代はそんなこと考えていなかったし、少なからずそういう面での後悔があるから真面目に話してしまうんですよね。高校なんて県内で下から数えた方が早いところでしたし(笑)学生時代はとても楽しいものでしたが、頭のよろしくない学校でしたので勉強しなくともなんとかなってしまったんです。
大学ではたしかに音楽に打ち込むことができました。その中で出会ったのが卒業後もお世話になった先生でした。その出会いがなければこうやってバッハ以前の音楽をピアノで弾く、CDまで出すというようなことはなかったでしょう。 その出会いが幸か不幸かはさておき(先生ごめんね笑)、今も勉強し続けています。たしかに音楽において、音符の符頭と苻尾の角度を求めたり証明する必要はありません。しかし今思うのは中学の時点で英語をしっかりやっておけばよかったなと。私は本当に語学が全然ダメなんです。今ラテン語とドイツ語を習っていますが、こうやってみると英語からスライド出来ることがたくさんあるなぁと。そしてたしかに英語というのは世界共通語になるものだと感じますね。そして音楽をやる上での語学の重要さです。音符を読んで音を出すだけでは気付かなかったです。
まぁ自分のことはさて置き。
たしかに何かを始めるのに遅いことはないと思います。それはよく言われる言葉ではありますが、私がそう言い切れるのは死を前にした生徒さんの意欲を目の当たりにしたからです。そのことについては前に書きましたので割愛します。
しかし逆に、ある程度の準備が整っていれば「早すぎる」ということもないのだと思います。まだ言葉を話せない赤ん坊に語学をさせてり、歩けない赤ん坊に筋トレはさせませんよね。もちろん始めるにはタイミングやきっかけのような運命的なこともあるとは思いますが。年齢を重ねれば重ねるほど背負うものが多くなります。身軽なうちに始めるのが良いと思うんです。何をするにも「今」より若い瞬間はないわけですよね。
資格社会と言われる昨今。私は何の資格もありませんが、資格というのはきっと自分を守る盾にも武器にもなるものだと思います。変わったものだとラーメンソムリエとかビールソムリエみたいなものもあるようですね。役に立つか?と思うかもしれませんが、SNSを上手く活用出来ればインフルエンサーのような活動が出来るかもしれません。
私は一般企業で働いたことはありませんが、
いやまぁ学校にしろ会社にしろ、それ勉強してどうするん?
とはいえ、私自身学生時代はそんなこと考えていなかったし、
大学ではたしかに音楽に打ち込むことができました。
まぁ自分のことはさて置き。
たしかに何かを始めるのに遅いことはないと思います。
しかし逆に、ある程度の準備が整っていれば「早すぎる」
資格社会と言われる昨今。私は何の資格もありませんが、
ところでゲマトリア検定とか無いもんかね〜?
だから子供たちには「良い成績でなくてもいいから勉強はしといたほうがいいよ」って話すんです。やっぱり勉強は必要だと思うな。同時にいっぱい友達と遊ぶのも大事。あ、でも酒タバコはダメ。俺が心配するから。俺に多少の迷惑はかけてもいいけど心配はさせるな(笑)
まぁ…あとはそれをどう受け取るかですが。進学したりクラス替えがあったりでみんな大変だ。
たしかに天は人の上に人を造らなかったかもしれませんが、導く人はいるものです。私はそんな立派な人間ではありませんので、子供なり大人なり同じ目線に立って話せたらいいなぁと思いますね。
それにしても…ゲマトリア検定とか無いもんかね〜?
だから子供たちには「
まぁ…あとはそれをどう受け取るかですが。
たしかに天は人の上に人を造らなかったかもしれませんが、
それにしても…ゲマトリア検定とか無いもんかね〜?
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