のぶのぶの音楽雑記

演奏会のお知らせだけでなく、色々なことを書いていこうと思います。

レッスン募集します!

2025-01-08 01:25:00 | CD/DVD 音楽
突然ですが、生徒さんを募集します!
このタイミングになったのは理由がありまして…。

卒業と同時にスクールに勤め、様々な生徒さんと触れ合って来ました。中には一度だけ、という方もいらっしゃいました。一年と少しで60人ほどの方と接したでしょうか?その中で、もっと生徒さんと密になりたいと思うようになりました。
スクールというのは決まりがあります。連絡先の交換などは出来ません。つまり、生徒さんは疑問に思ったことがあっても次のレッスンまでモヤモヤしたまま過ごさなくてはならないのです。それが私には心苦しく思いました。

スクールを辞め、個人でレッスンを始めたところ、やはり一人一人大事にレッスンが出来ますし、成長が目に見えるというのは生徒さんも私もとても実感し、大変嬉しいです。

また現在までに様々な生徒さんと触れ合いました。趣味としてピアノを弾く方、演奏会のための方、コンクールのための方、幼稚園の先生を目指す子、たまにはポップスも。習う理由は様々です。幼稚園児から自分の倍以上年上の生徒さん達と接し、様々なレッスンを経て、今ならどんな方でも対応できる!と思い、このタイミングでの募集となりました。

とは言え、こんなご時世です。対面でのレッスンに不安がある方もおられることと思います。そんな方のためにオンラインレッスンもご用意してあります。オンラインレッスンのやり方としては、
演奏動画を送っていただく→ポイントをまとめて、文章のファイルと動画をお返しする→通話やテレビ電話でまとめをする。
というような形を考えております。また、ご興味があれば楽曲の解析なども承ります。ですが、これは私の専門になる部分でもありますので、楽曲など要相談となります。

対面でのレッスンは私の自宅(清瀬市)か出張になります。出張は生徒さんのご自宅かスタジオになります。その場合、交通費とスタジオ代はご負担願います。
何の曲を持っておいでになるか、事前にお知らせ下さい。また、事前に質問などがございましたら、出来る限り資料をまとめて行きたいと思います。場合によっては私の手書きとなります。ご了承ください。

レッスン料につきましては要相談になります。レッスン毎になるのか、月謝になるのかでも変わりますが、基本的にはレッスン毎になるかと思います。

一度のレッスンで劇的に変わるということはなかなか難しいかもしれませんが、なにかのきっかけとなるようなレッスンが出来ればなと考えております。何より楽しく面白い(笑えるという意味だけでなく)レッスンを第一に!

まずはお気軽にご連絡ください!
お問い合わせ先はGmail、またはTwitterのDMにて受け付けております。
Gmail→barock.piano@gmail.com
Twitter↓



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推し活・児玉真子さんのコンサート

2024-08-10 20:00:27 | 日記
推しのフォルテピアノ奏者・児玉真子さんのコンサートに行ってきました。



数年前に偶然SNSでお聴きしてからすっかりハマってしまい、勝手に推している演奏家さんです。日本での活動は愛知や岐阜が中心のため、生演奏に接する機会はありませんでした。その児玉さんが東京でコンサートを開かれるのですから行かないわけにはいきません!(笑)

前半は1795年のワルターのレプリカ(2023年製)。後半は会場であるタカギクラヴィア所蔵の1825年製ヨハン・クレーマー。クレーマーは作曲家、ピアニストとしても活躍した方で、日本では「クラーマー=ビューロー60の練習曲」なんかで目にすることが多いかもしれませんね。

前半はCPEバッハ、ハイドン、モーツァルト。クラヴィコードによるCPEバッハはよく聴きますが、フォルテピアノでの響きは生では初めてでした。なるほどたしかにクラヴィコードの延長線上に在る楽器であることを改めて感じます。奏法、解釈によるとこももちろんあるでしょうが、モダンピアノからは漂うことのない香りがありました。あの楽器だからこそ生まれた幻想曲という雰囲気がしっかり感じられました。

モーツァルトのソナタは3番K.281。私の大好きな曲で、2楽章にはamorosoと付けられています。普段はやはりピアノの音で聴くことが多いですが、三度の響きや三連符の響きはピアノからは聴くことのできないものでした。やはりこのような楽器で聴くとamorosoのイメージも掴みやすいのかもしれません。3楽章にしても、モーツァルトの遊び心がモダンよりも存分に感じられる演奏でした。児玉さんがハイドンの時にお話していた「語り口」というのを強く感じた瞬間でもありました。

後半はクレーマーを使用してのベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン。テーマとなる「古典派と初期ロマン派」が感じられる並びと楽器の変遷ですね。
ベートーヴェンを聴き始めてまず驚いたのはクレーマーの音色。


ものすごい楽器だと感じました。矛盾するような言い方ですが、モダンピアノからは感じられない雑味が素晴らしく良い響きを持っているのです。そこに児玉さんの技術が乗り、本当に素晴らしいベートーヴェンを聴かせていただきました。個人的にはこの日のハイライトでした。幻想曲Op77は大好きな曲でグリンベルク、フィッシャー、ブフビンダー、ブレンデルを愛聴していますが、いずれもモダンピアノですね。こちらも初めてフォルテピアノで聴きました。音量とかではなく、あの楽器から出る熱量と言いますか迫力がありました。それを引き出したのは児玉さんのテクニックもまた凄い。同じ「幻想曲」というタイトルが3つありますが、そういった変遷も裏テーマとしてあったのでしょうか。本当に感動的なベートーヴェンでした。

ラストはメンデルスゾーンの幻想曲。「スコットランドソナタ」なんて呼ばれたりする曲ですね。モーツァルト、シューベルト同様今日モダンでよく聴く曲ですが、ベートーヴェンを聴いた感覚と同様、モダンピアノとは違う種類の迫力がありました。ペダルの効きなんかも、パッと思い浮かぶベートーヴェンのテンペストでしょうか。ベートーヴェンの指示がとても腑に落ちる瞬間が多々ありました。

今までは画面上でしか聴くことの出来なかった児玉さんの実演はやはり素晴らしいものでした。昨日のコンサートによって間違いなくファンが増えたことと思いますので、ぜひ今後も関東でのコンサートも積極的に行ってほしいところです。昨日行けなかった方も次回はぜひ。モダンピアノにしか触れる機会がないという方は必聴の演奏だと思います。
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生と死は大違い、しかし生と死は紙一重

2024-08-05 15:50:05 | 日記
ふと、今までに本気で「死ぬ」と思った瞬間があったかを考えました。なんの前触れも無く、です。なぜ私がそういう思いに陥ったかは分かりません。しかし私には「あ…今日なのか…」と思った日がたしかに在りました。

3月11日、東日本大震災です。
揺れ始めるとすぐに立っていられないほどの大きな揺れに。母とこたつに入ってテレビを見ていました。ちなみに午前中には大学不合格の通知が届き、はぁぁと落ち込んでいた時でした(笑)

カタカタと始まった揺れはあっという間に大きくなり、とんでもない揺れになりました。母は体調が良くなかったのか、どんなに揺れようともこたつから出ず、外に逃げようとした私を呼び止めました(いかがなものか‎🤔)。そして部屋にあったピアノの下に入るよう言いました(ダメ絶対!)。

さて、揺れはとても長かったように思います。実際の時間よりも長く感じました。その時に初めて「死」というものを感じました。
(あぁ…きっと家が崩れて色々な物の下敷きになって死ぬんだな…いやぁそれにしても大学落ちた日に死ぬ?やだなぁ〜痛いかなぁ〜えー痛いよね?やだなぁ〜まだ弾きたい曲いっぱいあるんだけどなぁ〜)
ということを本当に考えてました。車に轢かれる時のスローモーションみたいなものでしょうか?揺れに恐怖しながらものんびり考えていましたね。緩い!と思われるかもしれませんが、「死」が近付いてくる時はそんなものなのかもしれませんね。


写真は私の部屋です(ガラケーの画質!)。揺れがおさまってから行ってみると、色々な物が部屋の中央に集合していました。なんで扉開けたらテレビがいるの?と思ったものです。これは当時モバゲーに載せたものですが、前日の3月10日に「生と死は大違い、しかし生と死は紙一重」というタイトルの日記を投稿していました。

では東日本大震災が自分のなにか大きなポイントか?と言われればそういうわけではないようです。「死ぬかもしれない」と感じた唯一の瞬間ではあります。1000年に1度と言われる大きな揺れを体感しただけ、という感じ。実際その後の被害は私なんかよりもずっと大きな方がたくさんいたわけですし、ライフラインもそんなに影響はなかったです。

ただ、たしかに「死」を覚悟したことは大きいかもしれません。ほら、体調崩した後って健康に感謝するじゃないですか?それと同じで、ただピアノが弾けるだけで幸せを感じます。大袈裟ではなくて。

先日、大学の友人に久しぶりに会いました。彼は、出会った頃に私が言った「俺は俺の周りの人が幸せそうなのを見ると自分も幸せになるから、周りが幸せならそれでいい」と言ったのが印象的だったらしいです(言った覚えは全くないけど、たしかに昔からそう思ってはいる)。友人は非常に自己中心的な人間なので、私が言ったことは全く理解出来なかったらしいですが、最近それが何となく分かる気がする、と言っていました。
震災では幸いなことに身内の犠牲者は出ませんでした。もしかするとこのことが原因でそういう考えに至っているのかもしれません。彼に久しぶりに会ったことがトリガーとなって「死」について思い出し、そして考えたのかもしれませんね。

練習、演奏会、レッスンなどをしていると音符に追われることが多々あります。一度立ち止まり、たとえ苦い思い出でも噛み締めてみる時間は大事なのかもしれません。一度深呼吸をして今生きていることに感謝しながら大好きなピアノにもう一度向き合おうと思います。譜読み祭りです。ブクステフーデを始め、今はこの世にいない人間の創った音楽にただただ真摯に向き合っていきます。
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音楽との出逢い

2024-07-09 19:21:05 | 日記
少し前に載せたマイケル・ジャクソンのSpeechlessの動画を見た方から「こういう音楽も聴くんですね」と言われました。そこでふと振り返ってみました。

マイケル・ジャクソンの亡くなった日、私は高校へ登校する前にピアノを練習していました。練習を終え、朝食の前にテレビをつけるとどのチャンネルもマイケル・ジャクソンの訃報について。その頃の私はクラシックしか聴かない人間でした。なので、マイケルほどの大きな存在が亡くなった、ということはショッキングなことではありつつも「へぇ~そうか~」くらいなものでした。その日は定期試験でした。早く学校が終わり、友人達とゴルフの打ちっぱなしへ行き、軽い熱中症になり帰宅後ずっと寝ていました。頭痛の中、ドラえもんを見ようと19時にテレビをつけると(ということは金曜日ですね。ドラえもん、しんちゃんはその頃金曜日に放送されてました。)、マイケル・ジャクソン追悼番組…あぁそういえば番組変更になってもおかしくないか…と流してました。そこで流れていたのはライブ・イン・ブカレストのビリージーンのダンスソロ。なんだこの人間じゃない動きは!と釘付けに。

その瞬間から彼が何となく気になる存在に(小学生男子か笑)。
そこから沼にハマるまで時間はかからなかったです。床屋のおっちゃんにCDを借り、結局欲しくなったから買い、DVDも買い…クラシック以外にこんなにハマったのは初めてでした。クラシック0.5:マイケル9.5という割合だったと思います。当時モバゲーというコミュニティサイトがあり、そこで知り合った人達とよくマイケルについて語り合ったものです。

そんなある日YouTubeでマイケルの動画を見ていると、関連動画にThey don't care about usのカバーがひょっこり出てきました。何気なく再生してみたらなんとカッコイイことでしょう。目を見開きましたね。詳細を見ると「Northern kings」という4人のイケおじ達らしい。しかもジャンルはメタルと書いてあります。自分から一番縁遠いと思っていた音楽でしたから驚きました。当時の私のメタルへのイメージはデスメタルだったのですよね。メタルに色んなジャンルがある、ということなんか知りませんでした。「Northern kings」というのはフィンランドの有名なメタルバンドのヴォーカルを4人集めた企画モノでした。その中で私がグッと心を掴まれたのはCharonというバンドのヴォーカル「J-P レパルオト」でした。しかしCDはすぐに手に入らず…仕方なく別のバンドを探す…TSUTAYAで借りられたSonata Arcticaを聴いてみることに。なんの知識もなく借りたのがたまたま名盤と言われる1stアルバム「Ecliptica」でした。あっという間にどハマり(笑)浪人時代でしたね。その後は同じく「Northern kings」メンバーのマルコ・ヒエタラが在籍するNightwishも聴き始めました。

さて、これが2009年6月25日のマイケルの死から2011年の約1年半の流れです。2011年3月には東日本大震災がありました。私は福島県の郡山におりましたので、原発の問題もあり外に出られない日々が続きました。また私は12日から肺炎になり入院もできず寝たきりで過ごしていました。そんな中、私の精神的な支えとなったのはやはり音楽でした。マイケルも聴きましたしメタルも聴きました。ネットでメタルのCDレビューサイトを暇つぶしに見漁る。気になったものはYouTubeで聴き漁る…そんな毎日。そこで運命的な出逢いをしたのがLacrimosaでした。「Hohelied der Liebe」を聴いた時の衝撃は今も忘れません。クラシックとメタルの融合なんてレビューにありましたが、融合という表現には収まらない、クラシック音楽の延長線上にある音楽、という印象でした。それからLacrimosaにハマっていったわけです。

2012年に大学に入ってからは環境もあってクラシック4:メタル6というような割合になっていました。メタルは雑食で好みが広がった時期でもあります。そんな時に出逢ったのが「プログレ」というジャンル。参考にしていたメタルのCDレビューサイトを読んでいたのがきっかけでした。最初はキング・クリムゾンやイエスと王道から入ったでしょうか。Moon Safariに出逢ったのもこの頃。当時感動したのはマイク・オールドフィールドの「Ommadawn」というアルバム。涙が流れるほど感動しましたね。そして日本のARS NOVAとの出逢い。

クラシックの人間はメタルやプログレ好きが多い、なんてたまに聴きますが、自分には当てはまるようです。その中で自分は幅広く聴くタイプではないのかもしれませんが、自分としては色々聴いたなぁと思っています。そんな中で自分の好きな音楽の共通点のようなものを見つけます。それがバロック音楽でした。イングヴェイやストラトヴァリウスなんかが表面的には顕著かもしれませんね。ところが表面上だけではなく、精神性もそのようなことを感じる場面が多々あるのです。本人たちからすればそんなことは無いのかもしれませんが、彼らもまた脈々と続く音楽史の中の1人なのでしょう。

そこから今の私が形成されてきたように思います。クラシック→マイケル・ジャクソン(ポップと言わずあえて)→メタル→プログレ→クラシック…このように2009年-2019年の約10年をかけて「バロック音楽をモダンピアノで弾く私」というのが出来上がりました。「バロック音楽をモダンピアノで」というのは間違いなくLacrimosaの思想が一番影響しています。それは間違いありません。しかし、Lacrimosaに出逢うためにはマイケルから出発しなければならなかったのです。そしてLacrimosaから先へ進まねばなりませんでした。自分の「好き」を追求していった結果が今の私です。すべての音楽との出逢いに喜びと感謝と敬意があります。あの頃のようにたくさんの出逢いは今後ないかもしれませんが、これから出逢う音楽もすごく楽しみです。
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フォルテピアノと朗読

2024-07-02 20:01:12 | 日記





6月29日、SNSで相互フォローさせていただいている方のコンサートへ行ってきました。
フォルテピアノ(レプリカではなく1817年のオリジナル!)と朗読によるコンサート。演奏は小原道雄さん。朗読は岩下時和さん。

感想としてはただただ楽しかった!色々な種類の「面白い」を味わったような感覚で、あっという間の2時間でした。
曲目も思わずニヤリとしてしまう選曲。特に1817年製の楽器でクレメンティ、ハイドンを聴けるというのはそれだけでワクワクです。今日聴かれるクレメンティとは違う、長調の優雅さや短調の耽美さはモダンピアノでは味わうことの難しい響き。それだけでも面白いのに、朗読とセット。

朗読→演奏という感じなのかなぁと思っていたのですが、朗読に合わせて演奏することもあり、その後にソロという流れでした。この朗読と合わせる、というのがすごく良かったのです。と言いますのも、普通であればBGMになってしまうか、逆に少し邪魔なったりしてしまうようなものですが、演奏が朗読の内容をぐっと引き出すのです。BGMではなく朗読のその場面をよりリアルに感じられるようになりました。そればかりは体感していただかないと伝わりにくいのですが💦

前半の最後はバッハのフランス組曲6番からアルマンド。想像しにくいかもしれませんが、アルマンドに朗読を乗せるのです。演奏前に「実験的」と話されていましたが、すでに確立されたような内容でした。これも聴いていただくしかないのですが(笑)

後半は笑える内容も。笑えるお話に合わせた選曲が実にピッタリで、BGMにもなるというのがまた面白かったです。

最後のお話は一番長く、他とは違うファンタジーな内容。しかしながら朗読と音楽が一体となりあっという間の時間でした。組み込まれたスカルラッティ、現代ではピアノで華やかなイメージが強いかもしれませんが、お話の影響と楽器の力があってなのか、とても哀愁のある音楽でした。スカルラッティを改めて見直さなければなりませんね。

朗読の会を見に行ったことはありませんでしたが、朗読だけの世界にも興味が芽生えました。
今回とても感動したのは、人の身体と楽器の力のみであれだけの世界が創れるということです。最近ではスクリーンに映像を投影するのもありますが、人の声と演奏というシンプルな構成なのに、その情景は(もちろん人それぞれでしょうが)しっかり浮かぶ。でもスクリーンに写してしまうとそのイメージは限定されてしまうため、自由度が下がってしまうのかもしれません。

終演後、時和さんに第2弾も楽しみにしてますとお伝えいたしました。本当に素晴らしい会でした。準備は大変かもしれませんが、本当に次回が楽しみです。
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本当に頑張った生徒さんの話

2024-06-28 18:43:29 | 日記


写真はオンラインレッスンで使った本の一部です。
普段は1人の生徒さんを取り立てて書くことはしないのですが、あまりにも嬉しかったため書かせていただきます。

元々Twitterで繋がっていた方でしたが、私がCDを出したのをきっかけによくお話するようになりました。それからシューベルトをとにかく敬愛しており、レッスンではなく講義という形でシューベルトのD899-3について一緒に考えました。その後は同じ形で他の曲を取り上げ、色々な視点でシューベルトを見ていきました。

そのうちにご自身で演奏したくなったのでしょう。ピアノを使ってレッスンをすることになりました。私のオンラインレッスンは、生徒さんに動画を送っていただく→私が添削し文章と参考動画をお送りする→テレビ通話でレッスン、という流れです。

曲はもちろんずっと大好きなD899-3。聞けば幼稚園でピアノを習っていたそうですが、ちゃんと習うのはそれ以来だと言います。小さな練習曲、他の作曲家の小品をやりつつ、地道にシューベルトを続けてくださいました。私の言ったことをしっかり守って練習されているのが、送られてくる動画を見る度によく伝わってくるのです。時には一度のレッスンで6小節ということもありました。そのくらい丁寧に丁寧に練習を積まれてくださったんですね。1年半かけてついに1曲をまとめられました!

今日のレッスンではシューベルトが読んでいたものに注目し、ギリシア文化やプラトンの本のどの部分がシューベルトの音楽に影響しているか、ということをお話しました。きっと今後もどんどん素晴らしい演奏になっていくことと思います。1年半という長いようで、それでも1つの作品を汲むには短い時間。「努力が身を結ぶ」と言いますが、それを目の前で見せてくださったように思います。心から大拍手を送ると共に、私自身、身の引き締まる思いです。

今日、生徒さんは「シューベルトのイメージが変わった」と話されていました。それは私にとってとても嬉しい言葉でした。

遠いですが、ぜひ近いうちに生で聴かせていただく約束をしました。その日が待ち遠しいです✨
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生き物音楽大辞典、無事終演しました!

2024-06-18 19:47:14 | CD/DVD 音楽






大内暢仁のピアノによる生き物音楽大辞典、無事終演しました。
おかげさまでほぼ満席となり、お客様だけでなく演者も大爆笑のコンサートとなりました。

約1年半ぶりのソロコンサートでした。バロック音楽だけでまとめたコンサートでしたが、久しぶりのソロがまさかこんな内容になるとは…思ってました(笑)というより、1年半前にはすでに頭にあった企画でした。単純にこのふざけたチラシを作りたかった、というのが発端ですが、プログラムを考えていくとヴァイオリンも入れたい…お、歌も入れたい!となり、ヴァイオリンの加藤綾子、ソプラノの東城里奈に協力してもらい実現しました。

内容的には子供向け、しかし蓋を開ければマニアックといういかにも私らしい中身だったと思いますが、老若男女問わず楽しめることを目標にしました。ギリシア神話の世界から古代ローマ、ギリシア語とラテン語から音楽の結び付き、プラトンやヘロドトスが話に出てきました。結局行き着くのはそんなところなんですね。

しかしながら親しみやすさは失いたくなかったので、各動物についての3択クイズを用意しました。正直驚いたのですが、子供だけでなく大人のお客様もイキイキと手を挙げてくださったのです。嬉しい誤算でした。また、小さなお子様も来てくださったのですが、やはりヴァイオリンや歌が入ったことにより、飽きずに最後まで聴いてくださいました。

ブルグミュラーなんかも演奏しましたが、ワイルド編曲の4羽の白鳥の踊りや、シフラ編曲の熊蜂の飛行、ゴットシャルクのタランテラなど超絶コンサートになっていました(笑)演奏だけならいいのですが、合間のお話では少し息切れをしてしまいました。中でもヴォルフの「少年とみつばち」(歌)、フランソワ・シューベルトの「みつばち」(ヴァイオリン)、リムスキーコルサコフ/シフラ編曲の「熊蜂の飛行」(ピアノ)は「羽音」を作曲者によってどのように違うかという聴き比べが面白かったのではないかな、と個人的に思っています。

「修辞法」というと大それたように思われがちですが、このように小さなことから触れるというのが本当に入り口となるのではないかな?という思いが強かったりします。違った音楽の楽しみ方が出来たら幸いです。

そして、ゲスト出演してくれた2人には本当に感謝でいっぱいです。ずっとやりたかった曲を自分がファンである奏者に演奏してもらえるというのは幸せです。また演奏したい曲ばかりです。

さて、うっすら考えていたことですが、かなり好評でしたので本格的にシリーズ化しようと思います。コンサートの最後にお話しましたが、植物シリーズ、国シリーズを考えています。国歌を基にした曲や民謡をテーマにした曲なんかでまとめようと思ってますね。

その前にブクステフーデ、パッヘルベル、バッハを中心としたコンサートを考えていますので、そちらが先になりそうです。
そちらもどうぞ聴きに来てください。
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榎本智史さん主催『私的演奏協会Vol.2:ベルク《ピアノソナタ》』

2024-05-07 09:12:16 | CD/DVD 音楽

毎回私がニヤニヤしている榎本さんの「私的演奏協会」シリーズ。今回はベルクのピアノソナタop.1ということで、なんとしても行きたい回でした。と言いますのも、この曲についてどうしても今まで自分の中に難があったのです。

初めてベルクのソナタを聴いたのは小学生の高学年か中学一年生の時だったと思います。家にあったCDでした。op.1でしかも単一楽章というところに魅力を感じ再生したのを覚えています。ところが聴こえてきたのは謎な音楽。恐らく最後まで聴かずに曲を変えました。その頃はバッハやベートーヴェン、シューベルトばかり聴いていた人間ですから、そりゃそうかもしれませんね。

数年後、ボックスで買ったチェルカスキーにこの曲があり再挑戦。最後まで聴いたものの、印象に残らなかったというのが正直なところ。

生演奏なら!と思い、2年ほど前にコンサートで聴いたのですが、やはりそれもさっぱり…。

そんなところで榎本さんが取り上げてくださいました。少し前に榎本さんがこの曲を個人的に少し演奏してくださり、なんとなく今までの印象と違った感がありました。十二音技法やシェーンベルクに興味を持たせてくださったのも榎本さん演奏でしたので、この回は絶対に!と思っておりました。

部分的に抜き出し、構成や背景を話しながら演奏されていきます。時には膝を叩いて「なるほど!」となる部分もあり、なんとなく掴みどころのなかった曲が見えてきました。核となる音を聴いた時は頭の中で数に直し、こういう見方もあるのかなぁなどと思いながら組み立ててみるのも面白かったです。

一通りの説明を聴いた上で最後に通して演奏されるのですが、今までのモヤモヤした感じはなく、本当に「あ、良い曲だな」と感じる演奏を聴きました。
前回のシェーンベルク「3つのピアノ曲」でもそうだったのですが、帰りの電車では頭の中がスッキリします(笑)復習ではないですが、改めて聴きながら「あ〜ここはこうなんだなぁ」と思い返すのがとても楽しいです。

次回は何の曲かな〜と今から楽しみです。
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ResonanCeのR/B meets M/Cとは

2024-03-27 22:51:43 | 日記



横文字ばかりですねぇ(笑)

そもそもResonanCe(レゾナンス)というのは私(大内)が渡邊に声をかけてできたグループです。古い音楽と近現代の音楽だけでコンサートをしたい、というところから始まりました。R(ルネサンス)B(バロック)とM(モダン)C(コンテンポラリー)のmeets(出逢い)です。有名なショパンやベートーヴェンなんかが演奏されません。ある意味マニアックなコンサートですね。
後に紅一点ソプラノの東城が加わり今のグループになりました。東城は両方を(古いのも新しいのも)担当するので大変そう(他人事)。

言ってしまえば大学時代の私の思いつきから始まったようなもんです。第1回は2018年でした。3人の地元、福島で9月、10月にコンサート。思いついたことをとにかく詰め込んだ会でした(笑)12月には東京で。


2019年には地元の郡山でStoriesという、演劇と音楽を組み合わせたコンサートを。たくさんのお客さんの前で演技と演奏をするとは…レゾでなければ私はやらなかったことでしょう(笑)

2020年にはコロナ流行直前。R/B meets M/C第2弾を。



その後はYouTubeでの配信コンサートなんかをやってましたが、2020年の8月に初めてのオリジナル曲「ラベンダーとひまわり」を発表。


2021年には初めて小学校で演奏。私と東城の母校という思い出深い会になりました。

2022年には久しぶりのコンサート。クレッシェンドライブってのをやりました。


2023年にはオリジナル曲「ラベンダーとひまわり」のストーリーを朗読とピアノで。


そして2024年の4月21日には久しぶりにR/B meets M/Cを。非常にマニアックなコンサートです。私は主軸としているブクステフーデやらパッヘルベルなんかを演奏します。東城とは初めてのバッハを!バッハのカンタータを演奏します。
たくや君はハチャトゥリアンとベルクの歌曲を。濃い会になりそうですね。

元々3人は違う方向を向いていた人間です。終着点は同じ場合がありますが、そこに行き着くまでの道程がバラバラ。でもかなり仲良し。コロナ禍以降、それぞれがそれぞれに忙しくなり、音楽への向き合い方と言いますか、音楽との関わり方のようなものに各々の中で変化があったように思います。それはきっと個人個人では特に変わったことはない気がしているのかもしれませんが、心境の変化というものはそういうもんですよね。こんなことを言ったら2人は不快に思うかもしれませんが(笑)私も2人から見たら変わったのかもしれませんし。それはそれぞれの生活というものがありますので、当然のことと思います。
しかしそれぞれのコンサートには遊びに行ってますので、会う度に「次いつやる〜?」みたいな話はずっとしているんですよね。

合わせの日、3人で昔のコンサートの映像を見ました。なんというか...今は失われた「何か」が見た目とは別に「響き」として確実にそこに在りました。演奏に関する幼さのようなものはもちろんあるのですが、若さのような勢いみたいなものが先行しており、何より音楽がイキイキとしていました。
何と言いますか、悪い意味で3人でコンサートをする「慣れ」が出てきていたのかもしれません。コンサートの回数が少ない分、1回1回を大事にしているつもりではあります。しかし、目に見えないところで悪い意味の仲良しが出てきてしまっていたのかもしれないと思いました。

まずは4月21日、お客様もですが、我々も楽しめる会になることを願って準備しております。ぜひ聴きにいらしてください。

昔あったものを取り戻すことは不可能かもしれません。ですが、初期よりも個々の力は上がっているはず(そうでなければならないのですが...)ですので、より良いコンサートは出来ると思うのです。それは演者である我々の気持ち次第なのかなぁという気がしました。個々の活動が増えたために、1つの会を3人で創るという部分に足並みが揃っていなかったのかもしれません。相変わらずの仲良しを良い方へ繋げていけるといいなと思います。
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榎本智史さんの私的演奏協会:シェーンベルク《3つのピアノ曲》

2024-03-24 02:29:52 | 日記

友人であり、シェーンベルクの研究・演奏を中心に活躍されている榎本智史さんの「私的演奏協会:シェーンベルク《3つのピアノ曲》Op.11」に行ってきました。部分的に抜き出し解説を受け、一通り聴かせていただくという贅沢な時間です。
以前、2023年の9月9日にはシェーンベルクの「ピアノのための組曲Op.25」を同じ手法で演奏されました。

シェーンベルクと言えばやはり十二音技法というイメージでしょうか。私はResonanCeでおじょーがシェーンベルクの歌曲Op.2への並々ならぬ想いを受け、しばらくは十二音技法前のシェーンベルクにハマったものです。後期ロマン派の流れを汲むというのはよく言われていることですね。

「十二音技法」ということこそ知れど、曲は難解というイメージがどうしても先行してしまいます。ところが榎本さんの解説を聞きながら演奏を聴くと、ポイントを掴めるのか、立体的に聴こえるのです。以前、榎本さんとの合わせの時、シェーンベルクのジーグはジーグなのか?という質問に対し、丁寧に説明しながら演奏してくださったのですが、最初に演奏した時と解説後とでは全く違って聴こえるのです。しっかりとジーグの輪郭が浮かび上がります。これは解説による効果と、しっかりとそれに乗せた演奏だからこそなのだと思います。

なんとも掴みどころがなく思えた音楽が「あ、なるほど」となる瞬間は面白いものです。この試奏会シリーズでは時折思想面のお話も出てきます。これが私の日々考えるバロック・古典に重なる部分が多々あるのです。恐らくどこかに不動の礎となるものがあるのだろうと考えることがあります。聖書、そこから派生する神秘思想のようなものがもっと掴めれば十二音がもう少し自分にとって近いものになるような感覚があります。そういった意味でも榎本さんのお話、演奏はとても面白く同時にとても興味深いものです。

シェーンベルクの弟子であるウェーベルンはとある手紙の中で(ライヒに送ったものだったか?)「プラトンを読んだが、ノモス(法則)はまた旋律のことでもあった」というような文がありました。これは彼の作品に影響があるようで、非常に興味深い部分です。
シェーンベルクのもとで勉強したウェーベルンは、その期間の一区切りとしてOp.1のパッサカリアを書きました。私が注目するのは「パッサカリア」という古い形式・形態で、ニ短調というこれも古いと捉えられる調性が曲全体の世界を決定づけています。
ウェーベルンはゲーテの形態学を引用しており、変奏について話しています。これはゲーテの根本的同一性という部分を使っているのですが、パッサカリアにはまさにこの部分が見て取れます。同じテーマ(種)の中から変奏(茎から枝葉)が生まれるという、それがウェーベルンにとっての「ノモス」だったのではないかと考えています。
また別の手紙には「音列自体がすでに1つの法則を表します」という文がありました。これは十二音の音列のことでしょうが、ウェーベルンにとってその「ノモス」は大事なものだったに違いありません。それがシェーンベルクのもとで勉強した後の曲に決定的に現れているというのはシェーンベルクからの影響があるのか…?

脱線しましたが、榎本さんのこの会ではそういったことをふと考えさせられます。演奏にも説得力があるからこそ、そのような気持ちになるのでしょう。気付きの多い楽しい会です。榎本さんの私的演奏協会を聞いていくうちに様々な疑問が今後明らかになっていきそうです。
ここでは質問もOKですが、咀嚼するだけで精一杯です。ワクワクしながら通ってます(笑)
次回はベルクを取り上げるとのことで、今から非常に楽しみです。
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