白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

煉獄のなかで

2006-08-26 | 純粋創作
鋼鉄の橋が捻じれ曲がり
焔立つ祈りから崩れ落ちるのを守るために
狂おしく僕の骨が燃える
地底湖から血液が渦を巻いて飛龍のごとく上昇し
この脊髄を洗い 叫び 口から噴出し
ちりちりと 燐粉が 漆黒の闇に明滅する




ああ、たったいま死を超える速度で破壊される僕を見てくれ




巨樹の樹皮のような疱瘡に覆われて
化身を引き伸ばしながら その内側へと巻き込まれる
僕の顔 仮面 
この裂け目から覗いている 蒼空とプレアデスと
もうひとりの だれか 見知らぬ顔を
荒鷲のように 僕の貝殻骨が連れ去っていく




朱鷺色に逆剥けた無数の線条の指を滴らせる
墜落し沈没した眼を
泥濘のなかに見開いているこの僕を
そう 解剖でも 切開でもなく
殺ぎ落とすのでもなく
連れ去られるあの見知らぬ顔をこの僕が隈なく見るために
いっそのこと 震央から裏返してくれ




心臓を目の位置に象嵌し
肝臓を鼻の位置に接着して
腸類で手足を結びきったら
燃え尽きた肋骨と大腿骨は砕き
肺を耳の場所へ据えて
性器の位置に脳を吊るしてくれ




そうしてやっと 彗星の轟然たる衝突音よりもなおはっきりと
沈める寺院のカリヨンに祝福されて
ぼくはひとのかたちになれる
これ以上 もうなにものにも 陥入されず
傾斜せず 鎮められ
恋のように凍りついて
純度の無限を誓い
あなたを愛することが出来る




一面の彼岸花
その海に掛けられて今
陥落していく十連の鉄橋の先に立ち尽くして
そこから投身しようとする君よ
やっとひとのかたちになれたこの僕を見てくれ
届いてくれ





臓物の裸体に
風はいつまでも涼しく
滅び行く歌の年月に
僕の深奥は化石化していく
干からびる僕に雨降れ




銀河よりも甘く
死を超える速度で破壊されたこの僕に雨降れ




届かぬなら
せめて 眠りを転写するように





孕まれるように






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「多摩川にそって
 調布、飛田給をすぎる
 死に激突するよりもはやく人間は彼岸へ渡り
 死ぬよりも美しい、鳥のような身ぶりをして
 洗面器のひろがる鏡のまえで
 動物の一器官がついに発見した
 宇宙の軽さについて
 書きはじめるとき
 流線形という古語は焔につつまれるのであった」

                (吉増剛造 『老詩人』)










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