白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

less than human

2007-12-31 | 日常、思うこと
12月29日午後1時発のぞみ219号10-4Aに乗車、
13時55分着、タクシーにてウェスティンホテル大阪へ
乗り付け、支払いを済ませ、車外に降りた刹那、
タクシーの運転手が、僕のスーツケースをトランクの中に
入れたまま発車してしまった。
ホテルのドアマンと大急ぎでこれを呼び戻しに走り、
何とか、事なきを得た。
今になって思い返してみれば、この逗留が安らかならざる
ものになることの予兆が、そこにあったのかもしれない。





フロントは年末休暇を過ごす客でごった返していた。
数分待って僕の順番となり、エグゼクティブフロアの
宿泊であることをカウンターで告げると、
担当係員から、本来のチェックインスペースである
エグゼクティブラウンジが混雑しているため、
1Fでのチェックインを願いたい、との申し出があった。
仕方ない、と了承して、カード登録などの手続きを済ませ
スーツケースを案内係員に預けた。





本来、ホテルマンは例えキャリーケースであったとしても、
客の荷物であれば、それを引き摺って運んではいけない。
きちんと取っ手を持って、吊り上げて運ぶものである。
ところが、その案内係員は荷物を引き摺って運ぼうとした。
そして彼が強く引き手を引っ張った瞬間、引き手のハンドルが
すっぽりと、ケース本体から抜けてしまったのである。






係員の顔色が一瞬にして蒼白になった。
謝罪しつつ狼狽する彼に、僕は務めて冷静に、
スーツケースの弾き手の留め金はもともと壊れていたこと、
そして、それを告げなかったのは、ホテルマンなら当然に
客の荷物を引き摺って運ぶはずがないと思ったからで、
今後のこともあるから、荷物はきちんと吊り上げて運ぶよう
注意をしておいた。
ウェスティンはいいホテルではあるが、こうしたところの
サービスの心得に、リッツ等とのレベルの差を感じる。
リッツのように客の荷物専用の台車を準備するだけでも
変わるのだろうに。





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夕刻まで、シャワーを浴び、バスタブに湯を張って
浴室内のスピーカーから流れるジャズを子守唄に眠った後、
ホテルのフラワーショップで花束を購い、
シガーバーでアブサンを呷り、ダビドフのシガーを購って
タクシーに乗り込み、ライブハウスに向かった。
車中、運転手とジミ・ヘンドリクスの話題に興じた。





ライブハウスに到着し、ピアノの上に花束を置き、
注文をしていると、バンドメンバーが次々に挨拶に来た。
しばらくリードtpと話し込んだ後、2杯目の酒を
頼もうとしているところへ、
今はチューリヒ大学にいるベース弾きの旧友が現れた。
握手し、しばらく会話をしているうち、
Mr.BIFFを初め、見たことのある顔ぶれが集まって
きているのに気付いた。





一緒に演奏を聴きに行く相手がいなかったため、
相席などになればどうしようかと思っていたのだが、
幸い、ひとりでも独立テーブルを使えたので安心した。





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演奏は、総じていい意味でのリラックスさがあり、
テンポの選択、アフタービートのへヴィグルーヴは
なかなか他では聴けないレベルを有していた。
楽器もよく鳴っていた。
表情の生硬さ、セクション間のバランスの難、
演奏上の設計のしかた、フレージングの伸縮と強弱、
技術面で気になった点も多少は見受けられたけれど、
最初から最後まで水準以上のクオリティを保っていたし、
総じて、なかなか上出来だったのではないだろうか。





まさにこれからいいバンドに飛躍していこうとしている。
そんな音が聴こえて来ただけに、
解散をしてしまうということが、とても口惜しい。





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演奏終了後、各人をねぎらい、
ベース弾きの旧友の双子の兄に間違えて話し掛けそうに
なりながらも、彼らの写真を撮影して、
見知っているひとびとと話をしているうちに、
その日にいちばんあいさつをしておきたかったひとが
宵闇に消えていこうとしているのに気付いた。
呼び止めようとして、声が出なかった。





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阪急石橋駅に着く頃、一ヶ月間連続勤務の疲れも
あったせいか、
まるで底闇に落ちたかのような状態になった。
気を張って、酒を飲み、タバコを吹かし、
猥談に興じていたが、鉛でも飲み込んだような心情が
ずしり、と胸、腹の中にうごめいている。
何を思っているから、という解析可能なものではなく、
ただ、鉛色で、鈍く、重かった。





そんな状態のなかで、僕がピアノが1音も弾けない、
という話になったとき、RHが僕を叱った。
彼女の情愛の深さが彼女自身を苦しめるであろうことを
知ってもいるから、
申し訳なくも、感謝しながら、その言葉を聴いていた。
事実や真実は人を傷つける。
そのことをわかっていて、彼女に事実や真実を伝えて
傷つけたこともあった。
もうすこし大切なさまざまを話そうとも思ったけれど、
そこは彼女たちのための場であって、僕の場ではない。
だから伝えることをしなかった。





僕は彼女に感謝している。
ありがとう。





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4時過ぎの帰途、タクシーを拾い、行き先を告げた。
阪神高速を使うように指示したが、
料金が云々、ETCが云々と言い出して従おうとしない。
新御堂筋を使うには、車は既に中国道高架を過ぎている。
苛立ったが、そこで大声を出すのも無駄に疲れるため、
運転手が言うように、国道176号線を使うように
指示をした。
眠さもあり、中津の三叉路を浄正橋方向、福島方向に
進む頃に声をかけるように指示をして、眼を閉じた。
176号はカーブや信号が多く、乗っていて疲れる。
だから言わんこっちゃない、と不快な胃袋を撫でつつ
口元で呟き苛立ちながら、それを抑えてうとうととした。





30分後、何となく嫌な気配を察して眼を開け見渡すと、
タクシーは橋を渡っている。
それは十三大橋ではなかった。
右斜め前にはリーガロイヤルのタワーが見える。





「おい、おまえどこはしっとんのや」
「はい?」
「はいやあらへんやろ、メーター止めろ」
「は?」
「メーター止めろや」
「は、はい」
「おい、あれはなんや」
「いや、リーガ・・・」
「おれはウェスティン行けいうたんや。
 あれはリーガロイヤルやなあ」
「え、あの・・・」
「違うよなあ」
「いや、そんなことは・・・」
「われなめとんのかこら」
「いや、あの」
「どうすんねや、どないすんねや」
「お、お客様、ウェストウィングって」
「あ?」
「いや、ウェストウィングって聞こえましたから・・・」





運転手にはウェスティンと告げたにもかかわらず、
運転手はリーガロイヤルに向けて走っていた。
リーガロイヤルホテルの西館はウェストウィングという名称で、
シングル向けの客室となっている。
運転手はウェスティンとウェストウィングを聞き違えたらしい。
僕の風体を見て、ウェスティンに泊まる客と判断しなかったのか、
それとも単に聞き違えたのかは定かではない。
メーター分の金を払い、Uターンをさせ、ウェスティンに戻った。





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12月30日午前10時起床、鬱状態が戻らず、
何とか気分でも変えようとして、シャワーを浴び、
街へ出た。
どうせなら、と思い立って、スカイビルの屋上の
家族連れと恋人たちしかいない展望台にひとりで登った。
映画でも観ようと思い、シアターに行くと、
果たして、恋愛ものの映画しか上映しておらず、
年の瀬に男ひとり旅先で観るようなものではない、と
考えて、これを断念した。
人体の不思議展で、臓物を眺めるというのも年の瀬には
不吉である。





地下道から梅田へと出て、インデアンカレーを食べ、
成城石井でトカイワイン、ローストビーフ、サーモンを
購ってホテルに戻ろうとしたところで
カレーで温められた身体から汗が噴出してきて目に入った。
仕方なくメガネを外してコートの内ポケットにしまいこみ、
新阪急ホテル北側の横断歩道へと進んだ瞬間、
リュックサックを背負った30歳くらいの秋葉原系の男が
猛スピードで人をよけながらこちらへと走ってきた。
すれ違おうとした瞬間、男は僕が今進もうとした方向に
身を振ったため、僕の左胸が男と激しく衝突した。
思わず男に向けて罵声を浴びせたのだが、男はすでに
雑踏の中に紛れて消えてしまっていた。





しばらく歩いて地下歩道まできた頃、ようやく汗が引いた。
めがねを掛けようと内ポケットからそれを取り出すと、
メガネは左側のレンズのところで真っ二つに折れていた。
怒りを通り越して、虚脱してしまって、
血の気が引いていくのがわかり、
どうしてここにいるのか?という雑念が頭をよぎり、
それを理性が危険信号と感知したのか、
がくり、とうなだれて、頭を提灯がわりにぶら下げるように
滑稽に、ホテルに戻った。





部屋のカーテンを開けると、大阪ドーム、南港WTC、淀川河口、
六甲山、西宮・神戸、伊丹空港、
遥か遠方に淡路島、明石海峡大橋が見えた。
空気は澄み切っていた。
観たくない、と、カーテンを閉じた。





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何通かのメールを送ってはみたものの、なかなか返ってこず、
やっときた返信にも強がるような返事をして、
精神的な疲労を訴えることもできないまま、
トカイワインを一気に飲み、
6時ごろ、発作の兆候を感じて服薬し、
行こうと思ったライブを取りやめてしばらく眠った。
10時から、中原中也を町田康が解読するという番組を見、
シャンソン歌手風情ではなく、友川かずきこそそこに出演
しなければならないだろう、という思いをしながら
番組を観進めた。





これ以上失いたくない、という切実な思いは、
極端に純化された(しかし蒼白な、血の気を失ったような)
美的な結晶を目指すようにしか解消されないのだろうか。
中也の詩は痛ましいほどに無味無臭で、
まるで、脱皮しようとしていたのに、抜け殻になるはずの
皮膚のなかへ血肉を奪われた、透き通った海老のそれのような
姿を感じる。
その詩の殻のなかに、牡丹海老の卵のようなエメラルド色の
無数の宝玉が、きらきらと光を抱いているように思われる。





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12月31日午前7時起床、シャワーを浴びてラウンジに行き、
ひとり朝食を取ったあと、
エステティックサロンにいき、フットケアと全身ケアを受けた。
統合失調の治療の中に、全身を包み、身体を温熱とひとの手で
いたわるという「パック」とよばれる療法があることを思い出し、
それと同様の効果を得て、心身の疲れをいたわろうと試みた。
施術を行ってくれた女性は、本当に丁寧にケアを行ってくれた。
底闇から、少し、平穏に戻った。





正午過ぎにホテルを出、12時53分発のぞみ18号8-6Aに
座り、眠り、帰着。





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疲労のせいか、少し軽やかになったものの、抑うつ状態が続く。
せめて、来年はよい年を。
皆様も。つつがなきよう。










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