白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

女に曳かれて善光寺

2009-05-31 | 日常、思うこと
東京からむこうへ、仕事をしに出掛けた。
長野まで新幹線、その後レンタカーで北信を巡って、
いろいろなひとに会う、という仕事。
どういう成り行きだろうか、と思うような編成で。





***************************





ある日職場で、独身男2名と既婚女1名、出張行くよ、
もう手配済ませたから、と言われて、はいはい了解、という
答えを二つ返事でしたところ、目の前に行程表の白い影、
ひらり、舞って、PCのキーボードに裏返しに被さった。
手に取って翻して、僕は思わずぎくり、とした。
おんなじ温泉、おんなじ部屋に泊まる手配を既婚女が済ませて
しまっていたのである。





僕にとっては仕事なのだが、同行者にとっては遊びらしい。
まあそれはある程度、折角長野にいくのだからな、と
納得できたのだとしても、問題はその先にあって、
同い年の独身男と既婚女が山奥の温泉宿にしけこんで、
枕を並べて寝るのだぞ。
学生時代ならいざしらず、社会通念と倫理に照らしても
それはあかんやろ、と既婚女を説き伏せようとしたのだが、

え、いいじゃん。温泉行きたいし。旦那の承諾済みだし。

の、一言で、終わってしまった。





旦那本人にも直接確認したのだが、

うん、真実。承諾したよ。

と、いう答えである。
これではしゃあない、いかにゃあならん。
背徳感を楽しむ状況の萌芽もはじめから摘み取られていた。
俺も随分見くびられたものだな、はは、と斜め下向いて、
苦笑いしつつ、朝、新幹線。





***************************





長野到着後、レンタカーを借りて、既婚女のパンクな素性を
左耳から聴きながら、右耳でイヴァン・リンスのCDを追い、
千曲川に沿って運転する。
草間弥生に岡本太郎に寺山修司に種田山頭火にマイルスに
戸川純に神道に無神論にハイデッガーに東山魁夷に靉光に
磯崎新にジェイムス・タレルに涼宮ハルヒに手塚治虫、
そしてメセニーのファーストサークルクラップ、

んぱぱんぱんぱぱんぱんぱ、んぱぱんぱぱんぱんぱ、

叩けるんかい、と思いながら、仕事に向かう。





長野を拠点とする、日本を代表する建築家や実業家、
それに、大学教授や、気鋭のワイナリーの醸造者などを
相次いで取材する。
めいめいの情熱的な語りは旺盛なサービス精神ゆえに、
時間超過も脱線も甚だしい。
さりながら、信越地域において幕末に陽明学が盛んであった
その風土を反映してか、
彼らの仕事や言葉には常に、知行合一の精神と変革の理念が
くっきりとした輪郭を帯びて浮かんでいた。





***************************





仕事を終えて、車を駆って、渋温泉へ向かい、
夕刻到着、さっそく部屋に入って、互いに浴衣に着替え
風呂に入る。
長野の温泉はとかく湯温が熱い。
とてもじっくり浸かっていられるようなものではない。
湯上りの火照った体での、食事前のビールは格別であり
岩魚の刺身など摘まんで、食事は実に美味であった。





夜は劫々、更けまする。
全日空のファーストクラスで供されているという、
小布施ワイナリーのフラッグシップワインを飲みながら
話題は善光寺縁起からはじまって、つげ義春、
金沢21世紀美術館、松岡正剛、「東京の地霊」に及び
とうとうドグラ・マグラまで辿り着いてしまった。
これでは朦朧としてなにをしでかすやらわからない。
早々に眠ろうと提案して、部屋の明かりを消した。





翌朝既婚女に何事もなかったかを問うたところ、
何事もなかったが、僕とは別の独身男の眠り方がひどく、
ほぼ添い寝状態であったそうだ。
それ以上は聞かないことにした。
旦那にも黙っておこうと思う。





**************************





車を駆って長野に戻り、7年ぶりの開帳という善光寺に
生まれて初めて参拝した。
父から聞いた話では、かつて明治の頃には、交通手段が
未発達であったがゆえに、
善光寺へ詣でる者は所帯ぐるみで、鍋釜を背に負って
先々の宿で自炊しながら旅をしたという。





善光寺周辺は平日だというのに観光客でごった返していた。
回向柱に触れて結縁ののち、拝観券を購って堂内に入ると
峻厳、天井には一面の朱に菊の御紋が無数に配されている。
勅命によって秘仏となった善光寺如来故に許されたのか、
禁裏の紋はきちんと16枚の花弁を有していた。
この本堂の建築がどこかしら西洋の聖堂に似ているような、
あるいは大本願の善光寺上人の数珠頂戴の風景がどうにも
法王による祝福の光景に似ているような、
何とも不思議な、混淆とした寺である。
前立本尊の前に進み、合掌。





***************************





新幹線に乗り込むと、気がついたら東京駅、
既婚女の旦那が迎えに来ていた。
無事返却して、帰途、疲れて、丸ノ内線を寝過した。








最新の画像もっと見る

コメントを投稿