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京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

いのちは相互に照らし合って

2025年07月06日 | 今日も生かされて

本日よりブログの更新をはてなブログ一本に移行いたします。

いつの時も、人さまの人生の一端を拝見するような思いで拝読してきました。
自分がこれまでいただいてきたものを根っこに“読む”ものですから、どこまで思いが汲めていたかわかりませんが、さまざまな感性に触れながらいくつもの生き方に多くを学びました。

また、私としては、なるべく書き過ぎないように配慮しましたことで十分な表現力とならずに終わっていたことも多かっただろうと、拙さを恥ずかしく思い返すところです。読んで、書いて、これからも少しずつですが続けていこうと思っています。

  原石のごとく
  比べようのない輝きを有すあらゆるいのち
  それらのいのちは相互に照らし合って
  自己を知り
  より深い輝きを放つ

この言葉をいただいたのは「妙好人展」ででした。
人は人のなかで、互いに支え合い、照らし合うから生きるのも楽しく、自分も磨かれるのだと思うのです。
「ひとりの殻を出て 縁のあるままに人に遇う 仏に遇う」一日一日を、大切に過ごしてまいります。

長くお付き合いを賜りましたこと、感謝とともにお礼申し上げます。ありがとうございました。







コメント (10)
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わたしが書いた五色の短冊

2025年07月04日 | 今日も生かされて
まもなく七夕。幼稚園の前を通ったら、ささ飾りが目に入った。


   たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき

大商家の後継者でありながら自ら地位を捨て、清貧を友とし、自然を愛し、家族を慈しんで生きたという橘曙覧。自足しながら人生を愉しむ。彼の「独楽吟」のなかには、物質的には貧しい生活のなかで、生きる喜びの一瞬を歌った歌が収められている。
しかし、ここには少し事情が違う家族がいる。・・・


はてなブログで更新しています。よろしければのぞいてみてくださいませ。
                   (小林良正さんのほほえみ地蔵)
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こころもち

2025年07月01日 | 今日も生かされて
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ねむの花が咲いていた。「新しい化粧筆で、ひとはけ紅を刷いたような花」と表現した、石垣りんさんの小文がまず思い出される。
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こちらは先日日曜日の、孫Tの収穫。



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春の忘れもの

2025年06月29日 | 今日も生かされて
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就寝前のいつもの読書で昨夜、「伊吹」(『夏草ケ原』収 梓澤要)を読み終えた。


(中略)

その余韻は明智光秀の三女・玉子の物語へと飛んで、おぼろな記憶の中で思い起こされていた。
4月に長岡天満宮を訪れたが、その折に細川忠興に嫁いだ玉子が2年間を過ごしたという勝竜寺城跡にも立ち寄ってみる予定でいた。歩きかけてはいたが、気力は距離に負けて断念したのだった。


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機嫌よく暮らしたい

2025年06月27日 | こんなところ訪ねて
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ぼちぼちと続けている図書点訳だが、一冊を分担する形で参加するこの頃。その割り振りを決めるのを目的に、3人が集まった。昼間からビールをいただいて昼食を共にしたあと、近くの護王神社に詣でた。




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晩年の収穫?

2025年06月25日 | 今日も生かされて
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インターネットを介して本を買うことは多くないが、購入先が(株)バリューブックスだったことはこれまでに何度かあった。届いて、長野からやってきたのかと知るだけだった。だから昨日、「せどりから古本屋で年商16億円!?」の見出しを目にして驚いた。年商額にではなく、「せどり」という言葉に。



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「白は200色あんねん」

2025年06月23日 | 今日も生かされて
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  6月23日「白は200色あんねん」 
先日、「色って面白いです」と書きだされた14歳の投稿文を地元紙で読んだ。


  よろしければのぞいてくださいませ
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移行先で更新を

2025年06月21日 | 今日も生かされて
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  6月21日「心に灯りをともして」
古いノートをめくっていて、ベニシアさんが亡くなって2年かと訃報の記事に目を留めた。イギリス貴族の家に生まれ、19歳で祖国を離れ、インドを経て1971年に来日。’96年に大原の里の古民家に移住した。…


  6月19日「人生の最後に見せる顔」
書店で「吉村昭の死顔ありますか」とたずねるには、相手が店員さんでもちょっと口にしづらい。幸い中古書店「ブ」で偶然見つけたので、バーコードがあるカバーの裏を上にして黙ってレジ台に置いた。…


  よろしければのぞいてみてくださいませ

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心のつばさをひろげて

2025年06月17日 | 今日も生かされて
前登志夫さんは山中の若葉の木々の風を和讃として聴かれた。
   朴若葉ひるがえし吹く若葉風弥陀来迎の和讃称ふる

こんな感性をもちたいが、そよとも吹かずに汗だけ流れる。掃除で戸を開けた本堂の縁先から、大門近くの泰山木を眺める。花は阿弥陀仏への捧げもののように咲く。もこもこだった樹頭の葉の繁りが、職人さんの手が入って涼し気になった。

大学に進学し、エッセイサロンを卒業する若者が一人…。
彼女が高校入学とともに縁をいただいた。一緒に過ごした3年間を、書くことに親しんだ原点として振り返ってもらえる日があってほしい。これからは異なる分野で「書く」ことも増える。いつかまた何かしらの文芸で自らの言葉を紡ぐ機会もあることだろう。


以前に記したことがある『12の贈り物』(シャーリーン・コスタンゾ)を贈りたいと思い、書店に注文しておいた。それが届いたという連絡を受けた。

  8番目の贈り物は「想像力」
目の前の現実だけではなく、
目に見えないものを見つめる力。
現実だけではなく、過去から未来へとつながれていく
大きな時間に思いをはせる力。
夢やあこがれをゆたかにはぐくむ想像力が、
あなたのなかにあるのです。
心のつばさをひろげてください。                 (訳・絵 黑井 健)

想像力で、他人の心のうちに入り込むことができる。
ますます言葉の力をつけて、社会性を身につけ、文学の世界を愉しむ心をもっともっと育んでほしい。

種をひと粒まいてみたかった。

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嘘八百と言われても

2025年06月16日 | こんな本も読んでみた
先ごろ寂聴さんの『秘花』を読んだ流れで、まだ瀬戸内晴美の名で書いておられた頃の『比叡』を再読していた。

出家を決心し、31人の同期の行院生と叡山の行院で60日間の加行(けぎょう)を終えるまで、回想をはさみながら描かれた作品は、自伝的私小説と言われる。
けれど、ご本には秋山駿氏との対談で、
「私小説は作者イコール主人公では決してない。…ある意味で、私小説ほど嘘八百はないと思います」と語っている。


作中、「出家したいんだけど」とつげたとき、男は「そういう方法もある」と返した。「乾いた砂が水を吸い込むような速さで、ことばと想いのすべてを吸いとってくれた理解の完璧さ」に、この時本当の決心は成就した、と書かれる。
「過去のどういう境遇の変化の時も、必ずしも事前に熟慮実行するというたちではなかった。自分から自分の運命をねじ曲げるような行動をとる時も、前後を考えず、自分の内部の欲求につき動かされて、まず行動してしまうのが、藤木俊子の流儀であった。…理性や計算のらち外のものだということを彼女は知っていた」

小説にだまされる。
描かれた人間の弱さ、強さ。結局は自分に引き付けてものを見ることになる。自分とは異なる人生の歩みに重ねて、わが生を振り返る。
一生懸命に生きてきたのは間違いないけれど、案外単純に、甘い判断で割り切った過去の覚えがうずく。ただ、どんな生き方を選んでも楽な道はないのだ。

どんな時も情熱を持って人生を生ききろうされたエネルギッシュな寂聴さんのお話しぶりや笑顔が思い出される。


普段は子供たちが水遊びに興じる川も水嵩が増し、流れが速い。川縁に立つと、ツバメがぐるりを飛び交う。
写り込んだツバメがいた。
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つゆの晴れ間

2025年06月12日 | 今日も生かされて
つゆの晴れ間の一日だった。

     十薬のさげすむたびに増えており   大牧 広

容易に抜き取ることもできず、素手で触れば臭い。嫌われもの、庭にはびこりお手間です。
とは言っても「十薬」の名を負うだけあって、薬効は優れもの。
義母は蔵の入り口に渡した竹竿に、摘んだドクダミを逆さにつるして乾燥させていた。胃腸が不調の時など、ほとんど市販の薬を内服しない人だったので「ドクダミ茶」として飲んでいたのかもしれない。目にすることがなかったから、こっそり飲んでいたのかもな。


日本女性の肌がきめ細やかなのは梅雨があるからだと、どなたかの言葉を聞いたことがある。
じとじとする日々は気持ちの良いものではないけれど、こんな晴れ間には風を入れ、屋内はもちろんのこと人間にもカビをはやすまいぞ。

2000字の文章の推敲の合間に、かつて地元紙文芸欄で紹介された歌集よりいただいた珠玉を見返すなどしていた。楽しいひとときになる。
・ 歌ひとつ胸にしまえば百年を寄り添ふやうに咲く花のあり
・ 木のあれば露の宿りて地の上のよきことひとつ光を放つ

良きこと一つ、つつましく祈ろうか。もうここまでと、すっと切り上がることを。



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花咲婆さんになりたい

2025年06月10日 | 訃報.追悼.文学忌
一日中雨は降り続いた。
今日は宇野千代の命日、薄桜忌だそうだ。
一つの小説も読んだことはないのだが、手元には刊行時に求めた精選女性随筆集があり、「六」には宇野千代・大庭みな子の作品が収められている。


読んだ当時のいくつかのメモ、書き抜きなどが残っている。

人が聞いたらふき出して笑ってしまうようなことでも、その中に、一かけらの幸福でも含まれているとしたら、そのひとかけらの幸福を自分の体のぐるりに張りめぐらして、私は生きていく。…幸福のかけらは幾つでもある。ただ、それを見つけ出すことが上手な人と、下手な人とがある。幸福とは、人が生きていく力のもとになることだ、と私は思っている。…

幸福も不幸もひょっとしたらその人自身が作るものではないのか。
幸福はたちまち伝染して、次の幸福を生む。人間同士のつき合いは、この心の伝染、心の反射が全部である。…木に登り、笊の中一ぱいに詰めてある「幸福」を、…枯れ木に花を咲かせるように、ぱっぱ、ぱっぱと木の上からばらまく、…私は花咲婆さんになりたい。
(「花咲婆さんになりたい」)
 保険会社の出納係である私の良人(おっと)は、…プラットホームの柱の陰に立って私を見送っていた。田村俊子のようになろう、そう思ったら自分でも気のつかぬ間に北海道の家に帰ることを忘れていた。
まもなく…尾崎士郎氏と一緒に住むようになった。尾崎と別れ、間もなく私は東郷青児と一緒になった。東郷と別れたあと、私は北原武夫と一緒になった。
…なんてことよりずっといい。

今もこれまで以上の関心はわかない。
ただ、「小説作法」のなかで学んだのだったな。
「語り過ぎない。あまり詳しく書き過ぎると、大切なものが消える。その大切なものを露出してはならない」とメモってある。

NHK朝の連続ドラマに宇野千代さんの生涯が描かれると聞いた。

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好一対の女形二人の生涯

2025年06月09日 | 映画・観劇
文芸評論家・小川榮太郎氏が『国宝』(吉田修一著)を、「歴史的傑作の名に値する」と評価されているのを読んで知っていた。
歌舞伎役者の一代記。「前半三分の二までならば、谷崎潤一郎『春琴抄』、川端康成『名人』などと並ぶ芸道小説の歴史的な最高峰となる見事な出来と言えよう。…後略」
書店で上下巻に分かれた文庫本を手に取ってはみるが、芸道小説を読み切る自信はなかった。


「極道と梨園に生まれた好一対の女形二人の生涯」が描かれた映画「国宝」、舞台シーンも多い華やかな映像で見入った。
次々と事が起こり、紆余曲折の展開だった。

寂聴世阿弥(『秘花』)は、「なにも気づかないまま、大切な人や事態をぞんざいに見捨てて来たのかもしれぬ」と佐渡で述懐している。

「人はそのときの事情によっては別の道をたどることになったかもしれないのだ。どこかの辻で自分と左右に分かれた、もう一人の自分がいる」。辻々で別れ別れて来た自分を、それは一生の後悔の念からではなく、たどったかもしれない別の生涯を想ってほんのつかのま惹かれることはあるものらしい、と綴っていた(『楽天の日々』)。


比べ物にならない名もなき人生だが、私自身もそうした選択をいくつか踏んでここまで生きて来た。
スクリーン上の二人の女形の人生に重ね、こっそり胸熱くしていた。優しい涙がツーッとこぼれたりして。
言われるところの「生涯の郷愁」って程ではないのだけれど、なぜか古井さんの言葉が映画を観ながらもちらついた。


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汲めども尽きぬ

2025年06月08日 | こんな本も読んでみた
昨年の11月、テレビ番組「知るを楽しむ  佐渡に流された世阿弥の足跡をたどる」(再)で、寂聴さんのお話を聞いていた。


「人間が最後に求めるものはなんだろう」と、自ら80歳を過ぎて感じる老いと重ねた問いかけがあった。世阿弥は佐渡に残ったのか、京へ戻ったのか。「世阿弥ほどの人が孤独と向き合って何かを感じないわけがないと思う」
寂聴さんは、これが最後の小説になるかもしれないと『秘花』を書き出されていた。


その年の3月に藤沢周氏の『世阿弥最後の花』を読んでいたこともあり、『秘花』を手に入れたが未読のまま、読みどきは今になった。

句集『ひとり』を出されたとき、宮坂静雄氏が「長年の人生の結晶としての、人生の叡智がにじみ出た句集」と言葉をおくり、「文学で宗教を語る哲学者」だと寂聴さんを評されていた。

作中、「汲めども尽きぬということばは…、人間の不可思議の深い心にこそふさわしい気がする」と世阿弥。
聴力を失い目も不自由になった晩年、梵音(ぼんのん)を聴くよろこび、仏の声に限らず、森羅万象の発する快い音が世阿弥の心を満たしていた。
深い文学観、宗教観。とても色濃く寂聴さんが息づいて立ち上がる作品だった。たっぷりと言葉が詰まっていて、重かった。

句集『ひとり』には、こんな一句があった。
  鈴虫を梵音と聴く北の寺


杉本苑子さんの『華の碑文 世阿弥元清』に惹かれている。

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長嶋さんは家族の団欒の中に

2025年06月04日 | 訃報.追悼.文学忌

形見となって私の手元に残ったトランジスター・ラジオ。その裏面には、几帳面な書体で父の名が記されてありました。
昨年、父の33回忌を勤めました。

仕事がら海外出張も多かった父と過ごす時間はそれほど多くはなかったと思うなか、家の近くの道路で父とキャッチボールを楽しんだ記憶もあり、後楽園球場には何度か連れて行ってもらっていた。
広岡選手や長嶋選手の、一塁送球フォームの華麗さに魅せられたジャイアンツファンでした。

プロ野球中継が始まるとテレビの前には二人の解説者が存在するという家族の団欒が生まれていたのです。放送終了時間が迫ると、父は2階の自室からトランジスター・ラジオを手にして降りてきて、選局し終了後に備えたのです。
勝敗の行方も気になります。それ以上に、父は自分の横で熱心に興味を示す娘との時間を愛おしんでくれていた。そう思うのです。
耳をそばだてるようにして聞き入った、父と娘で共有した時間がありました。
母は私たちの横で居眠りしていることが多かったですね…。


長嶋茂雄さんの訃報は、父も母も見送って年月を経ましたが、懐かしい思い出を蘇らせてくれるのでした。
何度か記すこともあった父とラジオの思い出です。長嶋さんも亡くなり、ジャイアンツのことを記す機会は今後ないかもしれません。しつこくまたか!などと思われますでしょうが、悪しからずです。
今夜NHKで「クローズアップ現代」を見ていました。人が人と出会うことの不思議な縁。
長嶋さんが松井選手と出会ったことでどれほど充実した野球人生を歩まれたことか。あの穏やかな笑顔での語り口の向こうに、思いを馳せて聞いていました。松井さんが生前に二人の間で約束されていたこととは何なのでしょう。知る楽しみは残ります。

トランジスター・ラジオも腐食が進み処分してあります(これも以前書いたことです)。

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