人の話はもらさない。
かつては、ため込んだもろもろに腹ふくれる思いがあった。けれど、やはり自分が齢を重ねたのだ。誰もがゆく道と、愚痴だか悩みだかわからない話も、人生の機微に触れるような思いがして、捨て所に苦心するようなことはなくなった。
近所でもあり、M家の事情はそれとなく耳に入ってきていた。夫の脳梗塞の後遺症が進み、家で介護を担えなくなったS子さん。近くに住む娘家族と相談した結果、施設でお世話いただくことにされて、半年ほどになった。
選択が間違っていたのか。毎日が淋しいと口にする。
人生は一代、選択の連続のようだ。決断を迫られる時はある。ただその結果の是非について、私が関わり合う問題ではない。
家にこもっていたら体操教室に誘われ、行き始めたのだという。
いきなり何かを趣味にとは難しい。自分だけの興味、関心の世界は、平素から大切に積み重ねていきたいと思うことだ。
土曜日の都合を尋ねられていたが、約束は今日とした。彼女はお喋りがしたいのだ。
真如堂のボダイジュの花の様子を見に行かないかと誘ってみた。

黒々とした三重塔を右手に見ながら、ゆるやかな石畳の参道を上がっていくと正面に本堂の全容が見えてくるー 五木寛之氏は、この風景が大好きだと『百寺巡礼』で書いておられる。
本堂の前にある菩提樹の木はいっぱいの蕾をつけていたが、開花には少し早かった。


本堂に上がってお参りのあと、縁の階段の隅に腰掛けて、緑風のなかS子さんの話は続いた。
わたしたちの背後で、阿弥陀さまも一緒に聞いてくださっていた。
「花はこれからですね。満開になったころにまた来ましょうか」
少し先に楽しみごとを作っておこう。
かつては、ため込んだもろもろに腹ふくれる思いがあった。けれど、やはり自分が齢を重ねたのだ。誰もがゆく道と、愚痴だか悩みだかわからない話も、人生の機微に触れるような思いがして、捨て所に苦心するようなことはなくなった。
近所でもあり、M家の事情はそれとなく耳に入ってきていた。夫の脳梗塞の後遺症が進み、家で介護を担えなくなったS子さん。近くに住む娘家族と相談した結果、施設でお世話いただくことにされて、半年ほどになった。
選択が間違っていたのか。毎日が淋しいと口にする。
人生は一代、選択の連続のようだ。決断を迫られる時はある。ただその結果の是非について、私が関わり合う問題ではない。
家にこもっていたら体操教室に誘われ、行き始めたのだという。
いきなり何かを趣味にとは難しい。自分だけの興味、関心の世界は、平素から大切に積み重ねていきたいと思うことだ。
土曜日の都合を尋ねられていたが、約束は今日とした。彼女はお喋りがしたいのだ。
真如堂のボダイジュの花の様子を見に行かないかと誘ってみた。

黒々とした三重塔を右手に見ながら、ゆるやかな石畳の参道を上がっていくと正面に本堂の全容が見えてくるー 五木寛之氏は、この風景が大好きだと『百寺巡礼』で書いておられる。
本堂の前にある菩提樹の木はいっぱいの蕾をつけていたが、開花には少し早かった。


本堂に上がってお参りのあと、縁の階段の隅に腰掛けて、緑風のなかS子さんの話は続いた。
わたしたちの背後で、阿弥陀さまも一緒に聞いてくださっていた。
「花はこれからですね。満開になったころにまた来ましょうか」
少し先に楽しみごとを作っておこう。