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京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

鈴とむつんで1600キロ

2025年03月15日 | 今日も生かされて
足元の一輪の花を愛で、心を凝らし、耳を傾けながら、うらうらとした陽気を楽しんで歩いているのは、まさに精神のセルフケアと言えそうだ。


周囲の森では、木をつつくような音が響いていた。コゲラという鳥を思い浮かべた。
トンビが地上に影を落とす。静かだ。
紅梅が白梅よりひと足早く満開に近かった。


今日は朝からずっと薄暗く、雨音が世間との隔絶感を生み出してもくれて、奥にすっこんでの家籠り。
お彼岸前だが訪い来る人もなく、久しぶりに土曜日をくつろいだ。


黛まどかさんが四国八十八か所札所と四国別格二十霊場、合わせて百八か寺を巡った折の『私の同行二人 人生の四国遍路』を読んだりしていた。
先日来ゆっくりと後を追っている。

「一度は父のため、一度は母のため、一度は自分のため、三たび巡礼せよ」
この真鍋俊照氏の言葉に出会って以来、生涯で3回は遍路をしようと決めたのだという。
私には一度の経験もなく、そのような思いに至ったこともないままだ。
おそらくこの先も、その機会はないだろう。


2023年秋、2度目の遍路をすることを決めた。行程1600キロ、「同行二人」の旅が始まる。
  おのが振る鈴とむつんで秋遍路

風や雨、花、鳥、虫、団栗などを介して、命の根源を思う。
  観音の千手に余る木の実かな

出発して早々から生じた右膝の痛み。
遍路5日目にして、顔から突っ込んで派手に転んだ。
救急車か?という周囲の声に、頭にもたげたのは“お遍路魂”だったそうな。
翌朝、負けたボクサーのような顔をしながら歩きだすうちに、喜びが満ちてきたという。
遍路というのは「聖地に行きつくまでの“間”こそがすべてであり、歩くことそのものが目的だ」と書いている。


俳句が詠みこまれ、落ち着いた筆致で心にしみじみと染みてくる。
この本に出会うまでは無縁だった私だけれど、読むことで同行させていただき、有縁の衆の1人となりたい。精神のケアにもつながるだろうか。

〈ひとりで歩く時の巡礼は、しみじみとした淋しさが身につきまとうが、巡礼の淋しさは悲しさを伴わない〉
とは寂聴さん。
コメント (2)
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