暮らしと古民家

折々の暮らしの中気が付く大切なこと

七色

2022年09月25日 | 古民家
 てんでバラバラな日々は・・・遠くに手をかざした祭りの後で・・・
ワヤワヤと遊び惚けた日々を見て見れば・・・なんてことの無い毎日が懐かしく・・・
死に物狂いの勉強も・・・バカバカしい真剣な遊びも、どこまでも記憶は追いかけて来て・・・
大きかろうと小さかろうと・・・若々しくても、ホロホロと歳を重ねても・・・
いつの間にやら、なにもかもが受け継がれて行く・・・。

お祭りが終わった次の日から・・・来年のお祭りの心配をして、準備に取り掛かる・・・。
どこもかしこも、伝統文化が一人で歩いて・・・後に続く若者はマイペースで・・・
何が楽しく・・・どれだけの熱量で味を占めていたのか・・・。
大人が真剣に遊ぶと・・・子供は横目でしらじらしても、一つ抜け出るか、あくまでもまじめに取り組むと・・・
真面目過ぎる姿もうらやましく思え・・・魅力的な文化になって行く・・・。

親戚同士が集まり・・・老いも若きも子供達が走り回り、大人達はケタケタと頬を赤らめて笑い合う・・・
巡り巡って親の年代に近づき・・・子供は「げーむ」に勤しみ・・・
大人も子供も、緩やかな遊びの空間が育たなくなって行きました・・・。
兄弟でも親戚の中でも・・・多様性が育つおおらかな環境が伝統的な暮らしだとすると・・・
立派で頭が良くて、言う事をよく聞く子供達だけでなく・・・
悪い子も・・・まじめな子も・・・理屈っぽい子もいて・・・
色鮮やかな・・・七色の暮らしが育って行くんだと思います。





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2022年09月24日 | 古民家
 無造作に甘える姿に誰もが微笑む・・・連なる家族の姿が懐かしく見える・・・
ほのぼのな暮らしとは裏腹な・・・厳しい農村漁村の暮らしに嫌気がさし・・・
ままならない暮らしは時を越え・・・一風変わった姿で苦しさを現して来た・・・。
大半が同じ輪の中で、空を見上げていた時・・・
夢を見る先が無い頃も・・・光が見え始めて来た頃も・・・
理不尽な中にも・・・幸は受け取れていたと思う・・・。

養子や里親・・・丁稚奉公・・・
子供があちらこちらに出張って行くのは稀でも無く・・・
大人にならなければいけない、厳しい環境が有りました・・・。
結婚した夫婦が・・・合わせて養子に入ることなどある時代背景・・・
幼子を失う悲しい知らせが・・・幾度となく耳に入る悲しい時代ではあったけれど・・・
親が子を手にかける背景を見る事は少なく・・・切羽詰まった暮らしがそんな時間を育てて来てしまったのかも・・・。

反抗期を迎えるのは、巣立ちを構える前に必要な儀式・・・
どこまでも信頼を受け取り続ける無垢な目に・・・答える通りが無いはずも無く・・・。
そこに甘える大人の弱さは・・・無償の愛を受けられなかったからなのか・・・
たくさんの目から・・・こぼれてしまった時間を過ごしてしまったからなのか・・・。
3世代の暮らしから受け取る煩わしさよりも・・・受け取る幸の多さに気付いてほしいと思います。

 



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100年先

2022年09月23日 | 古民家
 100年も前の事となると・・・おぼろげな記憶がさらにあいまいで・・・
語り聞いても・・・文字に残されても、なんだか意味深で耳には入ってくることは無く・・・
明日か昨日の事で・・・頭が一杯の毎日・・・。

山に降り注いでアプアプと・・・湧き水になるまでは幾年も先の話で・・・
明日や明後日では無くて・・・
切り倒された木々が・・・人の手で、健康的な森になるには・・・
10年・・・20年では追いつかず・・・
子供の先の・・・孫の時代に、ようやく住まい造りの時間が訪れます・・・。

5年後や10年後の夢を目標に・・・今を生きる人はいても・・・
100年の景色を想像するにはそんなに大人になり切れない・・・
誰もが経験してみないと割り切れない・・・
見たことも無い景色を・・・この先どれだけの人が思い描いて先に歩けるのか・・・
どこかで気付いて・・・誰かと手を取り合ってみんなで一緒に前に進めるなんて・・・
夢のまた夢の世界なのかも知れないけれど・・・
それほど先の世界を見て・・・暮らしを育てて来たのは、お父さんの前の前の時代の何もない古民家の暮らし・・・
便利の中だけに未来があるのではなく・・・
何も無いから・・・大切なモノに気付いていたんだと思う。



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2022年09月22日 | 古民家
 窓から差し込む景色が・・・よりどりみどり・・・
朝に夕に、色を変えて・・・毎日の暮らしに明かりが差し込むようで・・・
誰も真似出来ない時間だけれど・・・誰もあまり気にしないでいると・・・
いつの間にかコロリとどこかに行ってしまうような気がします・・・。

屋根に1本・・・絵に描いたような花が咲いて・・・
誰が種を蒔いたのか・・・どこから飛んで来たのか・・・
萱葺きの屋根は・・・趣を受け止めて、静かに・華やかに生かして・・・。
春夏秋冬・・・地域に合わせていろどりを与えてくれます・・・。

古民家の暮らしに派手さは無いのに・・・寒くて暑くて、何でもかんでも自分で手を掛けて・・・
面倒な毎日なのに・・・毎日がどこか違う変化を見つけられる・・・。
ご飯を炊く難しさ・・・掃除をする忙しさ・・・洗濯する大変さは・・・
自然に寄り添えば寄り添うほど・・・長い時間の中で右往左往するのは当然で・・・
それでも小さくて見えにくい幸せは・・・手を掛けて行く中で気付く暮らしの豊かさだと思います・・・。
屋根の上の小さな花達は・・・どんな顔で笑っているんだろう。


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養われる

2022年09月21日 | 古民家
 さかのぼる時間が長ければ長いほど・・・見たことも無い不思議な話が聞ける・・・。
映像で見れば、本当なんだと・・・ススリ頭に入って来て・・・
写真で見ると・・・ジリジリと胸に入って来るけれど・・・
薄ぼんやりとした白黒のボケた写真は・・・無理やりねじ込むように目に入って来て・・・
浮世絵みたいに漫画みたいな顔や・・・写実的に仕上がっている絵画を見ると・・・
夢の中で想像するように、ホワリと漂うだけである・・・。

映画のセットのように、乾いた町の中に人が歩いて・・・ミニカーのような車が走る写真・・・
せっかちに行き交う人や車の映像は・・・演じられた喜劇映画の様で・・・
丁髷を結ったオサムライが・・・スフインクスを挟んでの写真は、合成写真みたいで・・・
どうも想像を頭に乗せる事は出来ないような気がしてしまう・・・。

和室の長押の上に並ぶ・・・先祖代々の面々に、思い入れも無い世代と守り続ける意味を知る世代が一緒の暮らしも・・・
少なくなると・・・絵本のような夢物語の暮らしがあった文化や、歴史の積み重ねも知る機会も無く・・・
おじいちゃんのおじいちゃん、くらいの話が立ち止まり・・・大切な記憶にもならず・・・
昔ばなしが育ててくれた・・・怪しげでも魅力的な日本の暮らしを知る事が出来なくなる・・・。
幼稚な科学の中に・・・アナログの暮らしが一緒に住んでいると・・・
ほんとの所はどうでも良くなるけれど・・・真っすぐな耳と頭と心が養われてくるような気がします。
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