ウツウツ記

毎日の生活で感じたことを書いています。

「生まれ変わる心」

2009-10-20 17:29:23 | 読書
3時ごろ、昼寝をしているわんこを覗き込んでびっくり。
うちのわんこはいわゆる狐顔なのだが
ほっぺたがぷくぅ~と膨れてまん丸顔になっている。
え?あんた、いつから丸顔になったんだっけ。
と思って先月撮った写メを見るが
やっぱり、相当腫れている。
虫歯か??
本人はあまり痛そうにはしていないが、やっぱり気になる。
そうなると我慢できないのが私の癖で
タクシーを飛ばして近所の動物病院に駆け込んだ。
結果は、「何かのアレルギーでしょうねぇ」。。。
歯は相当悪いけれど、虫歯で腫れているのではないらしい。
何かを口に入れてのアレルギーか、
ハチに刺されたか、まむしか。。。
とりあえず薬を飲ませて、様子を見ることになった。
明日には腫れもひくでしょう、との診断だけれど
心配。
まぁ、丸顔のわんこもそれはそれで可愛いのだけれど。

さて今日は「生まれ変わる心」(高橋和巳)の感想。
精神科医が書いた本で、カウンセリングの現場で
カウンセラーと依頼人の心の動きを追いながら
心が成長していくとはどういうことか、が書かれている。
カウンセラーの指導するスーパーヴァイザーの立場で書かれているが
素人の私にも分かり易い、なるほどと納得できる本だ。

「人が変わる=成長していく」とはどういうことか。
例えば、引きこもり。
そこそこいい子(A)であった子供が、ある日学校へ行けなくなる。
彼はいい子を演じることに疲れたのだ。
ところが周囲は頑張れと励ます。
頑張ろうとするが、どうにも頑張れない。
頑張れない自分を責める。あげく、親に反発する。
これが、悪い子(B)の出現だ。
けれど、Bでありながら彼の中にあるAは後悔し自分を責める。
AとBが激しく対立するのだ。
この対立は苦しく辛いことなので、彼は引きこもる。
AもBも保留状態にして、とりあえずゲームやCDに夢中になるのだ。
この苦しみの中で、彼は自分の中のAもBも自分だ、
ということを認められるようになる。
そうして、彼は新しい自分(C=A+B)に生まれ変わるのだ。
Cになるためには、AもBも必要なのだという考えだ。

AとBが対立している苦しい状態のときに
その苦しい自分を受容するのがカウンセラーという仕事だ。
受容。
それは相手の話を共感をもって聞き、
その内容も気持ちもそのままに、何の否定もせずに、
肯定的に受け入れるということだ。
それは近すぎてもできない。
共感しすぎて巻き込まれるし、
どこかにアドバイスや叱咤激励をしたくなってしまう。
穏やかに共感してくれる人がいるだけで
人間は自ずと、AとBの対立を乗り越えてCの自分にたどり着くらしい。

これはとても分かり易い。
心は揺れる。揺れるから悩むのだ。
自分の理想はAだ。今までもAで頑張ってこれた。
これからもAでなければならないし、そうありたい。
でも疲れた自分がいる。
もう、Aは無理だ。B(反A)のどこが悪い。
現実の自分はBになっているじゃないか。
ここでいつまでも、Aでなければならない、
と固執して考え続けるから、ますますBの自分が許せなくなる。
鬱病になった時の私が正にそうだったと思うし、
今も私の考え方の癖はそうだ。
けれど、ここでAとBの対立を一時棚上げしてみる。
棚上げして、日常を何とかすごしているうちに
やがてCの自分が現れてくる、そうわかっていたら
どんなにか、心はラクになるだろうか。
対立がありそのどちらもが自分なのだ、
と認めてもいい、というだけでも心は軽くなる。

私は息子がギャンブル依存になったとき、
いくつもの精神科に行き、電話相談というのもいくつもかけた。
そこではいつも同じアドバイスがあった。
「底付きのために手放しなさい」
頭ではよ~く理解できていた。
人に説明できるくらい十分に理解していたが
心は全く違う方向を向いていた。
それは、手放す(A)が正解とわかっているが
私の育て方が悪かったのだから私が彼を治さなければいけない(B)
がいつも対立していたのだ。
Aを勧められるということは
Bの私は切り捨てられている。
Bであってはいけない、と言われるが、
どうしても私はそれができない。
私にアドバイスをくれた方は私を思ってくれてはいたが
誰も受容してくれてはいなかったのだ、と今なら思う。
だから私は苦しくて、何軒も病院を訪ねたのだ。
最後に尋ねたカウンセラーだけが、私を受容してくれて
だから私は結局、Bの私を切り捨てることなく
と言って怒りにまかせてAの方法を取った訳でもなく
彼の人生は彼のものだ、という新しい私(C)に
たどり着けたのだと思う。

受容ができたらいいだろうな、と単純に思う。
プロの技なのだとも思う。
アドバイスでもなく、叱咤激励でもなく、
ただ共感すること。
AもありBもある自分を認めること。
何だか禅問答のようにも見えるけれど
それだけでも、人の潜在的な力は心に十分働きかける。
やがて、もっと懐の深い自分に出会える。
答えの出ない状態でも構わない。
今を認める、ということなのかもしれない。
悩みは尽きない。
ある時は解決したように感じても、次にはふっと反対の事が頭に浮かぶ。
以前はそれを、いつも正解を求め正解でなければならない、
と頑なに自分を固めていたから苦しかったのだな、とわかる。
私にはとても貴重な本だった。
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