伊勢崎市議会議員 多田稔(ただ みのる)の明日へのブログ

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意識と無意識の問題 人は見ようと思うものしか見えない

2017-01-11 17:59:11 | デザイン  (キャリア・デザインも含む)
少し小難しいお話ですが、皆さんの認識の精度を上げる話。
仕事や人生に役立ちます。


(世界は人の数だけあります)

宇宙に石や星があるだけで、
それが「在る」と認識できる生物が存在しないなら
なにも無いのと一緒。

だれかが「在る」と認識することで、はじめてモノは存在します。
ところで人によって見えている世界、認識されている世界は異なります。
それゆえ、人の数だけ世界が在ると言えるのです。

さて、皆さんの世界はどのようなものでしょうか。
私はこのように認識している、これが正しい、とお思いのことでしょう。

実は「意識」する以前に、無意識の働きがあり、
それが私たちの認識に影響を与えています。
それがどのような働きか意識できないので「無意識」と呼ばれます。



(バイアスを取り除くために)

長年懸案になっている問題は、その解決策が長い間見つからないため
懸案となっています。なぜ解決策が見つからないのでしょうか。
それは「思い込み」が私たちの目をふさいでいることが多いようです。

一度「そういんもんだ」と思いこんでしまうと、
その後は何の疑問も持たずスルーされ、構造が維持されます。
 「なぜこうなっているのか?」
 「なぜこうする必要があるのか?」
改めて考え直してみることが解決の糸口になります。

課題解決や、思考の幅を広げるには、
思い込みのバイアスに気づき、取り除くことが必要です。
そのためには自分の無意識の働きを認識した上で、
意識を働かせることが大切なのです。



(無意識と意識の関係)

オーディオの古本に、意識と無意識の記述があり感心しました。
以下要点をご紹介します。
 
  「原点回帰 オーディオセッティング再入門」斉藤浩義


  ベンジャミン・リベットによると「意識は0.5秒後でないと意識しない」。
  意識は外部事象を認識するまで0.5秒かかり、
  その後0.5秒戻してあわせこんでいる。
  実際の事象は0.5秒前に起こり事象は継続しているが、
  0.5秒後に認識する意識は、どうやって連続事象を捉えているのでしょうか。

(多田:意識は見えているものに対して意味を与えているのではないか)

  虹のスペクトラムは本来連続的に波長が移り変わっているはずですが、
  人間の意識としては7色に見えたりします。

(多田:虹の色は連続変化なので7つの色に分かれてはいません。
      人間の意識が7つの色であると判断しているのです。)

  これらのことから、人間の意識というのは、どうやら連続した変化を
  捉えることが苦手なのではないか、という仮説が成り立ちます。
  まるで、ある閾値が存在し、
  それを超えないと反応しないようにふるまっているように見える。
  これが人間の意識の特性ではないでしょうか。

  無意識は外界の事象に対し、リアルタイムに認識しているのかもしれません。
  精神的に安定した状態を作り出すために、脳が過敏に反応しない領域を
  作り出すのかもしれません。

(多田:わずかの変化をすべて意識してしまうと脳は情報があふれ混乱します。
    もしかすると自閉症の方はこの部分が過敏なのかもしれません。)

  実際私たちは、音を聞くときさまざまな雑音を排除して、
  聞きたい音だけを聴いていることが多いのです。

  無意識は意識が動き始める前に、意識が取ろうとする情報の
  取捨選択を規定する「場」を設定し、
  意識に写る景色を規定しているのではないでしょうか。

  意識はそれまでの意識の無意識化への構造化指示
  (例:こうありたいと思うことや、こういうものを探したいという気持ち)
  に基づいて、無意識が設定した枠組みを通して認識することになります。
  ここに無意識と意識の重層構造があります。

  意識は無意識の奴隷ではなく、
  無意識はそれまでの意識が下してきた判断や願望に基づいて
  眼前に広がる事象を構造化し、意識に提示する機能がある

  と捉えなおすことができます。

  となると、意識はそれまでに意識が設定してきた無意識への
  明示的、暗示的な指示に基づく枠組み(スキーマ)の中でしか、
  認識できないことを意味します


(多田:人は見ようと思うものしか見えない

  これは恐ろしい事実を提示しています。
  一度も意識されなかった事象は、あたかもそれが存在しなかったことに
  等しいということになります

  意識が対象領域を広げようとしなければ、外部事象として存在しないのと
  同じ状態のまま放置されることになります。

(多田:意識されない事象は、意識する前に無意識のフィルターで
    ふるい落とされ存在しないことになってしまうとは恐ろしいことです。
    気づくための意識のフックを増やすには、多くの概念を
    知っていることが有効だと思います。端的には多くの単語。
    齋藤孝「語彙力こそが教養である」)



  <音楽について>

   「原点回帰 オーディオセッティング再入門」斉藤浩義のつづきです。

  無意識と意識の間に何らかのトランス状態が生じたときに、
  感性という領域に分類されるような何らかの精神的な作用が起こるのではないか。

  すでに構造化されて受け入れられた情報は、
  その構造以外の切り口で取り出すことの意義は疑わしいが、
  アナログ的に構造化しないで受け入れた情報は構造化してみる価値はある。

  感性を養うには、アナログ的になるべく多くのものを
  構造化しないで受け入れておいた方がよい。
  感性は意識が無意識と繋がるチャンネルの1つなのではないか。

  音楽は、無意識から浮かんできたものが、音楽性という
  感性チャンネルを通って意識で具象化されたもの。

  ユング心理学では、無意識は他の人や生き物と繋がっていると考えます。
  それに従って考えるなら、
  音楽というそのものの持つ無意識性によって、
  音楽の作者や演奏者の無意識と繋がる可能性が考えられます。

  この共有体験がいわゆる感動に相当するのかもしれません。
  オーディオとは、音を聴くのではなく、無意識に働きかける体験。

(多田:初対面のピアニスト齊藤さんとビル・エヴァンスの演奏について
    語り合った時のことを思い出しました





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