畑を掘り、木を彫り、石を刻り、の自然人!

退職後、自分に気ままな課題をちょっと与えて遊んでいます。

「現展」を拝見して

2016-07-09 17:32:40 | 美術


人生は全て「縁」で結ばれていると言っても過言ではないかも知れません。

10年程前でしょうか。
旅先のスナックで仲間でワイワイ酒を飲み交しているとき、近くの席に居られた方にお声をお掛けしたのが
始まり。
その方が画家とは吃驚。
「現展」名古屋支部長の田中敏夫さんでした。
それがきっかけで展覧会の案内状をいただくようになり、小さな交友が始まりました。

「現展」とはどういう団体かも勿論不詳で、拝見してそのパワーに2度吃驚です。

昨日は中部展を愛知県美術館で拝見、田中さんの作風、モチーフも10年間には微妙な変化が見られます。
そして小生には発想できないような作品がびっしり並んでいます。

作品の大きさも様々、画風もさまざま、原色使いもあり、落ち着いた色使いもあり、良い刺激を受けました。

篆刻や円空仏制作の小生とは異なる世界を拝見できることは貴重です。

作品にはその人の人間性、生命力などが投影されると思いますが今生きている、という作品に出会えると
嬉しいものです。

作品は著作権の問題でホームページからで、昨年の発表です。

李白・春夜 桃李の園に宴するの序

2016-07-07 20:16:13 | 漢詩の世界


李白(701-762)の文章で印象に残る言葉があり、篆刻作品にしました。

夫れ天地は 万物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は、百代の過客(かかく)なり。
而して浮生は夢の若(ごと)し、歓を為すこと幾何(いくばく)ぞ。
古人 燭を秉(と)りて夜遊ぶは、良(まこと)に以有(ゆえあ)るなり。

いったい天地は万物が仮に身を寄せる宿であり、時間は永遠に歩み続ける旅人である。
そしてはかなく浮かぶ人の生はさながら夢のごとく、歓楽を尽くすときがどれほどあろうか。
古人が灯火(ともしび)を手にして夜も遊ぶと詠っているのは、まことにもっともなことだ。
(興膳宏氏訳)

芭蕉の「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人なり」
井原西鶴「されば天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客、浮世は夢まぼろしといふ」

「逆旅」は「旅人を逆(むか)える」の意で宿屋のこと。

4文字熟語に「秉燭夜遊」という有名なことばもあります。

人生は長いようで短い、だから限られた人生を楽しもう、という文はいつの時代にも人の心に
響きます。

「あそぶ」という言葉の解釈も人さまざまで、自分の気持ちに自由に従えば良いと思います。
李白の文章を読み、ぜひこの言葉を篆刻作品で表現しようと試みました。
これも小生にとっては「あそび」の一種です。

写真の「萬物逆旅」の書体は金文で全日本篆刻連盟展に出品したものです。

夏のおやつ

2016-07-05 11:29:14 | 家庭菜園


ここ数年、日本の夏の暑さは耐え難いほどです。
暑さを凌いだり、喉を潤すのにみなさま、色々と工夫されていることでしょう。

例えば、口当たりの良いアイスクリームや甘いジュース類は糖分や各種添加物が多く含まれていることは知られています。

今年は山登り時代を思い出し、冷菓には缶詰のパイナップルをアルミホイルで包み、冷凍保存して味わっています。
缶詰のパイナップルには添加物もなく、植物繊維も豊富です。
冷凍しても歯で簡単に噛める硬さで食感も良好です。

今では本格的登山は体力的に無理。
当時はパイナップルの冷凍品をよく持参したものです。

もう一品はトマトの冷凍品です。
これは完熟トマトを適当にカット、1-2時間程度同じくアルミホイルに包みます。
この食感も絶品。
ここ1週間ほど前より完熟トマトが収穫できるようになりました。

従来は米菓などおやつに時々口に入れていましたが現在は中止。
上記のおやつで空腹を凌いでいます。
お陰で体重もかなり減少。過去10年前より体重の最低記録を更新。
と申してもBMIは23前後。


パイナップルの缶詰は世界最大の非上場企業・カーギル製です。
従業員約14万人の巨大企業。
日本ではかっての東食が吸収されました。
写真はカーギルの本社。

ときどき考えます。日常生活の中の習慣で従来のままでよいのだろうか、と。

続「書き順」

2016-07-03 13:15:54 | 篆刻


漢字の書き順を調べていましたら小生には知らないことが結構あることに気づかされました。

小学校では楷書体を学びます。
楷書体は時代的には中国の南北朝から隋唐(589-907年)の時代に標準となったといわれています。
楷書という名称が普及したのは宋代(907-1279年)以降とされています。

活字の明朝体は楷書をなぞったものと思われがちですが18世紀に生きた康熙帝(こうきてい)が命じて作った
字書「康熙字典」の書体を基にしたといわれています。
(康熙帝にはいろいろエピソードがあるようですが)

(この暑いときにコムツカシイ話で恐縮です)

さて筆順のおはなし。
文献によりますと筆順(書き順)は必ずしも1通りとは限らず、幾通りかある漢字もあります。
これは筆順が長い漢字の歴史の中で、毛筆の筆運びから生まれ、楷書に限らず行書や草書などの筆順も取りいれ
られているからで、漢字によっては数通りの筆順が通用しているものもあるそうです。

つまり、筆順は1つだけでなく、また1つに限定されるものではありません。
そうなりますと教育現場で何通りもの筆順を教えることは混乱を招き支障がでます。

そこで「筆順指導の手引」を基準書として公布されたわけです。
ところが、それまでの筆順参考書が幾通りの筆順を示していたのに、掲載された筆順だけが正しい筆順という誤解を
生むことなったという次第になっています。

筆順には複数あるという部分に注意が払われず、筆順は1通りのみが正しいと思いこまれて現在に至っているようです。

楷書と草書は成立過程が異なりますので、筆順は必ずしも一致しないとされています。

こうした解説を読みますと納得です。

余談ですが篆刻で主に使用する篆書体は楷書と異なり、横線は右肩を上げません。
全く水平です。
従って篆刻作品でも横線は右上がりにはなっておりません。

以上、暑苦しいおはなしでした。

漢字の「書き順」

2016-07-01 08:39:13 | 篆刻


時々テレビの番組でも漢字の書き順クイズなんかやっています。
書き順(筆順)って誰が決めたのでしょう。
書聖といわれる王羲之? 顔真卿? 違います。

実は昭和32年の12月に文部省が「筆順指導の手引」を作りました。
小・中・高等学校で学校の先生はこの筆順で教えなさい、と。

例えば「上」という字。どう書きますか?
普通は短い横線を書き、真ん中の縦線を書き、最後に長い横線を書きますね。

今の指導方法は違うそうです。
まず、縦線を書き、次に短い横線を書き、最後に長い横線を書く。

文部省の指導方法の大原則。
第1原則、上から下へ。
第2原則、左から右へ。
ですから「上」という字の第1原則でまず縦線、そして短い横線、そして長い横線。

現実の大人の世界では書き易い筆順で書く。

漢字の種類も古い順から
甲骨・金文・篆書・隷書・行書・草書・楷書・そして日本独自の変体仮名もあり、一般的な仮名文字もある。

「続け字、続けて書いてあって、普通読めない字が草書」
「続け字で書いてあるけど、山とか川とかなんとなく分かるのが行書」

慌てて書くのが草書。元々は手紙などに急いで書いたので書いた自分と相手しか分からない。

ふつう、書道教室では先生がお手本を書き、そっくりに真似をしなくてはならない。
だから習う人の書はみんな同じ作風になってしまう。
趣味として書をやっているひとは、これで楽しいのでしょうか。

書家を目指すひとは勿論、王羲之などの臨書を研鑽し、その後に自分の世界を切り拓くのですが。

篆刻で主に使用する篆書体は書き順は無いと聞いています。
筆の入れ方も楷書などと全く違う。
当時の書き順などの資料はなく、最近の書き順とは縁が遠いようです。

書道家は兎も角も一般のひとは自由に書けばいいのでは。
大切なことはスマートフォンやパソコンメールだけでなく自分の手でボールペンでも鉛筆でも、時には筆に
よって書くことが必要ではないでしょうか。

かなり以前ですが書道教育の課題で奈良教育大学の松本宏揮名誉教授の記念講演で勉強させられました。