K RAUM  お料理を主に日々のことを書いています。

連休最後の日

2008年5月6日

先週の火曜日にあく抜きをしたタケノコを水に浸して冷蔵庫で保存しながら色々料理に使いましたが、いたんではもったいないので、かつおの出汁に酒・塩・醤油で薄味を付けて煮ました。






連休最後の1日についてクリックしてください。

夫の師、富永半次郎先生が亡くなって44年目。
連休の最後の日は毎年お墓参りと月例の勉強会です。

朝、近所の花屋さんでお墓の花を作ってもらっている間に店頭の鉢に目が止まってしまいました。ベランダは植木鉢でいっぱいなので「もう買わない」と誓っているのに・・・。ダニエル・オストの展覧会を見たときからカラーに関心を持ち始めて、育ててみたいなと思っていました、が、カラーの鉢を売っているのを見たことがありません。カラーではないのですが、似た感じのスパティフィラムの鉢が並んでいたので、買ってしまいました。



先生のお墓は新高円寺の慶安寺です。昨年はエゴの木の花が綺麗に咲いていましたので、今年も、と、楽しみでした。残念ながら終わってしまったようです
境内でシランを見つけました




富永半次郎先生のお墓です。




そのあとの昼食会は中野坂上近くの尾張屋さんです。
冷やし満蔵そばにしました。


この天ぷらが凝ってました。
ササミを大葉で巻いたもの。
お餅と人参・椎茸の天ぷら。人参のオレンジ色がエビのようでした。お餅もサクサク
おそばはこのようなものかな。中軽井沢のかぎもとや、万座鹿沢の重兵衛のようなシコシコ感がないことと、東京風のつゆはからすぎるわ

そのあとは月例の勉強会。

釈迦の最後を書いた「大般涅槃経」の原本は写本が続くうちに、尊い方、釈迦に対する修飾が次々に付加されてしまったようです。一般に読まれている中村元さん訳「釈迦最後のたび」は忠実に訳しているので不必要な部分が多いので
冨永半次郎先生はパーリ語の『涅槃経』を吟味して、後世付加された部分と思われる文を排除した研究書『釈迦佛陀本紀』著しました。今日読んだ部分だけ引用します。
 『釈迦佛陀本紀』 冨永半次郎著

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(省略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やがて世尊はアーナンダーに「さア、アーナンダ、ヒランニャヴァティー河の向ふの、マッラの
クシナーラー近郊の沙羅林に行く」と言われた。
 「唯然、世尊」とアーナンダはお應へした。
 そこで世尊は比丘衆と共に、そのマッラの沙羅林に至って、アーナンダに
 「あヲ、アーナンダ、沙羅双樹の間に北枕に褥を敷いて欲しい。疲れた。横になる」と言われた。
 「唯然、世尊」とアーナンダはお應へして、褥を設けた。そこで世尊は足を重ねて右脇獅子
臥された。
 爾の時、沙羅双樹はときならぬに花咲き満ちた。
 アーナンダは遊苑の柵の笠木を手寄りに凭掛って「嗚呼、自分は猶脩行半ばの學地であるのに、
愍んで下された師は涅槃せられようとしゐる。と歎いていた。」・・・・・・・(省略)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 爾の時、世尊は良久うして、
 「比丘達、今此の時に臨んで、特にお前達に告げて置く。ヴァヤダンマー サンカーラーと己に放
せずに極まればいゝのだ」と言われた。これが世尊の最後の詞であった。
 
冨永氏はヴァヤダンマー サンカーラー(パーリ語)をローマ字で表記していますが、mの下に・がつくなど、こゝでは表記できないので、発音をカタカナで書きました。
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