ペットのハムスターをかわいがる穴沢啓太君(右)と母親の芳子さん=東京都内の自宅で(川上智世撮影)
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事故や病気で脳を損傷し、記憶や集中力が欠如したり、物事を計画的に進められなくなったりする高次脳機能障害。外見からは分からず、周囲の理解を得にくい。子どもは不登校や学力低下になることもある。「助かって良かったのか」。東京都内には、そう悩んだ母親もいる。教育現場での支援を求め、当事者の親たちが十五日、国に現状を訴えた。 (奥野斐)
「救われた命。でも、助かって良かったのか。そう思うこともあった」。五年前の転落事故で、次男の啓太君(17)が高次脳機能障害と診断された東京都足立区のパート職員、穴沢芳子さん(49)が打ち明けた。一年ほど前まで、障害による問題行動が目立ったためだ。
二〇〇八年四月、中学生になったばかりの啓太君は友達と遊んでいて高さ四~五メートルの木から転落。大学病院で脳幹出血と診断され、数週間意識が戻らなかった。その後、回復したが、転院先のリハビリ病院で高次脳機能障害と告げられた。
リハビリにより、少しふらつきはあるが一人で歩けるまでになり、その年の暮れに退院し、翌四月に特別支援学校に転校した。
ただ、体の回復と反比例して脳の障害が現れた。環境の変化で、以前できたことができないストレスが募った。感情を抑えられず、衝動的に家の壁を殴って穴を開け、夜に突然、他人の家に行く。記憶障害で、体験していないことまで体験したように錯覚し警察で「僕を捕まえてください」と言って騒動になった。自傷行為も繰り返す。芳子さんも追い込まれた。
「このままでは息子に手を上げてしまう」。一昨年夏、児童相談所に相談し、二週間保護してもらった。危機的な親子の状況に、啓太君が通う学校の担当者が福祉事務所や警察、障害者支援センターをつないだ。芳子さんは「支援してくれる人がいると思えただけで安心した。客観的に見ることができた」。啓太君の症状も徐々に落ち着いていった。
この春、特別支援学校の高等部三年になった。「普通に働けるようになりたい」。勉強や読書、趣味のギターに、より熱心に取り組む。「少し手助けしてもらえれば、できることは多い」。親子で顔を見合わせた。
◆「教師に研修機会設けて」
「教師の理解が乏しい」「高次脳機能障害の研修を受ける機会を設けて」。十五日、この障害がある子を持つ親たちでつくるNPO法人「日本脳外傷友の会」(事務局・神奈川県)の全国の支部代表や、穴沢さんら十八人が文部科学省を訪れ、口々に訴えた。
二〇〇四年に診断基準ができたが、専門医が少なく、潜在的な患者数は多いとみられる。厚生労働省は全国で約二十七万人と推計し、東京都は都内で約四万九千人と推計しているが、実態把握は進んでいない。
国立成育医療研究センター(東京)リハビリテーション科の橋本圭司医長(39)によると、発育中の子どもの場合、問題となる言動が障害によるのか、性格によるのか区別しづらく、周囲が気付きにくい。引きこもりや学力低下、人間関係が築けないなど二次的な影響があり、橋本医長は「正しい理解と周囲の対応が大切」と話した。
<高次脳機能障害> けがや脳卒中、脳症、脳炎などの疾患が原因で脳が損傷し起こる後天的な障害。記憶や注意力が欠如したり、計画を立てて物事を進めることや感情のコントロールができなくなったりして日常生活に支障を来す。損傷した部位によって症状や程度に個人差があり、発達障害と区別しにくい場合もある。磁気共鳴画像装置(MRI)で撮った脳の画像などで診断される。症状を和らげる投薬治療がある。