<もう一度会いたい>何で先に逝ったんだ
◎(8)不意にこみ上げ 涙
涙で目が曇らなかった日を思い出せない。
宮城県石巻市の今野浩行さん(53)は震災で長女麻里さん=当時(18)=、次女理加さん=同(16)=、長男大輔君=同(12)=を亡くした。
人生これからという時に世を去った不遇を哀れむ。
子を守れなかった無力を恥じる。
頬がぬれる。
子のいなくなった人生を送る意味を見いだせない。
「死にたい」
夫がそう口走っていたのを妻のひとみさん(45)は何度か耳にしている。
針岡橋に足が向く。
欄干からのぞき込む。
津波の遡上(そじょう)で川が氾濫し、命を奪った。
引き込まれそうだ。身を投げる衝動に駆られる。
<酒に逃げる>
家を流失し、仮住まいに居を求めた。
初日の晩、ひとみさんに鍋をリクエストした。
家族そろって鍋好きで何かというとみんなでつついていた。
寄せ鍋が用意された。
子の取り鉢も配膳されたのを見たら、たまらず涙があふれた。
部屋には、子の写真をありったけ飾った。どこを向いても目に入るように。
子と目が合う。
鼻の付け根がツンとくる。
酒に逃げた。意識が混濁し、悲嘆から解放される。
こたつで寝入り、朝を迎える。
酔いが覚めたら現実に引き戻される。それが嫌でまた酒に手を伸ばした。
酒浸りで血圧が跳ね上がった。上で200を超す。血糖値もHbA1cが10%をオーバーした。6%台後半で糖尿病と言われる。
ドクターストップが掛かった。
「先生、糖質ゼロのやつでは駄目ですか」
医師は返事をしなかった。
<男のくせに>
震災遺族として中国地方に講演に行く機会があった。
広島の原爆ドームに寄る。
長男の大輔君が小5の学習発表会で「はだしのゲン」のゲンの弟を演じた記憶がよみがえり、目頭が熱くなった。
涙は枯れることを知らない。泣きはらし、泣き疲れ、泣き明かしても尽きずにこみ上げる。
不意に涙ぐむことがある。スーパーで買い物をしている時とか。髪を切っている時とか。子とは無関係の何の脈絡のない状況でウッとくる。
ひとみさんには「男のくせに」と言われる。
多分、お前より心(しん)が弱い。
泣いてばかりいる。
遺品を手にしても。
子と遊んだ公園を通り掛かっても。
いわさきちひろの絵を眺めても。
テレビの「はじめてのおつかい」を見ても。
何で親より先に逝ったんだ?
死ぬ順番を変えては駄目だ。
2015年12月10日木曜日