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小日向白朗氏の功績が、未だ歴史上隠されている”真の事実”を広く知ってもらう為の小日向白朗学会公式HP開設準備室 情報など

日本の安全保障に関する情報戦(プロパガンダ)(第三回 2-1) -日本政府の隠蔽と虚言-

2023-02-13 | 小日向白朗学会 情報

【もくじ】
はじめに                                                         (2023.02.06 掲載)
一、       NATOとは何か                                    (2023.02.06 掲載)
1.    NATOの沿革                                            (2023.02.06 掲載)
2.    東西ドイツ統一と核問題                             (2023.02.06 掲載)
3.   NATOの核とウクライナ問題    (今回掲載分)
4.    核共有というNATOの核管理方式
二、       国防費増大はトランプの提言というデマ
1.    トランプ大統領とNATO
2.    張り子のトラNATOの装備
3.    恐慌をきたしたNATO
4.    自民党崩壊の危機
5.    NATO事務総長来日の意味
三、       五年以内という期限を限定した意味
1.核共有を日本に導入する
2.日本国内の政治動向
まとめ

  3、NATOの核とウクライナ問題
次に、ウクライナとロシアの戦争についてもNATOと核問題から考えてみることにする。まずNATO(北大西洋条約機構、North Atlantic Treaty Organization)の目的と役割について、「北大西洋条約」前文に次のように書かれている。
1)国連憲章の目的及び諸原則に従い、
2)自由主義体制を擁護し、
3)北大西洋地域の安定と福祉(well-being)を助長し、
4)集団的防衛並びに平和及び安定の維持のためにその努力を維持すること
とされている。(「北大西洋条約」前文)。そして第5条に、次のようになっている。
『……
第五条
 締約国は、ヨーロッパ又は北アメリカにおける一又は二以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなすことに同意する。したがつて、締約国は、そのような武力攻撃が行われたときは、各締約国が、国際連合憲章第五十一条の規定によつて認められている個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持するためにその必要と認める行動(兵力の使用を含む。)を個別的に及び他の締約国と共同して直ちに執ることにより、その攻撃を受けた締約国を援助することに同意する。
 前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。
……』
つまり第5条で言っていることは「NATO締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみになして、国際連合憲章第51条の規定によって個別的又は集団的自衛権を行使して、北大西洋地域の安全を回復し及び維持する」ことなのである。NATOがウクライナを支援するのはこの条項があるからである。では第5条にある国連憲章第51条とはなにか。
『……
第51条
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。
……』
 これらを総合するとウクライナとロシアの戦争は、安全保障理事会で平和及び安全の維持又は回復のため行う行動とは無関係だとしている。つまり、安全保障の問題については最終判断および行動は安保理事会が決定すると云っている。したがってロシアとウクライナは地域紛争中だということになるが、かといって、ロシアがウクライナに侵略したということにはならない。この点は重要である。
もう一つNATOとロシアの関係を規定した重要な協定がある。それは、1997年5月に署名された「NATO・ロシア基本議定書」(NATO-Russia Founding Act)[1]である。同議定書では、NATOの新規加盟国にはNATOの「実質的な戦闘部隊」を「常駐(permanent stationing)」させないという規定がある。このような議定書を締結した背景には、1991年にソビエト連邦崩壊とワルシャワ軍事機構(Warsaw Treaty Organization、略称WTO)解体が起こりNATOはWTOに対抗する軍事力を配備する必要がなくなってしまったという現実があった。この状況を地域の安全保障に積極的に活用しようとしたのが第10代NATO事務総長ジョージ・ロバートソン(George Islay MacNeill Robertson)であった[2]。
 2000年2月、プーチンはロバートソンをモスクワに招いた。会談後、ロシアとNATOは「NATO・ロシア基本議定書」を基礎とし、「常設合同委員会」を設置して「欧州大西洋地域における安全保障強化を促進する」という共同声明を発表している[3]。この後ロバートソンは、他のどの国よりもロシアを頻繁に訪れることになった。
 プーチンにとって、NATO 拡大は好ましいものではないが、それが不可避であれば、協調することで損傷を小さくしようとした。また、民主主義や人権の建前は放棄しないが、国家秩序と国家主権を脅かすような要請は拒否した[4]。
 以上のような約束事があることを踏まえたうえでウクライナの核問題を考える場合の開始点はといえば、やはりブダペスト覚書(Budapest Memorandum on Security Assurances)である。この覚書は、1994年12月5日にハンガリーの首都ブダペストで開催されたOSCE(欧州安全保障協力機構)会議でアメリカ、イギリス、ロシアの核保有3ヶ国が署名したものである。
 三カ国が覚書を取り交わすことになったのはウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの三国はソビエト連邦解体前のロシア製核を保持していたことが問題となった。そこでウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンに残された核をロシアに集め、核撤去後の三国の安全保障を如何に担保するのかということで協定署名国(つまりアメリカ・イギリス・ロシア)間が交わした。
  1. ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナの独立と主権と既存の国境を尊重する
  2. ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナに対する脅威や武力行使を控える
  3. ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナに政治的影響を与える目的で、経済的圧力をかけることは控える
  4. 「仮にベラルーシ/カザフスタン/ウクライナが侵略の犠牲者、または核兵器が使用される侵略脅威の対象になってしまう」場合、ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナに支援を差し伸べるため即座に国連安全保障理事会の行動を依頼する
  5. ベラルーシ、カザフスタン、ウクライナに対する核兵器の使用を控える
これらの誓約事に関して疑義が生じた場合は、互いに協議を行う
 この覚書は、ソビエト連邦に参加していたベラルーシ、カザフスタン、ウクライナが核武装を放棄してもNATOから核攻撃を受けないためのものであった。
 2008年4月4日、ルーマニアの首都ブカレストで開催かれたNATO首脳会議でアメリカ大統領ブッシュ(George Walker Bush)は旧ソビエト連邦のウクライナとジョージア(旧グルジア)をNATOに加盟させることを提案した。このブッシュの提案にたいして両国とも積極的にNATOに加盟することを目指すようになった。つまりウクライナとジョージア両国は、共にNATOの核の傘に入ることを希望したことになる。これに対してプーチンは、冷戦への逆行は否定したものの、NATOが旧ソ連圏へ拡大することには強い警戒感を示した。特にプーチンが反発を募らせたのは、ロシアと国境を接するグルジアとウクライナの両国に対して、NATOが将来は加盟することを認めたということであった。
この会議でプーチンが強い反発を見せたのは、ロシアは広大な領土を抱えてはいるものの海洋にでることができるのはバルト海、黒海、そして日本海の三か所に限られるという潜在的な問題を抱えていたことがある。ところが同会議では、この事情を知りながら、ウクライナにNATO加盟を呼びかけたということは、ウクライナ南部に位置し黒海に面したクリミアにあるロシア海軍基地セバストポリスがNATO基地になるということに他ならない。これはロシアが海洋に出る数少ない港湾が一つ減ることを意味していただけではなく、ロシアの腹部にNATOの核が仕掛けられることで、ロシアの安全保障にとってきわめて危険な状況が生まれることを意味していた。
 ところが、ロシアの抱く危機感とは裏腹に、ウクライナはEUとNATOに接近し、EUと経済や政治などで関係を強化する「連合協定」を締結するまで進んで行った。その日は2013年11月27日であった。ところが2013年11月21日、ウクライナ政府は、突然、その準備を停止することと、ロシアと関係を強化する道を選択したことを発表した[5]。
 このころのウクライナ経済は2009年の経済危機からの回復が遅れていて、欧州復興開発銀行(EBRD)によれば12年の実質国内総生産(GDP)成長率は2%と低迷し、13年にはマイナス0.5%の景気後退となっていた[6]。13年の景気後退は、干ばつによる農産物生産の不振、対外経済環境の悪化による輸出の低迷、12年の議会選挙後の国内需要の停滞、欧州サッカー選手権(12年に開催)後の投資の大幅な減少などによるものであった。それに財政難のウクライナ政府は巨額の債務返済期限が迫っていて「いずれかの形での資金援助を受けなければ、経済的な安定を維持できない状況にあった」[7]。ウクライナ・アザロフ首相によれば200億ユーロ(270億米ドル)の融資及び援助を必要としていた。そのためウクライナは、EUとロシアの両方に経済支援を打診していた。これに対してEUは6億1000万ユーロ(8億3800万米ドル)とロシアに比べると少額の融資を提供すると表明したものの、資金提供の見返りとしてウクライナに法律の改正及び改革を要求していた。このような条件を付加したEUの真意は、ウクライナが債務不履行後にIMF管理に移行することを想定していたと考えられる。
 対するロシアは150億ドルの提供と、ガス価格を千立方メートルあたり約400ドルから同268.5ドルに値下げすることを提案した。さらにロシアは、EUと違い融資に付帯条件を付けることはなかった[8]。ロシアが提示した金額には、ウクライナの天然ガス代金未払50億ドルが含まれていないことから実質は総額200億ドルとなるウクライナにとって非常に有利な提案であった。
 2013年12月25日、ウクライナ・アザロフ首相は、ロシアがユーロ建ウクライナ国債を購入することにより総額150億ドルと、天然ガス輸出価格の値下げすることことに合意した。また、アザロフは同月24日に既に初回分として30億ドルを受領済みであることも公表した。これら一連の動きに付いてアザロフ首相は「ロシアからの援助は、わが国の財政と経済を安定化させる重大な要因だ」と述べている[9]。このヤヌコヴィチ内閣の決断は、ウクライナがEU加盟手続きを進めても加盟となるのは長期の年月を要することから、当面の寒厳期をロシアの援助で乗り切ることを優先した結果であった。しかし、このヤヌコヴィチの発表に欧州統合支持者や政権汚職に反対する市民は納得せず大規模な反政府デモが発生することになった。特に2014年2月18日から20日にかけては100名以上の死者を出す大規模衝突に発展し、2014年2月22日にはヤヌコヴィチがロシアへ亡命することになった。
 2014年2月26日、プーチンはウクライナとの国境付近を含むロシア西部と中部での緊急軍事演習を命じた[10]。
 2014年3月1日、プーチン大統領はロシア系住民の保護を理由に、ウクライナへのロシア軍投入の承認を上院に求め、上院はこれを全会一致で承認した[11]。
 3月18日にロシアのプーチン大統領は、クリミアを独立国家として認める大統領令に署名している。
 3月20日にはロシア下院が同条約を批准した。反対票を投じた議員は1人だけだった。次いでロシア上院は、同月21日、ウクライナ南部のクリミア半島を自国に編入する条約を満場一致で批准した。同条約により、ロシア内にはクリミアおよびロシア黒海艦隊の基地があるセバストポリの2地方行政区が誕生した[12]。

 これに対するウクライナの動きであるが、本来ならば2015年3月29日に行われる予定であったウクライナ大統領選挙を2014年5月25日に実施してポロシェンコが過半数を制し大統領に選出された。同年6月6日に大統領に就任することになった[13]。ちなみに同大統領選挙で2位となったのは、あの2004年のオレンジ革命の中心人物であり、ロシアから天然ガスを輸入する際に中間利益を加えたことからウクライナのガス価格が高騰しウクライナ経済に壊滅的な被害を与えた[14]、ティモシェンコ元首相であった。どちらの候補が勝利してもEUとNATO加盟を推進する立場であることから、政変後の大政翼賛選挙であったことは間違いない。
 同年4月30日、同大統領選挙に先立ち、IMF理事会はウクライナへの約171億ドルの金融支援を正式に承認している。同年5月7日にウクライナ政府は第1回目の融資を受けとっている[15]。つまり大統領が就任前にIMFが融資しなければウクライナ経済は立ち至らなかったのだ。IMFがこれだけ柔軟かつ迅速に動いたということは、新政府はEU及びIMFと事前に審査を行うとともに何らかの協議をおこなっていない限り、あり得ない話なのである。やはりウクライナ新政権は、旧政府を崩壊させ政治的な継続性を遮断したうえでEUとNATOに加盟するために起こしたクーデターであったと考えられる。そのうえ2014年5月2日には、ウクライナ・オデッサ市で親ロシア勢力48名を生きたまま燃やしたことや、分離独立を主張した州ではやはり怒れる民衆により分離反対運動が展開しているなどなど、クリミアを併合したロシアに対する民衆の怒りは爆発寸前で、これら怒れるひ弱な民衆をリビアのようにNATOからの支援を受けて、最後はクリミアをロシアから奪還するだけとなった。
 つづいて、2014年6月27日、ウクライナ、グルジア、モルドバの旧ソ連3カ国は欧州連合(EU)と「深化した包括的自由貿易協定(Deep and Comprehensive Free Trade Area、DCFTA)を含む連合協定(Association Agreement)」に署名することになり、ウクライナは、同年5月25日に大統領に就任したポロシェンコが調印に臨んだ。ロシアは、この協定調印に強く反発したもののウクライナに対する影響力はなくなっていた。これでウクライナは、EUとNATOに加盟することが順調に進み、NATOの核抑止力でロシアの影響力から脱して安定を取り戻すだけとなった。
めでたし、めでたし。

 ところが、である。
 同年9月頃になるとプーチンは、ウクライナに対するEUとIMFの行動を十分に予測して対応策を講じていたことが判明した。それは2013年末にロシアがヤヌコビッチ政権に融資した30億ドルのユーロ債にあった。ロシアの融資条件に、ウクライナの財政悪化に歯止めが掛からない場合、ロシア政府が即時返済を要求できる条項が盛り込まれていた[16]。しかも、ウクライナが発行したユーロ債は、イギリスの法準拠とし、イギリスの裁判所が法的強制力を持てるような仕組みになっていた。そのため、たとえウクライナが債務不履行となっても全債務の約5分の1を保有するロシアは債権者として強い影響力を保持したままであることが判明した。この事実は重要である。2013年にロシアが行った融資に関する記事をのせる。
『……
[ロンドン 24日 ロイター] - ウクライナのドル建て債が売られたことで、ロシアが旧ヤヌコビッチ政権時代のウクライナから支援の一環として引き受けた30億ドルのユーロ債に関心が集まっている。投資家の間では、プーチン大統領がこの債務を利用してウクライナ政府の発行したユーロ債の幅広い銘柄に債務不履行を引き起こすのではないかと懸念が高まっている。
このユーロ債は昨年末に発行された。ウクライナの財政悪化に歯止めが掛からない場合、ロシア政府が即時返済を要求できる条項が盛り込まれている。
つまり西側諸国の貸し手はウクライナ向け融資の拡大を余儀なくされる可能性がある。またその可能性は低いとは言え最悪のケースでは、ロシア向け返済が期日を守れず、ほとんどのユーロ債に付随する「クロスデフォルト条項」(デフォルト発生時には債務者が抱える返済期日が来ていない残りの借り入れも不履行とみなす取り決め)が発効してウクライナが他のドル建て債についても返済を迫られることもあり得る。
プーチン大統領は経済的な影響力を最大限に駆使し、西側寄りのポロシェンコ・ウクライナ大統領が欧州連合(EU)と自由貿易協定を結ぶのを阻止する構えだ。
このユーロ債の問題の核心は、ウクライナの国債と政府保証債の対国内総生産(GDP)比率が一時たりとも60%を超えてはならないという、めったにない条項が付帯している点にある。
ウクライナは経済の悪化と通貨フリブナの下落が続き、債務の対GDP比率は既にこの上限を上回っているかもしれない。そうでなくとも、国際通貨基金(IMF)が見込む今年末の債務比率は67%だ。
スタンダード・バンクのアナリストのティム・アッシュ氏は「債務比率が限度を超えるのは間違いない。ロシアはこのユーロ債を使ってウクライナを苦しめる公算が大きい」と話す。
もっともロシアとしては即時返済を求めずともウクライナに対する立場を強める手段が他にもある。
<ロシアの影響力>
抜け目ないロシア政府は問題のユーロ債を英国法準拠とし、英国の裁判所が法的強制力を持てるような仕組みにした。だから返済要求をせずとも、ウクライナが債務再編に追い込まれた場合にロシア政府は全体の約5分の1を保有する債権者として強い影響力を持つ。
他に債権者は少なく、ロシア抜きなら債務再編は比較的簡単になるだろう。つまりウクライナにとってはロシア向けのユーロ債が償還期限を迎える2015年12月まで債務再編を遅らせて、ロシアが再編交渉のテーブルに着けないようにするのが得策だ。しかし今のところウクライナがそれまで持ちこたえられるようにはみえない。
一方、プーチン大統領のウクライナへの影響力行使はロシア政府にとってもリスクを伴う。
ロシアの銀行は既に一部が西側の経済制裁の影響にさらされているが、ウクライナが債務不履行に陥れば打撃を受ける。ズベルバンク、VTB、アルファの大手3行はウクライナでも大手の立場にある。ムーディーズの昨年の推計によると、ガスプロムバンク、VEB、ズベルバンク、VTBのウクライナ向けのエクスポージャーは合計で最大300億ドルに達する。
<不愉快な債務>
ウクライナの財政悪化にともない、債券市場は債務再編を織り込み始めた。
オックスフォード・エコノミクスのグローバル・マクロ・ヘッドのガブリエル・スターン氏は、ギリシャは2012年を期限とする債務120億ユーロの返済が大き過ぎて不履行に陥ったと指摘した。ウクライナにとっては50億ドル程度の天然ガス代金を除けばロシア向けユーロ債が最大の支払い案件だ。
スターン氏は「ウクライナはある時点で返済ができないと認めざるを得ないし、私のみるところ30億ドルの返済がそのときだ」と話す。
これまでのところウクライナがこの債務返済を拒否する兆しはみえないが、そうすべきだとの見方もある。
ジョージタウン大のアン・ゲルパーン教授はこうした主張を強く展開している1人。ウクライナはこの債務は「不愉快な債務(odious debt)」だとして支払いを拒否すべきだと主張し、英国の議会と裁判所もこのユーロ債の契約履行を拒否すべきだとしている。不愉快な債務とは、前体制が借りたもので、不適切、あるいは国民の利益に適わない債務を指す言葉だ。
一方、BNPパリバの新興国市場戦略部門ヘッドのデービッド・シュピーゲル氏は、裁判所が「不愉快な債務」という主張を認めたことはほとんどないと指摘。「ヤヌコビッチ氏が借りた債務なのは事実だし、同氏は公的な利益で動いていなかったという主張は存在する。しかしヤヌコビッチ氏が民主的な選挙で選ばれたという事実は変わらず、不愉快な債務という主張は裁判では通用しないだろう」と述べた。
……』
 EU及びIMFは、ウクライナの債務を整理する方法として債権者及び債務国が債務放棄をする程度で済むものと考えていた節がある。ところが、単純に債権者であるロシアに債務放棄を迫った場合に、EU内のユーロ建て債にも大きな影響を及ぼすことが判明した。これに付いて債券市場では(実際はIMFではなかったかと思われる)、ウクライナは、ロシア債務を「不愉快な債務(odious debt)」(前体制が借りたもので、不適切、あるいは国民の利益に適わない債務を指す)だとして支払いを拒否すべきだと主張し、イギリスの議会と裁判所もこのユーロ債の契約履行を拒否すべきだという強硬な意見もあった。しかし、それでは自らがクーデターだということを認めることになることから、不愉快な債務という主張はせずにロシア向けのユーロ債が償還期限を迎える2015年12月まで債務整理を遅らせて、ロシアが債務交渉のテーブルに着けないようにすることにした。つまりEUとNATOは、2014年にウクライナをたきつけて実施したクーデターであったが、逆にクリミアをロシアに併合されてしまうという大失敗をしてしまった。
 さらにEUとNATOにとって都合の悪いことが起きてしまった。それはNATOの看板である抑止力が問われるという大問題に発展してしまった。EUは、債券市場の混乱を避けるためウクライナのデフォルトを回避することができたものの、今度はNATO 加盟国および加盟申請国にNATOは、有事に何等の軍事行動もとれないNATOの抑止力に疑念を抱かせることになってしまった。つまりNATOや日本政府の安全保障関係文書にしばしば登場する「力による一方的な現状変更は許さない」という警告メッセージは、加盟国や加盟申請国に対してNATOの抑止力に不安を抱かせないようにするためのプロパガンダに過ぎなかったのだ。
 2014年9月5日、ウクライナ、ロシア連邦、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国、ドンバス地域における戦闘停止について合意して文書にしたものがある。いわゆる「ミンスク合意」である。この合意文書の特徴は、欧州安全保障協力機構(Organization for Security and Co-operation in Europe、OSCE)が関与してまとめたものであり国際法にのっとっていることなのである。
  1. 双方即時停戦を保証すること。
  2. OSCEによる停戦の確認と監視を保証すること。
  3. ウクライナ法「ドネツク州及びルガンスク州の特定地域の自治についての臨時令」の導入に伴う地方分権。
  4. ウクライナとロシアの国境地帯にセキュリティゾーンを設置し、ロシア・ウクライナ国境の恒久的監視とOSCEによる検証を確実にすること。
  5. 全ての捕虜及び違法に拘留されている人物の解放。
  6. ドネツク州及びルガンスク州の一部地域で発生した出来事に関連する人物の刑事訴追と刑罰を妨げる法律。
  7. 包括的な国内での対話を続けること。
  8. ドンバスにおける人道状況を改善させる手段を講じること。
  9. ウクライナ法「ドネツク州及びルガンスク州の特定地域の自治についての臨時令」に従い、早期に選挙を行うこと。
  10. 違法な武装集団及び軍事装備、並びに兵士及び傭兵をウクライナの領域から撤退させること。
  11. ドンバス地域に経済回復と復興のプログラムを適用すること。
  12. 協議への参加者に対して個人の安全を提供すること。
 ロシアによるクリミア併合は、NATOに加盟申請をする旧東側諸国にとって1968年8月20日のソビエト連邦主導によるワルシャワ条約機構(WTO)軍(ブルガリア、ハンガリー、東ドイツ、ポーランド)がチェコスロバキアへの軍事介入したことを彷彿させたのであろうことは予想に難くない。ところが、ロシアのクリミア併合は、ウクライナにNATOの核が配備されるという安全保障上の大問題を解決するため、西側がしばしば使う「反政府運動をおこなう民衆を支援するという口実で介入して政府を転覆させ新政権を樹立するという手口を、ロシアが逆手にとって実行してしまったのだ。このミンスク合意によりウクライナ東部の騒乱は落ち着くはずであった。その後、2015年2月11日にベラルーシのミンスクで、東部ウクライナ・ドンバスでの停戦協定、ミンスク合意2を合意している。欧州安全保障協力機構(OSCE)が調整役となり、フランスとドイツが仲介して、ウクライナとロシアが署名した国際法なのだ。

 ベラルーシの首都ミンスクで、ウクライナ、ロシア、ドネツク人民共和国、ルガンスク人民共和国が、ドンバス地域における戦闘停止を協議している、まさに、同じ時期(同年9月4日、5日)に、NATO首脳はイギリス・ウエールズ州ニューポート(Newport)に集合し、ウクライナを中心に事後の対策を検討した。同会議で決定した事項は外務省「NATOウェールズ首脳会合概要」(平成26年9月8日)に記載がある[17]。
『……
  1. NATO軍の即応性・防衛能力の強化
  2. ロシアによるウクライナ攻撃,中東の過激派台頭,北アフリカの不安定化を受け,NATOが全方位的な任務を引き受け,加盟国を全方位的な脅威から守れるよう,NATOの集団防衛を強化する即応性行動計画(RAP)に合意。これは,NATO即応部隊(NRF)内の初動対処部隊(VJTF/極めて短時間で展開可能な部隊)の創設,迅速な増派のための東方加盟国内への司令部の常時配置,受入施設の整備,装備・物資の事前配置,更に集団防衛に焦点を当てた演習計画の強化を含むもの。バルト諸国,ポーランド,ルーマニアが施設提供の意思を表明。
  3. 防衛能力を強化するサイバー防衛等の優先分野のパッケージに合意。枠組国概念(FNC)を承認し,独英伊等を中心に有志加盟国による能力開発・部隊編成を実施。
  4. 大西洋間の絆と責任の分担の再確認
  5. 「大西洋間の絆に関するウェールズ宣言」を採択し,ロシアによる違法なクリミア併合・継続的攻撃,北アフリカと中東の暴力・過激派の拡大に備えるため,北米及び欧州の全加盟国の国民,領土,主権及び共通の価値を防衛する継続不変のコミットメントを再確認。
  6. 防衛予算の反転,効果的使用と負担・責任の均衡達成のため,NATO指標の対GDP比2%未達成国は10年以内に同水準に向けて引き上げるよう目指し,防衛予算の研究開発を含む主要装備品支出充当率も20%に増額するよう目指すことに合意。
  7. ウクライナ危機とNATOロシア関係
  8. NATOウクライナ委員会は共同宣言を採択し,ロシアに対し,クリミア「併合」撤回,東部ウクライナ武装勢力支援停止,部隊撤収等を要求。また,ウクライナに対し,指揮統制通信,兵站・標準化,サイバー防衛等の新規支援を表明し,ウクライナとNATO間の相互運用性向上のための高次の機会への参加を期待。
  9. ロシアはNATOロシア基本文書・ローマ宣言に違反したが,NATOの今次首脳会合での諸決定はルールに基づく欧州安全保障枠組を尊重するもの。実務協力の停止と政治対話の維持は継続。今後のNATOロシア関係はロシアの行動の変化による。
……』
 この会議で問題になったのはNATOの抑止力の在り方であった。
 NATOがウクライナを支援してロシアを攻撃した場合に問題になるのは、1997年に合意した「MATOロシア議定書」の存在であった。そのためウェールズ首脳会合を前にして、特にポーランドとドイツの間で激しい対立となり、同首脳会合宣言の一部にポーランドが拒否権を行使する寸前の事態にまで至った[18]。最終的には、同議定書の見直しは見送られたものの、他方で、同議定書の有効性を確認するような言い回しも全くされないことになった。
 ポーランドが問題にしたのは、「即応性行動計画」(Readiness Action Plan、RAP)」の中身の問題であった。NATOは、1997年議定書により、NATO即応部隊(NATO Response Force、NRF)を折角に創設しても、東方加盟国内に配備することはできない。そのため東方加盟国内にはNATO即応部隊の司令部を常時配置することと、集団防衛に焦点を当てたアメリカ及びNATO加盟国部隊がポーランド等の東方加盟国内へ展開することで、加盟国に対する安心供与(reassurance)と、ロシアに対する抑止を目的とする演習を強化するということであった。そうした措置は「変化する安全保障環境に応じて柔軟で規模が可変的(flexible and scalable)」とされ、また「必要な間のみ(as long as necessary)」ということになった[19]。
 つまり、この会議では、NATO即応部隊(NRF)内の初動対処部隊(Very High Readiness Joint Task Force、VJTF)を創設することで、NATO全加盟国の国民,領土,主権及び共通の価値を防衛するという目的を確認したことと、ロシアとは政治対話の維持を継続することが決まっただけであった。NATO加盟国の動揺を抑えるために開催したもののNATOの抑止力に対する疑念を払拭するにはいたらなかった。NATOは「虻蜂取らず」だったのだ。
次記事へ続く

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