小日向白朗学会 HP準備室BLOG

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横田空域の返還=都庁HPから~~~~衆議院公開情報から赤嶺氏の質問主意書~~~~

2022-12-30 | 小日向白朗学会 情報
横田空域の返還 米軍が管理する横田空域は1都9県にまたがる広大な空域です。
 首都圏の増大する航空需要に対応し、より安全で効率的かつ騒音影響の少ない航空交通を確保していくためには、横田空域を全面返還させ、首都圏の空域を再編成して、我が国が一体的に管制業務を行うことが不可欠です。
  都は、横田空域及び管制業務の早期全面返還の実現と、同空域の活用による首都圏空域の効率的な運用を国に働き掛けていきます。
お問い合わせ先
都市基盤部 交通企画課 航空担当
 直通 03-5388-3288
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質問本文情報
平成十八年二月十日提出
 質問第六一号
米軍横田空域の返還に関する質問主意書提出者  赤嶺政賢
米軍横田空域の返還に関する質問主意書
 二〇〇五年十月二十九日、日米安保協議委員会で「日米同盟:未来のための変革と再編」(以下「中間報告」という。)と題する報告について合意がなされた。日米両政府は、本年三月までには、いわゆる「最終報告」をまとめる方針である。
 この報告は、米軍再編に伴い沖縄をはじめとする在日米軍基地の役割と機能の強化を図るとともに、アジア・太平洋地域をはじめ世界で生起する「脅威」や「事態」に対して、米軍と自衛隊が「連接性」、「調整」、「相互運用性」、すなわち一体性を確保して、対処・対応するという重大な内容をなすものである。
 こうした状況の下で、沖縄をはじめとする在日米軍基地の縮小・返還は、進展することなく、むしろ横須賀基地への原子力空母の配備、名護市沿岸部への新基地建設など基地の機能が強化されようとしている。
 東京都という大都市の近隣に位置する世界に例のない米軍横田基地もその一つである。
  ここでは、米軍の管理になっている横田空域の進入管制権・空域(以下「横田空域」という。)の返還問題について取り上げ、政府が民間航空の安全確保を図るために、米側に対して早期返還を要求すべきであるとの観点から、以下の事項について質問する。
一 「中間報告」は、「横田飛行場及び空域」について、「二〇〇九年に予定される羽田空港拡張を念頭に置きつつ、横田空域における民間航空機の航行を円滑化するための措置が探求される。検討される選択肢には米軍が管制を行っている空域の削減や、横田飛行場への日本の管制官の併置が含まれる」との「勧告」をしている。
 「空域の削減」及び「横田飛行場への日本の管制官の併置」とは具体的にどのようなことか。
二 二〇〇三年十二月以降、横田基地における民間航空の利用問題について、内閣官房、外務省、国土交通省、防衛庁、防衛施設庁、東京都の六者は、協議を重ねてきたというが、会議の目的、協議内容を伺いたい。
 また、日米両政府間の協議では、横田基地の「軍民共用」はどのような結論に達したのか。
三 横田基地と密接に関連し、かねてから懸案事項となっている「横田空域」の返還については、二〇〇一年三月、扇元国土交通大臣は「今後、米側にも返還を要請するということも考えていきたいと思っております」と答弁していたが、一向にその目途がたっていない。「横田空域」の返還は、現在、どのようになっているのか。
四 二〇〇九年には、羽田空港の拡張が予定されており、現在でも、航空業務関係者から「広大な西の壁」と恐れられており、米軍が管理する進入管制空域、すなわち「横田空域」は、横田基地を基点とする東京、神奈川、静岡、山梨、長野、新潟などの各県をまたぐ高度七、〇〇〇メートルに達する進入管制空域である。
 「横田空域」を航行する民間機は北陸、中国、九州、関西方面行きの羽田空港から出発する航空機の四割を占めているとのことである。民間航空の安全の確保を図る上で、「横田空域」の早期返還は不可欠であると考えるが、政府の認識を伺いたい。
五 一九八三年十二月以降、日米合同委員会の下にある民間航空分科委員会において、「横田空域」の返還問題について日米間で協議しているが、日米双方の出席者、日米の主張の概要、何回協議したのか改めて詳細に明らかにされたい。
六 政府は、日米の首脳会談や大臣級の会談等で、米国政府に対して「横田空域」の返還を要求したことがあるのか、あればその概要を明らかにされたい。
七 そもそも「横田空域」については、一九五二年六月の日米合同委員会の「航空交通管制に関する合意」(以下「五二年合意」という。)がある。この合意は「日本国は、日本領域において完全かつ排他的な主権をもちかつ行使する」としたうえで、「一時的な措置」として、「我が国が自主的な実施が可能となるまでの間、日米間の意見の一致を見たとき、日本側が航空管制に関する全責任を負う」という内容である。
 それは、あくまで「一時的な措置」であり、当時の運輸省航空局は「我が国が航空管制を実施するためには、施設、要員とも皆無に等しい状況にあったので、一時的措置」をとったとしている。
 今日、すでに日本の進入管制業務は、世界にも遜色のないもので十分に実施し得る能力、技術を備えており、「横田空域」の返還の条件は整っているのではないのか。
八 政府は、一九五九年六月の日米合同委員会の「航空交通管制に関する合意」(以下「五九年合意」という。)を日米間で締結している。しかるに、その合意は「米軍に提供している飛行場周辺の飛行場管制業務、進入管制業務を除き、すべて日本側において運営する」という内容に改定したのである。
 さらに、政府は、一九七五年六月の日米合同委員会の「航空交通管制に関する合意」(以下「七五年合意」という。)を日米間で結んでいる。その合意は「日本政府は、米国政府が地位協定に基づきその使用を認められている飛行場およびその周辺において引続き管制業務を行うことを認める」という重大な改定である。
 五九年合意はもとより、七五年合意は、「横田空域」の返還を事実上閉ざすものではないのか。
 政府は、何故、五二年合意を失効させる五九年合意、さらには七五年合意を結んだのか、その理由と合意に至る経緯を詳細に明らかにされたい。
九 五九年合意はいうまでもなく、七五年合意は「米国政府は管制業務が必要でなくなった場合」に日本政府に返還するというもので、「横田空域」を返還する、しないは米国政府の裁量権に完全に委ねたということではないのか。
十 七五年合意を変えない限り、いくら日米合同委員会の下にある民間航空分科委員会で日米間の協議を続けても、「横田空域」の返還の道は開かれないということではないのか。
 米側は「運用上の必要性」を主張し、返還には応じないとの立場をとっていると聞いているが、米側の言う「運用上の必要性」とは何か、また、「運用上の必要性」が無くなるとはどのような場合をいうのか、詳細に説明されたい。
 十一 「横田空域」の返還は、もはや日米合同委員会や民間航空分科委員会での協議では解決できないことを示しているのではないのか。日米首脳会談をはじめとする、日米両国政府のハイレベルな外交交渉により解決すべき課題であると考えるが、政府の意思と見解を伺いたい。
 右質問する。
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 日本の人、私を含めてだけれど、本当に鷹揚というか穏やかというか、あほなくらい人がいいというか、・・・・昭和20年8月に戦争は終わった(負けた)はずだけれど、事実上の占領状態は77年を経ても続いているのね…あれだけでっかいバカ爆弾を広島や長崎に落とされてもいるのにね‥‥「植民地日本、万歳」と叫んでいる人がまだまだいるという事実に唖然としてしまう年末です。(文責:吉田)


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自衛隊の指揮権をアメリカに移譲し続けた自民党 -改憲に動きだすと宣言した萩生田政調会長-

2022-12-30 | 小日向白朗学会 情報

 筆者は、これまで「小日向白朗学会ブログHP準備室BLOG」に二度(2022-10-03、2022-11-18)渡り、萩生田政調会長の動きから政権与党自民党の国会議論の方向に付いて見通しを寄稿してきた。今回も年末ではあるが萩生田政調会長の動向から、今後(令和5年以降)の国会論議の行方を緊急に寄稿することにした。まず、最近の萩生田の言動から確認しておく。
2022年12月25日朝日新聞デジタル版に「自民・萩生田政調会長 防衛増税、「国民に判断をいただく必要ある」とする記事が掲載された。
『自民党の萩生田光一政調会長は25日のフジテレビの報道番組で、防衛費増額のための増税について、「明確な方向性が出たときには、いずれ国民の皆さんにご判断いただく必要も当然ある」と述べた。具体的な実施時期などが決まった場合は、衆院解散・総選挙で信を問うべきだとの考えを示したものだ。
 政府は2027年度には増税で1兆円強を捻出することを決めたが、実施時期は「24年以降の適切な時期」と先送りした。
 萩生田氏は番組で「いきなりの増税には反対だ」と強調。自民党が今年7月の参院選などで防衛費の増額については公約に掲げた一方で、増税については言及していなかったことを指摘し、「財源は増税によって賄います、ということは約束していない」と述べた。
 増税による財源確保については、「防衛費を維持するためのスキームができたが、必ずしも1兆円でなくてもいい」と述べ、歳出改革などで増税幅を圧縮できるとの考えを示し、「深掘りを来年させていただく」と述べ、党内で議論する方針を示した。』
 この記事だけ読むと、国防も重要ではあるが、その資金は増税で賄うためには国民の同意を得るため総選挙をおこなって民意を聞くのが政治の本筋であるとしている。萩生田のこの説明は、一見すると正論に見える。しかし日本国民は、日本の安全保障について論議したことはない。あるのは外務省による大々的なプロパガンダで「ロシアによる一方的な状況変更を許さない」というメッセージだけである。それがいつの間にか日本の安全保障を脅かすものとして尖閣諸島に止まらず「台湾有事」まで含まれてしまっている。現在の日本の安全保障を国会の場で国民に分かり分かりやすく説明したことはない。そのため日本有事に関する国民の同意は一切ない。つまり萩生田政調会長の説明は、飽くまでも自分の都合だけであって国民を考えてのことではない。
 ところで、萩生田は、本年11月13日に地方組織の政策責任者を集めた会議を党本部で開き「憲法改正に向けて都道府県連でも地方議員と連携しながら細かく議論を進めてほしいと要請している。僅か一箇月の間に、萩生田は憲法改正と日本の安全保障の両方を同時に進めていることから、この二つが自民党のかじ取りである政調会長の重要課題であることが浮かび上がってくる。萩生田が言わんとすることは「日本の安全保障のために自衛隊を遠くはインド洋や中東にまで派遣して共通の価値を持つ同盟国を支援しないと日本の尖閣諸島や台湾有事に同盟国は真剣に日本を守ることはしないだろう。そのためには、日本国憲法改正に必要な三分の二の国会議員数が衆参で確保できている間に改正発議をして改憲を行って日本の安全保障の基盤である日米安保条約を強固にしておきたい。」である。自民党の主張としては、日本の場合、安全保障と憲法が一体であることから日米安全保障条約を基軸としてより積極的な活動に踏み込むには憲法改正が必須であるとしてきた。そのため安倍晋三が自民党総裁に就任以降は、衆参両院で改憲発議ができる議員数を確保するため統一教会という犯罪組織を積極的に選挙活動に利用してきた。それもこれも日本の安全保障を強固にして我国の発展を願うという建前である。
 これらを総合すると、萩生田の思い描く今後の政治日程が見えてくる。自民党は、膨れ上がる防衛費の来年度分につては「日本周辺で安全保障が危険に晒されている」という理屈で国会の承認を取り付けておいて、その直後に「日本の安全保障が危険にさらされているのは同盟国との信頼を阻害している憲法が存在するためで早期の改正が必要だ」という理屈で民意を問うため衆議院を解散し総選挙に打ってでる。その場合、一般的な予測では、統一教会問題があるため自民党が大敗すると見るであろう。しかし、然に非ず。統一教会の支援で当選してきた自民党候補にたいして、憲法改正で一致している維新の会と国民民主党の候補を立てさせて自民党候補を落選させても憲法改正に賛成する維新の会と国民民主党の候補を当選させるような選挙協力を実施することになる。加えて、改憲反対勢力を分断する方法につても「連合」の協力で手配済みである。それは比例代表で使う党の略称について、立憲民主党も国民民主党と同じ「民主党」を使うという詐欺行為を行うことである。その結果、例え有権者が憲法改正反対で立憲民主党に投票しても比例代表の政党名が「民主党」では立憲民主党か国民民主党かは判別がつかない。そのため自動的に按分され、反対に投票したにも関わらず賛成票も増えてしまう仕組みを準備済みなのだ。その結果、憲法改正反対と唱える議員数をさらに減らすことができるのだ。つまり次の総選挙では、自民党の議員数は大幅に減るものの、憲法改正に賛成する議員数は増えるというシナリオを描いている。さらには、立憲民主党内部にかくれ改憲がいることも考えると、現在の日本にはまともな野党が存在しないのだ。したがって令和5年度の国会では早期に予算を成立させて2月末か3月初旬に解散総選挙を実施すれば、自民党結党以来の宿願である改憲は成就して、めでたし、めでたしとなるはずである。
 ところがである。この自民党結党以来の宿願が根本的に出鱈目であったとしたらどうなるであろう。独立国として日本は、独自で安全保障を考えることはできない国であったらどうなるであろう。折角に予算を成立させても日本の安全保障に使われることはないということが判明したらどうなるであろう。「まさか」と思うのは当然である。しかし、自民党は結党以来、現在まで安全保障について国民をだまし続けてきたことは事実なのだ。

 話を昭和35(1960)年1月19日締結の「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」に戻す。まず前文は次の通りである。
『  日本国及びアメリカ合衆国は、
 両国の間に伝統的に存在する平和及び友好の関係を強化し、並びに民主主義の諸原則、個人の自由及び法の支配を擁護することを希望し、
 また、両国の間の一層緊密な経済的協力を促進し、並びにそれぞれの国における経済的な安定及び福祉の条件を助長することを希望し、
 国際連合憲章の目的及び原則に対する信念並びにすべての国民及びすべての政府とともに平和のうちに生きようとする願望を再確認し、
 両国が国際連合憲章に定める個別的または集団的自衛の固有の権利を有しているを確認し、
 両国が極東における国際の平和及び安全の維持に共通の関心を有することを考慮し、
 相互協力及び安全保障条約を締結することを決意し、
 よって、次のとおり協定する。……』
つまり、昭和35年に締結した日米安保は、日本の国を守るために日本に駐留するとはどこにも書かれていないだけではなく、条約の適用範囲が日本国内ではなく極東とあることから東アジア全域に及ぶものである。つまり日米安保は日本を守るためのものではなかったのだ。そのうえ駐留米軍は、昭和34(1959)年3月に砂川事件の審理を進めていた東京地方裁判所は「駐留米軍を認めた日本政府の行為は「日本は軍隊を保持しない」と定めた憲法9条に違反する」と判断したが、最高裁判所長官田中耕太郎はマッカーサー駐日大使(マッカーサー元帥の甥)が合憲判断を望んでいることを受けて「駐留米軍は憲法が保持しないと定めた軍隊ではない」と地裁の判断を覆すという曰く付きの存在であった。その存在自体が憲法違反であったが、次いで条文内に不思議な条項を見つけることができる。
『……
第三条(自衛力の維持発展)
 締約国は、個別的に及び相互に協力して、持続的かつ効果的な自助及び相互援助により、武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力を、憲法上の規定に従うことを条件として、維持し発展させる。
……
第六条(基地の許与)
1 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持の寄与するため、アメリカ合州国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。
2 前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合州国軍隊の地位は、千九百五十二年二月二十八日に東京で署名された日本国とアメリカ合州国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。……』
この条約の最も核心部分である自衛力については記載がなく、行政協定で取り決めるとなっている。つまり批准を必要とする条約内には安全保障を遂行する軍隊に関係する事項を記入せず、批准を必要としない協定に入れて軍事のこを伏せている。ならば行政協定を探ってみる。『日米行政協定締結交渉関係 第1巻』内に『交渉経緯/(1)第一次日米交渉における行政協定案 昭和26年2月』(Ref.B22010299700)とする資料がアジア歴史資料センターに存在する。その中に「集団的防衛措置」とする章がある。
  『1……
第四章 集団的防衛措置
(一)日本国域内で、敵対行為又は敵対行為の緊迫した危険が生じたときは、日本国地域にある全合衆国軍隊、警察予備隊及び軍事的能力を有する他のすべての日本国の組織は、日本国政府と協議の上合衆国政府によって、指名される最高司令官の統一的指揮の下に置かれる。
……』
ここでいう警察予備隊は自衛隊の前身であるが、アメリカ軍の指揮下に入ることになって、その戦域は極東なのである。この条項は、その後、整理されて第24条としてまとめられた。
『……
第二十四条
日本区域において敵対行為または敵対行為の急迫した脅威が生じた場合には、日本国政府及び合衆国政府は、日本区域の防衛のため必要な共同措置をとり、かつ安全保障条約第一条の目的を遂行するため直ちに協議しなければならない。
……』
と、指揮権はアメリカ軍が握ることは記載されずに密約となった。その理由は、総合司令部を公に認めた場合に政権が持たないということと、発足したばかりの警察予備隊隊員の士気の問題をあげていた。そして、サンフランシスコ講和が発効してから3か月たった昭和27(1952)年7月23日に吉田茂が極東アメリカ軍司令官と有事の際の指揮権に付いてアメリカ軍が握ることを最終的に確認した。同条約を締結後、現在まで「日米地位協定」と名称を変えながら継続している。この辺の事情は、末次靖司『日米指揮権密約の研究』に詳しい。ぜひ参考にすることを薦める。

 昭和35年に新日米安保を締結以降の日本政府、特に自民党は「自衛隊の指揮権」をアメリカに委譲したことを日本国民に隠蔽しだまし続けてきた。新安保を締結した岸信介の本音は、日本国憲法を改正して自衛隊をアメリカ軍の傭兵とし海外の戦場を送り出すことだった。このことは1958年10月15日夕刊、朝日新聞に掲載されている[1]。
『日本国憲法は、現在海外派兵を禁じているので、改正されなければならない。日本が憲法9条を廃止すべきときは到来した』
 この記事からもわかる通り、くどいようだが、日米安保条約は、日本を守るのではなく自衛隊をアメリカ軍の指揮下で海外に派遣することを目的として結ばれたものである。
 ところでこの自衛隊の指揮権を譲渡した密約を、条約ではなく行政協定としたことは日本の国政に大きな影響を及ぼすことになった。行政の長は内閣総理大臣である。つまり内閣総理大臣が署名すれば、行政協定は実施できるのだ。この協定をアメリカの立場で考えた場合、国権の中心である安全保障を左右する行政協定に署名する内閣総理大臣を選定し、長期かつ安定的に運用することが最も重要なこととなる。もしも、日本の政情が不安定となり政権が頻繁に交代する場合、アメリカはその都度、新しい内閣総理大臣に行政協定を継続するように求めなければならない。当然のこととして、アメリカは、行政協定に署名することを確約した政党の党首に長期にわたり政権を維持させることを考える。それがアメリカの思い描く世界戦略の中で、日本の自衛隊を安定的に利用する最大の利点だからである。
 つまり、自民党総裁に長期政権者が多いのは、アメリカ軍が自衛隊を安定的に利用するためだった。アメリカが求める政治家は、政治家としての資質や人間性ではない。要は、行政協定に署名するかどうかだけなのだ。そのためアメリカは「自衛隊の指揮権をアメリカが握ることを容認する」で「憲法を改正し海外派兵を可能にすることを目指す」政党である自民党を陰に日向に支援してきたのだ。つまり、自民党は国権である国防をアメリカに売り渡した売国政党と云って過言ではないのだ。別な言い方をするならば、アメリカは、自民党が自衛隊の指揮権をアメリカに売り渡すことと、改憲の二点を政策から外した時は、自民党の利用価値は終了することになる。
 佐藤栄作、中曽根康弘、安倍晋三が長期にわたり政権を維持できたのは、自衛隊をアメリカに傭兵していることに対するご褒美なのだ。その極端な例が、安倍晋三のように疑惑の総合デパートであるばかりか人間的に首をかしげたくなるような行動を取っても、自衛隊をアメリカに売り渡たすことに何のためらいもなく、さらに自衛隊の軍事力を強大にしたうえに憲法を改正して海外派兵することを約束していたから長期政権となったのだ。そのため安倍晋三は、犯罪者集団である統一教会を利用して、憲法改正に必要な三分の二を確保するために奔走した。
 唯一、アメリカが協定の延長に不安を抱えた政権があった。それは鳩山由紀夫の時である。鳩山はアメリカに対等な立場を要求したことから、アメリカは自衛隊を安定的に傭兵として利用することが難しくなることが十分に予想された。その後、鳩山は政権を降りることとなったことは周知の事実である。政権を降ろされた理由は、アメリカの安全保障にとって最も好ましくない政治家であったからである。そして「対等な立場を要求する政党」を政権から引きずり降ろすため刺客として利用したのが野田佳彦だったのだ。
 日本の安全保障を考えるなら自衛隊の指揮権を主権国である日本に取り戻すことから始める必要がある。

P.S.
小日向白朗が『富士ジャーナル』1971年7月号で、日本政府はアメリカに「自衛隊の指揮権」(国防権)、「航空管制権」、「電波権」を売り渡したと述べていたことは全て事実だった。小日向白朗研究を進めることは日本の戦後史を研究することだということを再認識した次第である。
(寄稿:近藤雄三)

[1] 末次靖司『日米指揮権密約の研究』創元社(101頁)。

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小説 小日向白朗 熱河に駆ける蹄痕」原作者 織江耕太郎のインターヴュー記事が、12/20 新潟日報紙 朝刊 県央地域で掲載

2022-12-21 | 小日向白朗学会 情報
新潟 三条市出身の小日向白朗を書いた「小説 小日向白朗 熱河に駆ける蹄痕」 の原作者 織江耕太郎氏の新潟日報紙インターヴュー記事が、12/20の朝刊 県央地域で掲載されています。 是非、読んで下さい!
    小説 小日向白朗 熱河に駆ける蹄痕


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緊急事態条項・・・・ワイマール憲法崩壊とナチス台頭=愚行の歴史は何度も繰り返す

2022-12-15 | 小日向白朗学会 情報
 国民民主党が緊急事態条項をまとめたそうだ。これからも出てくるだろう。14年で崩壊したワイマール共和国を連想する人もいらっしゃるだろうか。もともとの安全保障論議を尽くさずしてニュー体制の構築を狙っているのは、何も自民党や統一教会の改憲案などだけではない。イギリス型地政学論議に毒されたインド太平洋防衛やAUKUS等々、さらに新日英同盟を体制強化し、欧米圧力に積極コミットしていきたい勢力が徐々に目立ち始める季節になってきている。増税による軍事予算の確保だけではなく憲法をいじくり回して国民総動員機運を盛り上げようとする勢力が、100年ほど前に見た景色を再現させようとしている勢力がいるようだ。欧米でも中ロでもない我が国の大地に根付いた市井の人達こそが国家の主権者であることを思いだす必要があろう。白朗が目指した本当の保守こそ今求められている。(文責:吉田)
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詐学~地政学~に惑わされる国際政治

2022-12-07 | 小日向白朗学会 情報
 Wikipediaによると・・・・≪地政学は国際政治を考察するにあたってその地理的条件を重視する学問である。19世紀から20世紀初期にかけて形成された伝統的地政学は国家有機体説と環境決定論を理論的基盤とし、ドイツ・イギリス・日本・アメリカ合衆国などにおいて、自国の利益を拡張するための方法論的道具として用いられてきた。・・・・・1980年代以降に勃興した批判地政学は地理に関する政治的言説そのものを研究対象とする学問であり、ある空間に対する政治的イメージがいかに構築されるかについて論ずる。≫などと説明されている。
 もともと生物学者でダーウィンの影響を強く受けたドイツのフリードリッヒ・ラッツェル(1844-1904)が国家有機体説を言い出したらしい。まだ、この時は地政学(geopolitk)という言葉はなかったようだが、これを継承したスエーデンのルドルフ・チェレーン(1864-1922)が地政学と言い出したようである。この辺までは特に胡散臭さは感じないのだが、続いて出てくる学者たちにはいかがなものだろうか。
 ドイツのカール・ハウスホッファー(1869-1946)はナチスのルドルフ・ヘスと親しくヒトラーに近い人物とも言われるようだが、地政学に生存権の概念を付加して覇権拡大のロジックをサポートした。同時代にイギリスのマッキンダー(1861-1947)がいる。例のハートランド論で著名だ。これが曲者であることは誰もが認めるところだろう。続いて癌で早死にしてしまったアメリカのニコラス・スパイクマン(1893-1943)がリムランド論を言い出してマッキンダー理論を補強してる。ランドパワーとシーパワーの確執などと言われるとマリックさんのマジックハンドパワーのことかいな??とでも言いたくなってくるのは私だけだろうか。
 もともと地政学などというものは存在していなかったわけだが、地理と政治学という学問はあった。これを無理やりに一つの理論体系に仕上げたものが地政学だ。と言って、果たして地理学者や政治学者たちは納得するものなのだろうか。マッキンダーは、イギリスの王立地理学協会で地理を大学の正規の講座に昇格させる動きがあったのを背景に1899年にオックスフォード大学が地理学院を開設したときその初代の院長に迎えられている。確かに、イギリスという国家の威光を着ることができた、とも言えよう。さらに彼は1904年にロンドン大学に新設された政治経済学院の院長に就任し、その後20年に渡って同学院の経営に専念、経済地理の講義を続けた。そして、この学校の卒業生や留学生の中から英連邦諸国の政治家や外交官を輩出している、ということが問題なのではないだろうか。 「英連邦」ですよ。面積としては小さなイギリスという国家が「大英帝国」という大海洋帝国としての一大歴史イリュージョンを展開し続けた世紀の仕掛けの一つとして理解できないだろうか。そして今もなおその幻想を脱却できないイギリス国家。欧州の悲劇とも言えよう。
 グレートゲームという言葉もある。人の生き死にを何とも思わないのか、と怒りが湧いてくるけれど「ゲーム」としてイギリスは一つの大きな敵対勢力という幻想を作り上げ、この勢力と対立し続けることによって「大イギリス」を創造し続けていると思えてしまうのである。イギリス対ロシア・・などという構図などは単なる幻想だ、と思う。誰が決めたのか、‥そう誰かが何らかの意図をもって決めている。そして、誰かが決めたその幻想からさらに新たな幻想を引き出して人の血を流し続けさせている。「戦争」は単なるゲームのワンシーンに過ぎないのだ。ウクライナはわかっているのだろうか。自分が国際社会という幻想体の呪縛に縛られていることを。この辺で幻想、詐欺的理論(詐学)から解放されなければならないだろう。
 白朗が10代から飛び込んだ大陸での馬賊生活の中から学んだのは、日本陸軍のためでも蔣介石や毛沢東などのだめでもない、人と人との共生の方法だったに違いないと思う。「俺とお前は違う。でもそれでいいじゃないか」という価値観をもち、共に生きるということこそが白朗の望んだ21世紀に違いないと思っている。決して相手を殲滅することではないのだ。(文責:吉田)
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