ビタミンP

苦心惨憺して書いている作品を少しでも褒めてもらうと、急に元気づく。それをトーマス・マンはビタミンPと呼んだ。

「教育」「いのち」「暮らし」

2008年05月26日 22時36分26秒 | Weblog
という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が「民営化」され、
市場の論理で回されるようになった時、
はたしてそれは「国家」と呼べるのか?

 2001年にノーベル経済学賞を授賞したアメリカの経済学者スティグリッツが『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』を発表したのは2002年だから、6年も前のことになる。久しぶりに上京した往復の新幹線の中で、堤未果の『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)を読みながら、早くスティグリッツの上著書も読まなくてはと思った。
アメリカ野村證券に勤務中、9・11同時多発テロに遭遇し、隣のビルからビル倒壊を目撃したことをきっかけにジャーナリストに転向した著者は、「弱者」が食い物にされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、使い捨てられていく“自由で豊かな”アメリカの現実をひとつひとつ追っていく。
 グローバルスタンダードを追うとしてそのアメリカの後を追った日本でも、今、日本国憲法が保障する、“健康で文化的な最低限度の暮らしを営める権利”が浸食されようとしているが、アメリカではもっと早くから、それは始まっていたのだ。
 いまや戦争さえが民営化され、現アメリカ副大統領チェイニーがCEOを勤めた石油サービス・建設企業ハリバートン社傘下の民間戦争請負会社が、インドやスリランカ、ネパール等の貧困層をターゲットに派遣社員を募集して、イラクの戦場に送り込んでいる現実が、そこでは指摘され、彼らは米軍ではなく民間人であるため、アメリカ軍の死傷者の数にも数えられていない現実が突きつけられる。それが明日の日本の姿でないことを願うばかりだ。
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