この世が捨てたものではないと思えるのは、
安易な生活と身の安全を投げ出し、
なすべき価値があると思ったことに命を賭ける人々がいるからである。
(ウォルター・リップマン/米・外交評論家)
・・・NHKスペシャル『医師、中村哲 73年の軌跡』を観ている・・・
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東大、小型ゲノム編集ツールCRISPR-Cas12fの立体構造を解明
(2020/12/17 5:31 日本経済新聞 プレスリリース)
ゲノム編集のための最小のはさみ
-CRISPR-Cas12fの立体構造を解明-
発表日:2020年12月17日
1.発表者:
武田 聖(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 修士課程1年)
西増 弘志(東京大学先端科学技術研究センター 教授)
濡木 理(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)
2.発表のポイント:
◆ゲノム編集への応用が期待されるCRISPR-Cas酵素(注1)として近年発見されたCas12fの立体構造を決定した。
◆Cas12fは二量体として機能することを発見した。
◆Cas12fがガイドRNAと協働して標的DNAを切断する仕組みの一端を解明した。
3.発表概要:
ゲノム編集は、「生命の設計図」であるゲノム情報(DNAの塩基配列)を人為的に改変する革新技術であり、遺伝子治療や創薬、バイオ燃料の開発や農作物の品種改良、遺伝子改変生物を用いた基礎研究などさまざまな領域において広く利用されています。ゲノム編集にはII型CRISPR-Cas酵素であるCas9が利用されていますが、分子のサイズが大きいため細胞への導入効率が低いなどの問題点が残されています。一方、V型CRISPR-Cas酵素として近年発見されたCas12fはCas9の半分以下の分子サイズにも関わらず、Cas9と同様にガイドRNAと結合し標的DNAを切断するはたらきをもちます。したがって、Cas12fは小型のゲノム編集ツールとして期待されていますが、Cas12fがはたらく仕組みは不明でした。
今回、東京大学大学院理学系研究科の武田聖大学院生、濡木理教授、東京大学先端科学技術研究センターの西増弘志教授らは、クライオ電子顕微鏡(注2)を用いてCas12f-ガイドRNA-標的DNA複合体の立体構造を決定することに成功しました。その結果、予想外なことに、2つのCas12f分子が1つのガイドRNA分子に結合して機能することを発見しました。生化学的解析からも、構造も機能も異なる2つのCas12f分子が「非対称二量体」を形成して、標的DNAを切断していることが明らかになりました。
本研究の成果は、多様なCRISPR-Cas酵素のさらなる理解、および、小型ゲノム編集ツールの開発につながることが期待されます。
※以下は添付リリースを参照
リリース本文中の「関連資料」は、こちらのURLからご覧ください。
添付リリース
https://release.nikkei.co.jp/attach/601842/01_202012171139.pdf
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★関連資料:
529-aaと小型なCas12f(Cas14a)の三者複合体構造
2020年12月17日
[出典] "Structure of the miniature type V-F CRISPR-Cas effector enzyme" Takeda SN [..] Nishimasu H, Nureki O. Mol Cell. 2020-12-16. https://doi.org/10.1016/j.molcel.2020.11.035 (2020-12-17の時点ではDOI無効); https://www.cell.com/molecular-cell/fulltext/S1097-2765(20)30835-2
[構造情報] EMDB 30299/PDB 7C7L : Cas12f-sgRNA-DNA (2020-12-17時点でHPUB)
本研究の日本語解説が東京大学・大学院理学系研究科・理学部のプレスリリースから公開されている:ゲノム編集のための最小のはさみ - CRISPR-Cas12fの立体構造を解明 - 武田 聖(生物科学専攻 修士課程1年); 西増 弘志 (先端科学技術研究センター 教授); 濡木 理(生物科学専攻 教授)https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2020/7160/
Cas12fとは [CRISPRメモ_2020/04/10 [第1項]を以下に引用)
Cas14ファミリーとは
ゲノム編集「悪魔のハサミ」への憂慮
(2019年3月20日 Science Portal China 第150号)
張田勘(特別寄稿)/李明子 楊智傑(『中国新聞週刊』記者)/江瑞(翻訳)
体細胞へのゲノム編集よりもリスクの高いヒト受精卵へのゲノム編集に対しては厳格な倫理およびガバナンス規定が設けられている。
遺伝子の「ハサミ」CRISPR-Cas9の不確定性が指摘される中、倫理上の問題や社会的な影響など議論が噴出している。
世界エイズデーを目前にしたその日、南方科技大学准教授の賀建奎は、露露(ルル)と娜娜(ナナ)と名付けられたデザイナーベビーが11月に中国で誕生していたことを明らかにした。この双子の遺伝子を改変し、先天的にHIVに対する抵抗力を持たせたという。双子は、世界初のHIV耐性を持つデザイナーベビーとなった。
その直後、賀建奎に協力した深圳和美婦児科医院は報道に答える形でこう回答した。「この件は事実ではなく、当院は関連情報も把握していない。なぜこの件がネットで騒がれているのか、現在調査中だ」
ネット上に流出した「深圳和美婦児科医院医学倫理委員会審査申請書」によると、実験の期間は2017年3月から2019年3月まで。CRISPR-Cas9という技術を利用してヒト受精卵のゲノム編集をおこなったCCR5遺伝子除去済みの個体に対し、母親の子宮に戻す前からコレラや天然痘、HIVに対する耐性を持たせることを目的としていた。
この臨床試験的治療のプロセス及び結果の真偽はさておき、「デザイナーベビー」は突如として人々に現実を突きつけ、またたく間に全世界で大論争を巻き起こすに至った。
■生殖細胞のゲノム編集技術は確立されているのか
ゲノム編集は生物医学における先端技術で、ヒトや生物の標的遺伝子を除去、転位、挿入、改変など、文字通り「編集」するものだ。ゲノム編集には遺伝子の「ハサミ」が必要だが、目下最高とされている編集ツールが、上述のCRISPR-Cas9だ。
ゲノム編集技術を用いてヒトの遺伝子を改変することは遺伝子治療と呼ばれ、現時点では、体細胞を対象としたものと、精子や卵子、受精卵を含む生殖細胞を対象としたものの2つに大きく分けられる。従来の遺伝子治療、即ち体細胞を対象とした遺伝子治療は、正常な外来遺伝子を標的細胞に導入し、欠陥や異常のある遺伝子が原因となる疾患を治したり補ったりして、治療目的を果たすというものだった。現在はこの方法を用いて、血友病、嚢胞性線維症、家族性高コレステロール血症などの遺伝子疾患や、悪性腫瘍、心臓血管疾患、HIV、リウマチといった疾患を治療することができる。
今回誕生した双子の露露と娜娜の場合は、受精卵にゲノム編集をおこなったため、一般的な体細胞の遺伝子治療ではなく、生殖細胞に対する遺伝子治療となる。CCR5遺伝子の改変により、HIVウイルスが人体の免疫系のT細胞に侵入するのを阻止することが可能になるとされていることから、理論上は、露露と娜娜が今後HIVウイルスに感染することはない。
実際、露露と娜娜が誕生する前から、世界各国の科学者は似たような実験を試みていた。中国でも突出した研究がおこなわれており、その筆頭が、2015年に中山大学准教授の黄軍就(ホアン・ジュンジウ)のチームがおこなったヒト受精卵のゲノム編集だった。
彼らが使用したのは、流産して廃棄予定の受精卵だったが、当事者の同意を得て寄贈を受けており、受精卵を必要以上に成長させたり、ましてや女性の子宮に着床させ、分娩に至らせたりなどはしていない。
黄軍就のチームの実験では、86個の廃棄受精卵のうち、最終的にゲノム編集に成功したのはわずか28個で、成功率は約33%だった。この数字では、ゲノム編集が安全に成功する保証は到底得られず、この技術に対する不信感もぬぐえない。
そして賀建奎のチームは、発表によれば、44%の受精卵に対するゲノム編集が有効だったとのことで、成功率50%にも達していない。つまり、ゲノム編集ツールCRISPR-Cas9にはかなりの不確定性が存在し、意図せず標的以外の遺伝子を編集してしまう「オフターゲット」が生じる可能性も否めず、人体を著しく損なう危険性もあるということだ。
だが、受精卵中の病原遺伝子を改変したり、正常な遺伝子を直接受精卵に導入して欠陥遺伝子を修正したりできれば、今生きている人の遺伝性疾患を治療できるだけでなく、新しい遺伝子を患者の子孫が受け継がせ、後世で遺伝性疾患を根絶させることもできる。
まさにこの一点を根拠に、研究者たちは、生殖細胞に対する遺伝子治療が今後さらに重要になり、現在の人々のみならず、修復された健康な遺伝子を子孫が受け継がせることで後世にも幸福をもたらすことができると信じているのだ。
現時点では4000種を超える遺伝性の単一遺伝子疾患が知られており、全世界の1%を超える新生児がその影響を受けて生まれる。理論的には、生殖細胞のゲノム編集をおこなうことで、こうした疾患を予防する助けになり、すべての家庭で健康な赤ちゃんを迎えることが可能になる。これは新型出生前診断よりも明らかに先進的な方法だ。新型出生前診断の場合、胎児の遺伝子に異常が見つかれば、できることは中絶以外にないが、ゲノム編集ならば、見つかった病原遺伝子を改変したり、あらかじめ精子と卵子の病原遺伝子を編集し、健康な子孫が生まれるようにしたりすることも可能になる。
ただし、受精卵のゲノム編集は体細胞のゲノム編集よりリスクも副作用も大きいため、いったん問題が生じた場合、患者本人だけでなく、それが遺伝することで後世にも危険が及ぶ可能性がある。そこで、国際社会でも中国国内でも、受精卵のゲノム編集に対しては厳格な倫理及びガバナンス規定が設けられている。
北京大学生命科学学院教授の饒毅(ラオ・イー)氏は次のように指摘する。「体細胞遺伝子の編集は患者及び家族への影響のみを考えればよいが、生殖細胞遺伝子の編集は、他者、ひいては全人類への影響を議論しなければならない、体細胞遺伝子の編集は各家庭が決めればよいことだが、生殖細胞の場合は家庭に決めさせてはならない」
実際には、体細胞遺伝子の治療であっても、独自の倫理原則がある。それは、どんな治療法を試しても効果が得られなかった場合にのみ、遺伝子治療を考えるというものだ。過去に、遺伝子治療技術が未成熟な段階で患者を死亡に至らせてしまったケースがあったことから、米FDA(アメリカ食品医薬品局)は非常に慎重な対応を取っている。
■乳児のエイズ予防にはより安全で効果的な方法がある
2018年11月27日午前、世界の華人HIV研究者100人が、賀建奎の進めている「HIV耐性を持つデザイナーベビー」の臨床試験に反対する声明を共同で発表した。音頭を取った清華大学HIV総合研究センター主任でアフリカ科学院院士の張林琦(ジャン・リンチー)は、「HIVウイルスが人体に侵入するルートは多数あり、CCR5はその中で非常に重要な受容体であるに過ぎない。HIVウイルスはこれを素通りし、他の方法で細胞に侵入する可能性もある。よって、仮にCCR5遺伝子を徹底的に除去したとしても、HIVウイルスの侵入を完全に防ぐことはできない」と指摘する。
張林琦氏によると、科学界は、CCR5という遺伝子の機能について、まだ完全かつ徹底的に理解しているわけではないため、CCR5を除去するリスクはかなり大きい。現在入手可能な文献を見ると、この分子には非常に重要な働きがあり、抗ウイルスだけでなく抗腫瘍の機能を持つ。正常な人体におけるCCR5の重要性を考えると、これを除去することで免疫機能に大きな影響が生じることは確実だ。
さらに、現在は新生児のHIV感染を予防する極めて効果的な方法が確立されており、体外受精であるならば、精子と卵子のHIVウイルスを完全に除去することができる。妊婦がHIVに感染した場合でも、妊娠及び出産の過程で効果の高い薬を使用することにより、胎児が感染する確率を1%以下に抑えることが可能だ。それゆえ張林琦は、両親が本当にHIV患者だとしても、ゲノム編集以外の方法を用いて感染を予防することは可能であり、なぜわざわざタブーを犯そうとするのか分からない、と疑問を呈す。
賀建奎はゲノム編集を理解していないためこの件はフェイクではないかとの疑惑について、張林琦は、CRISPRによるゲノム編集技術は海外ではある程度実績があり、現在では最適化・簡略化され、比較的扱いやすい技術になっている、と指摘する。ただ、この技術そのものにまだ限界があり、オフターゲット効果という副作用以外にも、効果や長期的安全性に関して十分な確証が得られていないという側面がある。賀建奎は成果を急ぐあまりヒトの受精卵で研究を展開するという禁じ手に出てしまった。これは科学の発展ルールを無視すると当時に、道徳・倫理にも背くものだ。
■ゲノム編集の倫理原則
体細胞であれ受精卵であれ、ゲノム編集は人体に対する実験であるため、人体実験に関する一連の原則と規定を遵守しなければならない。国際社会では、世界医師会の「ヘルシンキ宣言」、国際医学団体協議会(CIOMS)の「人を対象とする生物医学研究の国際的倫理指針」など、早くから厳密な規約も制定されている。
受精卵のゲノム編集については、ヒトゲノム計画(1990年~2003年)の段階で、善行・無危害、インフォームド・コンセント、差別防止、プライバシー保護、ヒトゲノムの多様性保護、生物兵器の防止など関連する倫理原則が打ち出された。その核となる原則は、ヒトへの安全保証だ。
中国でも、ヒト受精卵の操作を伴う科学研究に対して、詳細かつ厳格な規定や規範が定められている。たとえば2003年の「ヒトES細胞研究倫理指導原則」では、「取得し、すでに研究に用いられたヒトの初期胚(受精卵)を、ヒトまたはその他の動物の生殖系に着床させてはならない」と規定され、2017年の「生物技術研究開発安全管理弁法」では、「重大なリスクが存在するヒトゲノム編集等の遺伝子工学研究開発活動」をハイリスク研究に指定し、各科学研究機関に対し、厳しく管理するよう求めている。中国のゲノム編集関連分野の研究者らも、「現段階で生殖を目的とするゲノム編集の臨床実験をおこなうことには断固反対する」という認識を共有している。
2015年12月初頭、全米科学アカデミー、全米医学アカデミー、中国科学院、英国王立協会はワシントンDCで第1回ヒトゲノム編集に関する国際会議を開催した。この会議では、ヒト受精卵のゲノム編集に関する基礎研究の実施を認めるというコンセンサスに達し、適切な法規範と倫理基準による規制の下、ヒト細胞のDNAシーケンス技術の研究や、臨床応用がもたらす潜在的利益とリスクに関する研究などの面から基礎及び前臨床研究を掘り下げることが可能になった。
基礎研究の実施は認めたものの、出席者らはこれまで同様、ゲノム編集をおこなった初期ヒト受精卵及び生殖細胞を妊娠に用いてはならず、現段階でこの技術を臨床に用いるのは「無責任」であるとの認識で一致した。これはまた、受精卵のゲノム編集研究における超えてはならない「デッドライン」を初めて国際的に規定するものでもあった。
生殖技術で世界のトップを走るイギリスは事あるごとに研究の制限を取り払おうと試み、研究に用いるヒト受精卵は14日以内のものに限るというそれまでの規定を、全段階の受精卵の研究及びゲノム編集が可能になるよう変更することを求めていた。2018年7月、英ナフィールド生命倫理評議会は報告書で、科学技術とそれが与える社会的影響を十分考慮した上で、ゲノム編集技術によりヒトの受精卵、精子、卵細胞の細胞核中の遺伝子(デオキシリボ核酸)を改変することは「倫理的に受け入れられる」と発表した。
だが、この団体ですら、ゲノム編集をおこなった受精卵を子宮に着床させ成長させてはならないと認識している。英国保健省とヒトの受精及び胚研究認可局〔HFEA〕も、受精卵遺伝子の研究及び編集は認めているが、ヒト受精卵にゲノム編集をおこなった後、子宮に着床させることは認めておらず、ましてやデザイナーベビーを誕生させることは禁じており、法的にも当然違法だ。しかも14日目になったら、編集及び研究をおこなった受精卵は必ず廃棄しなければならない。
こうした限定条件を設けるのも、他ならぬ安全のためである。だが、最高とされるゲノム編集ツールCRISPR-Cas9ですら、オフターゲットというかなり大きな不確定性が存在している。
研究者たちは、「悪魔のハサミ」の異名を持つCRISPR-Cas9が実は精度に欠け、オフターゲット率が高いことに早くから気づいていた。2018年7月16日、英科学誌『ネイチャー・バイオテクノロジー』オンラインに発表された英遺伝子研究機関ウェルカム・サンガー研究所のアラン・ブラッドリーらは、CRISPR-Cas9はターゲット付近でDNAの欠失や再配列などを引き起こすとし、その結果はこれまで考えられていたより深刻で、細胞の機能を変えてしまう可能性があると指摘した。
このことは、HIVに耐性を持たせるためCRISPR-Cas9でCCR5遺伝子を改変したとしても、オフターゲット効果が生じ、胎児が深刻な遺伝病を患ったり、映画『ハルク』のような「超人」を作り出したりしてしまう可能性があることを意味している。それゆえ、ゲノム編集技術に100%の精度がないのであれば、臨床で「人間製造」をするべきではない。
では、CRISPR-Cas9で改変されたCCR5遺伝子を持ってこの世に生を受けた露露と娜娜には、将来何らかの危険が生じる可能性があるのだろうか。この点は誰にも予測できないし、万一危険が生じたとして、それが次世代に遺伝するかどうかはもっと分からない。
ただ、1つ言えることは、遺伝子の改変により、オフターゲット効果や遺伝子再配列、遺伝子欠失といった問題が生じた場合、最善の結果はそれが次世代に受け継がれないことであり、最悪の結果は、生まれた次世代がフランケンシュタインより奇怪で恐ろしい、ギリシャ神話に出てくるキメラ(Chimera)のような怪物になってしまうこと、つまり、ゲノム編集により異なる遺伝子が混在し、「ヒトでもウマでもなく、ウシでもブタでもない」嵌合体が誕生してしまうことだ。
もちろん、デザイナーベビーは遺伝子改変により、後世に期せずしてより強靭な体と高い知能を持つ可能性だってある。しかも、将来受精卵にゲノム編集を施すのは、病気の治療ではなく、超人を作り出して一般人を支配することが目的になるかもしれない。ホーキング博士が生前懸念していたのはまさにこの問題だった。
張林琦は言う。現在、科学界は、倫理道徳やヒトという種の生存と発展に関する問題で議論が止まっているが、実際問題として、ヒト遺伝子、特にヒト胚・受精卵遺伝子に施した編集は、その個体及び子孫の体に永遠に残り、元に戻すことはできない。これは、個体保護というよりは、遺伝子地図を著しく踏みにじる行為だ。ヒトの遺伝子地図は、数十万年から百万年以上もかけて進化・最適化された結果であり、ほぼ完璧な状態になっている。いかなるゲノム編集も、命に対する理解と畏敬の念を持っておこなわれなければならず、さもなくば、こうしたあまりに軽率で論理性に欠けるゲノム編集は、将来ヒトへの計り知れない損失を生むことだろう。
私たちは、政府に対してロビー活動を行なって、私たちが売るものを支援して
もらったり、何らかの政府補助を与えてもらうことはない。
それは悪い利益を生むだけである。
私たちは、顧客、社会、パートナー、会社に貢献するすべての社員に対して価値
を創造することで利益を生み出すのである。これが良い利益である。
(チャールズ・コーク/コーク・インダストリーズCEO)
30歳未満17%が仕事失う 報われぬ世代、渇望を力に
パクスなき世界 大断層(3)
(2020年12月22日 11:00 日本経済新聞WEB)
あなたは、自分の親よりも豊かになれる自信がありますか――。
「高齢者のような貯蓄など私たちにはない」。英国のイングランド北西部に住むジュリア・フリーマン(29)さんはくじけそうだ。大卒でも定職はなく、幼い2人の子を抱える。新型コロナウイルスの流行に伴うロックダウン(都市封鎖)の影響で、夏に法律事務所を解雇された。やっと得た販売員の仕事も11月の初出勤の日に再び都市封鎖が決まり、失った。
そこから約7千キロ離れたケニアのナイロビでもチャールズ・ソンコ(30)さんが「人生が振り出しに戻った」と嘆いている。ガイドとして月200ドル(約2万円)以上を稼いでいたが、3月に旅行会社を解雇された。結婚の予定も延期した。
国際通貨基金(IMF)の報告書によると、世界で働く18~29歳の17.4%がコロナ禍で失業・休業し、42%の収入が減った。30~34歳も失業・休業は10%を超えた。米国で親と同居する若者は5割超と1930年代の大恐慌以来の高水準だ。
コロナ禍は世界共通の時代体験として「コロナ世代」を生む断層を刻んだ。「#ブーマー・リムーバー」。高齢者ほど重症化や致死のリスクが高いコロナについて「戦後生まれのベビーブーマー世代を取り除くウイルス」と評する心ない造語がネット上で流行した。
閉塞感をより深めているのは、20世紀後半の高度成長時代が遠ざかり、若者の憤りが時間とともに薄れると期待しにくくなっていることだ。すでに手にした富は高齢世代に偏る。米国で46~64年生まれの保有資産は約60兆ドル。65~80年生まれの2倍、81~96年生まれの10倍に上る。
さらに、子が親より豊かになる階段も壊れた。経済協力開発機構(OECD)によると、米欧14カ国の43~64年生まれは20代で7割が中間層に属した。80年代から2000年代初めに生まれた世代だと6割に細る。ドイツ銀行のジム・リード氏は「若者が怒りの矛先を誤って資本主義に向け、経済をさらに傷つけかねない」と警戒する。
米政治専門紙ヒルの8月の調査では社会主義に「親しみがある」と答えた米国民は50歳以上で3割前後。これに対し18~34歳は52%、35~49歳は59%に上る。この20年、世界金融危機やコロナ禍など相次ぐ激動にさらされ、このままでは報われないとの怒りを引きずる世代が拡張した。
次期米大統領に就くジョー・バイデン氏の得票をみても、18~49歳の支持が現職のトランプ大統領を上回った。「現状変革を望む世代」の広がりが新たなリーダーを選んだ。だが成長というパイの拡大がないまま再配分だけ求めても、経済社会が停滞した旧ソ連のような「社会主義の失敗」を繰り返しかねない。
米哲学者エリック・ホッファーは成長を続ける創造的な人間を「永遠の青年」と呼んだ。旧弊を壊し、理想をめざすためには、新たな創造につながる教育という土台が要る。知識や技術、そして考える力。教育という社会全体の将来を支える投資を厚くしてこそ、「失われた世代」の連鎖を食い止める道を描ける。
閉塞への憤りをただ抑えれば社会不安を招く。1人ではできない変革への推進力へとどう変えていくか。危機は次の飛躍への起点にもなる。
人生を左右する分かれ道を選ぶ時、
いちばん頼りになるのは、
いつかは死ぬ身だと知っていることだと
私は思います。
(スティーブ・ジョブズ)
メメント・モリ(ラテン語)
・・・死を忘るなかれ」「いつか必ず死ぬことを忘れるな」
・・・古代ローマの時代、凱旋した将軍が通りを凱旋パレードする際、
この言葉をささやき続ける従者がその後ろに付き従っていた。「将軍は今日絶頂にあるけれど、明日もそうであるかわからない」ということを思い起こさせる役目を担って・・・。
アップルは2024年までに自動車生産を目標とし、
「次のレベル」のバッテリー技術に注目
2020年12月22日27分前に更新 REUTERS
(Stephen Nellis、Norihiko Shirouzu、Paul Lienert)
Apple Incは自動運転技術を推進しており、2024年を目標に、独自の画期的なバッテリー技術を搭載できる乗用車を製造すると、この問題に詳しい二人はロイターに語りました。
Project Titanとして知られるこのiPhoneメーカーの自動車への取り組みは、2014年に独自の車両をゼロから設計し始めて以来、不均一ながら進んでいます。ある時点で、Appleはソフトウェアに焦点を合わせようと努力しましたが、それを撤回し、当初の目標を再評価しました。テスラ社で働いていたアップルのベテランであるダグフィールドは、2018年にプロジェクトを監督するために戻り、2019年にチームから190人を解雇しました。
それ以来、Appleは十分に進歩し、現在は消費者向けの車両の製造を目指していると、この取り組みに詳しい二人は、(Appleの計画は公表されていないため)名前を挙げないことを条件に語りました。マスマーケット向けの個人用車両を構築するというこのAppleの目標は、無人のライドヘイリングサービスのために乗客を運ぶためのロボタクシーを構築しようとするAlphabet IncのWaymoなどのライバルとは対照的です。
Appleのバッテリー設計を見た第三者によると、Appleの戦略の中心は、バッテリーのコストを「根本的に」削減し、車両の航続距離を伸ばすことができる新しいバッテリー設計ということです。
Appleは、その計画や将来の製品についてコメントすることを拒否しました。
車を作ることは簡単ではありません。Appleは世界中の部品を使って毎年何億もの電子製品を製造していますが、車を作ったことがない”深いポケット”を持っており、サプライチェーンの構築という課題を抱えています。イーロン・マスクのテスラが、最終的に持続的な利益を生み出す自動車に変わるまでには、17年がかかっています。
「それを行うためのリソースを持っている会社が地球上に1つあるとしたら、それはおそらくAppleでしょう。しかし同時に、それは携帯電話ではありません」とProject Titanに携わった人物は言いました。
Appleブランドの自動車を誰が組み立てるのかは不明ですが、情報筋によると、同社は製造パートナーに自動車の製造を任せることを期待しているということです。ですから、Appleがその努力の範囲を、Appleブランドの車を販売するiPhoneメーカーではなく、従来の自動車メーカーによって製造された車と統合される自動運転システムに縮小することを決定する可能性はまだ残されています。
Appleの計画を知っている二人は、パンデミック関連による遅延が2025年以降に生産の開始を遅らせる可能性があると警告しました。
Appleは、自動運転車が道路の3次元ビューを取得するのに役立つ、LIDARセンサーなど、システムの要素について外部のパートナーを利用することを決定したと、同社の計画に詳しい二人が語りました。
また別の人物によると、Appleの車には、さまざまな距離をスキャンするための複数のLIDARセンサーが搭載されている可能性があるということです。一部のセンサーは、Appleの内部で開発されたLIDARユニットから派生する可能性があると同氏は語りました。
今年リリースされたAppleのiPhone12 ProモデルとiPad Proモデルは、どちらもLIDARセンサーを備えています。
ロイターは以前、Appleが潜在的なLIDARサプライヤーと協議を行ったと報告しましたが、独自のセンサーの構築も検討していたのです。
車のバッテリーに関しては、Appleは、バッテリー内の個々のセルをかさばりの元となっているバッテリー材料を保持するポーチやモジュールを排除することで、バッテリーパック内のスペースを解放する独自の「モノセル」設計を使用する予定です。
Appleの設計は、より多くの活物質をバッテリー内に詰めることができることを意味し、車の航続距離を潜在的に長くします。
Appleはまた、LFP(リン酸鉄リチウム)と呼ばれるバッテリーの化学的性質を調べています。これは本質的に過熱する可能性が低く、他のタイプのリチウムイオンバッテリーよりも安全とされているものです。
「それは次のレベルだ」とその人物はアップルのバッテリー技術について語りました。 「iPhoneを初めて見たときのように」と。
Appleは以前にMagna International Incと自動車の製造について話し合っていましたが、Appleの計画が不明確になったため、話し合いは次第に萎んだと、以前の取り組みに詳しい人物は語りました。
Magnaはコメントの要求に応答しませんでした。
利益を上げるために、自動車委託製造業者はしばしば、自動車市場への新規参入者となるAppleにとってさえ挑戦をもたらす可能性のある量を要求します。
「実行可能な組立工場を持つためには、年間10万台の車両が必要であり、今後さらに多くの車両生産量が必要になります」と同氏は述べています。
(サンフランシスコのスティーブン・ネリス、北京のノリヒコ・ネズによる報告/デトロイトのポール・リエナートとベン・クレイマン、ジョナサン・ウェーバーとエドワード・トービンによる編集)
⭐︎Google翻訳をベースに加筆修正。
英 新型コロナの新たな変異種“感染力7割増”
ロンドン事実上のロックダウンへ
(2020/12/20 18時17分 TBSNEWS)
イギリス政府は、国内で確認された新型コロナウイルスの新たな変異種について、感染力が最大70%ほど強い可能性がある、と明らかにしました。
ジョンソン首相は19日、臨時会見で新型コロナの変異種について初期の分析結果として、次のように述べました。
「不確定なことは多いのですが、新たな変異種は従来のものと比べて感染力が最大で70%強い可能性があります」(ジョンソン首相)
会見に同席したヴァランス首席科学顧問は「ウイルスは常に変異を続けるもの」だとした上で、この新たな変異種については変異した部分が23か所と非常に多く、細胞にとりつき入り込む働きに関係する部分に変異が見られると明らかにしました。
この変異種は9月半ばにロンドンや南東部に出現し、今月中旬にはロンドンの新型コロナ症例の6割以上を占めるまでに急速に拡大しているということです。ただ、重症化率や死亡率が高くなったりワクチンやこれまでの治療の有効性に影響したりする証拠はないとしています。
「論理的にはウイルスの変異が免疫反応の一部に影響することはあり得ますが、今のところこの変異種についてはその傾向は見られません」(ヴァランス首席科学顧問)
変異種の影響で入院患者数が増えていることを受け、これまで警戒レベルが最高の「3」だったロンドン、イングランド東部および南東部は、20日から新設されたさらに上の警戒レベル「4」に入れられ、事実上のロックダウン状態に置かれました。生活必需品以外を売る店舗が閉まるため、ロンドンでは19日、滑り込みでクリスマス・プレゼントを求める買い物客の姿が見られました。
「今もたくさんの人がこの通りを歩いているし、感染率が上がっているならロックダウンするしかないですよ。残念ですけどね」(ロンドン市民)
「動揺していますけど、しょうがないです」(ロンドン市民)
さらに・・・。
「新たな変異種が持ち得るリスクを考えると、心苦しいことですが、クリスマスを計画どおりに過ごすことは不可能です」(ジョンソン首相)
これまでイギリス政府はクリスマス前後の5日間に限って特定の3世帯まで会えるように行動制限を緩和することを明らかにしていましたが、警戒レベル「4」の地域ではこれをとりやめ、それ以外の地域でも制限緩和は25日の一日に限られることになりました。親族などで集まろうとしていた人たちは、計画の変更を余儀なくされます。
なお、同じ会見でジョンソン首相は「これまでにイギリスで35万人がファイザー社などが開発した新型コロナワクチンの1回目を接種した」と明らかにしました。
でも、恨んではいないよ。
人間なんだから、そう言うこともある。
(ジョン・レノン)
・・・17歳の時、非番の警察官が運転する飲酒運転の車に轢かれて、母親を失ったことを聞かれて・・・
なるほど、僕にはわかる。
(ジョン・レノン)
・・・オノ・ヨーコがロンドンで開いた前衛アート個展に、遊び半分でやってきたジョン・レノンは、その作品の一つ、天井に掲げられた画布に虫眼鏡でしか見られない小さな「yes」の文字を見つけて、言った。
「富める者」襲う恐怖 「バイデノミクス」土俵際の出発
パクスなき世界 大断層(1)
(2020年12月20日 5:00 日本経済新聞WEB)
歴史に残る1年が終わる。新型コロナウイルスの危機は低成長や富の偏在といった矛盾を広げ、世界に埋めがたい深い断層を刻んだ。過去の発想で未来は描けない。非連続の時代に入り、古代ローマで「パスク」と呼ばれた平和と秩序の女神は消えた。しばらく我慢すれば元通りになると、あなたは考えますか――。
「市民が互いに軽蔑すれば、米国は1つの国として生き残れない」。世界が米大統領選に注目した11月、米複合企業コーク・インダストリーズの総帥、チャールズ・コーク氏(85)は著書で、米社会の分断について「我々が台無しにしたのか」と後悔の念をつづった。
保有資産450億ドル(約4兆6千億円)という米有数の富豪は自由経済を徹底して求める「リバタリアン」の代表格だ。保守派を資金面で支え、いわば党派対立をけん引してきた。その成果の1つが4年前のトランプ政権の誕生と共和党による上下両院の独占だった。
勝利したはずなのに、この4年で逆に自由経済は遠のき、保護貿易や政府債務が拡大した。不公正や格差をめぐる暴力も米社会を覆う。今後、特定政党の支持から手を引くというコーク氏。自身の力がもたらした惨状におののく心情が透ける。
米ウォルト・ディズニー共同創業者の孫、アビゲイル・ディズニー氏ら資産家約100人は「私たちに増税を。すぐに大幅に恒久的に」と公言する。コーク氏と表現は異なりながら、「富める者」に通じるのは「このままだといずれ自分たちはしっぺ返しに遭う」という恐怖にも似た不安だ。
不安の震源は「1つの地球に2つの世界がある」という現実にある。スイスのUBSなどによると、保有資産10億ドル以上の2千人余りの超富裕層はこの1年足らずで資産を200兆円増やした。同じ地球に食べ物にも事欠く人がコロナ前から6億9千万人いる。
飢える人々はコロナでさらに1億3千万人増える恐れがある。ノーベル平和賞を受賞した世界食糧計画(WFP)のデイビッド・ビーズリー事務局長は10月、富裕層に寄付を呼びかけた。「1回限りのお願いだ。世界は分岐点にいる」。
米憲法の父、ジェームズ・マディソンは、過剰な富の集中は戦争と同じくらい民主主義に有害だと説いた。経済の二極化は反エリート主義や大衆迎合主義と結びつき、宗教や人種、世代に断層を広げ、政治を不安定にする。アレクシス・ド・トクヴィルが革命当時のフランスを描いたように、大衆は特権階級に「畏怖ではなく憎悪」を抱く。
モノの大量生産で繁栄した20世紀は労働者が中間層に育ち、平等化が進んだ。21世紀にかけてデジタル技術が広がるとモノではなく、データや知識を牛耳る巨大テック企業が「勝者総取り」を競う時代になった。そこをコロナ危機が襲った。
各国の財政拡大と金融緩和が常態化し、あふれた資金が株価を押し上げる。持つ者と持たざる者の差はさらに開く。コロナ禍で欧州の低所得層の比率は4.9~14.5ポイント上がるとの予測もある。経済協力開発機構(OECD)によると、最低所得層の子が中位の所得を得られるまで平均4~5世代の時間がかかる。
「雇用や賃金、資産をめぐる人種間格差を積極的に監視や目標の対象とすべきだ」。次期米大統領に就くジョー・バイデン氏は富裕層への増税など富の再配分の再建を掲げる。大統領選では米連邦準備理事会(FRB)に対し、金融政策を通じて格差是正にどう取り組んだか報告を義務付けることを公約に盛った。
むろん、ばらまくだけでは一過性に終わる。成長と雇用を生み、再配分から再生産へとどうつなげるか。次期米財務長官に指名されたジャネット・イエレン氏は「何もしなければさらなる荒廃を招く」と語る。米国は総力を挙げ、土俵際から踏み出そうとしている。
その成否は米国の将来を決めるだけではない。資本主義と民主主義という、私たちが苦闘の末に手に入れた価値の未来を描き直す第一歩となる。
Hironori Funabikiさん(船引宏則/ロックフェラー大学)がTwitterで伝えた
”ファイザーのmRNAワクチン開発秘話”(2020/12/14)
米ファイザーと独BioNTechの新型コロナウイルスに対する革命的なmRNAワクチンの接種が明日から始まるが、このワクチン開発にいたるまでの経緯が実に感慨深いので紹介してみる。まさに、大逆転ストーリー。
まずは、なぜこのmRNAワクチンが革命的であるかについて。
一つは凄い効果。
2万2千人のワクチン接種者と、同数の偽薬(プラシーボ)接種者で二回目の接種からの感染者数を比較すると、偽薬接種者では162名が感染したのに対し、ワクチン接種者では8名。実に95%の予防効果!
二つ目の理由がスピード。新型コロナウイルスの遺伝子情報が公開されたのが今年1月10日。4月29日に治験が開始して、僅か7ヶ月後の12月11日に認可された。3月の時点では早くて1年と言われていたので驚異的なスピード。
効果と安全性がこれ程早く検証できたのは、感染による致死率が高かったことにより、数万人規模の被験者の獲得が容易だったことと、感染抑制に失敗した国では(偽薬投与)被験者での感染が短期間で十分に認められたこと。感染が蔓延していないと、短時間ではなかなか効果を確認できない。
そして、革新的な技術が高い効果と開発スピードを可能にした。
しかし、この新技術の有用性が認められるまでの道程には、一時は挫折の崖っぷちまで追い込まれた女性研究者の存在があった。当時、ペンシルバニア大学の教授であったKatalin Karikóさんだ。
旧来のワクチンは、弱毒化した生ワクチンや、不活性化ワクチンが主流だった。弱毒化や不活性化には、ウイルス固有のノウハウの蓄積・検証が必要。ウイルスの扱い・操作もリスクがある。
ウイルス感染防御に効果的な中和抗体は、主にウイルス表面のタンパク質(コロナの場合、スパイクタンパク質)を標的としている。抗体がスパイクタンパク質に結合してブロックすると、ウイルスは細胞に感染できなくなる。
抗体ができるためには、抗原提示細胞が「異物」を取り込み、その一部を細胞表面に提示して、免疫細胞を活性化する必要がある。コロナウイルス全体でなく、スパイクタンパク質だけ異物として細胞に取り込ませることができれば、感染せずともスパイクタンパク質への抗体をつくることが可能となる。
しかし、新しいウイルスタンパク質だけを大量生産して効果的なワクチンを作るのは技術的に難しかった。タンパク質の性質は配列によって大きく変化するので、実験してみなければ分からない部分が大きい。
Karikóさんが注目したのは、タンパク質を作る情報の鋳型であるmRNAだ。
あるタンパク質の配列情報をコードするmRNAを細胞に取り込ませることができれば、細胞内のタンパク質合成装置であるリボソームがmRNAの情報を読み取り、目的のタンパク質を作らせることが可能だ。そのタンパク質は「異物」として免疫細胞に認識され、それに対する抗体が作られる。
ところが、このアイディアは長い間研究者たちには不可能と考えられ、Karikóさんは研究費申請でことごとく失敗した。研究費を獲得できなったKarikóさんは、常勤から非常勤教授へと格下げとなった。
外部から導入された「異物としてのmRNA」は不安定ですぐ壊れてしまい、目的のタンパク質を生産できない。さらに、細胞は、ウイルスなどの外部から進入してきたRNAを認識し、感染防御する自然免疫のシステムが働いて炎症反応を起こしてしまう。
実際、人工的に作ったmRNAを細胞に導入すると自然免疫システムが発動してしまう。しかし、一方、細胞内に元々ある自分自身のRNAは自然免疫を発動しない。何故か? ここでKarikóは、細胞内のRNAは様々な化学修飾を受けていることに注目した。
人工的に作ったmRNAに化学修飾を施しておくと、mRNAを細胞内に導入しても自然免疫システムを発動しないことが分かった。この発見は2005年に発表されたが、当初それほど注目されていなかった。
KarikóとWeissmanは特許を取り、会社を立ち上げたが大学は2010年にライセンスを売ってしまった。
しかし、この発見を見逃さなかった研究者たちいた。現在mRNAワクチン開発をリードするBioNTechの創設者Ugur SahinとÖzlem Türeci、Modernaの設立に係わったDerrick Rossiだ。
報道では、有名製薬会社ファイザーの名前に隠れがちになるが、mRNAワクチンの技術的基礎を作ったのはドイツのBioNTechだ。創設者のUgur SahinとÖzlem Türeciの夫妻は、二人とも幼少時にトルコからドイツに移民してきた。彼らは、元々mRNAワクチンによる、癌の免疫治療に注目して研究をしていた。
二人は企業家でもあるが研究者であり、インパクトのある研究論文を連発していた。しかし、mRNAワクチンの実用化はなかなか軌道に乗っていなかった。新技術に対する副作用などの警戒に加え、mRNAの不安定性ゆえの超低温での保存などがネックになっていたことは想像に難くない。
2013年、BioNTechは、それまで大学からの支援を得られず、mRNAワクチン開発競争の蚊帳の外におかれたKarikóさんを、senior vice presidentとして迎え入れる。ペンシルバニア大学の同僚に、BioNTechのウェブサイトがまだ無いことを知って笑われたという。
そこへ到来してのが新型コロナのパンデミック。BioNTechは蓄積していた技術と、すでにインフルエンザワクチン開発で提携したファイザーと組むことにより、この新技術の安全性チェックのための大規模治験を短期間でクリアしてしまった。
今後、実際のワクチン製造、運搬、保管などの技術的問題、数百万、数千万単位でのワクチン接種でどのような副作用が出るか注視する必要があるが、新型コロナウイルスによる致死率とワクチンの高い防御効果を天秤にかけると、高リスク層からの積極的接種には大いに期待できる。
このmRNAワクチンが画期的なのは、他の病原体や癌治療、遺伝子治療など広い応用が可能な点だ。今回のmRNAワクチンで十分な安全性が確認されたならば、コロナ禍があったからこそ、人類は新しい医療技術を手に入れたということが言えることになるかもしれない。
周囲から先駆的研究の価値を認められずとも、先駆的な論文を出し、人類の医療に多大な貢献をし、しかもオリンピック金メダリストの娘さんを育てられたKarikóさんもハンガリーからの移民だ。