ビタミンP

苦心惨憺して書いている作品を少しでも褒めてもらうと、急に元気づく。それをトーマス・マンはビタミンPと呼んだ。

「クソッタレの世の中は

2008年11月29日 22時03分36秒 | Weblog


実にひどいもんだ。この国もクソくらえさ。だけどナ、消防士ってのは、ほんもののなにかをやってるんだ。火事を消し、赤ん坊をかかえてとびだす。死にかけたやつには、口うつしの生きかえり方法をほどこす。それが実際に目にみえるんだ。いいかげんじゃ済まない。ほんもの相手だからな。おれには、そういうのが夢なんだ。
 一度銀行で働いたこともあるけど、いいかね、ありゃ、ただの紙きれで、ほんものじゃない。九時から五時までなんてタマラないよ。数字ばかりにらんでさ。こっちはにらみかえして、こう言えるんだ。『おれは火事を消したんだ。人を救うのに手をかしたんだ』ってね。おれのやったことが、この地上にはっきりとのこるんだぞ、って」

 スタッズ・ターケルが全米の115の職業にたずさわる133人を直接インタビューして書き留めた『仕事』(晶文社)の中に出てくるブルックリンの消防士のことばだ。仕事にも人生にもプライドをなくしてしまったような現代の世相だが、ニュースが伝えるのは実はほんの一部であり、多くの人がこのように、その仕事の中に個人的な価値を自覚して懸命に生きているのだということを思い知らされた一冊であった。
 仕事というのは、夢なのだと思い、働いてきたつもりだけれど、立ち止まってみると、ほんとうに夢だったのだろうかと考えてしまう。夢だと思った瞬間もあったが、そうでない時間もたくさんあった。我慢して時間をただ浪費してしまったような気もする。それでも、自分の仕事にはどんなときもプライドは持っていたつもりだ。それだけは自慢してもいい。仕事として、厚生年金の標準月額や加入期間の改ざんに手を染めていた社会保険庁の職員というのは、一体全体何を誇りに、何を夢に仕事をしていたのか!? と、聞けるものなら聞いてみたいものである。
 
 著者ターケルは3年間を費やしてこの本を仕上げた。
「ふつうの人のふつう以上の夢にショックを受けた」と書いている。「時代がどんなにひどく、公けのことがどんなにバラバラでも、われわれが「ふつう」と呼んでいる人たちは、その仕事のなかに、それぞれ個人的な価値を自覚している」と。総ページ数705ページの大著に向かいながら、やっぱり仕事は夢なのだと思った。


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シカゴのみなさん、こんばんは。

2008年11月09日 00時29分33秒 | Weblog
 アメリカは、あらゆることが可能な国です。
 それを未だに疑う人がいるなら、今夜がその人たちへの答えです。
 建国の父たちの夢がこの時代にまだ生き続けているかを疑い、この国の民主主義の力を未だに疑う人がいるなら、今晩こそがその人たちへの答えです。
 この国が見たこともないほどの大行列が今日、あちこちの学校や教会の周りに伸びていました。並んだ人たちは3時間も4時間も待っていました。
 人によっては生まれて初めての経験でした。今度こそは違うと信じたから、今度こそ自分たちの声が違う結果を作り出せると信じたから、だからみんな並んだのです。そしてそうやって並んだ人たちが今夜、疑り深い人たちに答えを示したのです。
 老いも若きも、金持ちも貧乏人も、そろって答えました。民主党員も共和党員も、黒人も白人も、ヒスパニックもアジア人もアメリカ先住民も、ゲイもストレートも、障害者も障害のない人たちも。アメリカ人はみんなして、答えを出しました。
 アメリカは今夜、世界中にメッセージを発したのです。私たちはただ単に個人がバラバラに集まっている国だったこともなければ、単なる赤い州と青い州の集まりだったこともないと。私たちは今までずっと、そしてこれから先もずっと、すべての州が一致団結したアメリカ合衆国(United States of America)だったのです。
 私たちは今まであまりにも長いこと、あれはできないこれはできないと言われてきました。可能性を疑うよう、シニカルに恐れを抱いて疑うように言われ続けてきました。けれども私たちは今夜、アメリカに答えをもらったおかげで、手を伸ばすことができたのです。歴史を自分たちの手に握るため。より良い日々への希望に向けて、自分たちの手で歴史を変えるために。
 ここまで来るのに、ずいぶん長くかかりました。しかし今日というこの日、この夜、この決定的な瞬間に私たちが成し遂げたことのおかげで、アメリカに変化がやってきたのです。

 先ほど少し前に、マケイン上院議員から実に丁重な電話をいただきました。マケイン議員はこの選挙戦を長く、激しく戦ってきました。しかし議員はそのずっと前から、愛するこの国のために、もっと長くもっと激しく戦った人です。マケイン氏がこの国のために払ったすさまじい犠牲のほどを、私たちのほとんどは想像すらできないでしょう。勇敢で、わが身を忘れて国に献身するジョン・マケインというリーダーがこれまで国のために尽くし、働いてくれたおかげで、私たちの世界はより良いところになりました。
 私はマケイン議員を称えます。そしてペイリン知事を称えます。マケイン議員たちが成し遂げてきたことを称えます。そしてこれから、この国の約束を再生させるため、マケイン氏たちと共に働くのを楽しみにしています。
 これまでのこの旅路を共にしてくれたパートナーに感謝します。彼は心を尽くして戦い、(ペンシルベニア州)スクラントンの街で一緒に育った人たちのために語ってきました。デラウェアの自宅に電車で帰る際、一緒に乗り合わせる人たちのために戦ってきました。アメリカの次期副大統領ジョー・バイデンに、私は感謝をささげます。
 そしてこの国の次のファーストレディ、ミシェル・オバマ。彼女が絶え間なく私を支えてくれなければ、16年前からずっと最高の親友でいてくれた彼女が、礎となって家族を支えてくれた彼女が、私にとって最愛の彼女がいなければ、私は今夜ここに立っていません。
 サーシャとマリーヤ。君たちにはちょっと想像もつかないほど、お父さんは君たちを愛しているよ。君たちふたりもがんばったから、約束したとおり、ホワイトハウスには、新しく飼う子犬を一緒に連れて行けるよ。
 祖母はもうこの世にはいませんが、いま見守ってくれているはずです。私という人間を作り上げてくれたほかの家族と一緒に、祖母は見守ってくれています。今夜ここに家族のみんながいたらいいのに。それが少し寂しいです。
 両親や祖父母が私に与えてくれたものは、あまりに計り知れないものでした。妹のマヤ、姉のアルマ、そして兄弟や姉妹全員に。これまで支えてくれて本当にありがとう。みんなに感謝します。
 選対責任者のデビッド・プラフに。この選挙戦の縁の下の英雄。アメリカの歴史でおそらく最高の選挙運動を設計したデビッド・プラフに、感謝します。
 そして戦略責任者のデビッド・アクセルロッドに。最初からいついかなるときもずっと一緒に歩いてくれた彼に、感謝します。
 このために集められた、(アメリカ)政治史上最高のチームに。この結果はみなさんのおかげです。この結果を生み出すために、みなさんはたくさんのことを犠牲にしてくれました。私はみなさんにいつまでも感謝し続けます。
 けれどもほかの何を差し置いても、今夜のこの勝利が真に誰のものなのか、私は決して忘れません。この勝利は、みなさんのものです。みなさんのものなのです。
 大統領の職を目指した人たちの中で、私は常に決して有力候補ではありませんでした。最初からたくさんの資金があったわけでもなければ、大勢の後援を受けていたわけでもありません。私たちの選挙戦はワシントンの広間で始まったわけではありません。この選挙戦は(アイオワ州)デモインの裏庭で始まったのです。(ニューハンプシャー州)コンコードの居間で始まったのです。(サウスカロライナ州)チャールストンの玄関ポーチで始まったのです。この選挙戦は働く人たちがなけなしの貯金をはたいて、5ドルや10ドル、20ドルを提供して、そうやって築き上げていったものです。
 若者は無気力だという神話を拒絶した若者たちが、給料の少ない、そして睡眠時間のもっと少ない仕事に自分を捧げるため、家と家族から離れて参加してくれました。だからこの選挙戦はますます力をつけたのです。
 あるいはそれほど若くない人たちから。凍てつく寒さと焼け付く暑さにもひるまず、家から家へと赤の他人のドアをノックしてくれた人たちから力を得ました。ボランティアとなって組織を作って活動した、何百万人というアメリカ人から力を得ました。建国から200年以上たった今でも、人民の人民による人民のための政府はこの地上から消え去ってはいないのだと証明してくれた、そういう人たちから力を得たのです。

 これはみなさんの勝利です。
 それに、みなさんがこの選挙に参加したのは、ただ勝つためではないとわかっています。ただ私のために参加したわけでもないことも、わかっています。今晩みんなでこうやって祝いながらも、私たちは承知しているからです。明日から私たちは、この時代最大の課題に、次々と取り組まなくてはならないのです。ふたつの戦争。危機にさらされる惑星。100年来で最悪の金融危機。
 今夜ここにこうして立つ今も、私たちは知っています。イラクの砂漠でいま目覚めようとする勇敢なアメリカ人たちがいることを。アフガニスタンの山岳で目覚めるアメリカ人たちがいることを。彼らが、私たちのために命を、危険をさらしていることを。
 子供たちが眠ったあと、自分たちはまんじりともせず、どうやって住宅ローンを払ったらいいのか、病院の請求書をどう払ったらいいのか、子供の大学進学費をどうやって貯めたらいいのか、眠れずに途方にくれている母親や父親があちこちにたくさんいることを。
 私たちは、新しいエネルギーを活用しなくてはなりません。新しい仕事を創り出さなくてはなりません。新しい学校を造り、脅威に立ち向かい、同盟関係を修復しなくてはなりません。
 私たちの前には、長い道のりが待ち受けています。目の前の斜面は急なのです。目指すところに、1年ではたどりつかないかもしれません。大統領として1期を丸ごと使っても無理かもしれません。しかしアメリカよ、私たちは絶対にたどり着きます。今夜ほどその期待を強くしたことはありません。
 みなさんに約束します。私たちは、ひとつの国民として、必ずたどり着きます。
 これから先、挫折もあればフライングもあるでしょう。私がこれから大統領として下すすべての決定やすべての政策に賛成できない人は、たくさんいるでしょう。そして政府がすべての問題を解決できるわけではないと、私たちは承知しています。
 けれども私たちがどういう挑戦に直面しているのか、私はいつも必ずみなさんに正直に話します。私は必ず、皆さんの声に耳を傾けます。意見が食い違うときは、特にじっくりと。そして何よりも私は皆さんに、この国の再建に参加するようお願いします。国を建て直すとき、アメリカでは過去221年間、いつも必ず同じようにやってきました。ささくれたタコだらけの手で、ブロックを一枚一枚積み上げ、レンガを一枚一枚積み上げてきたのです。

 21か月前、真冬の最中に始まったものを、この秋の夜に終らせるわけにはいかないのです。私たちが求めていた変化は、ただこの勝利だけではありません。この勝利はただ、求めていた変化を実現させるための、そのチャンスを得たに過ぎないのです。そして以前と同じようなやり方に戻ってしまったら、変化の実現などあり得ません。
 みなさんなしでは、変化は実現しないのです。社会に奉仕するという新しい意欲がなくては、自分を捧げるという新しいスピリットがなくては、変化は実現しないのです。だからこそ私たちは今、新しい愛国心を呼び覚ましましょう。新しい責任感を呼び覚ましましょう。私たちひとりひとりがもっと参加して、もっと一生懸命努力して、自分だけの面倒を見るのではなく、お互いの面倒を見るように。
 今回の金融危機から得たほかでもない教訓というのは、普通の町村が苦しんでいるのにウォール街だけ栄えるなど、そんなことがあってはならないということです。それを忘れずにいましょう。
 この国の私たちは、ひとつの国として、ひとつの国民として、共に栄え、共に苦しむのです。この国の政治をあまりにも長いこと毒で満たしてきた、相変わらずの党派対立やくだらない諍いや未熟さに再び落ちてしまわないよう、その誘惑と戦いましょう。
 共和党の旗を掲げて初めてホワイトハウス入りしたのは、この州(イリノイ州)の人でした。そのことを思い出しましょう。共和党とは、自助自立に個人の自由、そして国の統一という価値観を掲げて作られた政党です。そうした価値は、私たち全員が共有するものです。そして民主党は確かに今夜、大きな勝利を獲得しましたが、私たちはいささか謙虚に、そして決意を持って、この国の前進を阻んでいた分断を癒すつもりです。
 かつて、今よりもはるかに分断されていた国民にリンカーンが語ったように、私たちは敵ではなく友人なのです。感情はもつれたかもしれませんが、だからといってお互いを大事に思う親密な絆を断ち切ってはなりません。
 そして私がまだ支持を得られていない皆さんにも申し上げたいのです。今夜は皆さんの票を得られなかったかもしれませんが、私には、皆さんの声も聞こえています。私は、皆さんの助けが必要なのです。私はみなさんの大統領にも、なるつもりです。
 この国から遠く離れたところで今夜を見つめているみなさん。外国の議会や宮殿で見ているみなさん、忘れ去られた世界の片隅でひとつのラジオの周りに身を寄せ合っているみなさん、私たちの物語はそれぞれ異なります。けれども私たちはみな、ひとつの運命を共有しているのです。アメリカのリーダーシップはもうすぐ、新たな夜明けを迎えます。
 この世界を破壊しようとする者たちにはこう告げます。われわれはお前たちを打ち破ると。
 平和と安全を求める人たちにはこう伝えたいのです。私たちはみなさんを支援します。そしてアメリカと言う希望の灯はかつてのように輝いているのかと、それを疑っていたすべての人たちに告げます。私たちは今夜この夜、再び証明しました。この国の力とは、もてる武器の威力からくるのでもなく、もてる富の巨大さからくるのでもない。この国の力とは、民主主義、自由、機会、そして不屈の希望という私たちの理想がおのずと内包する、その揺るぎない力を源にしているのだと。
 それこそが、アメリカと言う国のすばらしさです。アメリカは変われるという、まさにそれこそが。私たちのこの連邦は、まだまださらに完璧に近づくことができるのです。私たちがこれまで達成してきたことを見れば、これから先さらに何ができるか、何をしなくてはならないかについて、希望を抱くことができるのです。

 今回の選挙には色々な「史上初」があり、これから何世代にもわたって語り継がれるいろいろな物語がありました。けれども私が今夜なによりも思い出すのは、アトランタで投票したひとりの女性の物語です。彼女はほかの何百万という人たちと同様に、この選挙に自分の声を反映させようと行列に並びました。ただ、一つだけほかの人と違うことがありました。アン・ニクソン・クーパーさんは106歳なのです。
 奴隷制が終ってから一世代後に、彼女は生まれました。道路を走る自動車もなければ、空を飛ぶ飛行機もなかった時代です。その時代、彼女のような人はふたつの理由から投票できませんでした。女性だから。そして皮膚の色ゆえに。
 さらに私は今晩、アメリカで生きた100年以上の間にクーパーさんが目にした、ありとあらゆる出来事を思っています。心を破られるほどの悲しみ、そして希望。困難と、そして進歩。そんなことはできないと言われ続けたこと。にもかかわらず、ひたむきに前進し続けた人たちのこと。あのいかにもアメリカ的な信条を掲げて。Yes we can。私たちにはできる、と。
 女性は沈黙させられ、女性の希望は否定されていた時代にあって、クーパーさんは生き続け、女性が立ち上がり、声を上げ、そしてついに投票権に手を伸ばすのを目撃したのです。Yes we can。私たちにはできるのです。
 アメリカの大草原に絶望が吹き荒れ、大恐慌が国を覆ったとき、クーパーさんは「新しい契約(ニューディール)」と新しい仕事と新しく共有する目的意識によって、国全体が恐怖そのものを克服する様を目撃しました。Yes we can。私たちにはできるのです。
 この国の湾に爆弾が落下し、独裁が世界を支配しようとしたとき、時の国民が立ち上がり、偉業を達成し、そして民主主義を救うのをクーパーさんは見ていました。Yes we can。私たちにはできるのです。
 クーパーさんは(人種隔離政策が行われていたアラバマ州)モンゴメリでバスが黒人を差別するのを知り、(同州)バーミングハムで警官が消火ホースの水でもって黒人を抑圧するのを知り、(流血のデモ行進が行われた同州)セルマの橋を知り、そしてアトランタからやってきた牧師と時代を共有しました。アトランタからやってきたその牧師(キング牧師)は人々に「We shall overcome(私たちは克服する)」と語りました。Yes we can。私たちにはできるのです。
 人が月面に着陸し、ベルリンでは壁が崩壊し、われわれの科学と想像力によって世界はつながりました。
 そして今年、この選挙で、彼女は指でスクリーンに触れ、そして投票したのです。なぜならアメリカで106年生きてきて、幸せな時代も暗い暗い時代もこのアメリカでずっと生きてきて、クーパーさんは知っているからです。このアメリカと言う国が、どれほど変われる国なのか。
 Yes we can。

 アメリカよ、私たちはこんなにも遠くまで歩んできました。こんなにもたくさんのことを見てきました。しかしまだまだ、やらなくてはならないことはたくさんあります。だから今夜この夜、改めて自分に問いかけましょう。もしも自分の子供たちが次の世紀を目にするまで生きられたとしたら。もしも私の娘たちが幸運にも、アン・ニクソン・クーパーさんと同じくらい長く生きられたとしたら。娘たちは何を見るのでしょう? 私たちはそれまでにどれだけ進歩できるのでしょうか?
 その問いかけに答えるチャンスを今、私たちは手にしました。今この時こそが、私たちの瞬間です。
 今この時にこそ、私たちは人々がまた仕事につけるようにしなくてはなりません。子供たちのために、チャンスの扉を開かなくてはなりません。繁栄を取り戻し、平和を推進しなくてはなりません。今この時にこそ、アメリカの夢を取り戻し、基本的な真理を再確認しなくてはなりません。大勢の中にあって、私たちはひとつなのだと。息をし続ける限り、私たちは希望をもち続けるのだと。そして疑り深く悲観し否定する声に対しては、そんなことできないという人たちに対しては、ひとつ国民の魂を端的に象徴するあの不朽の信条でもって、必ずやこう答えましょう。
 Yes we can。
 ありがとう。神様の祝福を。そして神様がアメリカ合衆国を祝福しますように。

(Barack Obama Victory Speech; November 4th 2008)


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