ビタミンP

苦心惨憺して書いている作品を少しでも褒めてもらうと、急に元気づく。それをトーマス・マンはビタミンPと呼んだ。

なぜデルタ株は脅威なのか

2021年08月18日 01時51分27秒 | Weblog

あらためてコロナ感染対策の徹底を

(2021/08/12National Geographic)

 

 米国疾病対策センター(CDC)によれば、デルタ株は既知の呼吸器系ウイルスの中でも感染力が非常に強く、ほかの変異株よりも重症化を引き起こしやすいと考えられ、抗体を回避する能力も高い。米国が新型コロナの第4波と向き合う中、ずっと懸念されていたデルタ株(インドで初確認)の危険度について、多くのことがわかり始めている。

 米国では、ソーシャルディスタンスやマスクのガイドラインが緩められたり、一部地域でワクチン接種が進んでいなかったりするせいで、デルタ株が急速に主流となった。CDCのデータでは、今では新規感染者の93%以上を占めている。また、デルタ株は世界135カ国に広がっていると世界保健機関(WHO)は8月3日に発表した。(参考記事:「デルタ株が急拡大、ワクチン接種率の低い地域ほど危険」

 CDCによると、デルタ株の広がりやすさは水痘(水ぼうそう)に匹敵する可能性がある。もしそうであれば、麻疹(はしか)よりわずかに下回る程度だと、最も感染力の強いウイルスのひとつを引き合いに出してまで警告を発している。

「デルタ株の感染力の強さと、上気道での複製能力の高さには驚かされます」と米エモリー大学のウイルス学者メハル・スザー氏は言う。

 デルタ株はそれ以前のものに比べて感染力が非常に強いため、CDCは2021年7月27日に新たなガイドラインを発表し、ワクチン接種後であっても「感染が広がっている地域にいる場合は、屋内の公共の場ではマスクを着用する」ことを推奨するとした。

 

■どれほど広まりやすいのか

 新型コロナのような感染症がどの程度広がりやすいかを判断する際、疫学者は、「基本再生産数(R0)」という指標を用いる。1人の感染者が平均で何人の未感染者に感染させるかを推定した値だ。

 過去のパンデミック(世界的大流行)におけるR0を正確に割り出すのは難しいが、1918年のインフルエンザのパンデミックでは、1人の平均的な感染者が病気を移したのは2~3人、つまりR0は2.0~3.0だったと考えられている。コロナウイルスについては、2002年に起こった最初のSARSのR0は3.0、2012年に初めて確認された2番目の中東呼吸器症候群(MERS)は0.69~1.3だった。

 7月29日に発表したワクチンに関する報告の中で、CDCはデルタ株のR0は5~9.5と推定した。この数値は、中国の武漢で確認されたオリジナルのウイルスの2.3~2.7や、アルファ株(英国で初確認)の4.0~5.0より高い。先に述べたように、水痘の9.0~10.0に匹敵する可能性がある。

 R0が1.0よりも大きくなれば、感染者の数は理論上、未感染者がいなくなるか、あるいは回復して集団免疫を確立するまでずっと増え続ける。R0が1.0よりも小さければ、流行の収束が見込まれる。

 オリジナルの新型コロナウイルスであれば、自然感染またはワクチン接種によって人口の67%前後が免疫を獲得すれば集団免疫に到達すると、2020年11月に医学誌「Lancet」に発表された論文では見積もられていた。

「デルタ株の場合、その値は80%を大きく越えて、90%近くになるのではないかと推定しています」と、8月3日に米国感染症学会が行ったメディア向けの説明会で米アラバマ大学バーミンガム校の医学部助教リカルド・フランコ氏は述べている。

 

■初感染ではウイルス量が1000

 デルタ株にはじめて感染した人は、別の変異株と比べて、鼻腔ぬぐい液中に約1000倍のウイルス粒子(専門家はこれを「ウイルス量」と呼ぶ)を保有しているという研究結果が、査読前の論文を投稿するサイト「Nature Portfolio」に7月24付けで発表された。「この増加率は極めて高いものです」と、 米スクリプス・トランスレーショナル研究所の創設者で所長のエリック・トポル氏は述べている。

 理由のひとつは、デルタ株が鼻の中でよりすばやく複製するためだ。7月23日付けで論文投稿サーバー「medRxiv」に発表された査読前の論文によると、感染者に接触してから検出可能なレベルに到達するまで、武漢で発見されたオリジナルのウイルスは約7日かかっていたのに対し、デルタ株の場合は平均4日弱だという。

 ワクチンを接種した後でさえ、デルタ株に感染した場合は、それ以外の変異株の10倍のウイルス量が生成されるという査読前の論文が、6月22日付けで「Nature Portfolio」に発表されている。ワクチン接種をした人たちのウイルス量が、ワクチン接種をしていない人たちとほぼ同じであるという報告も、7月31日と8月1日に「medRxiv」に発表された未査読の論文を含め、複数ある。

 デルタ株はまた、スパイクタンパク質の681番目の位置にある変異のせいで、細胞を破壊する能力に優れている。この変異は世界中のほかの変異株にも見られ、進化のゲームチェンジャーになると考えられている。

 このP681Rという変異によって、デルタ株や近縁のカッパ株(インドで初確認)は、感染した細胞が他の細胞と融合するためにウイルスが侵入しやすくなる。それが感染を加速させる一因となっているという論文が、7月19日付けで未査読の論文の投稿サイト「bioRxiv」に発表された。

 ウイルス同士が融合するこうした「合胞体(ごうほうたい)」は、エイズのHIV(ヒト免疫不全ウイルス)などほかのウイルスによっても形成される。「細胞培養実験により、デルタ型は新型コロナウイルスと比較してより大きな合胞体を示すことがわかっています」と、論文の著者の1人である東京大学のウイルス学者、佐藤 佳氏は言う。

 また、デルタ株のスパイクタンパクでは変異がいくつも起こっており、それによって免疫反応を回避する能力が増していると見られている。

 

■重症化を防ぐワクチン、問題は持続期間

 幸いなことに、新型コロナワクチンはデルタ株に対しても有効だ。「どのワクチンもかなりの効果を示しています。とりわけ重症化を予防します」とカナダ、トロント大学の感染症疫学者ジェフ・クォン氏は言う。

 米モデルナ社および米ファイザー社のワクチンが、デルタ株に対する予防効果を保っていることは、多くの研究によって証明されている。ワクチン接種状況とともに感染例のデータを追跡している州では、ワクチンの接種を終えていない人たちが新規感染者の90%以上を占めている。

「ワクチンが、入院に至るほどの深刻な病状悪化のリスクを大幅に減らすのは確かです」と、英エジンバラ大学の初期医療の専門家アジズ・シャイフ氏は言う。

 CDCは、新型コロナのワクチンはデルタ株による感染リスクを3倍、入院・死亡のリスクを10倍低下させると、7月29日のワクチンに関する報告で発表した。

 しかし、全国的に検査が不十分であることから、デルタ株やその他の変異株がどの程度広がっていて、ワクチンが実際にどれほど有効かを正確に知るのは難しい。集団の中でデルタ株の感染率が上がれば、ワクチンの接種を済ませた人たちであっても、いわゆる「ブレイクスルー感染」を起こしやすくなる。

 7月21日付けで医学誌「New England Journal of Medicine」に発表された研究では、英アストラゼネカ社およびファイザー社のワクチンを2回接種した場合、デルタ株による症状に対してそれぞれ60%、88%の予防効果があるとしている。

 米国で投与されているワクチンの大半(モデルナ製とファイザー製)は、最大限の保護効果を得るには2回の接種が必要とされる。これらのワクチンは、1回のみの接種ではデルタ株に対する効果が著しく低いと、パリ、パスツール研究所ウイルス・免疫ユニットを率いるオリビエ・シュワルツ氏は言う。

 デルタ株などの新規変異株に対する有効性に関するデータを受け、ファイザー社は同社ワクチンの追加接種の承認を目指している。モデルナ社もまた、最新のmRNAワクチンの追加接種の試験を行っている。米食品医薬品局(FDA)は、近々新型コロナワクチンの追加接種計画をまとめると見られている。

 ドイツでは、弱い立場にある人たちを対象に、mRNAワクチンの追加接種を9月に開始する予定だ。一方で、追加接種は、富裕国と貧困国の間にある新型コロナワクチンの格差を拡大してしまう。

「WHOは、少なくとも9月末までは追加接種を停止し、最低でもすべての国で人口の10%がワクチン接種を終えられるようにすることを求めます」。WHOのテドロス事務局長は記者会見でそう述べた。(参考記事:「コロナワクチンの追加接種はまだ不要、科学者らが主張する理由」

 イスラエル政府が発表した初期のデータによれば、ファイザー社のワクチンの有効性は6カ月以内に低下する可能性があるという。ただし、ワクチンの設計者は抗体反応を長く持続させるのは難しいことを最初から知っており、これは意外なことではない。

 SARSやMERSのウイルスに対する抗体は1、2年で減少した。一般的な風邪を引き起こすコロナウイルスの場合、抗体の保護効果が持続するのは3~6カ月で、1年以上になることはまずない。

 米国で行われたある研究では、モデルナ社製ワクチンの2回目接種の後、中和抗体が6カ月にわたって血液中に高濃度で残ることが示された。論文は7月7日付けで「New England Journal of Medicine」に発表されている。

「これらの抗体は、ほとんどの場合、(デルタを含む)多くの変異体を中和します。ただし、抗体反応は時間の経過とともに弱まっていきます」と、この研究を主導したエモリー大学のスザー氏は述べている。

 

■ソーシャルディスタンスとマスクも重要

 米国では新型コロナワクチンは無料で接種が可能だが、8月10日の時点で接種を終えたのは人口の50.3%(1億7000万人弱)に過ぎない。このままではコロナウイルスは感染と進化を続け、予想よりも多くの接種後感染(ブレイクスルー感染)を引き起こし、新たな変異株を生み出す可能性がある。

 デルタ株にブレイクスルー感染した患者は、ワクチン未接種の人がデルタ株に感染した場合と同程度の感染力を持っているとの証拠も出始めている。「ワクチンには保護効果がありますが、ワクチン接種済みであっても、ワクチン未接種の人またはお互いから、大勢の人がウイルスにさらされていることは明らかです」とトポル氏は言う。

 ただし、ワクチン接種を終えた人たちの1%以下に起こるブレイクスルー感染の大半は、軽症あるいは無症状感染だ。米国で接種を終えた1億6400万人以上のうち、2021年8月2日までにブレイクスルー感染して入院あるいは死亡した患者は7525人にとどまっている。

 ブレイクスルー感染を起こしやすいのは、感染した患者と頻繁に接触する医療従事者、高齢者、がん患者や臓器移植経験者などの免疫力が低下している人たちだ。ブレイクスルー感染はまた、大勢が集まる場所、レストラン、人の多い職場、屋外・屋内でのパーティといった、人と密接に触れ合う状況で起こりやすい。

 ソーシャルディスタンスの保持やマスク着用などは、ワクチンの接種とともに、ウイルスの広がりを抑える有効な戦略だ。「たとえワクチンを接種しても、感染したり、ウイルスを人に移したりすることはあります。そうなれば、変異株にさらに多くの変異や進化の機会を与えることになります。ウイルスにそうした機会を与えないようにすることが重要です」と佐藤氏は言う。

 


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