ビタミンP

苦心惨憺して書いている作品を少しでも褒めてもらうと、急に元気づく。それをトーマス・マンはビタミンPと呼んだ。

ネーザルハイフロー療法(高流量鼻カニュラ酸素療法)への期待

2021年08月13日 05時27分14秒 | Weblog

鼻から大量酸素」コロナ新療法広がる 家族と電話も

(竹野内崇宏 2021年7月14日 10時00分 朝日新聞DIGITAL)

 感染拡大「第5波」の懸念が高まる新型コロナウイルス感染症に対して、「ネーザルハイフロー療法(高流量鼻カニュラ酸素療法)」という新しい治療法が広がりつつある。鼻に差し込んだチューブから多量の酸素を送り込む方式で、これまでなら人工呼吸器を使うような重い病状でも、患者が意識を保ったまま過ごせるのが特徴だ。現場の負担も比較的小さい手法として期待されている。
 「病室から妻や孫と電話ができて安心できた。この治療を受けられて幸運だったのかもしれない」
 新型コロナで肺炎が悪化し、神戸市立医療センター中央市民病院でネーザルハイフローの治療を受けた60代の男性はそう話す。
 男性は4月上旬に感染が判明し、中央市民病院の集中治療室に運ばれた。搬送時は意識がもうろうとしていて、ベッドの脇では人工呼吸器の準備が進められていた記憶がうっすらとあるが、気づいた時に鼻にネーザルハイフローの管がつけられていた。
 ネーザルハイフローは、ウイルスに冒されるなどして肺の機能が落ちた患者が、鼻に差し込んだ専用の管(カニュラ)を通して大量の酸素を吸入する治療法だ。「ハイフローセラピー」や「HFNC」などとも呼ばれる。
 酸素と、室内の空気を混ぜ合わせ、1分あたり30~40リットルの多量の気体を鼻から送り込む。肺に酸素が安定的に届き、十分に吐き出せない二酸化炭素を排出するなど、人工呼吸に近い効果が期待できる。
 機器の装着直後は悪夢にもうなされ、男性は「生死の境をさまよった」と振り返る。それでも、炎症を抑えるステロイドなどの点滴治療も受け、2~3日でだるさは和らいだ。
 すぐにはベッドからは出られなかったものの、携帯電話で家族と話したり、食事として出たゼリーを食べたり、テレビを見たりして過ごした。装着から約1週間で通常の酸素療法に移行し、1カ月後に退院できたという。
 男性によると、ネーザルハイフローの管は重く、鼻の周りに水滴がたまるなど気になる点もあったが、息苦しさなどは感じなかった。
 ただ、男性は搬送直後には深刻な状態で、家族には人工呼吸器をつけることに同意を求める電話もかかってきていたという。
 コロナの治療では、肺の状態の悪化が食い止められない場合、のどの奥まで管を入れる人工呼吸器がある。人工呼吸器を装着した患者は、麻酔で意識を失い、筋力が落ちるため、肺が回復しても長期のリハビリが必要になるなどのデメリットがある。
 男性は「人工呼吸になっていれば、家族にもっと心配をかけていたかもしれない」と振り返る。
 ネーザルハイフローは人工呼吸器と、従来式の酸素療法との中間的な治療法にあたる。「第4波」が収束に向かっていた5月下旬、厚生労働省のコロナ治療の手引で、重症に次ぐ中等症の患者向けに新たに位置付けられた。
 神戸市立医療センター中央市民病院の富井啓介・呼吸器内科部長は、日本呼吸器学会でネーザルハイフローの有効性と安全性を検討してきた。富井医師は「患者さんにとっても医療現場にとっても人工呼吸に比べて負担が小さいのが特徴で、全国的に広がってきた」と話す。

■大半の人は苦痛少ない
 富井医師によると、ネーザルハイフローは2015年ごろから各国で使われ始めた比較的新しい療法だ。鼻やのどが痛まないよう、気体の湿度は高く保たれ、「大半の人は苦痛はそれほど感じない」という。

 同院では昨年11月の感染拡大「第3波」以降、人工呼吸器に相当する重症患者の一部で、ネーザルハイフローを導入した。80人以上が治療を受け、導入前に比べて集中治療室で過ごす日数が短くなるなどの効果が出た。
 国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)では「第1波」に見舞われていた昨年4月からネーザルハイフローを使っている。
 放生雅章(ほうじょうまさゆき)・呼吸器内科診療科長によると、今年3月までにこの治療を受けた39人中29人(74%)は呼吸状態がそれ以上悪化せず、回復した。10人は人工呼吸に至り、うち5人が回復し、5人が亡くなったという。
 現在では、重症状態で運ばれてくるほとんどの患者にこの療法を施している。放生医師は「人工呼吸を前提に転院してきた方でも、意識を保ったまま回復できる例は多くある」と話す。
 放生医師によると、医師や看護師が24時間注視する必要がある人工呼吸器に比べ、ネーザルハイフローの患者に必要な人手は約3分の1で、医療現場の負担も大きく減る。
 重い肺炎に有効な治療法として、患者がうつぶせで過ごす「腹臥位(ふくがい)療法」との併用も可能となる。人工呼吸器をつけた意識のない患者の場合、多いときには医師や看護師が10人がかりで体勢を入れ替えるのに比べ、ネーザルハイフローの患者なら、自分自身でうつぶせになってもらえる利点もある。
 肺炎が回復せず、ネーザルハイフローの機器を装着したまま亡くなる患者もいるものの、病状によっては直前まで食事ができ、家族と電話で連絡がとれる場合もあるという。
 放生医師は「残念ながら回復にいたれない場合でも、患者さんや家族にかけがえのない時間を残せる療法だ」と話す。
 ネーザルハイフローについて、日本呼吸器学会が全国の専門施設に聞いたところ、昨年6月時点では治療を実施したことのある施設は12%だったが、今年2月の再調査では4倍の49%まで増えていた。2月の調査では、実施した施設の85%が治療手段として有効な印象があったと答えた。

■飛沫感染のリスク、回避策も
 ただ、この療法では肺に送り込んだ酸素を含む多量の気体が、口や鼻から排出され、その際にウイルスを含む飛沫(ひまつ)(エアロゾル)が飛び散って院内感染につながるリスクがある。学会の2月の調査でも、実施した68施設のうち1施設(2%)が、医療従事者への感染が起きたと回答した。
 一方で、94%にあたる64施設は医療従事者への感染はなかったと回答した。
 この結果を支えた一つの方法が、患者にマスクを着けてもらうことだった。
 米国などの研究で、ネーザルハイフローの治療中に患者が鼻の上から不織布マスクを装着すれば、飛沫量を減らせることが判明した。
 国立国際医療研究センター病院など国内の現場でも、患者にマスクを着けてもらったり、室内の空気が外に漏れない「陰圧室」で使用したりすることで、感染のリスクを下げられることを確認できたという。
 厚労省の診療手引でも、従来はネーザルハイフローについてエアロゾル発生を抑えるために慎重な姿勢だったが、5月26日の改訂版では方針を見直した。感染対策を条件に、全国での利用を認めた。
 富井医師は「肺炎が重症化しても、新しい治療法があることを知ってもらい、怖がらずに治療を受けてもらえれば」と話す。

 


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