ビタミンP

苦心惨憺して書いている作品を少しでも褒めてもらうと、急に元気づく。それをトーマス・マンはビタミンPと呼んだ。

バイオ技術の光と闇

2020年10月08日 20時16分40秒 | Weblog

ノーベル化学賞受賞のヤバすぎるゲノム編集技術「クリスパー」とは何か
2020/10/08(木) 12:31配信 現代ビジネス


 今年のノーベル化学賞は、ゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」の基礎研究を行ったジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエの両博士に授与された。

 受賞者を発表したスウェーデン王立科学アカデミーのヨラン・ハンソン事務局長は「今年の(化学)賞は生命のコード(遺伝情報)を書き変える技術に関するものです」と紹介したが、まさにゲノム編集クリスパーとは何かを的確に表現した言葉だった。

■農作物の品種改良から難病治療まで多方面に応用

 2012年、カリフォルニア大学バークレイ校のダウドナ教授と(当時)スウェーデンのウメオ大学に在籍していたシャルパンティエ博士らの共同チームが発表した論文は、世界の生命科学者の間で一大センセーションを巻き起こした。

 https://science.sciencemag.org/content/337/6096/816.full

 これは元々、細菌や古細菌のDNA上で発見された「クリスパー(CRISPR)」と呼ばれる特殊な反復配列が、我々人類を頂点とする、地球上のあらゆる生物のDNA(ゲノム)を自在に改変する技術に応用できることを証明する論文だった。

 この技術はやがて「クリスパー・キャス9」と呼ばれるようになり、生命科学やバイオ技術に関する、ほぼ全ての分野に応用されるようになった。

 たとえば農作物の品種改良では「栄養価の高いトマト」「褐変しない白色マッシュルーム」「干ばつに耐えられる小麦」など多数の新品種がゲノム編集によって開発され、その一部は既に米国などで商品化されている。

 また医療への応用では「鎌状赤血球貧血」や「ベータ・サラセミア」など遺伝性の難病がクリスパーによって症状が大幅に改善するなど次々と成果が報告されている。

 いずれは癌や糖尿病のような罹患率の高い病気も、ゲノム編集で根治できる時代が来ると言われ、既にそこに向けた臨床研究も進んでいる。

■中国のゲノム編集ベビーは謎に包まれたまま

 しかし、この驚異的バイオ技術には光と闇の両面がある。もしもクリスパーで人間の受精卵をゲノム編集すれば、いわゆる「デザイナー・ベビー」と呼ばれる超人類が誕生してしまうことが危惧された。

 既に2014年には中国の研究チームが「マカク」と呼ばれる実験用猿の受精卵をゲノム編集し、遺伝子改変された猿の赤ちゃんを誕生させることに成功していた。

 「猿でやれたのなら人間でも……」との懸念が高まる中、2018年11月にはついにゲノム編集された人間の赤ちゃんが同じく中国で誕生し、世界に波紋を広げた。

 深圳・南方科技大学の科学者によって、エイズ感染への抵抗性を持たせるためにゲノム編集されたとする双子の女児は、中国政府がその存在を確認したものの、双子の健康状態等その後の経過は一切伝わってこない。

 相変わらずの中国政府の隠蔽体質によって、ゲノム編集ベビーの真相は謎に包まれたままだ。


■受賞を逃した3人目の科学者とは

 このように劇的な展開が続く中、クリスパー・キャス9のノーベル賞受賞は時間の問題と見られた。

 そしてついに今年、化学賞を受賞したシャルパンティエ、ダウドナの両博士は当初から最有力候補だったが、彼女達と並んで、もう一人、米ブロード研究所のフェン・チャン博士もノーベル賞を受賞すると見られていた。

 チャン博士はシャルパンティエ、ダウドナ両博士らが確立したクリスパーの基礎理論をマウスや人間など生きた動物の細胞に応用し、ゲノム編集技術としてのクリスパー(・キャス9)を開発した立役者だった。

 しかもクリスパー特許の帰属を争う裁判では、今までのところチャン氏らの研究チームはダウドナ/シャルパンティエ陣営よりも圧倒的優位に立っている。

 ノーベル賞は上限3名に与えられる以上、チャン博士も受賞者リストに名を連ねておかしくないが、今回、彼が外された理由も謎である。

 しかしクリスパー技術の発明には、このチャン博士だけでなく、デンマークの食品メーカー「ダニスコ」に所属する微生物学者Rodolphe Barrangou氏をはじめ多数の科学者が貢献している。

 その中には1986年にクリスパーの反復配列を世界で最初に発見した石野良純、中田篤男・両博士らの研究チームも含まれる。

 数多の科学者の中で、世界的な栄光に浴するのは、ほんの一握りの幸運な人たちだけだ。しかし、これらの科学者が協力して編み出したゲノム編集技術クリスパーは今後、全人類に奇跡を巻き起こすかもしれない。


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日本の石野博士らが大腸菌で初めて見つけた不思議な回文構造が出発点

2020年10月08日 19時47分03秒 | Weblog

CRISPR/Cas9の発明に2020年ノーベル化学賞

(日本の科学と技術より)

 

 2020年10月7日のノーベル財団の発表によりますと、2020年のノーベル化学賞が、Jennifer A. Doudna(ジェニファー・ダウドナ)、 Emmanuel Charpentier(エマニュエル・シャルパンティエ)の両氏に与えられることになりました。

■祝☆ノーベル化学賞2020

 ノーベル賞の枠は3人。CRISPR/Cas9の有用性は直ちに認識されて熾烈な特許戦争が勃発していたわけですが、Jennifer A. Doudna(ジェニファー・ダウドナ)、 Emmanuel Charpentier(エマニュエル・シャルパンティエ)の二人がノーベル賞3人枠の中に入ることは、誰の目にも明らかでした。ノーベル賞をもらって当然と言われてきましたが、それでも、実際に本当に授賞が決まるとこれほど嬉しいものなんだなあとこの映像を見ていて思いました。

 別にノーベル賞をもらうために研究をするわけではありませんが、研究が正当に認めらることは研究者にとって非常に大事な部分なのだと思います。

 ゲノム編集技術の革命的なツールであるCRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)ですが、もとはといえば、自然界においてバクテリアがウイルスから身を守るために備えているシステムです。

 2012年にこれがゲノム編集のツールとして利用できることが示され、わずか数年の間に、この技術を使わないラボがあるのか? というくらいにまで、研究の世界の隅々にまで浸透しました。

■CRISPRの発見と応用技術の進展のタイムライン

 CRISPR/Casが働く仕組みの解明には多くの研究者が関与しており、メジャーな発見だけでも論文が多数になるため、時系列にまとめたサイトを紹介しておきます。

■CRISPRの発見

 大阪大学微生物病研究所の研究グループが奇妙な繰り返し配列を大腸菌のゲノムで見つけ、石野 良純(いしの よしずみ)博士らが1987年に論文報告をしたのが、CRISPRが見出された最初の例です。この配列は、後の研究者によって、CRISPR、Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatsと名付けられることになります。

 石野博士らは、大腸菌(E. coli)のiap遺伝子の構造を調べた際に、iap遺伝子の近傍に不思議な配列があることを見出しました。29塩基からなる共通配列が、32塩基からなるスペーサー配列を挟むようにして、5回繰り返し配置されていたのです。この共通配列の内部はパリンドーム(回文構造)になっていました。

 この論文では、「現在のところ、今回見つかった配列と相同性を示す配列は他の原核生物では見つかっていない。また、この配列の生物学的な意義は不明である(So far, no sequence homologous to these has been found elsewhere in procaryotes, and the biological significance of these sequences is not known)」と述べています。

 石野博士らが大腸菌で初めて見つけたこの不思議な構造が、実は他の細菌(Bacteria)や古細菌(Archaea)にも存在していることが、他の研究者らによって徐々に明らかにされていき、Mojicaらが、DNA配列のこの特徴的な構造が実は原核生物のゲノムにおいては広く一般的に存在しているのだということを2000年に報告しました。

 この論文で、Mojicaらはこの不思議な配列をShort Regularly Spaced Repeats (SRSRs)と名づけましたが、定着しませんでした。また、論文の結論は、多くの原核生物で見出されたのだから何か共通する機能があるのではないかという問題提起にとどまっています。

■Cas遺伝子の発見

 CRISPRという繰り返し配列が原核生物のゲノム中に広く存在することはわかりましたが、その配列の意味するところはいっこうにわからないままでした。

 このミステリーを解き明かす手がかりを与えたのが、Jensenらによる、CRISPR近傍に存在する遺伝子群の発見です。

 Cas遺伝子(Cas1, Cas2, Cas3, Cas4)を報告したこの論文では、奇妙な繰り返し配列をCRISPRと名付けており、この呼称が定着しています。

 Cas遺伝子がヘリカーゼやエクソヌクレアーゼといったDNAの代謝に関わる酵素のモチーフを持っていたことから、この論文では、この謎の繰り返し配列を作るのにこれらのCasタンパク質が関与しているのではないかと、正しく推測していました。

■CRISPRスペーサー配列の正体

 繰り返し配列の間に挟みこまれた配列の起源があいかわらず謎でしたが、ほどなくして、これがファージの配列だということがわかってきました。その結果、CRISPRはバクテリアが外敵であるファージから身を守るための仕組みなのではないかという推測がなされました。

■CRISPR-Casシステムの作用機序と生物学的な意味の解明

 CRISPRの配列の中の、スペーサー配列の正体がファージなど外来ゲノム断片であることがわかり、CRISPR-Casシステムはいわばバクテリアにとっての免疫システムだと予想され、実際にそのように働くことが実証されました。

■CRISPRの遺伝子編集技術への応用

 バクテリアなどの原核生物が持っているCRISPR/Casシステムにおいて、標的DNA配列を特異的に認識され、標的DNAが正確に切断されることがわかると、ゲノム編集ツールとしての有用性が直ちに認識されました。Casタンパク質のグループには、複合体を作って働くものや、ひとつで全ての役割を備えたものなど種類があります。

 Cas9は一人で全ての役割をこなす巨大なタンパク質で、これとガイドRNA(クリスパーRNA(標的配列)とトレーサーRNAを、人工的に一本鎖にまとめたもの)の2つのプレーヤーだけでゲノム編集ができてしまうという驚くべき簡便さが、応用の広さを生み出しました

 George Church博士やFeng Zhang博士の研究グループにより、CRISPR/Cas9システムが真核生物においても働くことが示され、ゲノム編集ツールとして人間を含めた全ての真核生物に応用する道が開かれました。

 ちなみに、フェン・ジャン(Feng Zhang)博士は、大学院時代にスタンフォード大学のカール・ダイセロス博士のラボでオプトジェネティクスに関する仕事をしています。

■CRISPRの発見者は誰?

 CRISPRという自然現象の謎解きには多くの研究者が関わっています。また、CRISPR/Cas9を有効なゲノム編集技術のツールにするための技術開発も複数の研究グループが熾烈な競争を繰り広げています。そのため、誰がCRISPRの発見者なのか、誰が一番大きな貢献をしたといえるのかについては、見解が分かれるかもしれません。2017年度のJapan Prize(日本国際賞)は、「生命科学分野」ではエマニュエル・シャルパンティエ博士とジェニファー・ダウドナ博士の両氏が受賞しています。

 シャルパンティエ博士とダウドナ博士は、「生命科学」分野において「CRISPR-Casによるゲノム編集機構の解明」という顕著な功績をあげたことが受賞理由となりました。

 両氏によって発表されたCRISPR-Casシステムによるゲノム編集は、遺伝子工学において従来方法と比べてはるかに安価で時間をとらず、圧倒的に容易な革命的な新技術です。

 どんな生物においても目的とするDNAを任意の部位で切断し、削除、置換、挿入など自在な編集を可能にしました。

 本技術は生命科学研究のツールとして爆発的に広がっただけでなく、育種、創薬、医療など幅広い分野で応用研究が進んでいます。

 また、2018年度カブリ賞ナノサイエンス分野では、エマニュエル・シャルパンティエ博士、ジェニファー・ダウドナ博士、および、リトアニアのヴィルギニユス・シクスニス (Virginijus Šikšnys)博士の3人が受賞しました。

■ゲノム編集技術CRISPR/Cas9の特許をめぐる熾烈な争い

 特許に関しては、フェン・ジャン(Feng Zhang)博士ら(ブロード・インスティチュート)の陣営と、ジェニファー・ダウドナ博士(カリフォルニア大学バークレー校)らの陣営との間で熾烈な訴訟合戦が繰り広げられており、アメリカでの裁定とヨーロッパでの裁定が異なるなど、混沌とした印象があります。

■遺伝子編集技術CRISPR-Casシステムの技術的な問題点

1.ゲノム遺伝子の欠失には非常に効率の良い方法ではあるが、塩基置換や挿入の効率はまだ十分ではなく、目的の変異の導入には多くの受精卵または胚が必要である。

2.現在使用されているガイドRNAが認識するDNA配列は20塩基であるため、特異性はそれほど高くなく、目的としないゲノム配列にも変異が導入される可能性は否定できない。

■遺伝子編集技術CRISPR-Casシステムの社会的な問題点

 動物や植物の品種改良技術として使われる可能性が高い。その場合に、原理的には自然突然変異と区別がつかないが、遺伝子組換え食品として扱わないかは、合意が得られていない。

 

 


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クリスパー・キャス9

2020年10月08日 19時22分09秒 | Weblog

たった2つの因子だけで、ゲノム上の特定の狙った場所を「正確に」切断するという技術

(ロックフェラー大教授Hironori FunabikiさんのTwitterより)

 

 今年のノーベル化学賞は、CRISPR-Cas(クリスパー・キャス)システムによるゲノム編集という革命的技術へ特筆すべき貢献をされたEmmanuelle Charpentier(エマニュエル・シャルパンティエ)さんとJennifer Doudna(ジェニファー・ダウドナ)さんに与えられた。このノーベル賞級の発明・発見に貢献した研究者は多く、どの「3人が?」というのが注目されていた。

 結果的に、化学賞が、この「2人」に与えられたというのは意外であったが、ノーベル委員会を代表してClaes Gustafssonさんが受賞理由を解説した文章には、その理由が明確に述べられている。

 源流は、1987年、大腸菌で石野良純(現・九大教授)さんが、後にCRISPR(クリスパー)と名づけられる繰り返し配列を発見したことに始まる。しかし、これはいわば物としての「一つの鍵」の発見であり、何かに利用できる「鍵」であることすら想像されていなかった。

 その後、様々な基礎研究が、このCRISPRという繰り返し配列と、その上流にあるもう一つの鍵であるcas(キャス)遺伝子が、原核生物がウイルスなど外来DNA感染の防御のための免疫システムであること明らかにしていった。弊学のLuciano Marraffiniさんは、CRISPR-CasがターゲットがDNAであることを示した。

 このMarraffiniさんの2008年の論文では、CRISPRシステムが、原核生物以外で機能できた場合の応用面での可能性を指摘している。

 では、ノーベル委員会が、CRISPR-casシステムを原核生物で「発見」した研究者ではなく、CharpentierさんとDoudnaさんが受賞に特筆すべき貢献をした評価したポイントはどこだったのか?

 Charpentierさんは、それまで重要とされていたCRISPRから転写されるcrRNA、Casタンパク質に加え、2011年、Cas-CRISPR遺伝子群の上流に重要な三つ目の「鍵」が隠されていたことを発見した。

 その鍵とは、CRISPRとハイブリッド形成できる trans-encoded small RNA (tracrRNA)と呼ばれるRNAだった。2012年、CharpentierさんはDoudnaさんとの共同研究を通じ、trancrRNAとcrRNAとCas9タンパク質の3つの因子だけで、特定のターゲットであるDNAを切断できることを示した。

 しかも、tracrRNAとcrRNAを人為的に融合するキメラ・single-guide RNA(sgRNA)を作成することにより、sgRNAとCas9という、たった二つの組み合わせで狙った配列を持つDNAを切断する活性を再構成することに成功した。

 実は同年2012年、リトアニアの(ヴィルギニュス・シスクニス)さんも、Cas9とcrRNAでのDNA切断活性を発表しているが、このノーベル委員会の解説では、この研究ではtracrRNAの存在を見逃していたとのコメントを記述している。

 たった2つの因子だけで、ゲノム上の特定の狙った場所を「正確に」切断するという技術は、まさに夢のような技術であり、その後、Feng Zhang(フェン・チャン=Broad Insttute)さんら多数の研究者が、ヒト細胞など様々な生物システムで、より正確で効率よくゲノム編集できる技術を開発していった。

 以上のように、CRISPR-Casシステムの発見という地道な基礎研究の部分での受賞者がいないのは若干残念であるが、化学賞という枠組みの中では、この文章による二人の受賞理由がうまく説明されているのではないかと思う。お二人の受賞を心から祝福したい。


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「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャスナイン)と呼ばれる「ゲノム編集」技術は画期的

2020年10月08日 17時45分59秒 | Weblog

ノーベル化学賞に欧米の研究者2人「ゲノム編集」新手法開発

(2020年10月7日 20時14分 NHK NEWSWEB)

 

 ことしのノーベル化学賞に、生物の遺伝情報を自在に書き換えることができる「ゲノム編集」の新たな手法を開発したドイツの研究機関とアメリカの大学の研究者2人が選ばれました。

 スウェーデンのストックホルムにある王立科学アカデミーは、日本時間の7日午後7時前、ことしのノーベル化学賞の受賞者を発表しました。

 受賞が決まったのは、フランス出身でドイツのマックス・プランク感染生物学研究所のエマニュエル・シャルパンティエ所長と、アメリカ出身でカリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授の2人です。

 2人は「細菌」の免疫の仕組みを利用して、ゲノムと呼ばれる生物の遺伝情報の狙った部分を極めて正確に切断したり、切断したところに別の遺伝情報を組み入れたりすることができる、「CRISPR-Cas9」(クリスパー・キャスナイン)と呼ばれる「ゲノム編集」の画期的な手法を開発したことが評価されました。

「CRISPR-Cas9」は、それまであった「ゲノム編集」の方法に比べて簡単で効率がよく、より自在に遺伝情報を書き換えることができることから、すでに作物の品種改良などのほか、がんの新しい治療法の開発や新型コロナウイルスの研究に用いられています。

 一方で、7日の発表の中で王立科学アカデミーは、この技術は人類に大きな恩恵をもたらしうるものの、胎児の遺伝情報の書き換えにも用いることができることから、「人類は新たな倫理的な課題に直面することになる」として、ヒトや動物で実験を行う場合は倫理委員会に諮り、承認を受けなければならないとしています。

■シャルパンティエ氏 “科学の道を歩もうとする女性たちに”

 ノーベル化学賞の受賞が決まったエマニュエル・シャルパンティエ所長は報道陣の電話インタビューに「受賞を知らせる電話をけさ受けて、喜びがこみ上げてきました。この研究に専念することを2008年に決めてからは、朝の3時に帰宅して数時間だけ寝たあと、すぐに研究室に戻るような生活でした。2012年に論文を発表してから受賞までは、とても早かったです」と振り返りました。

 ノーベル賞のホームページによりますと、2人は化学賞では女性として6人目と7人目の受賞者です。

 シャルパンティエ所長は「私たちに続いて科学の道を歩もうとする若い女性たちにとって、今回の受賞が前向きなメッセージになることを願っています」と話していました。

■ダウドナ教授 「人類に恩恵を与えられるような良いことに」

 ノーベル化学賞の受賞が決まったジェニファー・ダウドナ教授は、AP通信のインタビューに応じ、「ストックホルムにある王立科学アカデミーから早朝に電話を受けて本当に驚きました。私の一番の望みは、研究の成果が、生物学の新たな神秘を解き明かし、人類に恩恵を与えられるような良いことに使われることです」と話していました。

■「CRISPRーCas9」とは

「CRISPRーCas9」とは生物の遺伝情報であるゲノムを編集する手法の1つで、世界の多くの研究者に使われています。

「CRISPR」はある特定のDNA配列のことです。「Cas9」はDNAを切断する酵素です。このゲノム編集では「CRISPR」をもとに切断したい部分にとりつくいわば目印となる配列を作ります。この目印となる配列をめがけて、「Cas9」が到達し、DNAを切断します。

 これまでにもゲノム編集の技術はありましたが、「CRISPRーCas9」によって、正確かつ簡単にねらった部分を切ったり、別の遺伝子を入れたりすることが可能になり、多くの分野で使われるようになったほか、研究のスピードが劇的に速くなったとされています。

 この分野に詳しい科学技術振興機構の安達澄子主査は、「ほかの手法は、狙った配列にむけて、正確に酵素が取り付くことが難しかったが、クリスパーを応用することでそれが可能になった。また、この手法によってより多くの研究者が自在にゲノム編集を行うことができるようになったのもポイントで農業や医療などへの応用が一気に進んだ」と話しています。

■受賞対象の手法 日本人研究者の発見がもとに

 ノーベル化学賞の受賞対象になったゲノム編集の手法、「CRISPR-Cas9」は、日本人研究者が1980年代に大腸菌で見つけたDNAの塩基配列がもとになっています。

 大阪大学名誉教授の中田篤男さん(90)と九州大学教授の石野良純さん(63)のグループは、大阪大学で研究を行っていた時、大腸菌のDNAで同じ配列が5回繰り返されているのを見つけ、1987年に論文として発表しました。

 当時は繰り返し現れる配列が何を意味するのか分かっていませんでしたが、その後、この論文をもとにヨーロッパの研究者が、この配列が外から侵入するウイルスなどの「外敵」を認識して攻撃する免疫の仕組みに関わっていることを突き止めました。

 大腸菌では、繰り返される配列の間に外敵の遺伝子が組み込まれることで、外敵を認識して攻撃します。

 この仕組みを応用して、繰り返される配列の間に目的とする遺伝子を組み込むと、遺伝子を切り貼りするはさみの役割をしている物質を狙った場所に届けることができるようになりました。

 この技術で狙ったとおりに遺伝子を切断したり挿入したりすることができるようになり、簡便で精度が極めて高いゲノム編集の方法として確立しています。

 遺伝情報を簡単に、自在に書き換えられる「CRISPR-Cas9」は、日本の研究者による塩基配列の発見がもとになって開発につながったのです。

 今回のノーベル化学賞の受賞者に選ばれたドイツの研究機関とアメリカの大学の研究者の論文の中でも、中田さんと石野さんのグループの論文が引用論文として紹介されています。

■新型コロナウイルスの研究でも

 この技術は、新型コロナウイルスの研究にすでに用いられています。

 中国では、マウスに感染するウイルスの遺伝情報を「CRISPR-Cas9」で書き換えて、感染の仕組みや、体への影響を調べる研究が行われています。

 また、アメリカのマサチューセッツ工科大学などの研究グループは、この技術を応用してウイルスの遺伝子を簡単に検出する検査キットを開発し、キットはことし5月、FDA=アメリカ食品医薬品局の緊急の許可を得て、研究用として使われています。

 このキットは、唾液や鼻の奥から採取した体液を温めたあと、特殊な試験紙を浸すことでウイルスの遺伝子があるかどうかを20分程度で判定できるとされていて、PCR検査に比べて費用も抑えられることから、大量に検査を行うことができるとしています。

 このほか複数の企業が、この技術を応用した検査方法の実用化を目指しています。

 今回、ノーベル化学賞の受賞が決まったカリフォルニア大学バークレー校の、ジェニファー・ダウドナ氏は先月、アメリカメディアのインタビューに対し、この技術を用いた検査や薬の開発は新型コロナウイルスだけでなく、ほかのウイルスなどで世界的な大流行が起きた際にも重要な役割を果たすと述べています。

■医療面でも応用期待

「CRISPR-Cas9」の手法を使ったゲノム編集は、患者の治療など医療面でも応用が期待されています。

 治療が難しいがんや遺伝性の病気などについて、病気の原因となる遺伝子を操作することで、治療できるのではないかと期待されていて、アメリカではことし2月、がん患者から取り出した免疫細胞にゲノム編集を行い、免疫の働きを抑える遺伝子を取り除いて、がんの治療効果を確かめる臨床試験が行われたと発表されました。

 一方で、ヒトの遺伝子をゲノム編集で自在に書き変えてしまうことには、たとえば、目の色や高い知能など、親が望む特徴を持つよう改変する「デザイナーベビー」を生み出すことにもつながりかねないなど、倫理的な問題が指摘されています。

 おととしには中国の研究者が「CRISPR-Cas9」の手法でエイズウイルスに感染しないよう受精卵の遺伝子を操作して実際に女の子の双子が誕生したことを発表し、世界中に衝撃が走りました。

 現在のところ、ゲノム編集では、狙った場所以外の遺伝子を改変してしまう可能性が排除できないほか、遺伝子を操作して悪影響が出た場合、子の代、孫の代と、世代を超えて引き継がれる可能性もあり、この技術をどう生かしていくのか、遺伝子の改変はどこまで認められるか、国際的な議論が続けられています。

■農水産物の品種改良にも

「CRISPR-Cas9」によるゲノム編集は、世界各国で農水産物の品種改良に使われるようになっています。

 これまで農水産物を品種改良して病虫害に強くしたり、味をよくしたりするためには突然変異で現れるのを待つか、品質のよいものを掛け合わせ、繁殖させるなどする必要があり、長い時間がかかっていました。

 これに対して、「CRISPR-Cas9」の手法によるゲノム編集では狙った遺伝子を非常に高い精度で操作することができるため、これまでにないスピードで行うことができます。

 アメリカでは、ゲノム編集を行って、コレステロールの値を下げる成分を多く含む大豆から搾り取られた食用油が販売されています。

 日本国内でも収穫量が多くなるよう品種改良したイネ、それに身の量が多いタイなどが開発されていて、去年10月からはゲノム編集を行った食品の流通が解禁されました。

 血圧を下げるとされる成分を多く含んだトマトを開発した企業などが販売のための手続きを進めていて近い将来、こうした食品の流通が始まると見られています。

■研究者の間で激しい特許争い

「CRISPR-Cas9」の技術は、農業や医療などさまざまな分野で応用され、利用する企業からの特許料も巨額になると見込まれることから、開発に関わった研究者の間で激しい特許争いが繰り広げられています。

 特許争いは、技術の基本的な仕組みを開発したアメリカ・カリフォルニア大学などのジェニファー・ダウドナ教授らと、動物やヒトの細胞に応用できることを最初に証明したアメリカ・マサチューセッツ州にあるブロード研究所のフェン・チャン博士らの間で裁判になってきました。

「CRISPR-Cas9」を動植物の細胞に応用することの特許をめぐって、おととし9月、アメリカの連邦控訴裁判所は、ブロード研究所側に特許があるという判断を示していますが、去年になってアメリカでカリフォルニア大学側がブロード研究所側の特許の取り消しを求める裁判を新たに起こし、特許争いはまだ決着が付いていません。


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