日々徒然なるままに

日々感じたことを書いていきます、よろしくお願いします

大事なあなた

2018-05-02 21:26:28 | ちょこっとスピリチュアル
こんばんは。
朝から雨が降り続き、未だに降っております。
あがるのは夜半くらいなのか或いは明日にずれ込むのかわかりませんね。
いつも申しますように何処へも被害が出ないことを願うばかりです。
東の辺りは雨は明日以降でしょうか、お出掛けに支障がない程度で収まってほしいものですね。
それでもこのようにまとまった雨が降ると、これから田植えの時期ですしその意味では恵みの雨になったのではと感じております。

                                   



                                    

                                   



                                    





一つ訂正事項があります。
いや、全く大したことではありません、我が家のネコの事ですので;。(笑)
昨日、餌を食べずに困ると書いておりましたがどうやら本人ならぬ本ニャン、具合が悪かった?ようでして;。
考えてみると一昨日昨日と人のいない(ま、私ですけど;)のところへ行ってじっと寝ておりましたので、しんどかったのかもしれません。
今朝は生(なま)の餌をやると美味しそうに食べておりましたので調子が戻ってきたのでしょう。
大体にして動物は具合が悪くなるとまず食べずにじっとしておくらしいですしね。
本ニャンを疑った母ちゃんが悪かった、ごめんよ;と彼女に平に謝った次第です;。
そんなことを知ってか知らずか、ゴロゴロ言っておりましたけどね;。(笑)





                                   
                                     





今朝も祝詞奏上の後に感じたことを書かせて頂きます。


 目を閉じると周りが明るい


 “ 貴方が俯瞰(ふかん)して外から地球を見ている感覚  自分が小さな一人だと感じる感覚 

   どちらも大事です

   貴方一人がどうなっても何も変わらないと思うと それは違います

   貴方一人が何かの作用でずれ込む事により 少しずつずれていきます

   それが次々に波及すると やがて大きな歪になります

   全てがそうなのです

   一人が変わるとそれは全体へと繋がります

   宇宙でも それは変わりません

   ですから あなた方一人ひとりが全て大事な一人の人なのです
  
   それを忘れないで下さい   ”
 
                                      
                    
このような言葉が頭に入ってきました。
どのような存在であるのかはわかりません。
女性性のように感じられました。
話の内容からすると、よく言われる『バタフライエフェクト』に似た感じですね。
蝶のような小さなものの羽ばたきであってもやがてそれが遠く離れたところの気象を大きく左右するかもという事のようですね。
(実際はもっと複雑な要素を含んでおるようです、詳しくはwebでご覧になられてください;(笑))
日本の諺に『風が吹けば桶屋が儲かる』というのがありますけれど、それとは少しニュアンスが違うかもしれませんけれど;。
いずれにしても、この話としては一つがほんの少し変わっただけでもやがてその少しの部分が段々と大きく変わってくる、歪んでくることになる
ということのようです。
これは言われてみると確かにそうだなと感じますね。
ほんの少しずれただけでそのずれの部分を直そうと他を変えると、その変えた部分をまた別のところで補うようになり、やがて全体的に見れば
最初とは違ったようになっていることも少なくないのでは、ということのようです。
どこかを変えると、その次も変わってきてしまうということですね。

これを物ではなく人で考えれば尚更かと思います。
人一人、何がしかで居た場所からいなくなったとするならば。
ただ単に一人の人がいなくなるだけでは済まない、済まされないことばかりです。
それがとても身近な人であれば、尚のことですね。
家族であれ友人であれ、或いは愛する誰かであったとすれば。
だからこそ、自分ひとりくらいいなくなっても変わらないなどということは決してあり得ない、そういうことだと思います。
誰しもが、大事な誰かの一人でもある、そう思います。
その大事な一人は全体へと繋がっている、それはこの宇宙という大きな枠組みの中においても変わることはない、そういうことかなとも感じます。

話の内容とは若干ずれております自分の考えですけれど、このように感じました。


         


                                       



大神からも言葉を受け取っておりました。


 〝 己が道 何があろうと歩んでいこうとするならば

   迷わず 進め   〟  


どことなくどこかで聞いたような言葉にも思えますが、自分にとってはやはり重い言葉と受け止めております。
以前に申しましたかどうか定かではありませんけれど、主人が倒れた後、また亡き後、この仕事、神主を続けるということをどうしようかとかなり
悩んだ時期がありました。
主人がいたからこそ出来ていたことも当然多くあったわけですし、自分ひとりとなった時、果たして皆さんに受け入れて頂けるものなのかどうか
かなり悩み、迷いました。
経済的な部分がそのウェイトを多く占めておったのももちろんあります。
これまでのように仕事が次々と来るという状況ではない時期も短くありませんでした、今もそうですけれど;。
職を変えるなら早い方が良いに決まっている、けれど自分の年齢で一から何か出来るのかと考えた時、ある意味では勇気がなかったのも否めない
事実でした。
或いは二足、三足の草鞋を履く覚悟でもっとしゃかりきになれば、出来なくはない、そうも思い、また周りもそうすれば、と暗に言われていた
ことも少なからずあります。
それでも自分自身が頑としてそれを受け入れようとしておりませんでした。
苦しくてもこれでやって行く、そう決めて迷惑をかけたのは他ならぬ息子であり、周りの方々にだったと今にしても思えておる馬鹿な自分です。
それほどに固執する中に果たして何があるんだ?それほどまでに迷惑をかけてまで?と言われるかと思います、当然ですよね。
自分でもどうしてだろう、とも思うのですが、結局はこの仕事が好きだから、それが答えの気がします。
そんな迷惑かけっ放しの自分にする資格があるのか?とも自問自答しておることもしばしばです。
それであっても、やっぱり続けたい、そう感じておる自分です。
我侭と言われれば、はいそうですね、と答えるしかありません。
けれど、こうしてくれませんか、と尋ねられた時に、はい喜んで伺いますといえるようにするのは、これが一番なのではと思っておる自分です。
そこまで自分の道を押し通すなら、迷わず進め、そういうことを神が言われたのではと感じました。
それが正解であるかどうかがわかるのは、おそらく自分がこの三次元から居なくなる時かもしれません。 
やっぱりあのオバサンは間違えてたよね、と言われておるかもしれないですね。
それでも自分の道を行かせて頂けたのなら、それで良かった、そう感じておるかと思います。
そうなっておれるよう、これからの自分の行く道を今一度励ませて頂きたいと感じております。


なんだか急に自分の越し方を書いてしまいましたけれど;;。
我ながら書いた後、おおっとどうした;と感じておりましたが(苦笑)どこかでぶちまけたかったのかもしれません;。
いきなりの告白、爆弾発言(?!;;)のようになってしまい、大変失礼致しました。
なるべく皆様の記憶の中から速やかにデリートして下さる事を望んでおります;;。(笑)




                                 




先日よりお伝え致しております五月十四日月曜日午前十時より出雲大社例大祭が斎行されます。
ご参列ご希望の方がおられましたら下記までご連絡下さいませ。
尚、大社側への返信が5月7日までとされておりますので、それまでにご連絡頂きたく存じます。
追って詳細をお伝えさせて頂きます。

  kimikimiblue13@gmail.com

ご参列の程、お待ち申し上げております。




                                  




今日午後からまた所用にて雨降る中、街中へ出向いておりました。
その時のことも揚げようかと思ったのですけれどいい加減長いので、明日に回そうと思います。
ちょっぴりだけ;お話したいことがありまして;。(笑)
何であるのか、少しだけお楽しみに。(でもないかな;)

明日からカレンダー通りの休みとなられる方、全く変わらずお仕事に向かわれます方、いずれになさいましてもどうぞ安全にはくれぐれも留意され
佳き日々をお過ごし下さいね。

本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。
コメント
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