日々徒然なるままに

日々感じたことを書いていきます、よろしくお願いします

おじからの贈り物

2018-03-15 19:30:24 | ちょこっとスピリチュアル
こんばんは。
昨日は暑いくらいの陽気でした。
今日は曇りのためかそこまでではありませんでしたけれど、夕方になると曇っている空からポツリポツリと雨が落ち出しました。
夜中に降って朝にはあがる様ですけれど、さてどうでしょうか。
朝はそんな曇りの空から始まりました。




                                 


                                


                                  





昨日少しだけ遠出をした位ですが、今日は疲れた感じがしております。
以前ならそこまで感じていなかった疲れですけれど、やはり歳を感じるものですね。
もっともこれを申すといけないのでしょうけれど、慣れた自分の車でない分、タイヤの違いもあるのかある程度のスピードになると不安定になり
どうにも運転しにくい感じが否めませんでした。
文句言うなら、自分でなんとかしなさいよ、とこれまた自分で自分に言い聞かすところではあります;。(苦笑)
バイクで往復した息子も、今頃疲れがでていなければよいけれどと思っておる、相変わらずの親バカ母ちゃんでございます;。


                                 


                                 






                                 





写真はご近所のさくらんぼがなる桜の樹です。
つい3、4日前まではまだ蕾は固かろうと思っておりましたけれど、昨日の暖かさで一斉に咲いたようです。
うちにも切った小枝を頂戴しましたが、昨日戻るとやはりこのように既に満開となっておりました。
これもよく申すことですけれど、年々気候も寒暖の程度が急変するようで、いきなり寒い、いきなり暑いという風になっておるようです。
上に着るものも次の日には何を着たらよいのかわからないような変化ですね。 
気候変動と共に体調管理にも気をつけたいものだと感じております。

そういえば昨日出かけた際、元々アレルギー体質の息子は車の中でも、また帰宅した部屋の中でも、つまりはどこでもティッシュが手放せない
ようでこの気候のせいか一気に花粉症の症状も出てきていたようでした。
自分は何年か前、起きると途端に目がかゆく鼻もむずがゆく、まずはそんな鼻を水で通して洗うことから一日が始まっていたことがありました。
耳鼻科へ行くと、はい立派な花粉症と言われ、それ用の薬も頂戴しましたけれど、あまり頼るのもどうかなの思いで結局は季節が進むまでどうに
も出来ずに過ごした覚えがあります。
一度なると治らないと言われますし、こりゃぁ来年からしんどいなと覚悟しておりましたけれど不思議と次の年からはそのような症状は全く出る
ことなく今に至っております。
ただ昨日も食事の際、海鮮丼についてきたお醤油をこれでもか;的にかけてそれでも味が薄いかもと感じていたのは、やはり鼻が利き難くなって
いるのかもしれませんね;。
うららかな春は嬉しいですけれど、このところはそうもばかり言っておられない季節となったようです。

                                



                                  





そんな様相の春の昨夜、シリウスと繋がってみました。



 〝  あなたの子供 息子さんと一緒に おじさんの墓参りに行かれたようですね

    彼(おじ)はあなた方に あるものを渡したかったのです

    それは 目には見えません

    表面上は わからないかもしれません

    けれど とても大事なものです

    それは 愛と呼ばれているものです

    なんだ そんなものと思いますか?

    宇宙では 愛が何にも勝るのです

    これから先 あなた方の見えない部分で 大きく支えてくれます

    あなた方が 彼にしてあげたかったこと
  
    それを 彼は向こうの世界へ帰ってから 返そうとしたのです

    受け止めて下さい

    大きな愛です


    私はシリウス いつも見ています   〟
                                 




                                     
                                     
                                 


シリウスのこの言葉、少し意外な気もしましたけれど、確かにそうかもとも感じました。
おじ自身、生前はおばが倒れて一人暮らしとなった際、遠くに離れた娘さん方とそれほど頻繁に会うことも出来ず、かと言って何がしかの相談事も
無いわけでもなく、そのような折に神事を通して相談出来たのは案外と自分達家族だったようでした。
自分もですけれど、主人が元気な頃には男同士というのもあるのでしょう、行けばやはり主人と二人してあれこれと話をしておりました。
それはこの相談事が解決してからも、気安く話せる相手としての役割もあったように思います。
すぐご近所におじの弟さんもお住まいになっておられましたが、気づいた時には癌が進行しており思った以上にお別れの時が早かったようでした。
そのような経緯もあり、一人暮らしのおじには色々なことが心労としても重なっておったのかもしれません。(おばも入院しておりました)
いつの頃からかおじも気づくと肺がんに罹っていたようで、掛った医師からは外科手術を勧められ、半ば否応なしに手術を受けたようでした。
化学的療法はどうなのだろうと思いましたけれど、そのような治療を施す病院自体があの辺りでは無いようでセカンドオピニオンという選択肢も
難しかったのかもしれません。
いずれにしてもかなりの広範囲で肺を切り取ったおじはその後、以前に比べると当然肺活量も減りそれまで米作りや桃の出荷もしていたようです
けれど、それらも全て止めてしまい、ひたすら療養して過ごす日々だったようです。
自分はその頃主人が家ではベッド上での生活でしたので、やはり以前ほどにはおじのところへ行かせてもらうことも格段に少なくなって来ており
互いにたまに電話で話す程度になっておりました。
そんな経緯があり、おじが他界した後は一周忌に呼ばれて参らせて頂いたのがおそらくおじの家に上がらせて頂いた最後であったかと思います。
その後に昨日も書いたように何年前かにお墓参りに来て、それからは気になりつつも足が遠のいていたのでした。
昨日はそんな何年越しかのお墓参りとなり、お互いに会いたいねと感じておったのかもしれません。
食事にしても今思うと、おじと共に美味しく食したあのお店にまた行ってほしかったのかもしれません。
そう考えると、どこへ行ってもご飯にたどり着けず、結局は舞い戻ったというのはそういうことだったのかも、とも思います。

そんな付き合いのあったおじからの、向こうの世界からの自分達への贈り物、それは此処でシリウスが話してくれたように確かに「愛」そのもの
なのかもしれない、そう感じます。
言われるように目に見えるものでも、計れるものでもありません。
ですけれど、何物にも変え難いもの、それも事実かと思います。
向こうの世界のおじからの、自分達に当てた途方もなく大きな素敵なプレゼント、そうなのかもと感じます。
目に見えない世界だからこそ、この言葉を信じて、感じて受け止めたい、そう思います。

おじちゃん、素晴らしいプレゼントを有難う、これからもよろしくね、そう心で返事をしておる自分です。





                                      




先だってよりお伝え致しております厳島神社参拝並びに宮島周辺探訪、三月十六日、九時半広島駅を車にて出発です。
お一人一万三千円この中には正式参拝の玉串料を含みます。(フェリー代、飲食代は含まれません)
ご参加お待ち申しております。

  kimikimiblue13@gmail.com

此方までご連絡下さいませ。


このお知らせもとうとう最後となりました。
やはり明日は一人で行って参るようです;。(笑)





                                     



本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。  
                 
コメント
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