東京 DOWNTOWN STREET 1980's

東京ダウンタウンストリート1980's
1980年代初頭に撮影した東京の町並み、そして消え去った過去へと思いを馳せる。

要町から新井薬師へ(18):新井天神・北野神社

2015-09-13 18:39:56 | 中野区
さて、新井薬師の裏手は、新井薬師公園になっていて、その向こうを中野通りが通っている。通りを渡っても、池のある公園がある。公園は元々皆新井薬師の境内地であったのだろうと思われる。


その隣に北野神社があるのだが、敷地の一角を玉垣で囲ってあり、区画整理記念碑が作られていた。雰囲気から見て、それ程古いものではない印象を受けた。高度成長期前後のものではないだろうか。機会があれば、詳細を調べに再訪したい。


そして、新井天神、北野神社の参道。


「新井一円の総鎮守である北野神社は新井天神と称し、文武両道の神とされる菅原道真公、また食物を司る保食神の二柱をお祀りしております。 当神社の創建年代は明らかではありませんが古くは天満宮と称し、天正年間(1573~1592)、新井薬師の開祖である沙門行春が建立したとも、それ以前よりこの地の鎮守社であったとも言われています。 境内には「新井」という地名の由来ともなった井戸が現在も使用されています。」(「北野神社」サイトより)


新井の名の起こりになったという井戸もあるという。これはモダンな手水舎。


創建不祥とのことだが、やはりこの辺りの歴史を見ても、新井薬師が栄えたことが大きいことが窺える。境内社の稲荷社。


新井薬師が別当という関係であったのだろうし、それ以上に一体のものとして長く存在してきたのだろう。


年代を感じさせる立派な社殿だが、建築年代などは出ていない。


今も新井薬師を訪れる人は、ここにも立ち寄っていくのだろう。


学問の神様、天神様としても大事に思われているのだろうか。


神楽殿も時代を感じさせる木造の良い雰囲気。


こちらは境内社に見えない立派な社殿だが、境内社の大鳥神社。


境内の御神木。


裏側は階段を下りて外に繋がる。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 要町から新井薬師へ(17)... | トップ | 要町から新井薬師へ(19)... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

中野区」カテゴリの最新記事