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片山修のずだぶくろ Ⅰ

経済ジャーナリスト 片山修のオフィシャルブログ。2009年5月~2014年6月

ラリック美術館の秘密

2009-07-13 19:21:14 | アート・文化
先だって、「箱根ラリック美術館」を見学する機会に恵まれました。
仙石原の国立公園内にある、約4000坪の美術館の敷地には、
およそ70種類の樹木が自生し、珍しい昆虫や草花もあります。
建物もじつに美しく、コレクションも素晴らしい。

ご存じのように、ルネ・ラリックは、1860年生のフランスの工芸作家で、
アール・ヌーボーとアール・デコの両方の時期にわたり、
ジュエリーやカーマスコット、香水瓶など、ガラスや宝石をつかって、
さまざまな工芸品を残しています。

そのラリック美術館のオーナーが、籏功泰さんです。
籏家は、先代が材木商で、その後、映画館やボーリング場、
ビルを東京都内に所有するなど、大変な資産家です。

今日の日本経済新聞の文化面を見ると、その籏さんが、
「山里を装うラリック」という原稿を寄稿されているではないですか。
お会いしたこともないのですが、
何か、知人の原稿を目にしたような懐かしさを覚え、思わず読みました。

原稿には、なぜ、籏さんが、工芸作家のラリックにひかれ、
コレクションをするようになったかが書かれています。
そして、わざわざ箱根の山のなかに美術館をつくった経緯がつづられています。

山は、山歩きの好きな籏さんご自身の行動の原点であると同時に、
昆虫や草花を好んでモチーフに用いた、ラリックの原点でもある。
また、ラリックは、自然に近しい日本の意匠の影響を強く受けている。
だから、籏さんは、どうしても、
日本の美しい自然の残る箱根の地に、
ラリックの作品を展示したかったのだそうです。

これは、現地で聞いた話ですが、実際に美術館が開館するまでには、
国立公園内でもあることから、厳しい環境規制があり、申請しては却下され、
なんと約30年もかかったといいます。
ようやく05年に、開館が実現したのです。

ラリックの作品は、もちろん素晴らしいですが、
籏さんは、それらの作品を、素晴らしい環境で見られるように、
さまざまな工夫をされています。
例えば、わざわざヨーロッパから、
ラリックの作品が飾られている「オリエント急行」の豪華サロンカーを
船で静岡県沼津港まで運搬。
それを、ずいぶん苦労して、箱根の山にあげ、展示されています。
サロンカーは、走っていた当時のままで、
その車内でコーヒーをいただくのは格別です。
近年地方の美術館を訪れる機会が多いのですが、
そのなかでは、ベスト3に入りますね。

これは蛇足ですが、
ラリックといえば、現在、六本木にある「国立新美術館」では、
「生誕150年ルネ・ラリック華やぎのジュエリーから煌きのガラスへ」
という企画展(9月7日まで)が開催中で、話題を呼んでいますよね。



“超アート”の発見

2009-06-22 16:43:25 | アート・文化
現在、日本経済新聞の文化面に、
画家・山口晃さんの「美のよりしろ十選」が連載中です。
前回のこの欄は、遠州茶道宗家・紅心小堀宗慶宗匠の「心に残る名碗十選」で
茶道を、少々たしなむ私は、これも毎日愛読していました。
しかし、今回は、伝統ある碗とうってかわって、
日本を代表する現代アーティストによる連載です。
これが、じつに興味深いというか、サプライズの連続なのです。

山口さんは「美のよりしろ十選」第1回目(6月11日掲載)のなかで、
次のように記しています。
「美に特化していないがために、かえってそこに美の現れるときがある。
その物の美的な部分が無為化、空洞化しているゆえに、
各人の思う美を託す『よりしろ』たりうるからだ」
一回目に紹介されているのは、「ビデオカメラの内部」。
テープを出し入れする部分を開き、内部に精緻な機械が見えている写真に、
その「美」が解説されていました。
これは、まあ、理解できます。ああ、メカニックな美かと。

ところが、驚かされたのは第2回目(6月12日掲載)です。
空っぽの「モノレール車内」の写真が載りました。
これが「美」と。
掲載された浜松町―羽田空港間のモノレールは、私も時々利用しますが、
座席はあちこち向いていますし、大きさもまちまちで、床に段差まであり、
使いにくいばかりで、美しいなどと思ったことはなかった。
しかし、山口さんは、「多様な大きさの面が複雑に、整然と並ぶさま」に
「桂離宮の新御殿上段の間の桂棚を思い起こさずにはいられない」といい、
その「美」を語っているのです。ウーンとうなりましたね。
この発想には、正直、衝撃を受けました。

それから、4回目(6月18日掲載)は、「寺にある小屋」が紹介されていました。
拝観券やお札類の販売所、札受所などの用途に使われる、
観光地の大きな寺の堂内にある小屋のことです。
これには思わず、「いや、まいったね……」と叫びましたよ。
なぜ「寺にある小屋」が「美」か、知りたい人は、
18日の新聞を引っ張り出して読んでみて下さい。
そして、6回目の今日は「電柱」ときました。もう、飛び上がりましたね。

電柱は、景観を損ねるといわれ、
景気対策もかねて地中に埋めてしまおうという話があるほどです。
いままでこれを、「美」の対象として見上げた人が、
山口さんを除いて、ほかにいたでしょうか。
これも、その理由を知りたい人は、今日の日経新聞の文化面を見て下さい。

思えば、「美」の定義は、時代とともに変化し続けています。
1917年、フランス出身、後に米国で活躍したマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)は、
サインしただけの既成品の“便器”を「泉(Fontaine)」と題して、展覧会に出品しました。
これは、当時の美術界で大きな物議を醸した、有名な出来事です。
それから、90年以上が経っています。
「美」は、すでに、「美しいかどうか」ではなくなっていますね。
現代の「美」は、「サプライズ」ではないでしょうか。

モノレールの車内や、電柱など、普段見慣れたはずの風景に
「美のよりしろ」を発見する。
つまり、超アートの発見。
じつに、クリエイティブな発想にみちみちているではありませんか。

この驚くべき“アートの持ち主”の山口晃さんは、1969年生まれ、群馬出身です。
東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程修了。
彼の作品は、私も雑誌か何かで見たことがありますが、
大和絵の伝統文化を取り入れ、非常に緻密に描かれた作品です。
一つの画面のなかに過去と現在と未来を混在させるなど、時空間がメチャクチャ。
じつに遊び心に溢れています。
彼は国内外で高く評価され、現在、CDのジャケットやパブリックアートなど、
幅広い活動を行っているようです。
現代美術界で、最も注目される画家の一人といっていいでしょう。

山口さんの連載はあと4回続きます。
何が紹介されるか、ドキドキしながら楽しみにしています。



犬も歩けば棒にあたる

2009-06-15 18:46:31 | アート・文化
今年は、永井荷風の生誕130年、没後50年にあたることから、
永井荷風にちなんだ記事が、各紙に掲載されています。
その影響もあってか、“荷風ブーム”が起きています。
13日の日経新聞の文化面にも荷風の記事が出ています。
「時代の変わり目に、荷風の自由な生き方が共感されて読まれる」
とある通り、この世界同時不況の世の中で荷風がブームになるのは、
あらゆるものから解放され、自由に生きた荷風の生涯が、
多くの現代の日本人にとって、ある種の理想だからではないかと感じますね。

荷風の記事は、14日の東京新聞にも出ています。
愛読している「焦土からの出発」という連載に、
荷風の話題が取り上げられているのです。
記事は、荷風の『断腸亭日乗』に出てくる、
荷風が贔屓にしていた、荷風ファンにはお馴染みの店を訪ねてルポしています。
例えば、戦後、荷風が通っていた「どぜう飯田屋」や「そば店尾張屋」に出かけて
生き証人から話を聞いています。
そして、荷風が記した内容と、おかみさんの証言を照らし合わせているのです。
この記事は、非常におもしろく読みました。
そこに生きていた荷風を、リアルに感じることができる記事です。

ジャーナリズムにおいては、記者が自ら歩き、取材をすることでしか、
現場の声をリアルに記事に取り込むことはできません。
ジャーナリズムも、モノづくりも、現場が第一です。

昨今、新聞記者の取材力が劣化しているといわれます。
聞いた話では、最近の記者は、
インターネットからネタを拾って書くという話まであります。
その点、「焦土からの出発」という連載は、近頃のルポのなかでは出色です。
まさしく戦後をリアルに感じさせてくれる記事だと思いますね。
やはり、ジャーナリストは現場です。
犬も歩けば棒にあたるのです。