片山修のずだぶくろ Ⅰ

経済ジャーナリスト 片山修のオフィシャルブログ。2009年5月~2014年6月

「東京スカイツリー」あんな話、こんな話⑦

2012-03-29 22:08:22 | 社会・経済

鉄はいまだ「産業の米」

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※スカイツリーを足元で支える鉄骨

製造業にとっても、建設業にとっても、欠かせないのが素材です。
自動車の素材の鉄も、東京スカイツリーの素材の鉄も、

同じ鉄鋼メーカーが担っています。

今日、
製鉄業は斜陽産業のイメージがあります。
製鉄業は、高炉の新設に数千億円の投資が必要とされるなど

規模がモノをいう、いわゆる装置産業です。
近年はグローバル化の進展で、
世界規模の再編が相次いでおり、
新興国メーカーとの価格競争も、激化する一方です。
景気のいい話は、あまり聞かれません。

しかし、そのなかで、
国内鉄鋼業は、
世界最大手のアルセロール・ミタルをはじめ、ポスコ、
中国メーカー各社などと比較して、
高い利益率を維持します。
他国では製造が困難な、高い品質の鋼材を、
開発、生産できる技術力があるからです。
トヨタなど日本の
自動車産業が、今日、世界有数の競争力を持つのは、
高い技術力を誇る
日本の鉄鋼業を抜きにしては考えられません。

スカイツリーも、同じです。
鋼材には、
従来の建材とは異なる、特別の性能が求められました。
通常より高い
「強度」に加えて、「靭性」と呼ばれる粘り、
そして、溶接のし易さである
「溶接施工性」の三つの性能です。
受注したのは、
JFEスチール、新日本製鐵、
住友金属工業、神戸製鋼所
の国内鉄鋼4社です。

開発の第1のポイントは、
鋼材の成分調整です。
鋼材は、鉄、マンガン、ケイ素、ニッケル、クロム、モリブデン、
バナジウムなど、さまざまな元素を成分調整して開発します。
求められる性質を出すために、
何を、どのくらい入れるかがポイントです。
第2のポイントは、
生産工程にまつわるプロセス技術
とくに、「TMCP(熱加工制御)」と呼ばれる
温度制御の技術です。

TMCP
は、わかり易くいえば、
鉄をいかに冷やすかです。
冷やし方にムラがあると、あたたかいところは伸び、
冷えたところは縮みますから、
鋼材の表面が
ワカメのように波うってしまう
のです。
JFE
スチールは、鋼材の冷え方のばらつきをなくす
独自技術をもっています。
その
技術を応用し、スカイツリー用の鋼材開発にいかしました。

新たな鋼材の開発は、
ゼロから取り組めば、
10年や20年
といった長い時間がかかります。
JFEスチールをはじめ、日本の鉄鋼メーカー各社は、

これまでの技術の蓄積があったからこそ、
スカイツリー用の鋼材を短期間に開発することができたのです。

かつて
鉄は、「産業の米」といわれました。
今日
「産業の米」は半導体といわれます。
ところが、スカイツリーを見る限り、

依然、鉄は「産業の米」ではないでしょうか。
少なくとも、
日本の鉄鋼産業は、健在といえると思います。


「東京スカイツリー」あんな話、こんな話⑥

2012-03-28 18:18:32 | 社会・経済

建設現場の「職長会」

製造業の工場には、たいてい「職長」と呼ばれる人がいます。
作業
現場において、指揮、監督、指導にあたる、いわば現場監督者です。

スカイツリーの建設現場にも、やはり、職長さんがいます。
以前にも触れた通り、スカイツリーの建設現場には、

約150社にのぼる専門業者が入ります。
それぞれがプロ集団で、異なる仕事を行います。
各業者のトップ、すなわち
管理者が、職長と呼ばれます。
建設の工程の確認や進捗など、業務に関する内容の会議は、
職長レベルの人たちが、毎日集まって行います。
さらにおもしろいのは、彼らは
自主的に
「職長会」を組織
しているということです。

「職長会」では、現場の作業員たちの体調管理や、
最前線での安全の徹底など、働きやすい環境づくりを行います。
例えば、スカイツリーの現場では、「職長会」が中心となり、
ヒューマン・エラーによる事故を防止するため、
毎朝、一部の現場で、
作業員の
血圧検査とアルコール検知
が行われました。
共同で使っている
休憩室の掃除、トイレットペーパーの補充など、
細かいことはすべて、「職長会」を中心として、

現場の作業員たちが、自主的に行っているのです。
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※内装中の東京スカイツリー天望デッキ。

ピーター・F・ドラッカーは、
こうした、事業上の成果に直接結びつかない仕事を「家事活動」と呼びます。
成果を生まないし、専門的でもないため、軽視されがちな仕事です。
ドラッカーは著書『マネジメント 中』(ダイヤモンド社・上田敦生訳)
のなかで、「家事活動」を軽視させないための方法として、
「家事活動を職場コミュニティに任せることである。
従業員のための活動であれば、従業員に任せるべきである」
と書いています。スカイツリーの現場は、これを地でいっているわけです。

上から押し付けられるのではなく、
あくまで自主的に、作業員たちが自らの職場環境を整える。
極めて日本的な現場のマネジメント風景だと思います。
報酬などの見返りを求めるのではなく、
環境を整えるために行う自主性は、じつに、しなやかだと思います。
「家事活動」に限らず、日本の製造業や建設の現場では、
現場レベルで変更できる改善点や、小さな知恵を集め、
絶えず、作業効率や職場環境を改善する努力がなされています。
これは、日本の現場が、強いといわれる要素の一つといえます。


「東京スカイツリー」あんな話、こんな話⑤

2012-03-27 20:54:31 | 社会・経済

日本人が得意な「すり合わせ」技術

日本の製造業は、「すり合わせ」が得意といわれます。
「すり合わせ」とは、簡単にいえば、
きめ細かな連携や調整のことです。
自動車でも、家電製品でも、
開発現場の小さなチームで、
互いに「すり合わせ」を行いながら、
品質を磨き上げ、
製品をつくり込んでいく
のは、日本人が得意とするやり方です。

東京スカイツリーの建設現場でも、「すり合わせ」が行われています。
例えば、スカイツリーの建設現場に入る関連会社の数は、

約150社に及びます。超過密スケジュールの建設を、
円滑に進めるためには、すべての企業に
高い品質が求められ、
各企業は建設現場に、
資材を
「ジャストインタイム」で運びこまなくてはいけません。
施工者の
大林組のマネジメント能力もさることながら、
企業間のきめ細かな連携、調整、
すなわち
「すり合わせ」は欠かせないのです。

一例をあげれば、スカイツリーに使用される
鉄骨は、
全国に散らばる
4社のファブリケーター(鉄骨加工メーカー)の、
19の工場で製作
され、毎日必要な鉄骨だけが、
現場に運び込まれました。

4社が4様のつくり込みを行いますが、
すべての鉄骨が、求められるスペックを満たしてつくり上げられました。
各ファブリケーターと大林組、設計・監理の日建設計との

「すり合わせ」がカギを握りました。

鉄骨の素材をつくる鉄鋼メーカーでも、
「すり合わせ」が行われていました。
例えば、
JFEスチールです。
同社は、スカイツリーの半分以上、約2万㌧の鋼材を納入しました。
これらの鋼材を生産したのは、東日本製鉄所の京浜事業所、
西日本製鉄所の倉敷事業所、福山事業所の
3か所です。
それぞれの製鉄所で、ミル(圧延機)が違い、
伝承されているノウハウも違う。

同じ性能を要求しても、できあがる製品の性能が
変わってしまうことも起きるといいます。

そこで、JFEスチールは、
月に一度、
各部署のプロジェクト担当者約20人が集まって、テレビ会議を開き、
情報共有を図りました。さらに、会議の場で「すり合わせ」を行って、
製鉄所間の製品の性能を、一致させたのです。Pa300882

※東京スカイツリー天望デッキから直下を見降ろす。

日本人が好きな、微細な調整や「すり合わせ」は、
ときに、
スピード感に欠け、非効率と批判されます。
しかし、
日本人の強みは、むしろ調整後に発揮されます。
時間がかかった分、
各自が納得する形で進む方向が固まれば、
一致団結し、一気に突き進み、大きなことを成し遂げます。

スカイツリーの建設では、「世界一のタワーをつくる」の合言葉のもと、
各社が互いに「すり合わせ」をし、社内でも「すり合わせ」をしながら、
チーム力で、難工事を完遂したのです。


「東京スカイツリー」あんな話、こんな話④

2012-03-26 20:24:05 | 社会・経済

“無名の冒険家”たちを突き動かす「殺し文句」

東京スカイツリーの建設は、あらゆる場面に“無理難題”が転がり、
課題が山積し、イノベーションが求められました。
例えば、
3年半という工期自体が、難問でした。
施工者の大林組は、
ゲイン塔の「リフトアップ工法」や、
心柱の「スリップフォーム工法」をはじめ、
さまざまな
驚異的な技術で、ほぼ計画通りに工事を終わらせました。

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※東京スカイツリータウンの模型。いまやほんものが完成した。


最大直径2m30㎝の鋼管を、
ミリ単位の精度で加工することも、難問でした。
それぞれのファブリケーターや造管工場の現場では、
これまでに使ったことのなかった
“レーザー芯出し器”を使ったり、

鋼管を切断する専用の「自走式切断機」を、
下町の中小企業にお願いして、特別につくってもらうなど、

小さなイノベーションを繰り返し、最終的に、
全メーカーが
「公差」内の誤差で鋼管をつくり上げました。

ライトアップをはじめ、施設内照明の
オールLED化を実現した
パナソニック電工(現・パナソニック)でも、
当時は、
タワーのライティングをLED化しようとは、
誰も考えもしなかった
ところから、数々の困難を乗り越えて
光量を確保でき、光を遠くまで飛ばせ、狭角配光が可能な
LED照明器具を開発しました。

カギを握った「反射板」には、これまた

下町の中小企業がもつ、

“絞り”の技術が使われています。

なぜ、関係者たちは次々と無理難題を解決できたのか。
設計・監理を担った
日建設計の、ある担当者は語りました。
「現場では、変更や調節があることはたびたびですし、
意見ぶつかるときも、当然あります。
その時の
殺し文句は、
『世界一をつくるんだから、そこ頑張ろうよ』でした。

『そこ、もうちょっと粘りましょうよ』というわけです」
当然、施工者をはじめ、
関係者はみんな、プライドをもっています。
「世界一をつくるんだから」といわれれば、乗るしかない。
よりよいものをつくろうと、多くの人々が努力を積み重ねました。

自立式電波塔として「世界一高いタワーの建設」は、
リスクを賭けた冒険であり、挑戦そのものでした。
さまざまな形で、スカイツリーに携わった人たちは、

「無名の冒険家」であり、「無名の挑戦者」といっていいでしょう。
「世界一」のプロジェクトに参加することは、
彼らの
心を奮い立たせ、イノベーションへと駆り立てました。
スカイツリーが、現在の姿を実現したのは、

数々の挑戦があり、イノベーションがあったからにほかなりません。