さて前述したように具体的に数字をあげて「時間遅れの合成則」が語っている事を見ていきましょう。
このとき基本になるのは「速度の合成則」です。
そうして「速度の合成則」は認めるが「時間遅れの合成則」は認めない、というスタンスは取る事ができず、この2つの合成則はコインの裏表であって、切り離す事はできません。
さてそれで、ここでは慣性系①~③と3つの慣性系が登場します。
元になるのは慣性系①であり、ここから慣性系②を見た時の相対速度をV1とします。
次に慣性系②から慣性系③を見た時の相対速度をV2とします。
それでこのような舞台設定の時に慣性系①から慣性系③を見た時の相対速度をVとした時に、Vはいくつになるのか、に答えるのが「速度の合成則」となるのでした。
それでその式は
V=(V1+V2)/(1+V1*V2)・・・④式
但し相対速度は光速Cで規格化していますから0<V,V1,V2<1となります。
今V1=V2=0.8とします。
その時に慣性系①から慣性系②を見た時の時間の遅れは
Td(①->②)=sqrt(1-0.8^2)=0.6 ・・・計算①
です。
そうしてまた慣性系②から慣性系③を見た時の時間の遅れは
Td(②->③)=sqrt(1-0.8^2)=0.6 ・・・計算②
となっています。
そのようであれば当然、慣性系①から慣性系③を見た時の時間の遅れは
Td(①->③)=Td(①->②)*Td(②->③)
=0.6*0.6=0.36 ・・・計算③
と計算するのが常識であり論理的であります。
それで次は慣性系①から直接、慣性系③を見た時の時間の遅れを求めます。
まずは相対速度Vを計算します。
V=(0.8+0.8)/(1+0.8*0.8)
=0.97560・・・(循環小数)=40/41 です。・・・計算④
従って時間の遅れは「時間の遅れ則」に従って
Td(①->③)=sqrt(1-(40/41)^2)
=0.21951・・・(循環小数)=9/41 ・・・計算⑤
となります。
それで見て分かりますように、ここで深刻な矛盾に出会う事になります。
慣性系③の時間の遅れについて
①->②->③のパスで計算しますと0.36
しかしながら
①->③のパスですと0.21951・・・(循環小数)=9/41
この状況は困ったものであり、実際の場面でこのような状況が起こる、という事はありえません。
それで時間のおくれが計算できましたので具体的な時刻を出してみますと、
慣性系①で1秒経過した時、慣性系②では0.6秒の経過です。
そうして慣性系②で0.6秒経過した時、慣性系②では0.36秒の経過です。
しかしながらこの時に慣性系①から慣性系③を見ますと0.21951・・・秒の経過となっています。
さて慣性系②と慣性系①は同じ慣性系③を同時に見ているにもかかわらず、このままでは異なった時間の遅れを観測する事になります。
それでこれは明らかな矛盾であり、実際の現場ではこのような事、同じ時計を同じタイミングで見た時に異なる時刻を報告する、と言う様な事は起こりえません。
なぜなら慣性系③の時計の針は同時に二か所を指す事はないからであります。(この状況は「慣性系③の時計はデジタル表示である」とすれば、もっと明白になりますか。)
さてそうなりますと上記の議論の中でどこかに間違いが入り込んでいる事になります。
1番目の可能性は「慣性系①から慣性系②をみて0.6秒、それから慣性系②から慣性系③を見た時に0.36秒の経過であるとする計算は間違っている」、というものです。
2番目の可能性は「慣性系①から慣性系③を見た時に0.21951・・・秒の経過であるとする計算は間違っている」というものです。
それに対する特殊相対論の答えは「時間遅れの合成則が成立している」というものになります。
つまり「慣性系①から慣性系③を見た時に0.21951・・・秒の経過である」と言うのが正しい、と言うのが特殊相対論の主張です。(注1)
このときに「あくまで全ての慣性系は同等である」という立場にこだわるならば、このパラドックスからの出口はありません。
事実、それぞれの慣性系から相手の慣性系を見た時の相対速度V1,V2,Vに対しては疑問の余地がないからです。
そうしてまた「時間遅れ則」を認めるならば
時間の遅れ=sqrt(1-相対速度^2)
であって、そうやって計算する手順については計算①、②、および⑤は全く同じ計算をしています。
したがって「あくまで全ての慣性系は同等である」という立場では袋小路に入り込み、このパラドックスから抜け出す事はできません。
しかしながら現実には慣性系③の時計はただ一つの時刻を示している事でしょう。
それで、その時刻が0.36秒とするか0.21951・・・秒とするのか、という話になります。
どちらの肩を持つのですか、という訳ですね。
それでこの時に「時間遅れの合成則は成立していない」=「0.21951・・・秒とはならない」という立場に立ったとします。
つまりそれは「慣性系①から慣性系③を観測した時の時間の遅れは相対速度Vから計算される値にはなっていない」と主張する事になります。
しかしながらこの立場は「慣性系①から慣性系②を観測した時の時間の遅れは相対速度V1から計算される値になってる」と主張しなくてはなりません。
なぜなら「慣性系②から慣性系③を観測した時には時計の針は0.36秒である」と主張する為には、その前提として「慣性系①から慣性系②を観測した時の時間の遅れは0.6である」としなくてはならないからです。
それはつまり「慣性系③については相対速度Vから時間の遅れは計算できない」が「慣性系②については相対速度V1から時間の遅れは計算できる」という主張となります。
そうなりますと「何故、慣性系③については相対速度から時間の遅れが計算できないのですか?」=「慣性系③と慣性系②の違いはなんですか?」という質問に答える必要が出てきます。
そうして、その質問に対する答えはありません。
他方で「時間遅れの合成則は成立している」=「0.21951・・・秒である」という立場に立ったとします。
この場合は慣性系①から慣性系②、および③に対してはその相対速度V1,およびVに応じた時間の遅れが「時間の遅れ則」に従って観測される、という事になります。
ただし慣性系②から慣性系③を観測した時は時間の遅れは相対速度V2から計算される値にはならい、という事になります。(注2)
それはつまり「慣性系②は慣性系①と平等ではなく、慣性系①の方が優先される」という事です。
さてまとめましょう。
以上みてきましたように、慣性系②から慣性系③を見た時の相対速度V2に基づく時間の遅れの計算はそのままでは成立しない、と言うのが特殊相対論の答えになっています。
しかしながらこの場合、慣性系①から見た時の相対速度VおよびV1に基ずく時間の遅れの計算は成立している、
つまり
「慣性系①は慣性系②より優先されると特殊相対論は主張している」と理解される事になります。
注1:ここでは「時間遅れの合成則」が明示されていません。
それで上記の場合「時間遅れの合成則」では
Td(①->③)
=(Td(①->②)*Td(②->③))/(1+V1*V2)
=(0.6*0.6)/(1+0.8*0.8)
=0.21951・・・(循環小数)=9/41
となっていて、上記の計算と同じ結果を与えます。
注2:それではTd(②->③)はいくつになるのか、といえば
Td(②->③)
=sqrt(1-V2^2)/(1+V1*V2)
=(0.6)/(1+0.8*0.8)
=0.36585365・・・
と計算できます。
これを使えば従来の我々の常識である
Td(①->③)=Td(①->②)*Td(②->③)
が成立します。
ちなみにV1,V2<<1の場合は
1/(1+V1*V2)≒1 と
近似することが出来、これは我々が暮らす速度の範囲ではTd(②->③)に修正係数を掛けることなく
Td(①->③)=Td(①->②)*Td(②->③)
が成立している事を示しています。
追伸
以上の議論の具体的な例として地球が慣性系①なのかそれとも②であるのかを具体的に検討したものが
円運動を使った基準慣性系の判定・相対論 : http://fsci.4rm.jp/modules/d3forum/index.php?topic_id=3953#post_id27821
となります。
追伸の2
以上のようにして「速度の合成則を使う時」には意識するとしないとにかかわらず、「時間の遅れについては慣性系①が慣性系②に対して優越している=慣性系①が優先慣性系である、という事を認めている」と、そういう事になります。
あるいはもう少し言うならば「速度の合成則を認める=特殊相対論を認める」ならば 、「時間の遅れについては慣性系①が優先慣性系である=全ての慣性系が平等という事ではなく、優先する慣性系が存在する、という事を認めている」と言えるかと思われます。
さてそれでこの状況について少々コメントするならば「特殊相対論は我々よりもこの宇宙についてはより深く理解している」とでもなりますか。