仕事納め前日、がんセンターW嬢の送別会、2次会への道すがら。
浅野川、梅の橋で、誰ともなしに雪合戦がはじまった。久しぶりで(学生の頃以来???)面白かった。また今度、一緒にやろう。 ハウル
仕事納め前日、がんセンターW嬢の送別会、2次会への道すがら。
浅野川、梅の橋で、誰ともなしに雪合戦がはじまった。久しぶりで(学生の頃以来???)面白かった。また今度、一緒にやろう。 ハウル
芸を披露しているわけではございません.
最後に幻想的な心温まる画像を.いい塩梅でブレています.
6月27日に福井県済生会病院にて第95回日本消化器内視鏡学会北陸地方会が開催され、毛利がシンポジストとして末席を汚して参りました.テーマは「非切除悪性胆道狭窄に対する内視鏡治療の現況」で、当科の8年分のデータをまとめて発表しました.座長の一人が当科OBの渡邊弘之先生でしたので、最初から内輪の会の雰囲気で?無難に?終了いたしました.
些か報告遅れましたが、第48回日本癌治療学会学術集会が2010年10月28日~30日の期間、京都で開催され、発表してまいりました.
ついでに水炊き、湯豆腐、堪能してまいりました.
京都出身の金沢某店某ご店主に、京都でおいしい豆腐はと尋ねたところ、「森嘉の豆腐食べたらよそのは食べられまへん」との回答.嵐山の西山艸堂が森嘉の豆腐を出しているとの情報を入手、男一匹嵐山まで行ってきました.
西山艸堂ですが、12時ごろ到着したときはほぼ満席状態.おひとりさまはざっと見渡したところ僕だけでした・・・.
肝心のお味の方ですが、一品一品丁寧につくられていて、大変おいしゅうございました.ただし怒涛の如きスピードで次から次へと料理が運ばれてきて、こちらが煽られるように食べるといった展開になってしまい、結構品数があったのですが20分くらいで終わってしまいました.他のお客さんも同様お店のペースに巻き込まれ、お店を出るころには殆ど空席になっていました.なんせ名うての観光地、たくさんのお客を捌くために編み出された戦術とは思いますが、もう少しゆっくりさせていただきたいものです.
ちなみにメインの湯豆腐、きめ細かく舌触りも滑らか、さすがとは思いましたが、多分美川の豆腐と並べられても私の能力では鑑別困難かと・・・.今度は冷ややっこで食べてみたいものです.
私事で恐縮ですが、この度総合内科専門医試験に合格しました。
昨年受験したがん薬物療法専門医試験ほどは難しくはなかったものの、試験勉強の期間が1ヶ月あまりと準備が不十分であり、認定医試験の問題より2
ランクは難しかったので、合格するか半信半疑でしたが、何とか引掛かることが出来ました。いろいろとご協力していただいた先生方にはこの場をお借りしてお礼申し上げます。
総合内科専門医試験は専門の10分野の症例をそれぞれ2例ずつ、計20症例の病歴要約と筆記試験があり、その合計で合否が判定されます。病歴要約は認定医を取得してからの症例に限られているため、症例に偏りは出てきますが、腫瘍に併発した合併症などを中心に何とか症例を揃えました。また、筆記試験については、認定医の過去問、問題集、内科学会雑誌などで勉強しましたが、内科全般だけあって範囲は広く、直前に必死に知識を詰め込みました。
自分は医者になって17年目になりますが、現在消化器を中心とした腫瘍を診療していることがほとんどで、専門分野以外の知識には乏しくなってきており、このままではいけないと感じたのが試験を受けるきっかけでした。例えば、膵癌の患者さんであっても、循環器や呼吸器の疾患を合併していることもありますし、化学療法によってさまざまな有害事象を併発することもあり、腫瘍内科の知識以前に一般内科の知識は必要不可欠と考えられます。今回の試験で身に付けたものを試験で終わらせるのではなく、日常臨床に還元することで (これを「活学」と言います) 初めて試験に合格した意味があるのではないかと思っています。
やはり何か目標を持って頑張るというのはいいものですね。昨年、今年と専門医試験を経験して、日常の診療をやりながらの準備は正直かなりきつかったですが、精神的には鍛えられたような気がします。
次なる試験の目標は金沢検定です! (これは冗談です)
文責 大坪公士郎
試験問題は60問で、42問以上正解(100点満点で70点以上)で合格。昨年の試験では平均45−46問正解だったらしい。結構不合格者が出る試験。ところがその事実を知ったのは幕張メッセに出発する前日。運転免許の学科試験ノリで来てしまった私は、全く勉強してこなかった(またしても浅はかだよ、ハウル君)。少し諦めムードも漂うセミナー1日目。その日はさっさと寝た。
翌朝5時に起きて勉強してみた。でも慣れないことするからか7時頃には睡魔が襲い、頭が混乱してきた。朝9時からのセミナー。話の半分ほどしかフォローできない。そのまま午後の試験に突入。あっという間の90分。勉強してない割には、意外と書けた。おそらくは日頃の耳学問のおかげだろう。がん高度先進治療センターには内科医と外科医、呼吸器科と消化器科出身の医師がいるため、自分が主治医でなくてもカンファレンス、回診、セミナー等で見聞きしている範囲は広い。一度聞いたことがあるかどうかの差は大きかった。
見直しはしない主義なのだが、回答中に怪しい、解らないと思った問題には△印を付けておいたので、その数を数えてみた。16個あった。おおむね二者択一までには絞り込めているので、正解の確率は二分の一。ということは、8問不正解。18問間違えても良いはずだから、いけるか?と考えているうちに試験終了。可能性は二つ。自分の準備不足で不合格となるか、日頃の診療体制のおかげで合格となるか。
試験会場出口でZさんが待っていた。二人並んで駅へ向かう。彼は言う。
「引っかけ問題たくさんあったね。」
「そうやね。」 本当にそうだ。
「今日帰るの?」
「そうだよ。」 明日も仕事だもん。でも最終列車だから時間はある。
「Zさん、飲みにいこうか。」
「おう、いいねえ。」
「俺、全然店とか解んないから、決めて。」
「じゃあ、東京駅まで行って、まるびるにでも行く?」
「そこでいいよ。」 まるびるって何?丸いビル?わかるわけないじゃん。
東京駅で降りて、Zさんの後を歩く。都会の雑踏。相変わらず人ばっかり。みんな何考えているんだろう。こんなところに半年もいたら、やっぱりおれの頭はおかしくなるな。
まるびるについた。別に丸くはなかった。金沢の「まる美ぃ」について教えておく必要がありそうだ。一階のエスカレーター前に店舗一覧があった。店舗の数は半端じゃない。さすが東京。場所は決めてもらったから、店はおれが決めたほうがいいか。金沢からきているので魚は今イチ、でも肉はあまり好きじゃないし。よし、決めた。
「天ぷらにしよう。」 私は一軒の天ぷら屋を指差した。
「うーん。」 しばらくZさんは店舗一覧を見渡していた。「ここにもう一軒お座敷みたいな店あるけど。」
高そうだな。でも手が出ない訳じゃなさそうだ。学生の頃ならありえない値段だけど、今なら払えるよな。折角東京まで来ているんだし、試験も終わったしここでも良いか。でもZさんと高い天ぷら食べるのって、何か違うよな。安酒飲んで、あーだこーだ自分たちの演奏のことをうだうだ言ってたんだもんな。この店にしようってZさんが決めてしまわないのも、ちょっとおれとの距離感に戸惑いがあるんだろうなあ。医師として見るか、元あほ学生として扱うか。うーん。でもおれ、やっぱり浅はかだし。
「安いほうでいいよ。ビール代で十分値段高くなるから。」
「はは、そうかも。」
私たちは安い方の天ぷら屋に入った。店を選べるようになった分だけ、二人は昔とは違う。
11月21日 (日) に金沢大学医学部で第96回日本消化器内視鏡学会北陸地方会が開催されました。今回の地方会では「北陸における超音波内視鏡 (EUS) の現況」についてのシンポジウムが企画されました。EUSは、胆・膵領域の詳細な観察目的に開発され、1980年に初めて報告されましたが、当科では1984年に自分の研修医時代の指導医でもある岡井 高先生がEUSを導入されました。2003年からは自分がその後を引き継ぎ、今日まで25年以上にわたりEUSを日常臨床で施行し、多くの学会、論文報告を行ってきました。
今回の学会では、小生はシンポジストとして「当科における胆・膵領域のEUSの現状と今後の展望」についての発表を行いました。当科では2003年から2010年9月まで計579件のEUSが施行されましたが、関連施設での検査も含めると約800件にも上ります。今回、当科で経験した胆・膵疾患271件、303病変についての検討を行い、主に膵癌、膵管内乳頭粘液性腫瘍 (IPMN)、慢性膵炎におけるEUSの有用性に関する検討につき講演しました。EUSはその手技がやや難しいため、十分普及しているとは言えず、自分も初期の頃はその習得に大変な苦労をした経験がありますが、他の画像検査にはない有用性があり、消化器疾患の診療には不可欠な検査と考えられます。さらに、EUSを応用した超音波内視鏡下穿刺術 (EUS-FNA) は、膵腫瘍、胃粘膜下腫瘍などの組織診断、膵仮性嚢胞ドレナージなどの治療に有用ですが、本年4月からは保険適応になり、当院でも11月下旬にEUS-FNAのスコープが納入されました。EUS-FNAは今後益々発展してゆく分野と思われます。
当科では、がん薬物療法に関する研修が積めるのみならず、消化器内視鏡、特に胆・膵領域におけるERCP,EUS,EUS-FNAのスペシャリストの育成にも携わっています。
興味のある方、是非当科で一緒にやってみませんか?
文責:大坪公士郎