<アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <4>虐待 「教育」の呪縛、解けず
2018/6/6 朝刊
画像;カーテンが閉ざされた加藤智大の実家。ここで母親から虐待を受けて育った=青森市で
算数の九九を間違えると、湯船に頭を沈められる。作文の宿題は、母親が納得するまで書き直しを命じられる。「うちよりハードな親がいる」。会社員だった加藤なほ(35)は、同世代の凶悪犯が母から受けた仕打ちを知って愕然とした。
2008年、同姓の加藤智宏(35)が秋葉原無差別殺傷事件を起こした直後。なほは、自分の親の「しつけ」が他人と違うと、うすうす感じていた。加藤に似ていると思い、インターネットで生い立ちを調べた。
加藤の母は名門・青森高校を卒業したが、大学進学をあきらめた。小学生の頃から加藤につきっきりで勉強を教えたが、加藤は同じ青森高に進んだ後、勉強への意欲を喪失。公判で母は「東北大か北海道大を目指してほしかった」と語り、虐待を「しつけの一環」と正当化した。
加藤の父は子育てに口を挟まなかった。青森市の自宅はカーテンが閉ざされ、庭木は枯れたまま。いまも住む父は、取材に「あの日から時間は止っています」。母については語ろうとせず「何が原因で事件を起こしたかは分からない」と繰り返した。
なほも、経済的理由で大学進学を断念した母に「将来は医者か公務員か教員に」と言われ、塾に嫌々、通った。母が認めない友達との交通がばれると、夜に山へ連れて行かれ、小屋に閉じ込められた。加藤と同様に、なほも進学校に入った後に「燃え尽きて」勉強をやめた。父の影の薄さも同じだった。
異常な家庭だったと確信し、なほは母に殺意まで抱いた。「私には友達がいたが、加藤には受け止める人がいなかった。事件は親への復讐だったのでは」。実際、加藤は裁判で「百点を取って当たり前。1つでも間違えると叱られた」「母にほめられた記憶はない」と主張した。
親が子どもに勉強で過重な負担を強いる。事件から3年後の11年、研究者が初めて「教育虐待」と定義し、実態が知られるようになった。親子間の殺人につながる例もある。
虐待に遭った子どもを保護する「カリヨン子どもセンター」(東京)でも近年、教育虐待の被害者は珍しくない。高校3年だった少女は、母の意向で幼い頃から英語を習い、中学から私立へ進んだ。有名私大への進学を求められ、成績が悪いと「あんなにおカネをかけたのに」。
母との関係に悩んで手首を切った。それでも、母が望む大学を受験して失敗。センター事務局長の石井花梨(かりん 35)は「親に認められたい気持が、どこかにあったのかも」。子どもは、親の呪縛から簡単に逃げられない。
原宿カウンセリングセンター(東京)所長の信田さよ子(71)は「経済格差の拡大と階層の固定化で、親は子どもが滑り台を滑るように落ちることを心配している。『いい大学』に入れないと、いずれホームレスになるとまで思っている」と分析する。「転落への恐怖は今後、ますます強まる」
教育虐待を受けて育つと、親の顔色をうかがって自分で考える習慣が付かず、親に強いられた人生以外は思い描けなくなくなるという。加藤のように暴走しかねない。「子どものため」が、子どもを追い詰める。 (敬称略)
教育虐待
武蔵大学の武田信子教授(臨床心理学)らが20011年12月、日本子ども虐待防止学会での報告で「過度の期待に基づく強制的で非合理な教育」などと定義。子どもの自尊心を傷つける言動を含む。子ども自身が受け入れていても、親などによる教育の押しつけが子どもにとって有害となる場合、虐待に当たるとされる。
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
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◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <5>復讐 連鎖する「誰でもいい」 中日新聞2018/6/7
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <4>虐待 「教育」の呪縛、解けず 中日新聞 2018/6/6
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <3>孤立 ネットの虚構におぼれ 中日新聞 2018/6/5
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <2>格差 不満の矛先は社会へ 中日新聞 2018/6/4
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <1>暴走 派遣のゆがんだ共感 中日新聞 2018/6/3
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◇ 秋葉原通り魔事件 加藤智大事件 青森市の名門、県立青森高校(青高せいこう)を卒業して
◇ 「秋葉原無差別殺傷事件」加藤智大被告 母親との関係〈母親に対する証人尋問 2010.7.8.要旨〉
◇ 「秋葉原通り魔事件」そして犯人(加藤智大被告)の弟は自殺した 『週刊現代』2014年4月26日号 齋藤剛記者
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