<アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <3>孤立 ネットの虚構におぼれ
2018/6/5
「車でつっこんで…ナイフを使います みんなさようなら 時間です」
2008年、秋葉原無差別殺傷事件を起す直前に、死刑囚加藤智宏(35)がインターネットの掲示板に書き込んだ。20分後、歩行者天国へトラックで突っ込み、ナイフで殺戮を繰り広げた。
加藤は後に法廷で、ネット掲示板で受けた嫌がらせを動機の1つに挙げた。無意味な言葉を連ねる「荒し」や、加藤のふりをする「なりすまし」に「大切な人間関係が壊され、奪われた」。その結果、自分がどれほど傷ついたかを、顔も名前も知らないネット上の相手に分からせる。そのために、面識のない人々を襲撃したのだという。
加藤は地元や職場など、現実社会でトラブルが起きると人間関係を断ち切ってきた。ネットは「他に代わりのない、大切なもの」。顔を合わせないからこそ、本音でつながることができる。そう信じて、携帯電話で書き込みを続けた。
「みんな敵」「殺人を合法にすればいいのに」
気を惹くために過激な言葉を並べたが、反応はない。愛知県一宮市の心理カウンセラー鷲津秀樹(61)は「見事に無視されていた」と指摘する。「実社会より簡単に承認欲求が満たせる、手っ取り早い居場所。現実社会でコミュニケーションが苦手な人ほど、のめり込むが、度を超えると無視される」。加藤は現実に加え、ネットでも孤立した。
ネットに過度な期待をかけた加藤を、鷲津は「いまならネット依存症」と分析する。当時は認知されていなかった疾患だ。
その専門外来を、事件から3年後の11年に国内で初めて開設した久里浜医療センター(神奈川県)によると、統一された診断基準がまだないこともあって、無自覚の「予備軍」が多い。山梨県に住む男性患者(20)も半年前まで、自分がネット依存だとは「気付かなかった」。
男性は昨秋、勤務先を2ヵ月で退社した。「胸がもやもやして出社したくないから」。もやもやは、スマートフォンでオンラインゲームをしている時だけは晴れた。会ったことのない“仲間”と力を合わせ、5人1組で敵と対決し、戦闘しながら陣地を奪う。
メッセージを送り合い、味方の窮地を救って「ありがとう」と返ってくると「普通に、うれしかった」。1日の半分以上をゲームに費やした。
退職後に向かった久里浜医療センターで「ネットに依存しすぎると、うつ症状が出て攻撃的になる」と諭された。3ヵ月の入院を終え「ネットは、現実の嫌なことからの逃げ場だった」。
加藤の事件後、スマホが急速に普及した。SNSの返信で寝不足に陥り、ゲームに熱中して不登校になる・・・。現実との比重が逆転するほど、ネットに没入する若者が激増している。
だが実は加藤自身が法廷で、ネットにおぼれた愚かさを告白している。「事件後にネットから離れて、重要なのは現実の人間関係だと気付いた」。遅すぎたとはいえ「ネットではなく現実の中に居場所がたくさんあったと思える」。
虚構の世界の出来事への報復として、現実世界で起した凶行。本心かどうかは不明だが、それを加藤は「後悔している」という。
(敬称略)
◎上記事は[中日新聞]からの書き写し(=来栖)
――――――――――――――――――――――――
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <5>復讐 連鎖する「誰でもいい」 中日新聞2018/6/7
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <4>虐待 「教育」の呪縛、解けず 中日新聞 2018/6/6
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <3>孤立 ネットの虚構におぼれ 中日新聞 2018/6/5
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <2>格差 不満の矛先は社会へ 中日新聞 2018/6/4
◇ <アキバの傷痕>無差別殺傷から10年 <1>暴走 派遣のゆがんだ共感 中日新聞 2018/6/3
................