〈来栖の独白 2017.11.13 Mon〉
先月のことだが、私の誕生日に際し、くろるるママさんがご自身のブログに「おめでとう」をエントリして下さった。訪問した私はびっくりしてしまったが、「ああ、そうかぁ、くろるるママさんは、拙著(『勝田清孝の真実』)を読んでくださっていた。本の奥付にプロフィール(生年月日)を載せていたから、心に覚えていて下さったのだ」と気づき、くろるるママさんの厚いお心に打たれた。
ところが昨夜、お風呂に入っていて不意に「あれ、奥付に誕生日まで書いたっけ?」と思い、慌てて飛び出して拙著を引っ張り出し、見ると、やはり月日など記していない。生年のみ。
なんで、くろるるママさんは、月日をお知りになったのだろう? 誕生日のいつであるかなど、云ってはいない。不思議であった。
ぼんやり拙著をパラパラ捲っていると、あった! 清孝の誕生日への対応について苦慮する記述の後に、私の生年月日に関係する記述もあった。P93~である。当時、「控訴審で認定されなかった事件の真実、貴方しか知らぬ事件の真実を書いて、上告して下さい」と私は勝田に願っていた。それに応え、清孝は私の誕生日の日付で上告趣意書を最高裁へ書き、提出したのだった。そういった上告の経緯を拙著に書いた。
私のような小さな人生においても、主(神)からの恵みは幾つもあって、人生を彩ってくれた。しかし、多くは忘却の彼方である。事象のみではない。古くなった住所録を出して眺めても、何方であったか、お名前もお顔も忘れてしまっている人が、多い。
忘却の過去とともに、本年は母とくろのすけ(愛猫)との別離もあった。深い喪失感のなか、典礼聖歌♯383「イエズス・キリストへ」“かわく かわく”が、切に響く。
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◇ くろるるママさんと「仲良しトリオ」さんから祝福を戴いて、舞い上がりました♪ 2017.10.30
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◇ 『113号事件 勝田清孝の真実』---8人の命を、その手で失くした人の誕生日であった。「おめでとう」と言って良いのだろうか---
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◇ 勝田清孝の上告趣意書提出に纏わる思い出〈来栖の独白 2015.10.30 Fri. 〉
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お誕生日は、本の中にも記述はありましたが、
10月17日の「くろのすけ 永眠」の記事の中に 改めて書いて下さっていたので。
記憶に残る数字ですね。(^_^)
やっぱり、私はダメな人間です。そうでしたか、「くろのすけ 永眠」の記事に書いてました・・・ね。
しかし、それにしても、くろるるママさん、心に覚えて下さって、本当に感謝にたえません。
もうそろそろ寝ようと思ってシャットダウンする前にメールを見ましたら、gooからコメントのお知らせが入っていました。コメントも何もかも、ありがとうございます。
お父様のこと、お祈りしています。でも、あまりコメントなど入れると、としちゃんの御負担になるかとも思うのです。くろるるちゃんの可愛らしさ、心なごみますね。
お休みなさい。くろるるちゃんも。
ふと「父はこのままずっと居てくれるのでは。」と思う時がある位です。
今朝8時半に来た時には 呼吸が苦しそうでしたが、1時間経って、看護師さんのお世話も有って、落ち着いて来ました。
2月は、私の横浜のピアノの先生が亡くなられた月です。(2月6日 44歳)
生きていると、嬉しい日も悲しい日も 忘れられない日が増えて行きますね。
ほんとにそうですね。
お父様の所へ、すぐにお帰りになったくろるるママさん。深いところで、お父様に通じていますね。
私は母の存命中、平常時は30日か40日に一回くらいで帰省していました。もう、あんな日はなくなったのだな・・・、と。