止れ3米後に

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垂れ幕が外されたA9-618・・・

2011年06月16日 | 西武バス
数回前の記事で、西武バスの狭山営業所の車両のフロントに取り付けられていた垂れ幕が撤去されたことを書きました。
ただ撤去以降狭山に2台だけとなった富士7Eを見る機会がなかったのですが、2週間ほど経過して、うち1台をようやく写真に収めることができました。

A9-618(所沢200か・・ 22)です。近距離貸切にも使用できる"用途外車"です。
垂れ幕が外されて、フロントの後乗りサボを久々に見ることができました。後乗り前降り地域で生まれ育ったので、これが無かったり隠れてたりする西武の7Eはどうも違和感が・・・(笑)
この車両、今頃気が付きましたが後ろのベンチレーターも丸型ですね。他の車両だとボンネットバスの屋根上にもある押込型だったので、意外でした。用途外車だからでしょうか。
参考までに先日のシャトルバスに使われた飯能のA9-590を。

余談ながら、先日の記事でA9-590と591の写真を並べてみたら、ドア横の出入口標記の地色が違うことに気が付きました。590が銀色、591が白色でした。。
社番も登録番号も連番なので同時期に製造されたと思うのですが...それでも差が出るのは面白いですね。

それはさておき、狭山の7Eは現在は新狭山駅北口発着系統と、狭山27系統(狭山市駅西口~入間市駅)が主な運用路線のようです。
このうち狭山27系統の沿線には旧石川組製糸西洋館と武蔵豊岡教会という近代建築があります。
バスマニア兼建物好きとしてはこのコラボは見逃せないです(笑)西洋館の方は今年の1月に撮ってまして、現在掲示板のトップ画像に使っているのがそれです。
なので今回は豊岡教会と7Eをコラボさせてみました。

尖塔が印象的な大正12年竣工の教会堂。W・M・ヴォーリズ設計で今年で88歳です。


こちらは西洋館近くの歩道橋の上から撮影しました。西洋館と教会、そしてR16を走る7Eです。
この位置から見ると、西洋館と教会が延長線上にあることがわかります。さらに向こうの山の上(浅間山といわれる)から見ても、同じことがわかります。
今は西洋館と教会の敷地はR16によって分断されていますが、二つの建物が出来た頃はつながっていました。
戦後、そこを分断する形でR16が通るようになりました。それまでに目抜き通りは、7Eの右手へ曲がっていく道で、バスもこちらを走っていました。
話をバスに戻すと、現在の狭山市駅~入間市駅間にバスが通るようになったのは1922(大正11)年。当時は入間川~豊岡町~飯能間の運行でした。
そして西洋館と教会堂が竣工したのが翌1923(大正12)年。バスが走り出したのと同時に二つの建物は時を刻みはじめたんです。
89年も経つと、バスは14人乗りのフォードから大型ノンステップバスへと姿を変え、走る道路も16号バイパスへと移ってしまいました。しかし建物は今も変わらずそこにあり、目の前を行くバスやトラック、人々を黙って見守り続けています。

私はこの二つの建物はふるさとの誇りだと思っています。
その誇りに対し今何が出来るのか考えて…答えはまだ出ていません(苦笑)

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