ゼロからの再出発が必要
京都大学の若林靖永教授が京都織物卸商業組合から委託を受け、作成した調査研究報告書「これからの呉服業界」は、ピーク時2兆円を越えた市場と比較して市場規模で15%、3,200億円、数量ベースでは京友禅は3.8%にまで衰退している状況の中、さらに深刻なのはきものを自分で着ることが出来ない、着物を最近買ったことがない、一度も買ったことがない、呉服店に行ったことがない、という状況が広がり、もうかつての呉服市場は存在しないという認識を業界人は持つべきと、厳しい指摘を行っている。そしてここまで「呉服市場が崩壊」してしまっているから、これからの呉服業界はある意味、もう今までの延長線上ではなく、ゼロからの出発、これまでとは違う「創造的破壊の挑戦」しかないのではないか、と。もちろんこれまでと同じように着物愛好家は存在しており、これまでと同じやり方を継続することが有効な場合もあることは認めるが、全体としてみれば、新しいアプローチで新しい市場を「創造」する以外に道はないと提言している。
レッド・オーシャンとブルー・オーシャン
現代の競争市場においては、「レッド・オーシャン」と「ブルー・オーシャン」という2通りの戦略的方向があり、すでに存在している既存のニーズ、すでに売れている製品、サービスの模倣というようなアプローチでは、結局は価格競争に陥り、規制や特許や立地などの差別化要素がなければ、互いに血を流し合う血みどろの海=レッド・オーシャンになってしまう。これに対して、いままで誰も見たことのないような潜在ニーズ、まだ存在していない画期的な新製品、サービスの創造、提供というようなアプローチは、成功するかどうかのリスクはきわめて高いかのように思われるけれども、競争者は全く存在せず、いったん市場を獲得し、拡大しはじめれば高収益を獲得し、競争者が登場しても先発者優位を持ってさらに前進する、いわば青く広がる大海原に航海するような=ブルー・オーシャンという状況がある。模倣追従戦略をとるか、創造的破壊戦略をとるか、いままさに呉服業界は、2つの道が問われている。
三つの市場
当然活路は、ブルー・オーシャン、創造的破壊戦略をとることにあり、市場創造のために、改めて「顧客は誰か」「その顧客が求めるものは何か」という観点からすべてのビジネス、製品、価格、サービス、宣伝広告、売り方を組み立てる必要があると指摘。そして「着物をよく着る層」にはより丁寧に信頼関係を築く販売が求められるが、この層は大きく伸びないが堅い需要層で、問題は「着物が好きだが着ない」「興味はあるが着ない」「機会があれば着る」層、特に「興味はあるが着ない」層に対して有効なアプローチが求められるとしている。その上で女性を働く、働かない、正規、非正規、専業主婦、未婚など様々な状況、ライフスタイルから分析し、今後可能性のある新市場として4つのアプローチを提案している。
①ガール/未婚で無職、高校生、大学生。卒業式、成人式、友人の結婚披露宴など、雰囲気で着物を着る層
②レディ/25-35歳=上質な勝負服、上質なおしゃれを楽しみたい層
③ミセス/40-50代=若く見える、自分のおしゃれを楽しみたい層
④ライフステージ/伝統と格式を守るフォーマル系として、お宮参り、七五三、十三詣り、成人式、卒業式、披露宴、花嫁花婿の衣裳、葬儀など冠婚葬祭でのきもの。日本の伝統行事、伝統文化、伝統精神の継承という意味で重要な意義を持ち、和の文化の拡大、普及としていう位置付ける。
きもの小売店の4大弱点
1)価格の安心感
2)商品提案の弱さ
3)問屋、催事依存
4)消費者とのつながりの弱さ
謙虚な姿勢でビジネスを通じて市場との対話をすすめ、消費者を理解する。この点を呉服業界では、きもの小売店は一部のお得意様を別として、消費者との継続的なつながり作りが出来ていない。すでに多くの消費者が呉服店で着物を買うという経験がほとんどなく、行きつけの信頼している呉服店も持たないという状況に、着物を買う店、情報入手先として年配の人も若い人も多くが百貨店をあげるのも、こうした最寄のお気に入りの呉服店を持たない状況が背景にある。洋装のアパレルでは、ファッションに関心のある多くの女性が自分に合ったお気に入りのお店を複数持っていて、季節の変わり目などに巡回して情報を入手し、選択購買しながら自分なりのファッションを作っていくのとは、大きく異なっている。着物の情報入手先は限られている。百貨店、呉服店、そしてキモノ雑誌、一般雑誌が多い。着物の利用が多い消費者は、様相と同様、着物に関心の高い消費者が友人でおり、彼女、彼らのクチコミ、おしゃべりが重要な情報入手先となるが、そういう消費者は極めて少ない。ほとんど着物と接点がないだけに情報は限られている。今後呉服市場を担うのは、消費者と直接接点を持つのは呉服店。したがって、呉服店にこそ「改革と新小売の挑戦」という2つの方向が大いに期待されるとしつつも、織商の研究報告書ですから、商品開発など呉服店と手を携えて、新市場を開発してゆこうと結んでいる。