若山牧水 『酒の讃と苦笑』
「それほどに うまきかと ひとの問ひたらば 何と答へむ この酒の味
真実、菓子好きの人が菓子を、渇いた人が水を、口にした時ほどのうまさを酒は持っていないかもしれない。一度口に含んで咽喉を通す。その後に口に残る一種の余香余韻が酒のありがたさである。単なる味覚のみのうまさではない。
o
私は独りして飲むことを愛する」
若山牧水は、酒の歌が多い。生涯に7000首あまりの歌を残したが、酒をⅳだものが200種はあるらしい。一日一升飲んでいたとい
歳をとるに従って、飲み方に品格ができた。
もう一句 「白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり」
今は、酒を悪玉にあげる風潮があるが、昔は、「酒飲みは上戸といい、飲めぬ人を下戸と呼ぶ。下戸の立てたる蔵はなし」と
つまり、酒をたしなまないからといって、その費用を溜めて産をなした奴はいないと、上戸が下戸をからかった。
「それほどに うまきかと ひとの問ひたらば 何と答へむ この酒の味
真実、菓子好きの人が菓子を、渇いた人が水を、口にした時ほどのうまさを酒は持っていないかもしれない。一度口に含んで咽喉を通す。その後に口に残る一種の余香余韻が酒のありがたさである。単なる味覚のみのうまさではない。
o
私は独りして飲むことを愛する」
若山牧水は、酒の歌が多い。生涯に7000首あまりの歌を残したが、酒をⅳだものが200種はあるらしい。一日一升飲んでいたとい
歳をとるに従って、飲み方に品格ができた。
もう一句 「白玉の 歯にしみとほる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり」
今は、酒を悪玉にあげる風潮があるが、昔は、「酒飲みは上戸といい、飲めぬ人を下戸と呼ぶ。下戸の立てたる蔵はなし」と
つまり、酒をたしなまないからといって、その費用を溜めて産をなした奴はいないと、上戸が下戸をからかった。