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走る事について

2018-10-11 19:12:54 | 日記

ここ数カ月、雨の日と警報が出た日以外は毎日走っている。

小説家の村上春樹氏や脳科学者の茂木健一郎氏も毎日走っているようだ。

昼過ぎから走ることにしている。朝走ると、心臓に悪いと聞くこともあるし、何より、昼からの眠気覚ましにいい。

午前中の自分と昼食後の自分は明らかに違う。何が違うかというと、朝、今日はこれだけの事をしようと、計画をたてる。意気揚々と午前中は活力満ちて、読書できる。

 しかし、昼食後は朝の思っていた自分ではない。朝の計画を実行しようにも、脳が言う事をきいてくれない。それで、昼食の量を少量にすると、何とか朝の自分を取り戻せる。

朝は耳栓をして勉強したり、読書したり。昼食後は眠くなる。眠くなるまで、読書する。居眠りが出そうだと思うと、YouTubeを聞いたり、グローバルニュースをスマホで聴きながら、パソコンに朝読んだ内容をまとめる作業をする。あるいは、ブログに書いたりする。これをすると、眠気が一気に飛び去り、集中できる。

 そして、昼の3時過ぎから走る。公園を20周。約10キロ。ただし、ランニングではなくスロージョギングで。そうでないと、足の筋肉がもたない。

 

毎日スロージョギングしながら、考え事をする。朝読んだ本の内容やいい発想はないかと。しかし、5周前後走ると、自分の足の痛さや内臓の痛さが気になってくる。この時に改めて、今の体の状態が把握できる。今日は右の腹に違和感があるとか、胃が痛いなとか、症状がよくわかる。特に、足の筋肉の状態は明らかだ。昨日、肉を多く食べる(特に鳥のささみはいい)と、走り具合が最高によくなる。併せて、牛乳も飲むと、さらに調子がいい。

 

菜食主義で走ると、足はポンコツの自動車を運転している感じだ。肉を食べたり、牛乳を飲むと、高級乗用車に乗った走り心地に変身する。毎日、走ると、自然と、足と対話している自分に気づく。今日は調子いいぞとか、今日は鈍いなとか。

菜食主義者の話を聞くと、歩くことを勧めているが、走ることを勧める人は極めて少ない。要するに、走れない体になっている人が多いと思う。

そして、10周ぐらい走ると、今までのだるさが吹き飛んで、何週でも走りたいポジティブな感じに変身する。汗も一気に出てくる。最低、30分は走らないと、皮下脂肪は燃焼しないというが、おそらく、この時、燃焼始めたのだろう。

 走り終わると、10分ほど歩いて、コーヒーを飲みに。併せて、本も一冊用意して、読書する。走ったあとの読書は格別にはかどる時と一行に進まない時がある。その違いを考えた。はかどる時は昨日、夕食に多くのタンパク質を取った時だ。ダメな時は昨日、甘い物を多く取った時だったと。

最後に、走り続けるには、走らなければという脅迫観念があってはならない。走る前に、黒飴をしゃぶることを儀式にしている。これをエサに脳をだます。習慣になると、自然と体が動き出す。さらに、「走る前に気持ちいいことをしよう」、「少しでも気分わるくなったら、すぐ歩くからね」と脳と対話することにしている。

 

 


沈黙の重み

2018-07-16 07:27:15 | 日記
ピカート 『沈黙の世界』

「ラジオは、純然たる騒音語を製造するための機械装置である。そこでは内容はほとんど問題ではなく、一つの騒音が生じることだけが問題なのだ。言葉はラジオのなかでつき裂かれているように見える。言葉は、いはば不様な堆積に変えられている。ラジオの場合にはもはや沈黙はない。しかし、また、言葉もない」

現代では、ラジオよりテレビが当てはまるだろう。沈黙という背景を失った時、言葉は意味を失った騒音語となって空しく鳴り響き続けるだけである。

江戸時代の良寛は沈黙のよさをよく理解していた。
その良寛に「戒語」というのがある。
その中に、「ーよく心得ぬことを人に教ふる、ー推(お)し量(はか)りの事を真実になしていふ、-物知り顔にいふ、-しらぬ道の事をしったげにいふ」とある。

今はラジオ、テレビ、新聞、雑誌などで情報はあふれ、私もそうだが、一億層評論家になっている。しかし、自分で考えた真実とか、意見はほとんどない。

また、「-悪しきと知りながらいひ通す、-あひだのきれぬ様に物いふ、-人のことわりを聞き取らずしておのがことをいひとほす、-いきもつきあわせず物いふ、-おしのつよき」と。

これらは現代の病を良寛は見通したかのようだ。政治家やテレビの政治討論など、すべて、この五条にあてはまっている。お笑い番組の芸能人の所作である。そして、それが一般に移って、ただ言い張る人間が勝ちということになる。江戸時代もこういう人がいたのかと、びっくりする。

しかし、昔はこういう人もいたにはいたが、今に比べて少ないはずだ。日本人はもっと、一日中、何言というくらいしか物言わぬ人がいたが、そういう人の一言はこわい重みがあった。骨があり、言葉によってではなく、行いによって見せれば、他人に多弁を要しない。

いずれにしろ、良寛は目立ちたがり屋、自己宣伝、口の達者、きらきらして実のない者、居丈高な者、正直でない者、騒がしい者、理屈ぽい者、おしゃべりな者などが、嫌いで、卑しいと見ていたようだ。

良寛に弟子に近藤万丈がいる。その『奇話』に良寛のことを
「師常に黙々として、動作閑雅にして、余りあるが如し、心広ければ体ゆたか也とは、この言ならん」と

口数が少なく、動きが鈍く、ゆったりとそこにいるだけで人に何かを感ぜしめるような人だったようだ。

『読書という荒野』見城 徹著

2018-06-28 13:40:59 | 日記
『読書という荒野』見城 徹著
〜実践しなければ読書じゃない!〜
◉ 読書の量が人生を決める!本を貪り読んで現実を切り拓け!苦しくなければ読書じゃない!
はじめに・・・
※ 読書とは『何が書かれているか』ではなく『自分がどう感じるか』だ!
※ 読書を通じて、一生で経験できないことを学ぶこと!
※ 人間が進歩するには、『自己検証、自己嫌悪、自己否定』は三種の神器、三種の神器がなければ進歩しない!
※ 知識を積み重ねてもしょうがない!
第1章 【血肉化した言葉を獲得せよ】
33 劣等感に苛まれろ
35 死んでもいいという覚悟を持て
40 自分を恥じ、深く見つめることを余儀なくされる読書体験
※ 世界の矛盾や不正や差別に怒れ!
46 正しいと思うことを言えなくなったら終わり
49 苦しいほうに身をよじり、自己検証能力を磨け
第2章 【現実を戦う『武器』を手に入れろ】
65 『理想』を語るということは苛酷の道を行くということだ
69 自己嫌悪と自己否定が仕事への原動力となる
87 努力は圧倒的になって初めて意味がある
第3章 【極端になれ!ミドルは何も生み出さない】
第4章 【編集者という病い】
136 村上龍〜虚無と官能
140 林真理子〜過剰と欠落
145 村上春樹〜生き方を犯すほどの才能
第5章 【旅に出て外部に騙され、恋に堕ちて他者を知る】
189 他者への想像力は恋愛で養え
190 困難は読書でしか突破できない
第7章 【血を血で洗う読書という荒野を突き進め】
196 死の瞬間にしか人生の答えは出ない
199 絶望し切って死ぬために今を熱狂して生きろ
201 三島由紀夫・自らの観念に殉じて死ぬ生き方
214 現実の踏み絵を踏み抜かない理想に意味はない
217 『夢』や『希望』など豚に食われろ
219 血で血を洗う読書という荒野を突き進め
終わりに〜絶望から苛酷へ。認識者から実践者へ
223 民主主義者を揺るがす変態性癖、非定住者、暴力
229 肉体の中で血を流し、葛藤しながら生きている台詞
■上記は見城 徹さんが書かれた言葉ですが、どんなに本を読んでも実践しなければ【自己矛盾】という最強のストレスが毎日毎日発生してガンや認知症になると私も思います

6月26日(火)のつぶやき

2018-06-27 01:57:42 | 日記