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斎藤孝著 『50歳からの時間管理』「

2020-10-02 18:21:39 | 読書論

 

 

斎藤孝著  『55歳からの時間管理術』

 

 斎藤氏の本はやる気を起こさせる。氏は藤圭子、山口百恵、中森明菜ファンでCDをすべて買って聞くという。。

 

 

 1 俵万智は、この味がいいね、と君がいったから7月6日はサラダ記念日に。二著情の何気ないことに着目して記念日にしたと。

 

 

 2 ラッセルは、どんな体躯な仕事でさえ、たいていの人々にとっては、無為ほどには苦痛ではないと。

 

 

 

 3 日本では、音楽会、美術館、いろいろな文化施設へ行っても、80パーセントは女性です。ヨーロッパでは半々なのに。日本の男性は世界でも稀有な存在ですと。

 

 

 4 著者は美術館へ行くと、クリアファイルを買うという。帰って、机の上に置いておくと、仕事中や読書中でも、また、その作品を思い出し、読んでみたくなると。

 

 美術館は予習、本番、復習をセットにすると楽しいと。

 

 5 同じ曲と同じ運動を繰り返しというリズムの中で本を読むと、いつしか本のワールドに没入できると。

 

 

 6 村上和雄氏は、一流の人やものに出会ったときには、わあっと、心が華やぐ。眠っていた遺伝子が活性化すると。

 

 遺伝子がオンになるには、著者は、この人が歌っているだけでいいという感情を抱くことがあると。

 

 その歌手は、藤圭子、山口百恵、中森明菜という。 

 

 私淑といって、実際に関わらないが、遠くから自分から一方的に師と仰ぐだけの人を作れと。書物を通して。

著者はゲーテ、ニーチェという。

 

  7 飲み会に誘われたら、たとえ忙しくても、行くという。

 付き合いをやめたければ、2回断れと。

 

 

 8 英会話に何万円もお金をかけるのに、

何故日頃の会話を磨かないのか?

 あなたを引き立たせるのは雑談力。

 すぐ身について一生モノ。

 英会話を習っても、外国人に道を聞かれて答えられる程度。それなら、英会話スクールなんて独学でも可能と。


あなたの生きがいは?

2020-02-27 18:27:52 | 読書論

僕は、書いていると、外に出たくなる。スロージョギングをすると、発想するにはもってこい。

僕は、村上春樹が毎日、走っているとわかって、やってみると、かなり長続きしている。

この本を読むと、著者の茂木氏も一日10キロ走ることが生きがいだと。

 

僕なりの走る理論がある。初めは、三日ほどで足裏に豆ができて、続かないと思ったが、三日を四日に目標にしていると、段々、足裏があつくなったのか豆ができなくなった。ただ、肉を毎日食べないと、どうしても長距離を走れないとわかった。

 

 

日本の弁当がかわいい、という事で、世界で評判になっている。

弁当は芸術作品なるが、食べると、すぐに消えてしまう。どうも、日本人は桜や紅葉の一瞬でなくなるものに、大変な関心を持つようだ。

 

僕は、夜の料理と音楽を掛け合わせて、その味を楽しんでいる。相当な掛け合わせがあって、無限に近い。

 

 

 

茂木健一郎著  『なぜ日本の当たり前に世界は熱狂するのか』

 

 

 

 

 1 日本人はプライドが好き?

 

 

「海外のスポーツ現場は、ロッカールームが荒れているのが普通。負け試合など、椅子が蹴散らされ、壁がなぐられてへこんでいる。

 

 しかし、日本人はこのの前のワールドカップのベルギー戦で負けたが、その時、ロッカールームを磨き上げ、その上、ありがとう、というメッセージを残したという。

また、

 「JR東京駅の新幹線ホームに、整列して清掃するスタッフがいる。通称、テッセイと呼ばれる。新幹線が入ると、、お辞儀をして、降りる客を出迎え、お疲れ様、と声を掛ける。

一チーム22人が5、6人にわかれ、七分で、テキパキと掃除をする。、日本人が見ても、感心させられるが、それ以上に、外国ン人には衝撃だった、という。ユーチューブで動画が取材されている。

 

 清掃は報酬のわりにはたいへんな仕事、というイメージあり。清掃のような大変な仕事、誰にでもできそうな仕事の中に、やりがいとプライドを生み出したという」と。

また、

 著者のアメリカの友が驚くのは、「なぜ、高校野球の球児は攻守交代に全力で走るのかと。アメリカの球児は攻守交代に全力で走らないがと。

 さらに、彼らはなぜ丸坊主なのかと。

どうして、負けると泣いて甲子園の土を持って帰るのかと。

点差がついているのに、盗塁するのか。

 

 日本の高校野球には教育がある。礼に始まり、礼で終わる。ルールを守ること、最後まで手を抜かないこと、等が美徳とされる。

 

 一方、アメリのカルフォニア州で行われた高校バスケットボールでは、大差ををつけて勝っていたチーズが最後まで手加減せずに戦ったことで、スポーツマンらしからぬ行為ということで、コーチに二試合停止になった」と。

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僕はこの箇所を読んで、人からどう見られているか、常に関心を持つ日本人だからだ、と思っている。

 

 

 

2 空気を読む日本人?

 

「日本人の深層に目に見えない物に対する畏怖の念がある。

 一方でその空気を大切にする。

 

言わなくてもわかる」と。

 

しかし、この空気を読むというのは、日本人だけなのか。

これから、人口知能が出てくるが、空気を読めるのか。何となく、いやな感じとか、うまくいきどうだ、とか。

 

 

 

 大地震や大洪水にあうと、神の怒りだ、と言う人が知識人の中にもいる。科学的に何の関係がなくても。

 

 

3 日本人は短い季節ものに敏感?

 

 

「外国人を驚かせるものに、ピクニックに行く習慣もない人でも、桜や紅葉の開花時に、前日から場所取り合戦が始まる」と

季節ものは一瞬で終わるので、全力で愛するものへと変わる。

旬の魚とか、季節ものの饅頭、弁当は人気がある。これらは、流行で終わらない。毎年、決まった季節に人気がでる。

 

一方、1980年代、バブルだった時、外国のバッグや時計が大いに売れた。それを買うことが、自分のあかしだ、というみたいに。

しかし、一時的で、長続きしなかった。なぜか。本当に、その服なり、バッグ、時計が好きではなかった。自分の感覚にあわないものを無理に買ったからではないか。

 

今も同じではないか。

 

人気出ては、あっという間に消える。パソコン、スマホ、ゲームなど身の回りに無数にある。アップルも百年後は残っていないと思う。

 

本もそうだろう。多く出版されるが、人気もほんのわずかな間。一か月で消える本も多数。

それに比べ。漱石や鴎外など、100年以上前の本が今だに売れている。すごいことだ

さらに、一千年前の源氏物語となると、奇跡なのではないか。。

 

 

4 日本人はオノマトベで泣いたり、食べたりする?

 

 

窪園春夫さんによると

「イギリス人は動で泣くが、日本人は副詞で泣くという。

英語では泣くことをcryやsobという。対して、日本語では、ワーワー泣く、めそめそ泣くしくしく泣くなどオノマトベで表す。

 

 日本語ではオノマトベがそのまま物の名前なっているものが多い。

 

 ピカチュウも、稲妻とネズミの鳴き声を組み合わせたもの。

 

最近では、モフモフが出てきた。フワフワより暖かい感じで、フワでなく、モウで微細な違いを感じる日本人。

 

 

食感を表す日本語のオノマトベは異常なほど多い。美食大国のフランスや中国より多い。

テレビの食レポは、まったりしている、とか、サクサク感がたまらない、と言った具合にオノマトベで。

 

 

質感をオノマトベで表現するのは、クオリアの言語化だろう」と。

 

食べた時に感じるものを言葉で表すには、じっくり食べるしかない。

僕は、音楽を聴きながら、じっくり食べ物を味わうのが趣味だ。自分の好物と音楽をミックスさせて、ゆっくりと食べる。

 

5 あなたの生きがいは?

 

 

「100歳を超えて生きるには、生き甲斐が必要だという。沖縄の人に長生きの秘訣は、と問うと、多くの人が生き甲斐をもっている。

 

 その答えに、猟師は、自分が獲った魚を孫がおいしそうに食べる事、や、空手の達人は、死ぬまで空手を教えること、という。

 

西洋人はこれらを聞いて衝撃的だったと。

なぜなら、西洋的な生き甲斐は宗教的な意味で生きる意味や人生の真理と言った要素になるから。

 

日本人の生き甲斐は何とささやかなものか」と。

 

著者の茂木氏の生き甲斐は、毎日10キロ走ること。心と頭が心地よくリセットされて、走り終えた時の充実感。また、朝起きた時、コーヒーとチョコレートを口にするそうだ。それも生きがいと。

 

生きがいと聞くと、大それたイメージがあったが、普段、何となく楽しいと思える事を多く持つのも生きがいになるのかもしれない。

 

 

6 雑談は日本だけ?

 

 

「外国人の日本人妻は、とりとめもない話をし、何を言いたいのかわからない、という。

 日本人の雑談は、英語のスモールトークとチャットとも違う。

大した山場もなく、オチもなく終わるという。

どうやら、雑談は日本人独自のコミュニケーション方法であると。

 

 スモールトークは大まかな起承転結や笑い、教訓だったり、どこかで着地する会話。

 

 会議に無駄口を、打ち合わせに悪口を、と企業広告に揚げる博報堂は、打ち合わせの五割を雑談に費やして、ひらめきを促進させる。

 

 

 雑談は猿の毛づくりに似ている。毛づくろいする猿同志は、トラブルの際、助け合う。

 

 雑談には、きらりと光る個性が少しずつ詰め込まれた状態を気持ちよいと感じる。話題が飛んでもかまわない。テーマがなくていい。終ったあと、楽しかったな、と感じられれば」と。

 

雑談と聞くと、人の悪口を話す事かと思う。人が二人よれば、誰かの悪口を言って楽しむのが日本人に多いように思うが。

 

雑談でいい発想がわくと思う。本で速読では発想が湧かない。機械になった感じがする。

しかし、熟読しながら、次の文章を予想すると、当たっていなくても、思いがけない事を思いつくことがある。

 

 

 著者の言いたい事を勘違いして、自分で勝手に思い込むのも、いい発想法だろう。

 

 テレビはあっという間に場面が変わるので、速読に似ている。発想につながらない。

 

 

 

 

 7 自分の筋を持って行動する?

 

 

「白洲次郎はGHQに尻尾を振らなかった。同時に、彼らを批判もしていない。根底にあるのは、白洲の言うプリンスプルがあり、傍若無人に見える思想や振る舞いは、自然体であった。

 

白洲のプリンシプルは、筋を通す、という事で、GHQにも、総理大臣にも、自分の部下や運転手、ファッション、ゴルフにも筋を通した。

 どちらか一方を優遇するのではなく、批判するのでもなく、自分の基準において自然体の態度を貫くというシンプルな考え方を全うした」と。

 

 白洲次郎みたいになるには、自分のポリシーをしっかりと持つ。そのためには、読書や人の話を聞いて、良い事どしどし取り入れる事だろう。

 

世間がどう見ていようと、自分だけの目標を持って進むということか。

一つのことに集中すると、他人の事が全く頭に入らない。茂木氏の言うゾーンに入るということだろう。

 

このゾーンを一日何時間持てるか、それが幸福の鍵になると思う。

 

 

 


これからのITの時代をどう生きるか

2020-02-13 19:12:18 | 読書論


好きな事をして、アッという間に時間がたち、その趣味がお金なって、世界一の時価総額を持つことが、アメリカでは可能だ。
 
 アップルのジョブズは、こんなものがあれがあれば便利だのになあ、カッコよく、人に見せたくなるものを考えた。それが、iPhoneだった。

 そのためには、社会システムに制限をできるだけ取り払うべきだ。日本はまだまだ、幼児段階のようだ。

年齢を重ねた日本の知識人は、パソコンやスマホを使う事を嫌う人が多すぎる。。
しかし、野口悠紀雄氏は、スマホアプリやパソコンを使い整理するインテリだった。

これから中国はどうなるか。右寄りのっ評論家は来年は崩壊する、と毎年言う人がいるが、一向に崩壊しない。

 しかし、野口氏は、中国はⅠTでは日本より抜群に発展している、という。

 野口悠紀雄著  『産業革命以前の未来へ』

 1 1990年代にガラッと変わった変化に気づかない日本?
 
 18世紀にイギリスでの産業革命により、製造業が1980年代まで優位だった。
製造業は垂直統合型で、カーネギ―の鉄鋼やロックフェラーのスタンダードオイル、フォードの自動車などでアメリカに何人もの金持ちが出現。彼らはすべて、垂直統合方式を採用。

ちなみに
1996年当時、GNP総額で資産価格を評価でアメリカ史上最高の富者は、スタンダード・オイルのジョン・ロックフェラー第二位に鉄道王のヴァンダ―ビルトだった。ビル・ゲイツは31位。


 19世紀末から20世紀の1980年代にかけて、アメリカで何人もの大金持ちが出た。

 この時代を第一次金ピカ時代と呼ぶようだ。

 1980年頃までは、産業革命以来続いた垂直統合型ビジネスモデルを採用。競争者を蹴落とし買収したりすることで企業を拡大。市場を独占することが目標に。

 At&TもIBMも、独占禁止法の問題にさらされた。

 しかし、1990年代に企業のビジネスモデルが垂直統合型から水平分業へ変わった。


 IT革命以後、、技術革命は加速。革命の中心シリコンバレーでは、時間はドッグイヤーで進むと言われる。これまでの7倍の速さに。

弱肉強食の強が、大きいことではなく、速いことになり、弱肉速食に。こうした状態はFast  eats  slow(速いものが遅いものを食う)と。

  現在、アメリカ企業の時価総額のトップ5は、新しく生まれた産業の企業による。インターネット関連のアップル、検索エンジンのアルファベット(ゴーグル)、ソフトウェア開発のマイクロソフト、snsのフェイスブック、ネット通販のアマゾン。

これらをマイクロソフト以外の4社の頭文字をとって、GAFAと呼ばれる。


  GAFAは1980年代に存在しなかった。アップルがiPodを売り出し、グーグルが株式公開をしたのが2004年。GAFAが台頭したのは、この10年余りの急速な変化で目立つ。


  これら企業の特徴は物を作っていない。グーグルやフェイスブックは、情報を扱っている。アマゾンは流通業で、製造業ではない。アップルは製品を扱っているが、工場を所有していない。

 日本にはこうした企業が登場しなかったことが、失われた20年の基本的な原因に。

 

  製造業とサービス業の中間分野の企業が大きく成長。

  ありふれた情報が大量に集まると、経済的な価値が生じる。これがビッグデータと言われるもの。

 製造過程の利益率は低い。アップルは利益率の下がった製造過程を自社で行わず、工業化した中国で。利益率の高い部分だけを特化。アップルは考えることと、売ることしかやっていない。製造過程を抜いたので、高収益を可能に。

 こうした変化に対応できたか否かは、アップルとシャープで歴然と。
前者は水平分業で、後者は垂直統合だ。一般的に、アメリカの製造業と日本の製造業の差になった。


  グーグルのラリー・ページとセルゲイ・プリンは、スタンダード大学院性の時に新しい検索エンジンを作った。
彼らは、ゴルフ嫌い。広告嫌い。人づきあいが苦手のようだった。


  「金ピカ時代の成功者の多くは、貧しい生活の中でまともな学校教育を受けず、下積みから努力で這い上がった。克己・奮励努力型の人々だった。二宮金次郎のように終身の教科書に出る人物だった」と。

 現代は努力しても報われない時代になってしまったのか。


 「グーグルは検索サービスを無料にしているが、どうして巨額の時価総額を得られるのか。。


 検索やメールのサービスを無料で行うと、詳細な個人データが自動的に集まる。それを使えば、それぞれの個人が求めている広告を打てる。


  サイロに陥らなかった例として、フェイスブックがある。2008年に、コンピューター技術者が150名を超えた。ダンバー数理論によれあ、最適な社会集団の規模は150人という。
フェイスブックの本社は大学のように、キャンパスと言う。レストランや他の店もある。観光客もかなりいる。フェイスブックの本社というより、一つの町に。

 こうした職場で大事なのは、統制のとれた軍隊的な組織が一糸乱れず行動することではない。

  自由な雰囲気で個人の創造的な能力を発揮させることで、産業革命以前の独立自営業の雰囲とそっくりになることだ」と」と」と。

どうも日本の会社は大企業になればなるほど、過去の成功に酔いしれる経営者が多く、ビジネスモデルを変えられないようだ。
さらに、日本ではアメリカのように、企業間移動を嫌う伝統がある。組織間の流動化がグローバル時代に必須だと。

これからの中国はどうなる?


以前、中国は清朝の時代に、イギリスにあアヘン戦争で敗れ、以後、どんどん衰退した。なぜか。官僚大帝国ゆえに、イギリス外交官に三跪九頭まで命じる。大国故に、すべてあるので、外国と貿易する必要ないと。

 しかし、今の中国は、世界的水平分業を始めた。

 アメリカのGAFAに対応するものがBAT.
中国のパイドウは検索会社でグーグルに対応。
アリババはeコマースで、アリペイは電子決済を。
タオバオはネット通販で、アマゾンに対応。
テンセントはSNSでフェイスブックに対応
これらの中国企業は時価総額がかなりなものに。

中国の清華大学は技術系中心で、世界一になっている。
コンピューターサイエンスでは世界トップの四分の一を中国の大学が占めている。
ちなみに、日本の東大は91位。

中国は要領がいい。技術革新では、リープフロッグといって、遅れが国が技術革新で、先に発展した国を抜ける仕組みに。
例えば、電話では、中国は固定電話の時代を経ないで、いきなり、携帯電話で日本を追い抜き優位に。


日本の欠点は、エンジニアがハード中心で、ソフトのコンピューターサイエンスの人材が少ないこと。

モノづくりエンジニアが会社のトップで判断するから、旧態依然の組織に。

これからは、発想は180度転換して、情報の専門家がもっとトップにたち、会社の意思決定をしなければいけないと。


本の使い方

2020-02-05 17:42:29 | 読書論

著者にとって、読書とは、食卓の美味しおかずだ、と言っている。日々、盛り合わせを考えて、楽しむものと言えるだろう。

出口治明著  『本の使い方』

1 楽しみとしての読書なら、 どの本を読むべきか迷う人へ。

 「序文を除いて、最初のぺージを詠んで、読むかどうか判断せよ」と。

立ち読みして、5ページ読んで面白くないなら、おそらく、読み終わるまで、強迫観念にとりつかれ、読書は面白くなくなるようだ。

2 読書でアウトプットして自分のものにする?

「音楽家の坂本龍一は先人たちの音符を借りてきて、それらを組み替え、使い回して、新しい音楽を作った」と。

 読書もあてはまるようだ。イノベーションは、既存知の組み合わせだと言われるが、まさにその通り、本を読めばいい。

 教養とは知識×考える力ではないか。
既存知を沢山、蓄え、自分なりに組み替えをしてみると、自分流の新製品ができるのではないだろうか。

 


 3 新分野の勉強のための本は部厚い本から読んで、だんだんと薄い本へ。初代アウグストスもい言うように、ゆうくりと急げと。


 

 

4 著者はシャネルファンで、翻訳された伝記や映画をすべて見たという。
彼女はこう語っている。私のように、年老いた、教育を受けていない、孤児院で育った無学な女でも、まだ一日一つくらいの花の名前を新しく覚えることができると。


 教養とは一つでも多くの事を知りたいことでしょう。昨日より、一歩前進することが日々の務めででは。
 


 5 三智といって、学んだ智、人と交わった智、自らの体験智と。

学んだ智は、読書から。
人と交わった智は直接人に会って話を聞いたり、講演を聞きに行ったり、テレビの対談等を見て学ぶ事。
体験智は旅。

本、人、旅が三本柱で教養を深めるようだ。


 6 物事を考える際には、縦横思考が有効。
楯思考とは、時間軸に目を向ける。歴史に照らして、過去の本の古典や、昔の人の話。

 横思考は、今、生きている世界の人々の考えや、他社の状況はどうなっているかなどを考える。

この二つで、現在の自分は何をすべきか、どういう状況かを考えてみる。

本で言うと、古典と新書の両方を読む。


 7 キケロは2000年以上前に、自分が生まれる前に起きたことを知らないでいるのは、ずっと、子供のままでいることだ、という。

 

 8 新聞の長所は?
 新聞の良い所は、昨日も世界で色々あったが、大事なのはこのニュースですよ、と価値の序列をつけてくれること。

また、新聞の読書評論は教諭を身に着ける最高の読み物だと。


 9 仕事中も教養をつける苦肉の策?

 著者は仕事中に読書している所を、上司に見つけられ、何を考えてるんだ、アホ、と怒鳴られたという。

 しかし、同じ読むにしても、百科事典を読んでいても怒られない。おそらく、調べものをしているのだろうと。


10 古典を毎日読めるかどうかで、教養レベルに大差?

 著者の大学の恩師に高坂正堯が言うには、古典を読んでわからないのは、自分がアホだ思え。大学で研究者になろうと思うな、すぐに就職せよと。
自分を本当に高めたいと思うなら、古典をひたすら読めと。

現代の本を読んでわからなければ、書いた著者をアホと思えと。

著者はおそらく、古典を毎日読めなかったkら、会社に就職したのかもしれない。

僕は、これを読んで、古典は分からない事が多数ある。それに耐えられないと、現代人から見て、どうでもよいような、細部をああでもない、こうでもない、という専門家になれるはずがない、と判断したが。。

また、現代の新書を読んで、自分がわからない本を読むのは時間の無駄で、もっと合う本が多数あるはず。それを実行せよということかな、と思う。


丸谷才一著  『輝く日の宮』

2020-01-30 20:33:47 | 文学

男性は源氏物語よりも平家物語の読者が多いのではないか。
全くの素人はかの平氏と源氏の戦争物語と勘違いする人も多いはず。
とんでもない、エロ小説の古典で、レイプの連続。
源氏物語は長すぎるので、須磨の巻まで読むまでがやっと。、それ以降、かなり根気がいるが、一番面白いのは、若紫と柏木という。

桐壺の巻と帚木の巻の間に輝く日の宮があったとう説。

怨霊は平安時代に多く出て、江戸時代の元禄になると消えた説とそうでないという学者の論争の場面。

自殺しかけた清少納言が白い紙を見ると、自殺を思いとどまった話。平安時代の白い紙に書ける事は、ブランドの神戸牛を食べる感覚があったのではないか。

平安貴族は多すぎる恋文を書いたが、書けたのはアンチョコがあったから。

鈴を振るような笑いなど、比喩の多様さ。
知的小説の最上位になるのではないか。


丸谷才一著   『輝く日の宮』

 
1 日本にも西欧にも駆け込み寺は昔あった?

 「アジールというのは、犯罪者とか奴隷が逃げて行くと保護される聖域、とでも言うのかな。
ギリシャ語で、神聖不可侵という意味、古代ギリシャでも、古代ローマでも、ユダヤでもあった。神殿とか教会へ逃げ込むと、かくまってくれる。近代国家になると、なくなる。日本でも織田信長や秀吉以前はあった。
戦争で負けた武将が高野山へ逃げたりする。それから、円切り寺なんとはその名残り。鎌倉の東慶寺がそうだった」と。

日本では、戦国時代になくなったようだが、なぜだろう。石田三成のような逃亡者を助けるからだろうか。


 2 なぜ、芭蕉は東北へ奥の細道の旅をしたのか?
「元禄二年は、義経没後、五百年です。こういう絶好の機会を関係者が宣伝しないはずはない。平泉ではきっと五百年祭が行われる手筈で、芭蕉は耳にしていたのではないか。それ東北へ奥の細道となった」説と。

あるいは、
「芭蕉が旅に出たのはひとりで考えたいことがあったのである。それには知友門人のいない土地への旅が必要だった

 井本先生が強調されているように、自分の文学の停滞からの脱皮とか自分の文学の新しい展開とか、そういうことです。西行五百年忌だから西行ゆかりの地へ出かけたという見方を斥けて、文学的新境地を拓こうとしているという説を主張しています。

 芭蕉が西行ゆかりの名所を訪ねたという説がある。しかし、西行百年忌ならその人が歌を詠んだ歌枕を歩くよりも、入寂地の弘川寺へゆくのが筋ではないか」という説。

あなたはどちらと思いますか。他にも説があれば、聞かせて下さい。
僕は、後者だと思います。西行やかりの地だけが目当てなら、あんなに、多くの場所を訪れる必要はなかったはずだから。


3 怨霊は人生が短いから出る?
 「人間が充分に生きるには人生は短すぎる。だから人間は死んでから化けて出る。これはダンテを読んでたら、レーオが言ったジョーク」と。

 しかし、日本では平安時代にたくさん、怨霊が出ている。それが、江戸時代の貞享までで、次の元禄になると、怨霊信仰はなくなったという。

「何年何月何日までは貞享で、その翌日からは元禄なんて、ここまでは京都府でそのさきは滋賀県みたいなことでしょう。享までは御霊信仰があって、元禄になると
消えるというのは、まるで、しだれ桜が京都府までは咲くけれども滋賀県になると咲かないみたいです」と。

また、現代の靖国問題も根は怨霊信仰にあるという。

 「北朝の系統の明治天皇が南朝を正統と定めたのも、南朝の帝たち、および将軍たちから祟られるのが怖かったからなんです。今の靖国問題にしても底のところには御霊信仰があるわけです」と


 丸谷才一の本は比喩があまりにも多く出てくるとわかった。
「芭蕉が一番得意だったのは連句の時の宗匠の役。連句は何人もの連衆が集まって、」五七五の長句と七七の短句を交互につけて、三十六句とか百区とか続ける遊びで、宗匠というのはその遊びの師匠役。

 これは今で言えば、ピアノ・コンチェルトのとき、ピアニストが指揮者を兼ねるようなもの」と
他にも
「娘の笑い声は鈴を振るようで楽しかった」等。


4 源氏物語はレイプ集だったのか?

 「藤原道長は紫式部の側かる見て、

、性的パートナー、読者、批評家、題材の提供者、モデル、原稿用紙の提供者だった」と。

 「枕草子はものづくし集がかなりの割合を占めるが、紫式部は、それでは一つ私は別口のものづくし集をと、レイプ集をお目にかけましょうかと思ったのかもしれませんね。」と。


「源氏ですもの。別なのよ。
朝の風俗では、乳母とか誰か年上の女が最初に教えたのです。性教育が制度になったのね。光源氏も十二歳の元服のときには手ほどきされたと思う」と。


 「平安から鎌倉にかけては今と違って部屋中に畳をしきつめるのではなく、引き離して畳を敷いて、それが夜はベッドになって、その上に男女が裸でぢかに、シーツなしで寝て、そして両人の衣服を掛け蒲団みたいにするのだと説明した。

 正常位の時には紫の上の背中に畳のギザギザの痕がついた」と。


「角田文衛先生は、数字をずばりとおっしゃる方ですが、二人の交渉が生じたとき、藤原道長は44歳、紫式部は37歳だった」と。

 

5 平安の権力者は人からもらった物を庭に並べてみせるのが趣味だった?

 「紫式部の親父さん、国守にしてもらったお礼に、ずいぶん贈り物をしたでしょう。

 あのころの権力者は献上品が一杯届いて、すごかった。それをみんな庭に並べて見せびらかすの。夜は倉に収めて、朝になるとまた庭に並べるの。
 庭一杯に陳列された貢ぎ物、庭実千品なんて言って、中国から来た風習らしいの」と。

 まるで、路上で野菜を売る感覚だろうか。


6 芭蕉の奥の細道は平家物語を、紫式部の源氏物語は蜻蛉日記の影響が?

「芭蕉の紀行の文体は、和漢混合文体で、平家物語から来ている、そんな気がしてならない。奥の細道の文体は、リズム感とか、言葉遣いの格好良さとか、イメージを差し出す力の烈しさなどは、そっくりです」と。

そういえば、口に出して読むと、平家も億の細道も黙読より名文の威力を発揮するように思う。


「紫式部の作風には、蜻蛉日記の影響がかなり大きいのではないか。第一の巻の桐壺の書き方は童話かロマンスのようです。写実的な人物描写じゃない。しかし、帚木になると調子が変わって、風俗と人情を重んずる近代ふうな小説に。

藤原道長が紫式部に「蜻蛉日記」を貸したと推定される」と。


7 源氏物語の桐壺と帚木の間に輝く日の宮があった?

 「桐壺は光源氏の幼少時代だけを描いたものでから、色好みとして有名な光源氏といきなり言われても、読者は困ってしまう。そこで、桐壺と帚木のあいだに別の巻があったのではないかという発想が生じた。それが輝く日の宮です」と。

 

 

8 平安貴族の恋文にアンチョコがあった?

「求愛されたら一応は拒むという型に従ったまでのこと。それがあのころの風俗で、作法として確立していた気配がある。じらすことで色情の趣を深くする。


 昔の人の恋は大変でしたね。いちいち歌を作らなければならない。手間がかかるでしょうね。

アンチョコがあるのよ。平気平気。勅撰集ってのはつまり恋歌のアンチョコなのよ。マニュアルね。殊にその性格が強いのは、後撰和歌集ですけど、でも一体にそうなのよね、勅撰集って。


 色事は照れくさいでしょう。それで婉曲に、詩的に言ったの。その言い回しが紀州では大正の末まで残っていたんですって。例えば、女の人が男の人に惚れるとき、「紺屋の杓と思います」と言う。
 これは、「藍汲みたい」(相組みたい)ということなの。
これを聞いて鈴をふるような笑い方で佐久良が喜んだ」と