たいした業績や肩書もなく、それでいてわずかばかりの経験で自惚れがちな人間にとって、診断困難例ほど自らの限界を目のあたりにさせてくれるものはない。その一例一例が趣を異にし、普遍的なアプローチなどありはしないが、ささやかな自信が崩れ去った残骸のなかに、次につなげられる何かを掴もうと探しまわるのだ。特異的所見に欠けるという点からは膠原病・アレルギー関連疾患と血液疾患が常に鑑別診断に入ってくるだろう。今回はとくに診断困難をもって知られる血管内リンパ腫(intravascular lymphoma: IVL)について概観してみようと思う。
IVLが1950年代にはじめて報告された当初は血管内皮の悪性腫瘍と考えられていた。その後リンパ腫であると認識されるようになり、現在のWHO分類では毛細血管などを主とした血管内腔に腫瘍が増殖するのを特徴とする、節外性のB-cell lymphomaと定義され、Intravascular large B-cell lymphoma(IVLBCL)と呼ばれるに至っている(Lancet Oncol 2009; 10: 895-902)。この名称から推測されるように、diffuse large B-cell lymphoma(DLBCL)の亜型に位置づけられているのだが、T細胞性や非大細胞性のIVLとして報告されていたものもなかったわけではない(Am J Hematol 1997; 56: 155-160)。また、IVLBCLに特異的な免疫学的表現型や遺伝子異常は見出されておらず、腫瘤形成性のDLBCLから移行した例も知られている(Leuk Lymphoma 2009; 50: 1900-1903)。このように、疾患単位として若干の疑問は残されているものの、臨床的な観点からみれば特異な病態であるのは間違いないだろう。この、腫瘍細胞が血管内にとどまり、腫瘍塊を形成せず増殖するという振る舞いはCD54やCD29などの細胞表面接着分子発現に欠陥があることによると考えられている(N Engl J Med 2007; 357: 807-816)。
興味深いことにリンパ節腫脹は通常みられないのだが、腫瘍細胞はほとんどすべての臓器に浸潤しうる。結果として、特異性に乏しい多彩な症状を呈し、しばしば診断が遅れ、剖検ではじめて明らかにされることもまれではない。各種臓器の機能障害や不明熱、血栓性微小血管症、進行性認知症などをきたし激烈な経過をたどるものがあるかと思えば、無治療で悪化と寛解を繰り返した例さえ報告されているのだ(Leuk Lymphoma 2011; 52: 705-708)。確かにこれらの困難を克服するのは容易ではないとはいえ、まったく手がかりがないというわけでもない。個々の所見がたとえ非特異的であったとしても同時にLDHの上昇や低アルブミン血症がみられれば、積極的にIVLBCLを疑うべきであるとの見解も提出されている(Leuk Lymphoma 2009; 50: 1990-1903)。また、明らかな異常のみられない部位でも生検をおこなう意義が検討されており、とくにrandom skin biopsyは試みる価値がありそうだ(Ann Hematol 2011; 90: 417-421)。さらに、IVLBCLは肺においてDAD(びまん性肺胞傷害)や間質性肺炎、器質化肺炎、可逆性肺高血圧などをきたすことが知られているけれども、やはり胸部CTにて異常を認めない低酸素血症例で、TBLBが診断に有用だったとする報告もある(Intern Med 2010; 49: 2697-2701)。最近、Rituximabを併用した化学療法により予後が大幅に改善することも期待されており、いかに早期に診断できるかが鍵になるはずだ。
このIVLBCLは地域により臨床所見に差があることが知られている。欧米では中枢神経系や皮膚を侵すものが主であるのに対し、アジアではB症状や肝脾腫、血球貪食症候群、骨髄に所見を呈する傾向があるのだ(Leuk Lymphoma 2011; 52: 705-708)。後者のasian-variantについては診断基準が参照されることが多い(Br J Haematol 2000; 111: 826-834)。それによれば臨床規準として、hypoplastic or dysplastic marrowによらない赤血球(Hb<11g/dL)あるいは血小板(<10万/μL)のいずれかの減少、肝腫大もしくは脾腫、明らかなリンパ節腫大や腫瘤形成がない、の3項目中2項目以上を満足し、病理組織規準については、赤血球貪食像、large cell morphologyを有する腫瘍性B細胞増殖がimmunophenotypicalに証明される、病理学的にリンパ腫細胞がintravascular proliferation and/or sinusoidal involvementがみられる、の3項目すべてを満たすことが要求される。日本における96例(年齢中央値67歳、41~85歳、男性50例)の検討で、多くみられたのは貧血/血小板減少(84%)や肝脾腫(77%)、B症状(76%)、骨髄浸潤(75%)、血球貪食(61%)だった(Blood 2007; 109: 478-485)。また、asian variantにおいて実際にもっとも診断に貢献した部位は骨髄であったと記載されている。
世界中の研究者が困難を乗り越えるべく知恵を絞り、取り組んだ痕跡がここにも刻まれている。General physicianとはいえその成果を受け継ごうという者であれば、適切な専門家に委ねようと手を尽くすだろう。時にはそれがどの領域に属する疾患か迷う症例さえないわけではないけれども、紹介先でたらい回しにされて迷惑するのは患者である。ゲートキーパーは地味ではあるが幅広い知識を求められる、地域医療の要となる機能であるに違いない。かつて抱いていた理想のほとんどは現実をまえに月日とともにすっかり色褪せてしまい、記憶の片隅で埃をかぶっているとしても、時にはもういちど引っ張り出してみようと思うのだ。 (2011.5.16)
IVLが1950年代にはじめて報告された当初は血管内皮の悪性腫瘍と考えられていた。その後リンパ腫であると認識されるようになり、現在のWHO分類では毛細血管などを主とした血管内腔に腫瘍が増殖するのを特徴とする、節外性のB-cell lymphomaと定義され、Intravascular large B-cell lymphoma(IVLBCL)と呼ばれるに至っている(Lancet Oncol 2009; 10: 895-902)。この名称から推測されるように、diffuse large B-cell lymphoma(DLBCL)の亜型に位置づけられているのだが、T細胞性や非大細胞性のIVLとして報告されていたものもなかったわけではない(Am J Hematol 1997; 56: 155-160)。また、IVLBCLに特異的な免疫学的表現型や遺伝子異常は見出されておらず、腫瘤形成性のDLBCLから移行した例も知られている(Leuk Lymphoma 2009; 50: 1900-1903)。このように、疾患単位として若干の疑問は残されているものの、臨床的な観点からみれば特異な病態であるのは間違いないだろう。この、腫瘍細胞が血管内にとどまり、腫瘍塊を形成せず増殖するという振る舞いはCD54やCD29などの細胞表面接着分子発現に欠陥があることによると考えられている(N Engl J Med 2007; 357: 807-816)。
興味深いことにリンパ節腫脹は通常みられないのだが、腫瘍細胞はほとんどすべての臓器に浸潤しうる。結果として、特異性に乏しい多彩な症状を呈し、しばしば診断が遅れ、剖検ではじめて明らかにされることもまれではない。各種臓器の機能障害や不明熱、血栓性微小血管症、進行性認知症などをきたし激烈な経過をたどるものがあるかと思えば、無治療で悪化と寛解を繰り返した例さえ報告されているのだ(Leuk Lymphoma 2011; 52: 705-708)。確かにこれらの困難を克服するのは容易ではないとはいえ、まったく手がかりがないというわけでもない。個々の所見がたとえ非特異的であったとしても同時にLDHの上昇や低アルブミン血症がみられれば、積極的にIVLBCLを疑うべきであるとの見解も提出されている(Leuk Lymphoma 2009; 50: 1990-1903)。また、明らかな異常のみられない部位でも生検をおこなう意義が検討されており、とくにrandom skin biopsyは試みる価値がありそうだ(Ann Hematol 2011; 90: 417-421)。さらに、IVLBCLは肺においてDAD(びまん性肺胞傷害)や間質性肺炎、器質化肺炎、可逆性肺高血圧などをきたすことが知られているけれども、やはり胸部CTにて異常を認めない低酸素血症例で、TBLBが診断に有用だったとする報告もある(Intern Med 2010; 49: 2697-2701)。最近、Rituximabを併用した化学療法により予後が大幅に改善することも期待されており、いかに早期に診断できるかが鍵になるはずだ。
このIVLBCLは地域により臨床所見に差があることが知られている。欧米では中枢神経系や皮膚を侵すものが主であるのに対し、アジアではB症状や肝脾腫、血球貪食症候群、骨髄に所見を呈する傾向があるのだ(Leuk Lymphoma 2011; 52: 705-708)。後者のasian-variantについては診断基準が参照されることが多い(Br J Haematol 2000; 111: 826-834)。それによれば臨床規準として、hypoplastic or dysplastic marrowによらない赤血球(Hb<11g/dL)あるいは血小板(<10万/μL)のいずれかの減少、肝腫大もしくは脾腫、明らかなリンパ節腫大や腫瘤形成がない、の3項目中2項目以上を満足し、病理組織規準については、赤血球貪食像、large cell morphologyを有する腫瘍性B細胞増殖がimmunophenotypicalに証明される、病理学的にリンパ腫細胞がintravascular proliferation and/or sinusoidal involvementがみられる、の3項目すべてを満たすことが要求される。日本における96例(年齢中央値67歳、41~85歳、男性50例)の検討で、多くみられたのは貧血/血小板減少(84%)や肝脾腫(77%)、B症状(76%)、骨髄浸潤(75%)、血球貪食(61%)だった(Blood 2007; 109: 478-485)。また、asian variantにおいて実際にもっとも診断に貢献した部位は骨髄であったと記載されている。
世界中の研究者が困難を乗り越えるべく知恵を絞り、取り組んだ痕跡がここにも刻まれている。General physicianとはいえその成果を受け継ごうという者であれば、適切な専門家に委ねようと手を尽くすだろう。時にはそれがどの領域に属する疾患か迷う症例さえないわけではないけれども、紹介先でたらい回しにされて迷惑するのは患者である。ゲートキーパーは地味ではあるが幅広い知識を求められる、地域医療の要となる機能であるに違いない。かつて抱いていた理想のほとんどは現実をまえに月日とともにすっかり色褪せてしまい、記憶の片隅で埃をかぶっているとしても、時にはもういちど引っ張り出してみようと思うのだ。 (2011.5.16)