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ただの日記です。
夕方ダバオ市にいる友達から連絡があり
「マニラに出て来たから会いたいが、大至急モールに来れるか?」
うわ~ 1年ぶりだから会いたいけど、この年末に人ごみの中にはね...
「でん出らりゅうば 出てこおばってん
出んでられんけん 出られられんけん
来んこられんけん 来られられんけん こ~んこん」
「5時にモア(MOA)の噴水の前。大至急ね!」
「あ、はい!」 にゃ~~ 渋滞なのにぃ~~
噴水の前で座って待ってると、袋を下げた友達がやって来ました。
久しぶりに積もる話をして彼が
「じゃあ、今からマニラで会議があるから。これ、アテから。」
アテ〔ATE〕といつもそう呼んでますけど、『お姉さん』を意味する言葉で
私から言うお姉さんですが、彼の奥さんの事です。
「ワオウ! バナナケーキ!」「アテによろしく!」
もう9年位前から私がダバオに行く度に彼の奥さんがこのケーキを作ってくれました。
以前はロールケーキ状で1本、彼がホテルに運んでくれてました。
色んな思い出があるんです、このケーキ。
一度は彼と私が入れ違いになった時。
私がダバオに行った日に、彼がマニラに出掛ける用事が出来、ダバオ空港まで迎えに来てホテルまで送ってくれ、アテからって手作りのケーキを置いてマニラに行った彼は1週間戻らす、私はダバオで待ち合わせにすっぽかされて待ち人来たらず。
病気にもなって食事はルームサービス。間食夜食にケーキをかじりながら涙ぽろぽろ...
そうそう、その時は私が運んでたスポーツカーを沢山盗られた時でした。
スープラ、RX-7、プレリュード、ランドクルーザーに三菱の軽。
セラと三菱の軽の1台は最後に取替えしたけど、まあ、知り合いのお父さんだからと他の車は諦めようと思ってたら、1年後にその泥棒親父、もう1台の三菱の軽に乗ってて殺されちゃった。
車のガラス部全面に黒い幕を貼って乗ってて、右ハンドルのままでしょう。で、フィリピンは左ハンドルだから自動小銃で左前部をタタタタ!ってやられたみたい。慌てて右のドアーから逃げ出した所を追われて今度はまともに後からタタタタッ!!
このお父さん、誰かから狙われていて、お母さんがいつも危険だからと、お母さん用に護身用の銃をねだられて、買ってあげたのをこのお父さんが腰のベルトに挟んでいました。悪い親子。
殺されて良かったとみんな言ってました。だって、このままだったら、奥さんや孫娘(知り合いの娘)が巻き添えになるところだったって。
こんな事もありました。
ある知り合いAとその友人B宛に、セブから送らせた建築資材の2コンテナー分を受け取りにダバオに行きました。
Bは私に「話し合いにお前の友だちを連れて来るな。」と言う。ケーキの友達の事です。
「彼は俺のパートナーだし通訳だ。」「関係ない。兎に角、資材は返さない。」
「何だ、それ?」「勝手に訴えろ。」「よし分かった。覚悟しなさい。」この会話もホテルからケーキを食べながら電話でのやり取りでした。
マニラに帰りながら知り合いAに携帯電話で言いました。「何であんたらに泥棒されないといかんの?あんたの友達でしょ、何とかしなさい。」と。しかしAの答えもまともじゃありません。このまま放って置くと、私は何度でもこんな事を人から繰り返されるから、最後には怒鳴り上げてやりました。「あんたら後悔すっからね~」って。
マニラから訴えて、彼らに出頭命令を送らせました。それが届くとダバオに居る私のスタッフの事務所に毎晩何台かのバイクで脅す様に見張ったり周囲を回ったりしていたので、スタッフに銃を持たせていました。
私はマニラから弁護士を連れてダバオに行き、ダバオ裁判所の伝に直接話しました。
喧嘩相手がダバオの人間ですから尚更徹底した喧嘩をします。
だって、ダバオは良い所、楽しい所ですから。タレントも千人くらい居ます。引っ込んでては仕事にもなりません。今度は逮捕状です。
ある日、Aの娘から電話がありました。私のタレントです。
「クウヤ(お兄さん)、お父さんが死んじゃった...」
「逮捕状が届いたのをお父さんが見て、『これはどうしようもない...クウヤからこのバン(トヨタのバン)も返せって言われるだろうね...』って、朝4時ごろ車を洗ってから死んじゃった...」
このお父さんAにはバンを1台預けていました。
お父さんがやった事をごめんなさいって、泣きながら何度も謝ってました。
冗談じゃ無い。どうしてそんな簡単に死んだりするの?
私はダバオに飛んでその娘とお母さんと会いました。
ホテルに呼んで、3人で泣きました。
バナナケーキを食べながら。。。
Bは現在まで失踪しています。
今日は大晦日と言うのに血生臭いお話をして申し訳ありません。
『人を呪わば穴二つ』
別にこの人達を呪った訳でもないのですが、私が騙されたままで良いよ良いよじゃ将来『日本人は騙され易い』と言う原因を作ってしまうのでちゃんと抵抗しただけだったのですが、結局は自分の墓穴も掘ったようで私も一直線に落ち込んでしまいました。
ダバオのホテルにタレントが訪ねて来ても
いつも私の部屋の食べ物はバナナケーキ。
大佐とワインを飲んで世間話をする時も、
悲しいときも、
嬉しいときも...
クリスマスケーキには遅いけど、
年越しケーキとして、久しぶりのバナナケーキを食べながら、
今までの自分に掛けていた呪縛も解いて、
心の大掃除もして、年を越しましょう。
MOA(モール・オブ・アジア)
正面噴水横のクリスマス・ツリー
ただの日記です。
夕方ダバオ市にいる友達から連絡があり
「マニラに出て来たから会いたいが、大至急モールに来れるか?」
うわ~ 1年ぶりだから会いたいけど、この年末に人ごみの中にはね...
「でん出らりゅうば 出てこおばってん
出んでられんけん 出られられんけん
来んこられんけん 来られられんけん こ~んこん」
「5時にモア(MOA)の噴水の前。大至急ね!」
「あ、はい!」 にゃ~~ 渋滞なのにぃ~~
噴水の前で座って待ってると、袋を下げた友達がやって来ました。
久しぶりに積もる話をして彼が
「じゃあ、今からマニラで会議があるから。これ、アテから。」
アテ〔ATE〕といつもそう呼んでますけど、『お姉さん』を意味する言葉で
私から言うお姉さんですが、彼の奥さんの事です。
「ワオウ! バナナケーキ!」「アテによろしく!」
もう9年位前から私がダバオに行く度に彼の奥さんがこのケーキを作ってくれました。
以前はロールケーキ状で1本、彼がホテルに運んでくれてました。
色んな思い出があるんです、このケーキ。
一度は彼と私が入れ違いになった時。
私がダバオに行った日に、彼がマニラに出掛ける用事が出来、ダバオ空港まで迎えに来てホテルまで送ってくれ、アテからって手作りのケーキを置いてマニラに行った彼は1週間戻らす、私はダバオで待ち合わせにすっぽかされて待ち人来たらず。
病気にもなって食事はルームサービス。間食夜食にケーキをかじりながら涙ぽろぽろ...
そうそう、その時は私が運んでたスポーツカーを沢山盗られた時でした。
スープラ、RX-7、プレリュード、ランドクルーザーに三菱の軽。
セラと三菱の軽の1台は最後に取替えしたけど、まあ、知り合いのお父さんだからと他の車は諦めようと思ってたら、1年後にその泥棒親父、もう1台の三菱の軽に乗ってて殺されちゃった。
車のガラス部全面に黒い幕を貼って乗ってて、右ハンドルのままでしょう。で、フィリピンは左ハンドルだから自動小銃で左前部をタタタタ!ってやられたみたい。慌てて右のドアーから逃げ出した所を追われて今度はまともに後からタタタタッ!!
このお父さん、誰かから狙われていて、お母さんがいつも危険だからと、お母さん用に護身用の銃をねだられて、買ってあげたのをこのお父さんが腰のベルトに挟んでいました。悪い親子。
殺されて良かったとみんな言ってました。だって、このままだったら、奥さんや孫娘(知り合いの娘)が巻き添えになるところだったって。
こんな事もありました。
ある知り合いAとその友人B宛に、セブから送らせた建築資材の2コンテナー分を受け取りにダバオに行きました。
Bは私に「話し合いにお前の友だちを連れて来るな。」と言う。ケーキの友達の事です。
「彼は俺のパートナーだし通訳だ。」「関係ない。兎に角、資材は返さない。」
「何だ、それ?」「勝手に訴えろ。」「よし分かった。覚悟しなさい。」この会話もホテルからケーキを食べながら電話でのやり取りでした。
マニラに帰りながら知り合いAに携帯電話で言いました。「何であんたらに泥棒されないといかんの?あんたの友達でしょ、何とかしなさい。」と。しかしAの答えもまともじゃありません。このまま放って置くと、私は何度でもこんな事を人から繰り返されるから、最後には怒鳴り上げてやりました。「あんたら後悔すっからね~」って。
マニラから訴えて、彼らに出頭命令を送らせました。それが届くとダバオに居る私のスタッフの事務所に毎晩何台かのバイクで脅す様に見張ったり周囲を回ったりしていたので、スタッフに銃を持たせていました。
私はマニラから弁護士を連れてダバオに行き、ダバオ裁判所の伝に直接話しました。
喧嘩相手がダバオの人間ですから尚更徹底した喧嘩をします。
だって、ダバオは良い所、楽しい所ですから。タレントも千人くらい居ます。引っ込んでては仕事にもなりません。今度は逮捕状です。
ある日、Aの娘から電話がありました。私のタレントです。
「クウヤ(お兄さん)、お父さんが死んじゃった...」
「逮捕状が届いたのをお父さんが見て、『これはどうしようもない...クウヤからこのバン(トヨタのバン)も返せって言われるだろうね...』って、朝4時ごろ車を洗ってから死んじゃった...」
このお父さんAにはバンを1台預けていました。
お父さんがやった事をごめんなさいって、泣きながら何度も謝ってました。
冗談じゃ無い。どうしてそんな簡単に死んだりするの?
私はダバオに飛んでその娘とお母さんと会いました。
ホテルに呼んで、3人で泣きました。
バナナケーキを食べながら。。。
Bは現在まで失踪しています。
今日は大晦日と言うのに血生臭いお話をして申し訳ありません。
『人を呪わば穴二つ』
別にこの人達を呪った訳でもないのですが、私が騙されたままで良いよ良いよじゃ将来『日本人は騙され易い』と言う原因を作ってしまうのでちゃんと抵抗しただけだったのですが、結局は自分の墓穴も掘ったようで私も一直線に落ち込んでしまいました。
ダバオのホテルにタレントが訪ねて来ても
いつも私の部屋の食べ物はバナナケーキ。
大佐とワインを飲んで世間話をする時も、
悲しいときも、
嬉しいときも...
クリスマスケーキには遅いけど、
年越しケーキとして、久しぶりのバナナケーキを食べながら、
今までの自分に掛けていた呪縛も解いて、
心の大掃除もして、年を越しましょう。
来年こそは
ケーキが良くなります様に。
景気です!!
もう、喧嘩はしません!
バナナケーキ です。
ホントに美味しいんだからこのケーキは。
いつかは、このバナナケーキのお店を開きたいと思っていたくらいです。
でも...
年越しそばを食べたかったなぁ...
黄な粉餅やお雑煮も...
おせち料理も...
......
あっ?! だめ!!!
それは、ダディの
年越しケーキだって言ってるでしょ!!
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どうも有り難うございました。