「岩田色ガラスの世界」展が神奈川県立近代美術館鎌倉別館で開催によせて、
鎌倉ゆかりの思い出をご伝えしたいと思います。
3 大佛次郎先生 川端康成先生
鎌倉在住だった大佛次郎先生、川端康成先生と藤七は親交があり、鎌倉のお宅へは度々伺っていました。
・大佛先生はジャンルを越えて芸術文化に明るく、私も祖父に連れらて行った色々な行事でお目にかかりました。
参照 ブログ記事 2012年2月8日 藤七への言葉 大佛次郎「日本的独創」
1967年頃。舞踊家・武原はんの料亭、六本木「はん居」での、初午の会にて。
真中和服女性が武原はん、その左が大佛次郎、右が藤七。
左側後姿左が岩田マリ(藤七孫)、右が岩田邦子(藤七妻)。
大佛先生と イワタルリ(姉)・岩田マリ
・川端先生は先生は静かで優しそうな方で、賑やかな場所にはあまりお出にならなかったようですが、
軽井沢の書店では良くお見かけしました。
参照 ブログ記事 2021年11月10日 藤七への言葉 川端康成 「火中蓮」
藤七のため私の日本舞踊は見て下さり、「鏡獅子」を9歳で踊った折にこの書をご褒美に頂戴しました。
鎌倉ゆかりの思い出をご伝えしたいと思います。
3 大佛次郎先生 川端康成先生
鎌倉在住だった大佛次郎先生、川端康成先生と藤七は親交があり、鎌倉のお宅へは度々伺っていました。
・大佛先生はジャンルを越えて芸術文化に明るく、私も祖父に連れらて行った色々な行事でお目にかかりました。
参照 ブログ記事 2012年2月8日 藤七への言葉 大佛次郎「日本的独創」
1967年頃。舞踊家・武原はんの料亭、六本木「はん居」での、初午の会にて。
真中和服女性が武原はん、その左が大佛次郎、右が藤七。
左側後姿左が岩田マリ(藤七孫)、右が岩田邦子(藤七妻)。
大佛先生と イワタルリ(姉)・岩田マリ
・川端先生は先生は静かで優しそうな方で、賑やかな場所にはあまりお出にならなかったようですが、
軽井沢の書店では良くお見かけしました。
参照 ブログ記事 2021年11月10日 藤七への言葉 川端康成 「火中蓮」
藤七のため私の日本舞踊は見て下さり、「鏡獅子」を9歳で踊った折にこの書をご褒美に頂戴しました。