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9月28日(木) 北茨城・磯原を歩く。

2023年09月30日 08時02分07秒 | 2023年

 6時半起床。

 朝食は、ゆで卵と梅干しオートミール。

 妻と娘を見送ってから、身支度を整えて家を出る。

 出勤時と同じ時間に家を出て、同じ電車で品川に出る。しかし、今日は今季最後の夏季休暇である。

 品川8:43発の常磐線特急ひたち5号に乗る。

 目的地は、磯原(茨城県北茨木市)。

 途中、車内販売で珈琲を買う。ポットから注いでくださるのだが、そうとは思えないくらい熱々である。

 乗車時間は約2時間。景色を眺めたり、スマホに保存しておいたYouTubeの動画を観ながら過ごす。『ReHacQ』で週刊文春の総局長・新谷学さんが登場した回が面白かった。週刊文春のイメージがだいぶ変わった。

 高萩で下車。ちょうど上りのひたち10号(品川行き)とすれ違う。

 高萩駅はイメージとかなり違った。特急停車駅であることはもちろん、首都圏でも電車の行先表示でよく見かける始発・終着駅なので、もう少し大きいと思っていた。

 乗降者数から考えると、おそらくメインは3駅手前(水戸寄り)の日立駅で、ここは折り返し運用のためのスペースという色合いが強いのだろう。

 後続の普通列車に乗り換え、磯原を目指す。

 首都圏から脱出したようだ。

 久しぶりに「ドアは自動では開きません」という放送を聞いた。

 磯原到着は11時06分。

 この写真を撮った時には気付かなかったが、駅名の左右にあるマークにこの地域の魅力が詰まっている。

 磯原駅は予想を遥かに超えて立派だった。私の中では高萩駅と磯原駅は逆のイメージだったのだが、人口を調べてみると高萩市は2.6万人、北茨城市は4万人なので、北茨城市の玄関口である磯原駅のほうが立派なのは理に適っていた(駅の乗降客数は高萩のほうが多いけれど…)。

 駅前広場も豪華な造りになっている。1時間に1本しか電車が来ない駅とは思えない。

 目的地まで、15分ほど歩く。

 少しだが紅葉が始まっている。自分が北関東にいるのだという実感が湧いてくる。

 花園川を渡る。この地域では花園山や花園渓谷、花園神社など、「花園」という名称が広く使われている。

 和風ステーキ「一ツ木」に到着。

 今日の一番の目的は、ここで花園牛のステーキを食べることである。

 茨城の牛肉というと常陸牛が有名だが、花園牛は知る人ぞ知る幻の牛と言われているらしい。具体的には、北茨城市・高萩市・日立市の水が綺麗な山間地域で育った黒毛和牛の内、A4・B4等級以上のものが花園牛として認定されるそうだ。「幻の牛肉」と呼ばれるのは、生産農家が少なくあまり市場に出回らないからで、今回事前にお店の予約をする際にも「サーロインはありますが、ヒレは入ってこないかもしれません」と言われていた。

 花園牛のサーロインステーキ(200g)を注文。実際のお肉を見せて頂いたが、すごい迫力である。

 ここではステーキはおろしソースで食べるのがおすすめだそうだ。

 ステーキが運ばれてくる。思わず「うわぁ」と声が漏れる。

 驚くほど柔らかく、脂が甘い。そのまま(塩胡椒)で食べるのが最もお肉の旨みを感じられると思うが、脂ののりがすごいので、おろしソースをおすすめされるのも納得である。また、付け合わせの野菜も美味しかった。これらの野菜やお米も地元の食材を使用されているそうだ。

 お箸で持ち上げただけで脂がじわっと溢れてくる。繰り返しになるが、脂ののりが本当にすごいので、200gは少し多かった。アラフォーには100gくらいがちょうど良いような気がする。口は喜んでいても、胃が悲鳴を上げる。

 食後のアイスクリームで口をさっぱりさせる。贅沢な昼食だった。

 ここからはノープラン。とりあえず、海を目指して歩く。

 右手が花園川。左手から流れてくる大北川に合流し、まもなく海へ注ぐ。

 こんなに景色の良い場所を走る貨物列車を見られるなんて、鉄道オタク冥利に尽きる。

 先ほどまで滞在していた線路より山側が街の中心部であるが、海側もそれなりに栄えているようだ。

 必要な情報が凝縮されている。これが看板の本来あるべき姿かもしれない。

 国道なので一応歩道はあるのだが、完全な車社会なので、歩道なのに人が歩くことを想定されていない。

 途中から堤防沿いを歩く。この地域も東日本大震災で津波の被害を受けており、その後この堤防(防潮堤)のかさ上げ工事が行われたそうだ。

 一応ここはまだ大北川。右手に見えるのは北浜海岸という半島状の海岸らしい。

 海が見えてきたが、それより堤防の先端に見える小さな山(?)が気になる。

 標高21mという低さだが、「天妃山」というれっきとした山である。水戸藩第2代藩主・徳川光圀公が元禄3年(1690年)に航海の守護神「天妃神」を祀り、「天妃社」を創建したことに由るとのこと(北茨城市観光協会HPより、以下同じ)。

 その後、第9代藩主・徳川斉昭公の社寺改革で、今の社名の「弟橘媛神社」となった。

 本殿が周囲の木々に護られており、素晴らしい雰囲気の境内である。

 更に階段をのぼっていくと、展望スペースに出る。

 太平洋の雄大な景色だけでなく、波音と潮風を全身で感じることが出来る。

 せっかくなので、海岸まで下りてみる。

 上から眺めている時には気付かなかったが、波がかなり激しい。

 石碑が気になったのだが、波で近づくことが出来なかった。後から調べたら、野口雨情直筆の歌碑で「松に松風 磯原は 小磯の蔭にも 波か打つ」と書かれているらしい。

 海岸沿いを歩く。砂浜がゴミや流木などで覆われている箇所もあったが、後から訪問した施設の方によると、先日かなりの大雨が降り、一気に浜が汚れてしまったとのことだった。

 綺麗になった場所から砂浜へ下りる。

 日差しが強くなってきて、暑い。しかし、潮風が心地よい。

 磯原海岸の観光名所「二ツ島」までやってきた。干潮時には島に触ることができ、そこで願い事を3つ祈るとどれか1つが叶うと言われているらしい。今はちょっと難しそうだ。

 さすがにこのあたりで踵を返す。街の中心部から天妃山までも結構な距離だったのに、更に随分遠くまで来てしまった。

 太平洋へ別れを告げる。次は来月、北海道は日高地域でお会いしましょう。

 海岸沿いの住宅街にコキアが咲いていた。茨城とはいえ、ここで見られるとは思っていなかった。

 休憩も兼ねて、北茨城市歴史民俗資料館・野口雨情記念館を見学する。

 まずは、野口雨情記念館へ。彼の名前を聞くと『シャボン玉』や『七つの子』、『赤い靴』といった童謡が思い浮かぶが、なかなか波乱万丈な人生を生きた方だったようだ。

 彼の人生を垣間見てから改めて作品に触れると、また見え方が変わってくる。例えば、彼は先妻との間に生まれた長女を生後1週間で亡くしているのだが、それを知ってから『シャボン玉』を聴くと、胸がきゅっと締め付けられる。

 北茨城市歴史民俗資料館も興味深かった。世界かんがい施設遺産にも認定されている農業用水路「十石掘」整備の話や、かつて北茨城市の基幹産業であった石炭(炭鉱)産業の歴史など、学校で習った一般的な歴史をより具体化してくれる展示が充実していた。

 私たちの世代(1980年代生まれ)は、リアルタイムでは炭鉱というものを知らない。物心ついた時には既に石油がエネルギー産業の中心で、石炭といえば蒸気機関車を動かすものというくらいのイメージしかない。この地域にあった常磐炭田も、私が生まれる10年近く前(1976年)に全て閉山となっている。その後、炭鉱を運営していた常磐興産は観光産業へ業態転換し、常磐ハワイアンセンター(今のスパリゾートハワイアンズ)につながる。映画『フラガール』は、この業態転換の苦労と成功を描いた作品だ。今更だが、今度観てみよう。

 展示物の中で最も印象に残ったのは、太平洋戦争の際にこの地域から打ち上げられた風船爆弾に関するものである。

 最初、説明を読んで「いやいや、そんなの無理に決まってるでしょ」と思った。

 しかし、その先を読んで驚いた。もちろん効率はめちゃくちゃ悪いが、実際に北アメリカ大陸まで飛び、一応戦果も挙げているのだ。

 ドローン攻撃の元祖といっても過言ではないだろう。これはすごい。

 建物の2階は会議室になっていて、大きな窓から磯原海岸と太平洋を見渡すことが出来る。窓際の壁には「日々表情を変える自然の絵画」というタイトルが書かれている。

 最後に、建物の外にある野口雨情とシャボン玉を吹く子どもたちの像を眺める。銅像に近づくと『シャボン玉』が流れ、本物のシャボン玉が吹き出される仕掛けになっている。私たち観光客だけでなく、野口雨情も毎回このシャボン玉を見られる。こわれるな、もっと高く飛んでくれ、と思う。

 線路を渡り、大きな工場が立ち並ぶ道を歩く。

 やはり、歩道なのに人が歩くことが想定されていない。仕方がないので、車に気を付けながら車道を歩く。

 「カフェ ミュゼ」に入る。既に15,000歩以上も歩いているので、さすがに疲れてきた。

 落ち着きがあって雰囲気の良いカフェである。椅子に座って冷たい水を一気飲みし、身体を冷やす。

 レモネードソーダとモンブランを注文。レモネードを一口飲んで一気に生き返る。

 和栗で作られた濃厚なモンブランである。甘さが身体にしみる。

 時間に余裕があったので、珈琲ゼリーを追加注文して1時間ほどゆっくり休憩。私は基本的にせっかちなのでひとつのお店に長居しない(できない)タイプなのだが、ここはとても居心地が良かった。

 磯原駅へ戻り、15:44発の特急ひたち20号で帰途につく。

 今回の磯原・北茨城観光は「花園牛を食べてみたい」という軽い気持ちから始まったのだが、予想を遥かに超えて充実した1日になった。

 磯原を出た当初は驚くほどガラガラだったが、日立からサラリーマンがたくさん乗ってきて、窓側席はほとんど埋まった。特急「ひたち」という名前の通り、日立製作所関係の乗客が主要顧客のようである。

 いつの間にか日が暮れ、都心に帰ってきた。

 品川到着は定刻通りの17時52分。

 すぐに新幹線に乗り換えて新横浜へ戻り、18時半前に帰宅する。今日は娘は早お迎えで、既に妻とお風呂に入っていた。

 続いてすぐに私も入浴。ぬるめのお風呂でゆっくり汗を流す。パンパンになっている足をほぐし、日焼けでヒリヒリする肌を優しく洗う。

 夕食は、豚肉と大根、人参の煮物を中心に。

 久しぶりに妻が作ってくれたブロッコリースープも美味しかった。

 洗濯を済ませ、娘を寝かしつける。このタイミングで私も寝る支度を済ませ、一緒に就寝。おそらく21時過ぎには眠っていたと思う。


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