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散日拾遺

日々の雑感、読書記録、自由連想その他いろいろ。
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13歳/代々木から赤坂見附へ

2014-03-26 11:01:56 | 日記
2014年3月26日(水)

 "Stand by me" が焦点を当てたのは、確か13歳?
 『フォーティーン』も同じ年代を狙っている。
 山形から名古屋に移ったのが12歳、シュンちゃんと同級の中2時代が満13歳だったのだ。

 早熟のシュンちゃんは既に180㎝近い長身で体ができあがりつつあり、僕はようやく150㎝に達した晩熟(おくて)のチビ助だった。持久走は僕のほうが少し速かったが、まあ大人と子どものようなもので。
 中2の新学期から半年ほど、来る日も来る日もべったり一緒に過ごした。
 その後、些細なきっかけから仲違いをし(僕のほうが彼を避け、敵対するようになったのだ)、それまでの親しさの分だけ激しい反目が学年の終わりまで続いた。文字通り、毎日が戦いだった。
 中3でクラスが分かれてからは接点がなく、卒業式も過ぎて僕の誕生日を口実に皆が集まった時 ~ 人気者だったからではなく、3学期の終業に重なって集まるには格好の時期だから、毎年の恒例行事だったのである ~ 母につつかれて久しぶりに声をかけたら、いそいそとやってきてシングル盤のレコードをお祝いにくれた。
 『流れ者のテーマ』、今も持っている。

 2012年11月、40年ぶりに会った。2013年1月末の同窓会では、一緒に発起人に名を連ねた。
 中学時代の憧れの彼女とめでたく結婚し、つつがなく子をなし孫をなした。やや攻撃的で、ことを荒立てる危うさのある子だったが、勤め先で派閥抗争に敗れてからは一皮むけたらしく、「最近は仙人みたいだったんだよ」とケイちゃん。
 2月末まで元気に飲み歩き、次あたり、また「石君」にも声をかけようかと話していたところ、3月に入って突然喀血。急ぎ入院したが原因の分からぬまま急速に容態悪化したのだと。

 会っておいてよかった。
 13歳の少年を見て将来を予言することはできないが、後から振り返ればその後の芽はちゃんと生えそろっている。シュンちゃんとあれほど近くなった理由も、突然反目した事情も、40年ぶりに再会した時、一瞬で腑に落ちた。すべてあのようでなければならなかった、他のあり方はなかったのだ。

 今夜が通夜、明日が葬儀である。
 幸い、いずれも動かし難い予定が入っている。名古屋まで行こうものなら、とてもじゃないが帰ってこられない。

***

 午後は代々木で仕事、晩は赤坂見附でS先生と会食である。
 代々木から赤坂見附へのルートをネット検索していて、ふと気づいた。歩けばいいのだ。
 甲州街道を都心方向へ2~3㎞、四谷から外堀沿いを時計と反対回りに行けば、赤坂見附はすぐそこだ。江戸城の西南方向、いわゆる「裏鬼門」で、そのおさえが日枝神社。三男の入学する学校の目の前でもある。江戸という都市の構造を頭に置けば、東京はきわめて秩序だっており、そして面白い。

 S先生とじっくり語らって、僕の通夜とさせてもらおう。
 シュンちゃん、気をつけて行きなよ!