昨夜11時40分からNHKで硫黄島の生還者の証言を特番
で放送されました。やはり、想像以上の地獄世界でした。
日本人3名の方が、60年間封印していた思いを涙を流し
ながら語っておられました。どの方も、80歳を越えていま
した。戦後半世紀の50年目では、まだ語ることが出来ない
内容で、とうとう60年を過ぎて、いよいよ、自分達が死を
何時、迎えても良い段階に来て、やっと少しだけ語る事が
出来始めた感じでした。
はたして、硫黄島の出来事を隠したまま、死んで行っても
良いのだろうか・・・と、長年に渡り自問自答されていた様
です。他の悲惨な戦地からの帰還者は、まだ戦後色々な形
で、戦地の状況を伝え残して居ますが、硫黄島で有った事
は、悲惨・凄惨過ぎて最近まで誰もTVで証言出来なかった
と感じます。それほどの地獄が、実際に有ったのです。
以前、私が聞いた話と合わせますと、最後のほうでは、
撃つ鉄砲の弾薬も尽き果ててしまい、それでも敵を倒す為
に、深夜に死体の下に潜り込み、敵兵が側に来た時に
急に起き上がり、日本刀で刺し殺したそうです。
その日本兵の姿は、ガリガリに痩せこけてボロボロの軍服
で、顔から腕から表面の皮膚が全て、火炎放射機の攻撃で
垂れ下がった状態で、目だけが光る鬼神のような姿だった
ので、米兵は恐怖で発狂した人が多数出たそうです。
この一人一殺の攻撃も、長く続いたようです。
森林が無い、土と岩だけの熱帯の島です。水がありません。
人間は死に際に水を飲みたがるそうです。死に水です。
水を満足に飲めないまま、半年以上に渡るトンネル堀の
重労働をした後の戦闘です。どれだけ、負傷して死ぬ時に
水を飲みたかったでしょうか?
昨夜のTVも、大変な地獄図を伝えましたが、やはり一部が
カットされたようです。証言者の一人が、遺族の方に聞かす
事が出来ないことは有りますと、一言だけ話されている場面
が有りましたが、その内容は、今の平和な時代で証言すれ
ば、日本人にも理解されず、本人と家族を苦しめる事になる
でしょう。
今後も、表に出ず封印されて行くかも知れません。
60年経過しても、全てを語ることを拒絶させるような地獄
が、いつでも地上に出現し再現される現実が、今も有ります
先祖が命と引き換えに、残してくれた、今の平和な日本に
おいて、私達は社会の中で、自由に生きて行くだけなのに
毎日、沢山の人が自殺しています。
硫黄島の戦死者を思うと、例えどんなに惨めで、体も不自由
であろうと、這いつくばってでも最後まで生き切らなければ、
申し訳ありません。
今日は、原爆の日でもあります。
生かして頂いて ありがとうございます
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広島生まれです。
生かして頂いて ありがとうございます
硫黄島の戦没者の皆様、
原爆で命を亡くされた皆様の
大切な尊い命と引き換えに、
いま、生かされている事に感謝します。
“生かして頂いて ありがとうございます”
うちの祖母は満州からの引揚者です。どうやって聞いても、当時のことは忘れたと言って、絶対に教えてくれず、墓まで持って行ってしまいました。つらすぎるとかえって話せないものなのでしょう。
生かして頂いてありがとうございます。
御蔭様でこうして生きることが出来ています。
ありがとうございました。
多くの人々の犠牲の上に今ある平和の有り難さを
これからも忘れないようにしたいと思います。
生かしていただいてありがとうございます。
リーマンさん御願いがあります。旧満州で尊い命を
落とされた、開拓民方々や新京等都市部の民間の方々
の魂は今、あの大陸でどのような状態なのでしょうか?
もし、お分かりならお教え願いたいのです。
私の母は、新京で生まれ、祖父は満鉄職員でした。
大変幸運にも親子三人無事に帰還できました。
でも、大変難儀で怖い思いもしたようです。
多少なりとも縁があるせいか、満洲での邦人の御霊に
大変関心があります。
不仕付けな願い、誠に申し訳ありません。