ハーバード・ケネディスクールからのメッセージ

2006年9月より、米国のハーバード大学ケネディスクールに留学中の筆者が、日々の思いや経験を綴っていきます。

卒業、そして新しいステージへ

2008年06月05日 | ケネディスクールのイベント

 

 「大したことはない、単なる儀式だ。そんなことより、今の自分は"お祭り”に興じている場合なのか?」

 “その日”が近付くにつれ、こんな斜に構えたような気持ちが自分の中で支配的になっていた。

 しかし“その日”の前日は何故かなかなか寝付けない。それなのに“その日”の朝はいつもと違って目覚ましが鳴る前に自然と目が覚めた。

 「何だこりゃ。やっぱり興奮しているの?自分・・・」

 微妙な敗北感。

 窓のブラインドを上げると、どんよりと曇った空が目に飛び込んできた。一昨日までの素晴らしい初夏の陽気がうそのような、「これぞ冬のボストン」と言わんばかりの欝で冴えない天気。

 「浮かれている連中にはちょうどいいくらいの天気か・・・」

 と“斜な構え”を取り戻しつつCOOP(大学生協)から借りていた"例の衣装”を身に着けてみる・・・と、やり方がよくわからない。特に肩からぶら下げるヘンテコなタスキのような代物と、頭がぺったんこになりそうな帽子に付けるべきストライプの装着方法が全く不明。

 時計は6:45分を指している。

 「いかん、さすがに遅刻はまずかろう」

 不完全なまま家を出ると、同じ衣装に身を包んだ連中がゾロゾロと町を闊歩している。行き交う「仲間たち」の様子をさりげなく、しかしじっくりと観察しながら「タスキ」と「ストライプ」の装着方法を学ぶ。しかし、衣装を正しく身に着けても心は何故か空と同じく厚い雲がかかっているかのよう。

 朝7:00。

 これまで通いつめたケネディスクールのフォーラム。様々な議論、講演会が催され、僕に知的興奮を与え続けてくれたケネディスクールでもっとも大切な無形資産、フォーラム。そこは既に大勢の衣装たちでごった返している。そして次々と目に飛び込んでくるクラスメートの笑顔。

 硬い握手と熱い抱擁。

 厳しかった、本当に厳しかったMPP(Master in Pulic Policy)プログラムをともに乗り切ったClass of 2008の約240名が肩を組み、身を寄せ合う。そして、中々まとまらない「衣装たち」に苛立ちを隠さないカメラマンに最高の笑顔を向ける。

 Congratulations!!

        We have finally done!!

 僕の曇った表情は、いつの間にかまぶしいクラスメートの笑顔の中で解けていた・・・ 

     *                                *                          *

 ハーバード・ケネディスクールをはじめ、アメリカの大学、大学院では卒業式(学位授与式)を「Commencement(始まり)」と呼びます。

 桜に見送られながら仲間や先生との別れを惜しむ、僕の大好きな曲、森山直太朗の“さくら”の詩、

 「さらば友よ 旅立ちの刻(トキ)」

に見るような感傷的な雰囲気はそこにはなく、集まった家族・友人とともに、卒業までの努力を称えあい、そして人生の新しいステージの始まりを祝う、そんな明るい門出の日がCommencementなのです。

 プログラムごとの集合写真を撮る傍らでは早朝からシャンパンが振舞われ、歓声の中あちこちでフラッシュが光ります。

 その後、ケネディスクールからハーバード・ヤードに移動し、いよいよCommencementの式典がスタートです。学部にあたるハーバード大学から始まりケネディスクール、ビジネス・スクールなど様々な大学院から集った合計約7,000人の卒業生と、我が子の晴れ舞台を見ようと世界中から集まった家族達で埋め尽くされる新緑のハーバード・ヤード。

 ここで各校の校長が、それぞれの卒業生に学位を授与する旨を宣言することになります。宣言文が読み上がるたびにヤードに響き渡る怒涛のような歓声。そして各校は各々用意したシンボルを高々と空に掲げるのです。

 メディカルスクールは薬のカプセルの形をしたボールを、

 ロースクールは裁判官が持つ木槌を、

 デザインスクールは建築中の建物に張られている黄色い「Caution(注意)」のテープを、

 ビジネス・スクールは出身国の国旗を(昨年までは一ドル札だったのですが、不評だったのか?今年は国旗に変わっていました)、

 ディヴィニティ・スクール(神学校)は天使の輪を!

 パブリックヘルス・スクール(公衆衛生大学院)はヘルシーライフの象徴である野菜や果物を!!

それぞれ歓声を上げながら掲げます。

 そして、最後はいよいよ僕達ケネディスクールの番。

 僕達が空に高々と掲げる、否、放り投げるケネディスクールのシンボルは

   

 青い小さな地球儀です!

 学位授与宣言に続くのは卒業生代表によるスピーチ。

 ハーバード大学の卒業生(4年生)は伝統的にラテン語でスピーチをすることになっています。ちなみに、参加者の手元にはラテン語の原稿と英語の訳文が配布されていますが、代表だった女の子は、もちろん何の原稿も見ることなく、堂々とラテン語でのスピーチをヤードに響き渡らせていました。

 そして、大学院代表のスピーチ。

 厳しいスピーチ・コンテストの結果代表に選ばれたのは、なんと、MPPプログラムのクラスメートであり、ともにニューオリンズの復興ボランティアで汗を流したトニーでした。自らのイラクでの従軍経験を元に、社会に蔓延る理不尽な現実や不正を正すために自分に何ができるかを問い、そして行動を呼びかけるスピーチは、同級生として本当に誇らしく、また「Ask what you can do」というケネディスクールの精神を見事に体現しているものでした。

 こうしてCommencementの式典前半が終わり、それぞれ各スクールに戻って学位授与式が行われます。ケネディスクールは、大学正面のJohn F. Kennedy Parkに張られた巨大なテントの中で行われ、各プログラムのディレクターが一人一人の名前を読み上げ、学部長から一人一人の学生に学位が手渡されます。

 昼食後はヤードに戻ってハーバードの校長のスピーチや、ゲストスピーカーのスピーチが続きます。昨年のスピーカーはビル・ゲイツでしたが、今年はハリー・ポッターシリーズの著者、ジョアン・ローリング(Joanne Rowling)。

 ハリー・ポッターの著者がなぜ?と誰もが不思議がっていましたが、実際そのスピーチは本当に見事なものでした。随所に自分をネタにした鮮やかなジョークを盛り込みつつ、小説家として大成する前の極貧生活や、NGOアムネスティー・インターナショナルで働いた経験など、自分自身の波乱万丈な人生を元に彼女がハーバードの卒業生達に訴えたのは、失敗することの大切さ、そして人間に与えられた想像力という能力を使って、自分が実際に経験をしていない世の中の不正や不幸に思いを致すことでした。

 式典の終了後、卒業生とその家族は三々五々、散っていきますが、僕と妻はアメリカ人、チリ人、ロシア人の友人達とお茶をしながらここでの生活を振り返り、その後、韓国人の親友で、このブログにも幾度となく登場したドンウーとその家族と中華料理の夕食を楽しみました。

 2年間の奮闘を称えあい、人生の新しいステージへの門出を祝うCommencement Dayは思った以上に長く、そして友に会うたびにその喜びが高まっていく、そんな一日でした。

       


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