hyperclub

パソコン教室アイラブハイパークラブです。
教室に流れるBGMなどを紹介します。

トランジット

2007-12-31 19:56:00 | 音楽

Haruki

 午後7時過ぎ。いつもなら大晦日のこの時間帯は、エミルー・ハリスの歌声が室内を満たし、読みさしの本に決着をつけるべく机に向かうところである。自分なりの大切なしきたり、年越し儀式。でも、昨今は少し様子が違う。加齢のためかテンポが遅くなっていて、実はこれから掃除が始まるのだ。

 今年は意義深い年であった。それも例によって注釈や能書きがいっぱい付く。自分なりに含むところが多くあってもまだまだ浅い。時に自分が分からない、ケッタイなひと。

 ケルティック・ウーマンを聴いている。そして、今年読んだ村上春樹の本を整理している。写真には映ってないが、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が素晴らしい。さらに、「海辺のカフカ 」が面白かった。wさんという方がコメントで教えてくださった「スプートニクの恋人」も面白かった。

 何気ない(ありそうで)、でも、そうありそうにもない(突拍子もない)村上ワールドは、読み重ねて行くうちに「腑に落ちないことではないな」という納得が生まれ、読者がその独特の小説的空間に参画して行けるようだ。ドキドキしながら、それがお定まりの結果になったとしても得心してしまう。で、飽きない。それどころか年齢を重ねて読み返すと、また異なるカタルシスに導かれる。たゆたう快感がある。

 村上春樹氏とはさらにご縁があって、レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」の翻訳本まで買ってしまった。これは永久保存版だ。

 掃除しなけりゃといいつつ、また、脱線。

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 日曜の朝市で、環境に優しい石鹸を販売している女性グループがある。手づくりだから、当然、肌にも優しい。エコロジーについて真摯に取り組み活動されている、Waライフの皆さんだ。メンバーのお一人が亡くなった旧友の忘れガタミということが分かったのが年末のこと。驚くと同時に不思議な力を感じた。

 直截には「魔法のじゅうたん」さんのお力添えなのだが、その外にも複数のご縁のルートが張り巡らされていた。早晩出遭えていたであろうことは想像がつくものの、これっていったい何なのだ。彼女は新春2日にはインドに旅立つと言う。空中ブランコの途中で出くわしたような瞬間の再会で慌しい遭遇だったが、もしかしたら帰国後まで大きくずれ込んでたかも知れなかったのだ。

 

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薔薇という漢字

2007-12-29 23:47:53 | 音楽

Rose

 今の日めくりの暦のようにぼくもスリムだった時代があった、という話はどうでもいいことだが、今年もホント残り少ない。年賀状はさすがに終了、それでも間際まで授業に来てくれる熱心な人がいる。

デビュー、再デビュー、セカンド・ステージ、トラバーユ…。

10人居れば10人の生活があって、生き方も10通り。前向きで、ひたむきな姿に頭が下がる。そこから曙光が見える。きっといい年が迎えられるだろう。

 さて、ZOOさん。教室で淹れるコーヒーのフィルターに溜まったのを捨てずに置いといてと言う。仰せの通りにしてるけど、ハテ、その目的というのを適当に聞いていたのかしら、どなたかに尋ねられて答えられなかった。

「なんでも肥料にするとか言ってみえたような…、虫除けだったかな」

 何とも頼りないぼくだ。

「何を言うとんのん、薔薇の肥やしやし、虫除けにもなるんよ」

 そんな身体に良さげで、悪そうで、なんてもんのエキスを飲むのがぼくの生きがいだ。自分の身体から薔薇の匂いがしないか?

 薔薇という漢字を書ける? 書けたらどうなの、どうなるのというの? それもそうか。

  

何も言えなくて…。

2007-12-25 23:57:29 | 音楽

 ぼくの仕事においては視線をそらすことが大事である。ただでさえ苦手なパソコン、見られているという意識でさらに緊張してしまう。

 これだけの渋い男である。じっと見つめられたら胸がドキドキしてとても授業にならないではないか。と、さらっと言ってのける自分が怖い。

 じゃあ、ぼくが何に気に留めるか。音である。サクサクと軽い音は快調の徴しだし、停滞すると不具合があったり、迷いがあるということだ。進行状況は音で判断できる。

 音の発信源は、指である。今まで気づかなかったのが不思議だが、実に綺麗な指先なのだ。となりでいつもキーボードを叩いていたのに知らなかった。何とも華麗なしぐさなのだ。天は二物を与えるのだな。容姿が整っていれば、当然指先だって、と思いがちだが、なかなかそうはいかない。マーフィーの法則はここにも活きている。だから、信じられない思いで見とれてしまった。ただ、

どんな悩みでも打ち明けて

と言ってくれそうにないのが痛い。ま、当たり前なんだが。

 ヌイドノエル…クリスマスの夜。クリスマス・プレゼントだ。

 年賀状づくりに追われている。今年の年賀状に差出人のないのが一通あって、誰なのかとても気になる。ミステリアス。きっとTだ、と決め付けられれば楽なのに…。


聖なる夜に

2007-12-23 23:47:11 | 音楽

 煙突のある家が少なくなってサンタさんはさぞお困りだろう。

 少し早めだが、今年もグリーティング・カードの手配をした。昨年は送った先の多くから、

「そんなのがあるのならもっと早く知りたかった!」

というお返事をいただいたからだ。これで今から動き出せば充分間に合うね。勝負カードとなる、はず。

 さらに申せばプレゼントキャンペーン中だということ。出した人も、もらった人も応募資格がある。今年最後の(ん、最初だって?)ぼくからのプレゼントだ、当たれば。当選したら過分なお礼を期待したい。きっといいことがある!

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 ケルティック・ウーマンの「アヴェ・マリア」が流れる教室。年賀状づくりの生徒さんで賑わっている。

ケルティック・ウーマン ケルティック・ウーマン
価格:¥ 2,500(税込)
発売日:2006-02-01


志摩で貝柱といえば

2007-12-22 23:58:48 | 音楽

Hasshira

 真珠貝の貝柱といえば志摩においては大切な冬の風物詩である。ところが年々アコヤ貝が減ってきて、なのに需要は増えてきて価格は年々上昇中だ。ガソリン並だ。その貴重な貝柱をいただいた。綺麗な状態なのでさっそくサラダ仕立てでいただく。情報通は器に注目してくれてることだろう。ダハハ。おとやでは上等な鮨ネタであることを発見させてもらった。また、フライや天麩羅といった揚げ物は格別。しかし。新鮮なものは生で即効いただきたい。鮨は正解、ドレッシングに合う。塩が効いて海の響きがする。


SUGOI CABLE

2007-12-21 23:58:28 | 音楽

 最近のデジカメの画素数の大きさに圧倒されている。教室に持ちこまれる画像なんてあっという間にCD-Rを満杯にしてしまう。とりあえず保管先を適当に見繕うのだがドライブの整理が大変だ。USB接続の外付けのハードディスク、320GBが諭吉翁一枚程度で購えるのだから増設を考えよう。サンタさんにお願いしてみてはいかがだろう。

 さて、バアバさんはお孫さんの写真を旧のノートパソコンにいっぱい蓄えておみえだ。で、VISTAのマシンに移行させようと目論んだところルータの不具合かしらはかばかしくない。まだゆとりのある段階なので(切羽詰ってない)いろいろと方法を探していた。

 こんなものを見つけた。名前が凄い。いや、ホント! SUGOI CABLEというのだ。

システムトークス SGC-20ULK3 スゴイケーブル・イージー システムトークス SGC-20ULK3 スゴイケーブル・イージー
価格:(税込)
発売日:

 インストール不要! つまり、2台のパソコンに接続するだけでコピーが可能になる。VISTAやOffice2007にも対応してるということは、XPのみならずME間でも使用は可だ。XP未満は付属のCD-ROMからインストール作業が必要だ。

 さっそく試したところ、ほんと簡単! 複数のパソコンを扱う人にお勧めだ。

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ケータイ

2007-12-19 23:56:35 | 音楽

 実を言うと、禁煙に次いでメールを使える携帯に切り替えてこれも1年が経過した。毎日が未知の領域に踏み出しているようで新鮮でもあり、いつ挫折するかと不安でもある。禁煙は安定したと自信めいたものが生じている。携帯メールの方は、

「迅速で、長文の返信は勘弁くだされ」

である。いつか届くだろう…、ぐらいの気持ちでお待ちくださるとありがたい。12月になってから急にスパムメールが増えた。メールアドレスを替えれば好いのだろうか? その手続きを考えると臆してしまう。ぼくの仕事は何なのか。自分に問うている。

 一人遊びの達人。そう、ぼくだ。「SoftBank 810T」に2GBのmicro SDカードを増設した。3千円台というのが信じられない。専用の別売りUSBケーブルでパソコンと接続して、ハードディスクに溜め込んでいたMP3の音楽番組を溢れるまで取り込んだ。ソフトは携帯に付いていた「Beat Jam 転送メニュー」。分かりやすい操作体系で案外優れものだ。およそ69時間分のブルーグラス・ミュージックが詰まっている。とても最後まで聴き切れない。

 ステレオ・イヤーフォンの端子が平型だ、なんて新しい発見。さらに、音も綺麗。バンジョーの乾いた音、フラット・マンドリンの繊細な響き。思いがけないウッドベースの冴え…、まさに臨場感はたっぷり、そのギンギンのブルーグラスに合わせてペダルを漕ぐ訳だが、昇りの坂も不思議なもので苦にしなくなる。快調である。もちろん側道の設けられた道しか聴かないが、もっと自転車道を増やして欲しいと願うこの頃である。

Keitai


Rudolf The Red-Nosed Reindeer

2007-12-13 23:47:37 | 音楽

 小学6年の授業。

「先生、何するの?」
「そやなぁ。問題出してもええかい?」
「うん、ナニナニ?」

 てな風に始まって、

「質問そのいちぃ…」
「えっ、一つじゃないの?」

「サンタクロースのそりを引くトナカイの名前を全部あげなさい。」

 時期的にネットで調べ物をする訓練には手ごろな課題がこのあたり。徐々に難しくするのだけど、ね。

 でも今どきの子どもらの侮れないところは、

「霧の夜に先頭を走るのはルドルフなんやけど、それを入れてもいいの?」

なんて言いだす男の子がいたりして、難易度がいきなり下がったか。さて、皆さんも探してみられる?

 ビング・クロスビーとくれば、「ホワイト・クリスマス」だろうが、

Rudolf The Red-Nosed Reindeer

で始まる「赤鼻のトナカイ」も捨てがたい。ほら、ルドルフが曲名の先頭だ。

 この赤い鼻のトナカイの話の裏には悲しい物語が秘められていて胸がキュンとなる。

ルドルフはどのようにして生まれてきたの?

をお読みいただきたい。

 さて、子どもたち、だ。3分経たない内に手が5、6本ほど挙がる。Yahooの検索の窓に「トナカイの名前」と入力した子は、「サンタのトナカイ」で検索かけた子よりも実りが大きい。そして、早い。これからの若者は検索力が試される。頑張れ!

 蛇足ながらネットで調べていると、サンタクロースのお洋服を赤にしたのはコカ・コーラ社の宣伝による影響が大きいとか、軍だってイヴのみサンタクロースのために航空法を緩めるよう明文化してあるだとか、クリスマスの話題に事欠かない。そろそろ冬至である。夜長を過ごすにはうってつけである。


牡蠣

2007-12-12 22:11:50 | 音楽

 昨日牡蠣をいただいた。清浄浄化的矢かき。丸にRだ。

 さっそく定番のカキフライにするかと思ったけど、お隣のシェフの牡蠣のピラフを思い出した。もちろんピラフなんて無理。あの独特の強いソースが無性に恋しくなって、

「ムニエルってどう作るの?」

と、訊いてみた。

「バターあります?」
「切らしてる!」

 シェフの逆質問にことごとく答え切れないでいたら、

「分かりましたぁ!」

と写真のようないきさつとなった。

 専門家の前では知ったかぶりをせず、素直に

「I don't know」

と言える謙虚さ持とうと胸に刻んだ。

Oyster


赤福はどこ?

2007-12-11 23:53:17 | 音楽

 師走といえば、「火の用心」である。

 毎年12月の朔日餅には、箱の中に「火の用心」のお札が入っていたものだ。そう言えば、赤福、食いたくてしょうがない。無性に恋しい。

 赤福ってどこが悪かったのよ?

 その後頻発した食品偽装発覚を知るにつれ、もっとアクドくあけすけなやり口に、赤福なんぞとても可愛く思えてきたのはぼくだけだろうか。

 赤福食って誰か死んだのかい? 体調壊したかい?

 大らかな志摩人のぼくは、今回の根っこにあるものが見えている。つまり、

  • おもてなしの心
  • もったいない

なのだ。

 お伊勢さんにお参りしてくれた人どなたにも、

「品切れました」

なんて言えようか。あのお餅は店頭で毎日並ぶが、旅人にはその時に食べ損ねたら今後一生涯食べれないかも知れない。一期一会という言葉がある。旅の人にあっさり、

「おまへん」

なんて言えようか。商(あきない)以前のホスピタリティの問題である。昔から観光客をもてなしてきた立場でないと分からない。

 80年代、アメリカの片田舎に子どもたちに食べさせるクッキーをとても上手に焼く奥さんが居た。周りの人々に薦められお店を出したところこれが大評判、瞬く間に全米にチェーン店化された。一主婦のサクセス・ストーリーはNHKのニュースで紹介されるほどでぼくに伝わった。強く印象に残ったのはその成功の秘訣の一つである。それは何か。

その日売れ残ったクッキーはすべてゴミ箱に捨て去ること。

鮮度の落ちたものを客の口に入れないとして、マニュアル化されていた。

 ただ、ぼくには潔いからと絶賛する気持ちにはどうしてもなれなかった。その頃手焼きのクッキーを食したことがなかったというのがある。今なら分かる、湿気たクッキーなんて金を払って食べれようか…でも、餅は違う(これは後で触れる)…。ぼくが異和の感覚を抱いたのは、

モッタイナくはないか

だったと思う。昔から食べ物を粗末にできない性質だ。教室を見てもらえば分かる。物を捨てられないというのもある。

 地球上に飢餓で苦しむ人々がいるというのにあまりにも、あまりにも、なのだ。

 鉄骨を抜いて儲けた輩、財産を失った被害者がいる。毒性の強い玩具を輸出した国、弱者を殺めようとした。産地を偽ってぼろ儲けを企んだ業者、これは詐欺だろう。だが、赤福を悪く思えない。ぼくたちが日ごろ口にしてきた食べ物だからだろう。ぼくたちの暮らしのなかに共にあった常食のおやつが恋しい。

 そろそろがっぽり頬張ってもええやんかいさぁ。